Trump氏の勝利は行き過ぎた格差社会に不満を抱えている労働者層からの支持によるところが大きい。Trump新大統領は格差を是正することを掲げ、米国に雇用を呼び戻し賃金を上げると約束した (下の写真)。選挙結果を受けシリコンバレーではUniversal Basic Income (最低所得保障) の議論がクローズアップされている。低所得者層に現金を支給し、行き過ぎた格差を是正する試みが始まった。

出典: Donald J. Trump for President, Inc. |
Universal Basic Incomeとは
AIやロボティックの進化で多くの人が職を失うことが懸念される。失業者対策の一つとしてUniversal Basic Income (以降ベーシックインカムと記載) が議論されてきた。ベーシックインカムとは社会保障の一種で、市民は定期的に一定額の給付金を政府や公共機関から受ける制度を指す。市民は受け取るお金で最低限の生活を送ることができる。
ベーシックインカムの争点を纏めると
ベーシックインカムの基本コンセプトは貧困層だけでなく国民全員に補助金を支給することにある。これを導入することで、福利厚生施策を廃止してベーシックインカムに一本化する。住宅補助、食糧支援、高齢者医療などの施策の代わりに、ベーシックインカムを運用する。これにより政府組織がシンプルになり、福利厚生政策の運用コストが下がるという利点がある。
一方、ベーシックインカム導入には大規模な財源が必要でこれが最大の障壁となる。更に、国民に生活費を支給すると勤労意欲が失われるという懸念が根強くある。ただ近年は、AIに起因する失業対策としてベーシックインカムの必要性が注目を集めている。Trump新大統領の誕生で社会格差の深刻さが認識され、ベーシックインカムの議論が一気に活発になった。
AI研究者がベーシックインカムの必要性を訴える
AI研究を牽引する著名人がベーシックインカムの必要性を訴えている。Baidu研究所所長Andrew Ngは大統領選挙の翌日、ベーシックインカムの必要性をブログに投稿した (下の写真)。Ngは「選挙結果は不公平感による不満を反映している」と述べ、「住民の底辺を支えるためにベーシックインカムが必要」と主張。併せて「すべての人が(社会の階段を)上るために教育も必要」と述べている。大統領選挙で露呈した格差問題を解決する施策の一つとしてベーシックインカムに注目している。

出典: Andrew Ng @ Twitter |
既に実証実験が進んでいる
高度なAI技術を生み出すシリコンバレーで、既にベーシックインカムの実証実験が進んでいる。著名インキュベータY Combinator社長Sam Altmanは2016年5月、ベーシックインカムの試験運用を始めると発表した (下の写真)。San Francisco対岸のOaklandでトライアルが始まった。この地区で100家族を選び、毎月1000ドルから2000ドル程度の現金を支給する。期間は6か月から1年の間で、受給者は受け取ったお金を自由に使うことができる。
Oaklandは経済格差が顕著な場所
Oaklandは富裕者層と貧困層の間で経済格差が顕著な都市である。同時に、Oaklandはハイテク企業の流入で地域住民との関係が悪化している。これはGentrification (都市部の高級化) と呼ばれ、裕福なハイテク企業社員が街に入り物価や住居費が高騰し、住民が郊外に転出せざるを得ない問題が発生している。Y Combinatorはこれら住民にベーシックインカムを提供することで問題を緩和できるのか検証を進めている。この実証実験が上手くいけば、本格的なプログラムに移行するとしている。

