Trump大統領の誕生で重大な影響を受けるのはシリコンバレーであることは間違いない。Trump氏は製造業を米国に呼び戻すと宣言したが、ハイテク産業については敵対的な見解を示している。シリコンバレーでは人々が将来について不安を抱いている。そもそもなぜTrump氏が勝利したのかという議論も始まっている。強いアメリカを掲げるTrump氏は (下の写真)、シリコンバレーとどう向き合うのか、歴史的な変革の時を迎えようとしている。

出典: Donald J. Trump for President, Inc. |
選挙結果は予想外の展開
大統領選挙はClinton候補がTrump候補に大きく差をつけて勝利すると思われていた。New York Timesは80%の確率でClinton候補が勝利すると予想していた (下のグラフ、左端のポイント)。しかし、開票が始まるとTrump候補の善戦が目立ってきた。スイングステートで両者の接戦が続いた。均衡が破れたのはTrump候補がフロリダ州を制したときで、両者の情勢が逆転した (下のグラフ、グラフが交差している点、米国太平洋標準時19時ころ)。
CNNはこの事態を予測していなかった
開票が進むにつれ、スイングステートだけでなく、民主党の地盤であるペンシルベニア州、ウイスコンシン州で敗戦し、ミシガン州もTrump候補が優勢となった。Trump候補の勝利が濃厚となった。CNNで開票速報を見ていたが、キャスターはClinton候補が逆転すると繰り返し、事態の重大性を把握するまでに時間を要した。深夜にClinton候補の敗北宣言でTrump候補の勝利が確定した。

出典: New York Times |
将来に対する恐怖心
Clinton候補を支援してきたシリコンバレーで落胆が広がっている。著名インキュベーターY Combinator社長のSam Altmanは、ツイッターで「今夜は悲しくて失望した」と述べている。また、「(この結果が) 怖くもある」とも述べている。このツイートがシリコンバレーのメンタリティを端的に表している。Clinton候補が破れて悲しい気持ちより、これから社会がどう変わるのか、人々は大きな不安を抱いている。
Appleは社員の結束を呼び掛ける
Appleも例ではなく、社員は会社の将来に大きな不安を抱いている。Trump氏は選挙戦でAppleという名前を挙げて、FBI捜査へ協力しない態度や海外での製造を批判してきた。このため、CEOのTime Cookは社員に対し異例のメモを送り結束を呼び掛けた。メモの中でCookはApple社員に、ともに進み続けようと述べている。このメモが象徴しているように、シリコンバレーの企業はTrump氏がどんな政策を打ち出すのか見通せず、不安定な状態に置かれている。社員は、自分は仕事を続けることができるのか、答えが見つからない状態が続く。
従来の世論調査が機能しなかった
メディアの予想に反して、なぜTrump候補が勝ったのか検証が始まっている。投票前の世論調査ではClinton候補がTrump候補を3.2ポイントリードしていた (下のグラフ、RealClearPoliticsによる集計)。しかし、最終結果はClinton候補は0.2ポイントのリードに留まり、調査結果と投票結果が大きく食い違った。Trump氏という異色の候補者の登場で、従来手法がうまく機能しなかったとの解釈もある。また、Trump候補を推す人はそれをはっきり表明しない傾向にある。”隠れTrump支持者”で、過激な発言をする候補者への支持を表明するのをためらう有権者が少なくなかった。

出典: RealClearPolitics |
Trump候補優位を把握していた大学
しかし、USC (University of Southern California、南カリフォルニア大学) で開発された統計手法は、Trump候補が優勢であったことを把握していた。このサイトによると、選挙当日はTrump氏が3.2ポイントの差で勝つと予想した (下のグラフ右端のポイント、Los Angeles Timesが掲載)。選挙戦では両者のポジションが頻繁に入れ替わったが、討論会以降は一貫してTrump氏がClinton氏をリードしてきた。投票日直前に、FBIがClinton氏のEメールの捜査を再開したと発表し、Trump氏が一気にリードを広げた。これが決定打となり、Clinton候補は最終盤で劣勢に立たされ、投票日を迎えた。

