AIの急速な進化で自動化が進み、労働者の職が奪われるケースが急増している。アメリカ経済は成長を続けるが、富が富裕者層に局在し、社会格差が広がっている。2015年には米国製造業で400万人が職を失い、2030年には全労働者の1/3が失業するといわれている。資本主義の矛盾をどう解決すべきか、ベーシックインカムの議論が広がっている。2020年の大統領選挙ではベーシックインカムが重要な争点となりそうだ。更に、失業を生み出すAI企業の責任も問われることになる。(前半から続く)

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シリコンバレーで賛同が広がる
シリコンバレーでもベーシックインカムの議論が活発になっている。この背景には、ハイテク企業が生み出すAIが労働者の雇用を奪う大きな要因となり、企業経営者はその責任の一部を負うべきとの考え方があるためだ。ハイテク企業経営者を中心にベーシックインカム導入を支持する声が高まり、シリコンバレーでその実証試験が始まった。ベーシックインカムが問題を解決する切り札になるのか、データサイエンスの手法でその検証が始まった。
オークランドでの実証実験
著名ベンチャーキャピタルY Combinatorはベーシックインカムの予備試験を実施した。サンフランシスコ対岸のオークランド (上の写真) で100家族を選び、毎月1000ドルの現金を支給した。受給者は受け取ったお金を自由に使うことができる。予備試験は2016年9月から2017年末まで実施された。
全米で本試験を実施
この予備試験に続き、Y Combinatorは規模を拡大した本試験を展開する。二つの州で1000人を選定し、今年から5年にわたり毎月1000ドルを支給する。このグループと受給を受けない一般のグループを比較し、受給者の行動特性や健康状態を解析する。具体的には、受給者の時間の使い方、健康管理、財政状況、意思決定のパターン、政治に関する偏向などを調査する。これらの情報がベーシックインカムを制度化するための基礎データとなる。
実証試験の意味
Y Combinatorがこのプログラムを実施する理由は社会システムの歪みを補正するため。米国において貧困者層が急増し、中間層が減少し、社会格差が拡大している (下のグラフ、富裕層10%がその他90%の収入を上回る)。これにより米国で政治対立が先鋭になり (極右団体と極左団体の拡大)、地域社会が分裂する (ジェントリフィケーション) など、社会全体が不安定になっている。

出典: Y Combinator / Piketty, Saez, Zucman (2016) |
ベーシックインカムを科学的に分析
AIを中心にテクノロジーがこの流れを加速している。このため社会格差を緩和するためにベーシックインカムの議論が高まっている。しかし、その有効性を議論するための科学的なデータはなく、施策は進んでいないのが実情である。このプログラムの目的はベーシックインカムを科学的に解析し基礎データを収集することにある。
ストックトンでも実証実験が始まる
シリコンバレー郊外のストックトンはベーシックインカムの導入を決定し、試験運用が間もなく始まる。同市は長年にわたる財政規律の緩みで、2012年に財政破産を宣告した。今は新市長のもとで、革新的手法を取り入れ、経済の立て直しを図っている。この一環で、市は2018年8月から、ベーシックインカム研究プログラムを開始する。100人の市民を選び毎月500ドルを3年間支給する。研究プログラムの目的は、受給者の生活や健康を追跡調査することで、これら基礎データがベーシックインカムを制度として導入する際の参考情報となる。
ベーシックインカム研究所
この研究プログラムは非営利団体「Economic Security Project」と共同で実施されている (下の写真)。この団体はFacebook創設者のひとりChris Hughesが設立し、ベーシックインカムの基礎研究を担っている。Economic Security ProjectはAIによる自動化やグローバリゼーションが社会格差を生んでいると認識する。米国経済は好調で巨大な富が蓄積されるが、低所得者層はその恩恵にあずかることができない。中間層は上に昇ることができず、将来への不安が高まる。この問題を解決するためにベーシックインカムの手法が有効であるかどうかを研究する。

