社会の安全を担保するためにAIが活躍している。市街地や空港の監視カメラの映像をAIが解析しテロリストや犯罪者を特定する。一方、今年はAIを悪用した攻撃が広まると予想される。守る側だけでなく攻める側もAIを使い、社会生活が脅かされるリスクが高まると懸念される。

出典: Google |
Googleの研究成果
Googleの研究グループはAIを誤作動させるステッカー(上の写真) を論文の中で公開した。このステッカーは「Adversarial Patch (攻撃ステッカー)」と呼ばれ、これを貼っておくと画像認識アルゴリズムが正しく機能しなくなる。ステッカーは円形で抽象画のようなデザインが施されている。これをバナナの隣に置くと、画像認識アプリはバナナをトースターと誤認識する。ステッカーを街中に貼っておくと、自動運転車が正しく走行できなくなる。
ステッカーを使ってみると
実際にステッカーを使ってみると画像認識アプリが誤作動を起こした。先頭のステッカーを印刷して、円形に切りぬき、バナナの隣に置いて画像認識アプリを起動した。そうすると画像認識アプリはバナナを「トースター」と誤認識した (下の写真、右側)。アプリにはこの他に「ライター」や「薬瓶」などの候補を示すが、バナナの名前はどこにも出てこない。バナナだけを撮影すると、画像認識アプリは「バナナ」と正しく認識する (下の写真、左側)。ステッカーは抽象画のようで、人間の眼では特定のオブジェクトが描かれているとは認識できない。

出典: VentureClef |
画像認識アプリ
画像認識アプリとしてiPhone向けの「Demitasse – Image Recognition Cam」を利用した。これはDenso IT Laboratoryが開発したもので、画像認識アルゴリズムとして「VGG」を採用している。このケースではその中の「VGG-CNN」で試験した。VGGとはオックスフォード大学のVisual Geometry Groupが開発したソフトウェアで、写真に写っているオブジェクトを把握し、それが何かを判定する機能がある。VGG-CNNの他に、ネットワーク階層が深い「VGG-16」などがあり、画像認識標準アルゴリズムとして使われている。
ステッカーの危険性
画像認識機能を構成するニューラルネットワークは簡単に騙されることが問題となっている。多くの論文で画像認識アルゴリズムを騙す手法やネットワークの脆弱性が議論されている。Googleが公開した論文もその一つであるが、今までと大きく異なるのは、この手法を悪用すると社会生活に被害が及ぶ可能性があることだ。先頭のステッカーを印刷して貼るだけでAIが誤作動する。
自動運転車の運行に影響
その一つが自動運転車の運行を妨害する危険性である。自動運転車はカメラで捉えたイメージを画像認識アルゴリズムが解析し、車両周囲のオブジェクトを把握する。もし、道路標識にこのステッカーが貼られると、自動運転車はこれをトースターと誤認識する可能性がある。つまり、自動運転車は道路標識を認識できなくなる。Tesla Autopilotは道路標識を読み取り制限速度を把握する。このステッカーが貼られるとAutopilotの機能に支障が出る。当然であるが、道路標識にステッカーを貼ることは犯罪行為で処罰の対象となる。
Street Viewで番地が読めなくなる
自宅にこのステッカーを貼っておくとGoogle Street Viewによる道路地図作成で問題が発生する。Street Viewは位置情報をピンポイントに把握するため、建物に印字されている通りの番号をカメラで撮影し、画像解析を通し番地を把握する。番地プレートの隣にステッカーを貼っておくと、画像解析アルゴリズムはこれをトースターと誤認識する。ステッカーをお守り代わりに使い、自宅に貼っておくことでプライバシーを守ることができる。
ステッカーの作り方
Google研究チームは論文でステッカー「Adversarial Patch」の作り方を公開している。ステッカーは複数の画像認識アルゴリズムを誤作動させるようにデザインされる。ステッカーの効力は、デザインだけでなく、オブジェクトの中での位置、ステッカーの向き、ステッカーの大きさなどに依存する。(ステッカーの向きを変えると認識率が変わる。先頭の写真の方向が最大の効果を生む。ステッカーのサイズを大きくすると効果が増す。最小の大きさで最大の効果を生むポイントがカギとなる。オブジェクト全体の10%位の大きさで90%の効果を発揮する。)
ステッカーを生成するアルゴリズム
ステッカーは特別なアルゴリズム (Expectation Over Transformationと呼ばれる) で生成される。上述の条件を勘案して、ステッカーの効果が最大になるよう、ステッカー生成アルゴリズムを教育する。効果を検証するために代表的な画像認識アルゴリズム (Inceptionv3, Resnet50, Xception, VGG16, VGG19) が使われた。先頭のステッカーは「Whitebox – Ensemble」という方式で生成され、これら五つの画像認識アルゴリズムを誤作動させる構造となっている。この事例では「トースター」を対照としたが、任意のオブジェクトでステッカーを作成できる。

出典: Google |
画像認識アルゴリズムの改良が求められる
社会でAIを悪用した攻撃が始まるが、これを防御するには画像認識アルゴリズムの精度を改良することに尽きる。既に、画像認識クラウドサービスは高度なアルゴリズムを取り入れ、先頭のステッカーで騙されることはない。事実、Googleの画像認識クラウド「Cloud Vision」でステッカーを貼った写真を入力しても誤認識することはない (上の写真)。犬の写真に先頭のステッカーを貼っているが、アルゴリズムは「犬」と正しく判定する。回答候補にトースターの名前は出てこない。
エッジ側での処理
自動運転車だけでなく、ドローンやロボットも生活の中に入り、ステッカーを使った攻撃の対象となる。更に、農場ではトラクターが自動走行し、工事現場ではブルドーザーが無人で作業をする。これらは、画像認識アルゴリズムはクラウドではなく、車両やデバイス側で稼働している。これらエッジ側には大規模な計算環境を搭載できないため、限られたコンピュータ資源で稼働する画像認識アルゴリズムが必要となる。リアルタイムで高精度な判定ができる画像認識アルゴリズムと、これを支える高度なAI専用プロセッサの開発が必要となる。
AIを使った攻撃と防御
GoogleがAdversarial Patchに関する論文を公開した理由はAIを使った攻撃の危険性を警告する意味もある。AIを悪用した攻撃が現実の問題となり、我々はその危険性を把握し、対策を講じることが求められる。具体的には、画像認識アルゴリズムの精度を改良していくことが喫緊の課題となる。ただ、Adversarial Patchの技術も向上するので、それに応じた改良が求められる。スパムとスパムフィルターの戦いで経験しているように、いたちごっこでレースが続くことになる。これからは守る側だけでなく攻める側もAIを使うので、セキュリティ対策に高度な技能が求められる。