牛肉を使わずすべて植物からできたハンバーガーが登場した。食べると牛肉の味がして本物と見分けがつかない。シリコンバレーで先端技術を駆使した次世代食品が生まれている。Biology (生物学) とAIが結びつきSynthetic Biology (合成生物学) でイノベーションが起こっている。

出典: VentureClef |
次世代食品を開発
このハンバーガーはシリコンバレーに拠点を置くImpossible Foodsというベンチャー企業が開発した。スタンフォード大学教授が起業した会社で、合成生物学により植物から食肉を生成する研究をしている。次世代の食料を開発することがミッションで、GV (Google Ventures) やBill Gatesなどが出資している。
実際に食べてみた
このハンバーガーは「Impossible Burger」と命名されサンフランシスコ地区のレストランで提供され始めた。実際にこのハンバーガーを食べてみた。注文すると小ぶりのハンバーガーが二つプレートに乗って出てきた (上の写真)。見た目は普通のハンバーガーで、食べると牛肉の味がしてとても美味しかった。パテの中から赤い肉汁が出てきて、見た目だけでなく味も牛肉と見分けがつかない。若干味が薄いと感じたが、これが植物からつくられているとは信じられない。
本物をリバースエンジニアリング
Impossible Foodsは本物のハンバーガーの構成要素を解析し、リバースエンジニアリングしてこの製品を開発した。パテには小麦から抽出したたんぱく質が使われ、外観と食感が作られる。パテの表面はジャガイモのたんぱく質で覆われ、グリルで焼くと香ばしくなる。パテにはココナツオイルの粒が入っており、これが霜降りとなりグリルで焼くと油がぱちぱちと跳ねる。
ハンバーガーの味を決める「Heme」
ハンバーガーの味を決めるのがHemeという素材だ。Hemeとは血液中のヘモグロビンの色素を構成する物質で濃い赤色の液体である。これをパテに加えると牛肉の色になり、焼くと薄赤色の肉汁となる。Hemeは酸素と化合し肉独特の鉄分を含んだ香りや味となる。Hemeがハンバーガーの味を決める一番重要な材料となる。(下の写真はパテを作っているところで、赤身分部は小麦のたんぱく質にHemeを加えたもの。白い粒がココナツオイル片。)

出典: Impossible Foods |
生物学手法でHemeを生成
カギを握るHemeは合成生物学の手法で生成される。大豆のLeghemoglobin (Hemeに含まれるたんぱく質) の遺伝子を酵母分子に注入する。この酵母を発酵させるとLeghemoglobinが生成され、これをろ過してHemeを抽出する。マメ科植物の根粒にはLeghemoglobinが含まれており、酸素と化合しこれを運ぶ役目を担っている。食物からHemeを採取するのでは大量生産ができないし、蓄積された二酸化炭素が放出される。合成生物学の手法で生成しないと事業として成立しない。
人口が増えると食肉を供給できない
Impossible Foodsが植物ベースの食肉を生成するのは牛を飼育するには限界があるため。牛を飼育するには飼料として大量の干し草と水を必要とする。地球上で人口が増え続けると飼料の供給が限界となり、家畜から食肉を供給することができなくなる。このためImpossible Foodsは合成生物学の手法で食肉を生成する技術を開発している。牛肉だけでなく、豚肉、鶏肉、魚肉の開発を進めている。
工場で人工的に製造された食肉は余りイメージが良くない。消費者はこれを食べることに抵抗感を持っていたが、ここ最近は受け止め方が変わってきた。調査会社のレポートによると、この傾向は若い世代で顕著で、ミレニアル層の2/3は工場で製造された肉を毎日食べると答えている。工場で製造された食肉は健康食品で、同時に、環境に優しい製品であることが評価されている。
合成生物学とは
上述の合成生物学とは生物で構成されるパーツやシステムを設計・製造する技術体系を指している。合成生物学はGenetic Engineering 2.0とも呼ばれ、遺伝子工学の最新技術を使っている。合成生物学はGenetic Code (特定のたんぱく質を生成するプログラム) を形成する塩基対 (A、T、C、G) を編集し、微生物 (Microbe) のDNAに組み込みたんぱく質を生成する。この技術を使って医療、農業、生活に役立つ物質を生成する。

出典: Apeel Sciences |
合成生物学により誕生している製品
合成生物学により自然界には無い機能を持った製品が登場している。これらはImpossible Materialsと呼ばれ、信じられない機能を実現する。Impossible Burgerの他に植物から牛乳を生成する研究が進んでいる。腐らない果物が登場している (上の写真、特殊な素材でブルーベリーをコーティングすると日持ちが良くなる)。食物だけでなく生物 (クラゲやイカなど) が持っている発光のメカニズムを遺伝子操作で作り出し、これを建造物の照明に応用する。メタルより軽くて丈夫な”プラスチックエンジン”も研究されている。医療分野ではCRISPR/Cas9という高度な遺伝子編集技術を使いがん治療薬の開発が進んでいる。
AIやロボットがこれを支える
合成生物学をベースに物質を開発する手法はMicrobe Engineeringと呼ばれる。文字通り微生物を対象としたエンジニアリングで、DNA構造を設計し、これを試験で検証する作業の繰り返しとなる。合成生物学は未開の分野で試行錯誤で研究が進んでいる。DNA構造と分子反応のパターンの数は膨大でAIや機械学習の技術が無くては進まない。実際の検証はすべてのプロセスを自動化する必要がある。ロボットが実験を実行しその結果をAIが検証する。
21世紀最大のイノベーション
合成生物学はAIとRoboticsの進化で研究が大きく進んでいる。「21世紀最大のイノベーションはBiologyとTechnologyの交点で生まれる」という言葉がある。これは生物学者の発言ではなくSteve Jobsが亡くなる直前に述べた言葉である。この言葉の通り両者が結びつき信じられない機能を持った製品が登場している。