出典: Y Combinator |
なぜ民間企業が社会保障施策を手掛けるのか
ベーシックインカムの実証実験はカナダやフィンランドなどで実施され、Oaklandのプロジェクトが初めてというわけではない。しかし、ベーシックインカムという社会保障政策を民間企業が手掛けている点に特徴がある。なぜ民間企業が担うのかという疑問に対しては、Y Combinatorは明確な回答は示していない。ベーシックインカムは現在施行されている失業保険などのセーフティネットの代わりとなると述べるにとどまっている。
AI開発企業の新しい責務となるのか
技術進化により職が失われていくと、多くの人が収入を失い生活に行き詰る。その原因を生み出した企業は社会的な責務を果たすべきという見方が生まれてきた。その一つの手段としてベーシックインカムに注目が集まっている。今までもITによる自動化で多くの職がコンピュータに置き換えられた。しかしAIによる自動化は今までと比べ物にならないほど社会に与える影響が大きい。Y Combinatorの実証実験は、AIやロボットや自動運転車を開発する企業は社会貢献のあり方を見直すべきとのメッセージを含んでいる。
Elon Muskはベーシックインカムの必要性を認める
シリコンバレーの著名人はベーシックインカムに関し、将来を見据えた考え方を示している。Tesla創業者Elon MuskはCNBC放送のインタビューで、ベーシックインカムは必要になるとの見解を示した (下の写真)。Teslaは完全自動運転車の開発を目指している。また、Tesla製造工場はロボットによる自動化が進んでいる。これにより職業ドライバーや工場労働者は自動運転車やロボットに置き換えられ職を失う可能性が高くなる。

出典: CNBC |
社会格差が進むと平和な社会が脅かされる
この流れは自動車産業だけでなく他の産業でも起こり、自動化による失業が世界規模で発生する。人員削減で企業は高い利益を生み出すことができるが、利益を再分配するメカニズムが無ければ、収入の格差が今以上に増大する。ひいては、社会や経済が不安定になり、平和な世界が脅かされる危険性を含む。Muskは自社で技術開発を進めるだけでなく、会社としての社会的責任を負う必要があるとを認めている。
仕事をしないと人は存在価値を見失う
ベーシックインカムを導入すると最低限の生活が保障され安定した生活ができる。人々は働かなくても一定の生活が約束される。しかし、働かなくても生活ができれば、人はその存在意義を問われることになる。人は生活を支えるためには嫌な仕事でもこなすが、同時に、仕事を通して自分の価値を証明し、存在意義を確認している。仕事をしなくても生活できれば、自分の価値を見失うという問題が生じる。
人間のクリエイティビティを解き放つ
その一方、いやな仕事から解放されると人間は創造性を発揮するという考え方もある。ベーシックインカムで最低限の生活ができると、人々は興味を持っていることを自由に探究できる。絵を描くのが好きな人は時間に拘束されないで、この道を探求できる。プログラミングが好きな人は自由にハッキングできる。ベーシックインカムが導入されていない現在でも、創造性は個人の自由な活動から生まれることが見受けられる。人間のように振る舞う高度な自動運転アルゴリズム (Comma.ai) は天才青年 (George Hotz) の趣味が高じて生まれた。
近未来のすがた:ロボットが生産し人が消費する社会へ
Singularity (AIが人類を凌駕するポイント) の到来を主張するRay Kurzweil (現在はGoogle研究員) も同様な考え方を示しているが、AI大量失業時代の次はAIが人類を養う時代が来ると予測する。AIやロボットによる自動技術の進化で、全人類の生活を支えるだけの生産ができ、人は働く必要はなくなる。そうなると人々は働かなくなるのではなく、「仕事」を続けると主張。「仕事」とは誰かに命じられてこなすタスクではなく、自分が取り組みたいことを指す。つまり、生きがいを感じない労働から解放されることを意味する。
人類の創造性の爆発が起こる
いつの時代も人間は働くことに喜びを感じる。そして地球規模で人々が「仕事」をすると、人類の創造性の爆発が起こるとも予言する。高度AI社会では地球規模で創造性が開花し、新しい文明が生まれる。このバラ色の予測に対し反対意見も少なくないが、ベーシックインカムは常にAIの進化と対で議論される。
国民的な議論が広がる兆し
翻ってTrump新大統領とともに上院と下院で勝利した共和党はベーシックインカムの考え方と親和性が高い。Obama政権が運営してきた社会保障制度に一貫して反対の意思を示し、共和党は小さな政府に引き戻すと繰り返し主張している。 (下のグラフは食糧支援を受けている人の数の推移でObama政権で急増していると主張。社会保障制度が肥大化していることを意味する。) Trump新政権の四年間はAIやロボティックス技術が劇的に向上し、大量失業時代に突入することが懸念される。実証実験を含む検証作業などを通し、ベーシックインカムの国民的な議論が広がる兆しを感じる。

出典: Donald J. Trump for President, Inc. |