出典: Stockton Economic Empowerment Demonstration |
アメリカ国民の意見
社会格差が拡大する中、AIやベーシックインカムを米国人はどう受け止めているのか、興味深い調査結果が発表された。これはGallupとNortheastern Universityの共同研究で、アメリカ人成人3,297人へのアンケート調査を解析した結果である。これによると、米国人はAIに対して好意的な印象を持っている(76%)。しかし、同時にAIの導入により職が奪われるとも感じている(73%)。米国人はAIをポジティブに評価しているものの、同時に、AIが仕事を奪うと懸念している姿が浮かび上がる。
AI企業の責任
ベーシックインカムについては、アメリカ人の半数 (48%) が必要と考えている。AIに仕事を奪われるため、ベーシックインカムがセーフティーネットとして必要であると考える。しかし、ベーシックインカムの財源をどこに求めるかについては際立った特徴を示している。増税などによる国民への負担が増えることには反対で、多くの人 (80%) はAIで利益を得たハイテク企業が負担すべきと考えている。AI企業は失業対策で大きな社会的責任を持つべきとの考え方が主流となってきた。
Facebookは導入を支持
この流れを肌で感じているシリコンバレー経営者はベーシックインカムの必要性を相次いで表明している。Facebook最高経営責任者Mark Zuckerbergは講演の中で、ベーシックインカムの導入が必要との考えを示した。Zuckerbergは社会の新ルールを作る必要があるとし、人は収入ではなく仕事の意味で評価されるべきとの持論を展開。新社会では仕事に失敗しても生活できる社会構造が必要と述べ、ベーシックインカムの導入を支持している。
Microsoftはユートピア論を展開
Microsoft創設者Bill GatesはAIの社会に及ぼすインパクトに関し特異な見解を持っている。世界経済フォーラムの会場でこれを表明した (下の写真)。AIは既に社会に入りこみ、多くの人の職を奪っている。しかし、AIは人間より効率的に仕事をこなし、多くの富を生みだしている。これにより人間は労働時間を減らすことができ、空いた時間を好きなことに費やすことができる。つまり、GatesはAIは人間にユートピアを提供すると予測している。

出典: CNBC |
理想郷にソフトランディングするために
同時に、AIは社会に浸透する速度が速く、世の中がこの流れに追随できないことが問題だと指摘する。このため、政府は社会保障制度を見直しベーシックインカムを導入し、失業者を再雇用するための教育プログラムの拡充も求められる。政府の施策が上手く機能し、近未来のAI社会にソフトランディングできれば、我々の未来は明るいとしている。
トランプ政権は無関心
トランプ政権はベーシックインカムを支持すると期待されていたが、それとは逆の方向に進んでいる (下の写真)。そもそもトランプ政権はAIやロボットの導入で失業者が増えるとの認識は薄い。米国製造業の雇用はメキシコや中国などが奪うとの信念に基づいて政策が立案されている。このためNAFTAやTPPから脱退し、各国と契約条件の見直しを進めている。AIやベーシックインカムに関する議論はなく、政策で真空状態が続いている。米国では連邦政府に代わり、上述の通り、地方政府やハイテク企業がこの政策をリードしている。
AIでどれだけの職が失われるか
では、AIやロボットなど自動化技術の導入でどれだけの職が奪われるのか、多くの統計データが公表されている。世界経済フォーラムは2020年までに710万人の職が失われ、200万人の職が生み出されるとみている。McKinseyは2030年までに失われる職の数を最大8億人と推定。独立系メディアMother Jonesは、2040年までに全職業の半数がAIに置き換わり、2060年までにすべての仕事はAIに置き換わると予測している。ブルーカラー労働者だけでなく、医師、新聞記者、会社経営者、科学者、芸術家など全職業がAIに取って代わられる。

出典: White House |
AI企業の新たな使命
多くのシンクタンクが予測するように、AIによるインパクトは甚大で、大失業時代が到来する。これに備えてベーシックインカムの議論が進み、実証実験による科学的な検証が始まった。同時に、失業を生み出すAI企業の責任をどう査定するかの議論も始まった。温暖化ガスを排出する企業に税金を課すように、失業を生み出すAI企業へ応分の負担を求めることが国民世論となってきた。既に多くのAI企業は良き市民として社会責任を果たすべく活動を展開している。今後は、社会格差や失業問題への対応求められ、これらがAI企業の新たな使命となる。