Zymergenというベンチャー企業は合成生物学 (Synthetic Biology) の手法で新しい製品を開発している。製品開発の背後ではAI、ロボット、バイオロジー技術が使われ、高度な予測のもと試験を繰り返す。酵素の機能を強化し新しい微生物を生成する手法で信じられない素材を生成する。

出典: Zymergen |
Impossible Materialを生成する
Zymergenの使命は「Impossible Material」を開発することにある。Impossible Materialとは既存の素材から大きく逸脱した機能を持つマテリアルを指す。古くはゴムの木からつくられたゴムボールがこれに相当する。歴史を振り返るとゴムが欧州にもたらされ産業革命を支えた。その後、石油化学に基づくImpossible Materialの研究開発が進められた。
石油化学ベースの素材
石油化学ベースのImpossible Materialは生活の中で幅広く使われている。ガラスのように加工できるが3倍軽く割れない素材が誕生した。これはポリエチレン(Polyethylene)で容器などで使われている。自重の800倍の重さの水を吸収する素材はポリアクリル酸ナトリウム (Sodium polyacrylate) でダイパーなどに使われる。弾丸を通さない強い繊維としてケブラー (Kevlar) が開発され防弾チョッキに使われている。
次世代のImpossible Material
Zymergenを含むバイオベンチャーは次世代のImpossible Materialを探している。石油化学と異なり自然界は多彩な分子構造を持っている。世界で20万種類の分子構造が発見されているが (下の写真、一部)、総数は数百万といわれている。Zymergenはこの中から360種類の生物分子 (Biomolecule) を特定し、合成生物学の手法でImpossible Materialを開発している。

出典: Royal Society of Chemistry |
遺伝子工学の最新技法
合成生物学とは今までに存在しない生物部品やシステムを設計し製造する技術体系を指す。合成生物学は「Genetic Engineering 2.0」とも呼ばれ遺伝子工学の最新技法を意味する。合成生物学は遺伝子コード (Genetic Code、A、T、C、Gから構成される) を編集して微生物 (Microbe) のDNAに組み込み、微生物からたんぱく質 (これがImpossible Material) を生成する (下の写真)。これを医療、農業、製造業などに応用し、生活に役立つ物質を生成する。合成生物学のプロセスはワインの醸造に似ている。ワイナリーで葡萄 (糖分) を酵母 (微生物) で発酵させアルコールを生成する。ただ、合成生物学の手法は酵母 (微生物) のDNAを組み替えて今までに存在しない素材を生成する点が大きく異なる。

出典: Zymergen |
Radical Empiricismという手法
ロジックはシンプルであるが化学反応のプロセス (Biochemical Pathway) は極めて多彩で複雑である。このためZymergenは「Radical Empiricism」という手法で合成生物学ベースのImpossible Materialを開発する。微生物のDNA編集と発酵のプロセスをソフトウェアで自動化する (下の写真)。

出典: Zymergen |
この手法はMicrobe Engineeringと呼ばれ、人間が経験と勘に頼っていた部分をAIとロボットで置き換える。AIが酵母の遺伝子組み換えを把握し、試験の成功と失敗の事例から学習を重ねる。実際の試験は人間ではなくロボットが実行し (下の写真)、全てのプロセスが自動化されている。Zymergenはデータサイエンスに裏付けられたMicrobe Engineeringの手法を取る。

出典: Zymergen |
工業用酵素の機能を改良する技術
Zymergenは工業用酵素の機能を改良する技術も提供している。発酵によりバイオ燃料、素材、医薬品が生成されるがその市場規模は1600億ドルといわれる。これらの企業は使っている酵素の機能強化をZymergenに依頼する。ZymergenはこのプロセスでもAIとロボットで自動化し、短時間で多種類のケースを試験して酵素のDNA構造を決定する。
AIとロボットがImpossible Materialを見つける
ワイン醸造の例に例えると杜氏に代わりAIが酵母とワインの出来をデータサイエンスの手法で把握し、酵母を改良する方法を提案する。杜氏の経験と勘を酵母のDNA編集に集約し、長い年月を要したプロセスを1か月に短縮する。酵母に含まれる遺伝子の数とその組み換えのパターンは膨大で人が直感的に理解することはできない。ここでAIが使われロボットが大規模並列で実験を繰り返す。Impossible Materialは化学者の経験と勘ではなくAIとロボットが生み出すことになる。