出典: University of Southern California |
カリフォルニア州独立運動
投票日の翌日は、Trump新大統領に反対の意思を示すため、全米各地で抗議集会が開かれた。#NotMyPresidentというツイッターのハッシュタグで集会が企画され、New YorkやLos Angelesで大規模な抗議集会が続いている。シリコンバレーではSan Franciscoで開かれ、Oaklandでは暴動が起こり住民は不安な夜を送った。Trump氏当選で、カリフォルニア州独立運動 (下の写真) が勢いを増している。イギリスがEUから脱退したように、この運動は「Calexit (キャレクジット)」と呼ばれている。カリフォルニア州がスコットランドの立場となり、Trump大統領の米国から独立を目指す。

出典: YesCalifornia.org |
シリコンバレーにもTrump支持者がいる
一方、シリコンバレーでTrump候補を支援してきた人物もいる。PayPal共同創設者であるPeter Theilはシリコンバレーの著名なベンチャーキャピタリストである。ThielはFacebookやPalantirなどへの投資で成功し、26億ドルの資産があるとされる。ThielはTrump候補に寄付金を拠出し、同氏の主張を論理的に代弁してきた。Theilは共和党党大会に招かれ独自の見解を展開した。
シリコンバレーの責任
Thielによると、シリコンバレーは米国社会からかい離している。シリコンバレーでイノベーションが生まれビジネスが興隆している。しかし、成功は個人の資産を増やすだけで、米国市民の生活が豊かになっているわけではない。世帯当たりの収入は長い間低迷し、反対に、米国の医療費は世界で一番高い。学生は奨学金で巨額なローンを抱え、就職しても返済に追われている。シリコンバレーは社会の現状を理解し、企業としての責任を果たすべきと主張する。
サイレントマジョリティー
大統領選挙結果はシリコンバレーが米国社会からかい離していることを物語っている。シリコンバレーだけでなくメディアも含め、米国のエスタブリッシュメントは市民の心情を読み誤った。これだけ多くの市民が今の政治に大きな不満を抱いているとは予想外であった。Obama政権はリーマンショックから立ち直ったと主張するが、恩恵を受けているのはエスタブリッシュメントで、ブルーカラーとの差が開いた。Clinton候補の敗北は行き過ぎた格差社会に起因するといっても過言ではない。投票結果は声を上げない一般市民の意見が反映されている。
これからの四年間はAIに起因する失業対策
大統領に当選したTrump氏は一般市民の声に応えることが責務となる。米国に製造業を呼び戻し、雇用を増やし賃金を上げると約束している。一方、製造業を含む全産業がAIやロボットによる自動化で激変している。これからの四年間はAIや自動運転車を含むロボティックスに起因する失業問題が続出し、メキシコではなくテクノロジーが職を奪うことになる。失業対策が大統領の大きな使命となる。これと並行して、Trump政権のシリコンバレーへのポジションも定まり、AIを含むイノベーションを生み続けることができるのかが決まる。
(下の写真は近所の投票所。投票は大統領選挙の他に、連邦政府の上院・下院議員、及び、州政府の上院・下院議員を選ぶ。各地域での住民投票も併せて実施される。この結果、カリフォルニア州では大麻の使用が認められた。投票用紙はリーガルサイズで6ページ分に及び、40項目について意思を表明する。このため、事前に模擬投票用紙にマークしておき、投票所ではこれを転写する。)

出典: VentureClef |
再びチェンジ
Changeを掲げて当選したObama大統領であるが、共和党が多数を占める議会との関係が崩れ、政治が停滞し改革が進まない。個人所得が思うように上がらない上に、オバマケアーの保険料が年々上昇する。Trump氏は「Make America Great Again」と唱え、再びチェンジをキーワードに当選した。Trump氏は政治経験はなく実業家で、ホワイトハウスにビジネスの手法を持ち込むことになる。新しい視点から政治が進むことに期待したい。