DNAシークエンシング技術は高度に進化しヒトの全遺伝子配列を高速低価格で解明できるようになった。DNA編集技術も進化し、プログラムをコーディングする要領で遺伝子配列を生成できる。いまDNAを媒体とするサイバー攻撃の脅威が指摘されている。DNAにマルウェアを組み込み、これをシークエンサーで読み込むとコンピュータがウイルスに感染する。

出典: Tadayoshi Kohno et al. |
DNAセキュリティ研究
これはワシントン大学コンピュータサイエンス学部 (Paul G. Allen School of Computer Science & Engineering, University of Washington) がセキュリティ研究として発表したもので、DNAを使ってサイバー攻撃ができることを示している。バイオサイエンスとコンピュータの交点が攻撃の対象となっている。実際に被害が発生しているわけではないが、この研究は将来の攻撃に対して今から対策を取る必要性を説いている。
システムが攻撃を受ける仕組み
この研究では実際にマルウェアを組み込んだDNA (上の写真、中央部の液体状の物質) を生成し、これでコンピュータの制御を奪うことに成功した。まず、DNAをシークエンサーで解析し遺伝子配列を読み取る。次に、解析された遺伝子配列はコンピュータで処理され遺伝子変異などの知見を得る。しかし、マルウェアが埋め込まれた遺伝子配列をコンピュータで処理するとシステムにウイルスが侵入し制御を奪う。
DNA Processing Pipelineを攻撃
具体的には、遺伝子解析のプロセスは検体 (唾液など) をDNAシークエンサーで処理し塩基 (A, T, C, G) 配列順序を把握する。塩基配列は解析システム (一般にDNA Processing Pipelineと呼ばれる) で処理され遺伝子変異などを検出する。DNA Processing Pipelineは大規模な遺伝子配列を解析し遺伝子変異のカタログを生成するプロセスとなる。研究ではこのプロセスで遺伝子配列を装ったマルウエアがコンピュータを攻撃し制御を奪うことに成功した。
シークエンシング技術の進化
DNAシークエンシング技術はムーアの法則を上回るペースで進化している。シークエンシング技術のトップを走るのがIlluminaで遺伝子解析のインテルとも呼ばれている。Illuminaによるヒトの全遺伝子をシークエンシングするコストは2009年は10万ドルであったが2014年は1000ドルに低下した。この価格破壊が遺伝子解析ビジネスの引き金になっている。(下の写真、Illuminaのシークエンサー「HiSeq」)

出典: Illumina |
遺伝子編集技術
同時に、遺伝子編集技術も高度に進化し低価格で特定の配列を持つDNAを購入できる。研究では、マルウエアを埋め込んだDNAを合成するためにIntegrated DNA Technologiesという会社のgBlocks Gene Fragmentsというサービスが使われた。同社はCoralville (アイオワ州) に拠点を置きDNA合成サービスを提供している。gBlocks Gene Fragmentsとは指定された配列でDNAを生成するサービスで、このケースでは生成にかかる費用は89ドルであった。
クルマのハッキングを警告
同学部は2010年にクルマがハッキングされる危険性に関する論文を発表した。クルマの構造が機械部品からエレクトロニクスに進化し、インターネットに接続される構成となっている。研究者は実際にクルマの電子制御部分 (Electronic Control Unit) にハッキングするデモを公表し注意を喚起した。当時はクルマがハッキングされることは想像しにくく、セキュリティに関する意識は低かった。しかし、近年はクルマをハッキングする事例が数多く報告され、論文で指摘された危険性が現実になっている。
DNAビジネスの中心はソフトウェア
同様にDNAにマルウェアを埋め込んだ攻撃が起こるとは考えにくいのが実情である。DNAシークエンシングやDNA解析システムに関するセキュリティ意識はまだまだ低い。DNAシークエンシング価格の低下で遺伝子配列データが大量に生成されている。DNAビジネスの中心はシークエンシングハードウェアから生成された遺伝子配列データを解析するソフトウェアに移っている。個人向け遺伝子解析やPrecision Medicineと呼ばれる個人に特化した医療サービスなどが普及することになる。遺伝子解析が個人の健康を支える社会インフラになり、システムを安全に運用するためのセキュリティ対策が求められる。