Facebookは発行を計画している暗号通貨Libraについて米国連邦議会で証言した。上院と下院の委員会で議員の質問にFacebookが回答する形式で進み、LibraとFacebookについて厳しい意見が相次いだ。Facebookは議会の理解を得るまではLibraを発行しないと明言したが、同時に、米国がデジタル通貨の開発を制限すると中国が金融システムを支配すると警告した。

出典: U.S. Senate Committee on Banking, Housing, and Urban Affairs |
米国連邦議会の公聴会
暗号通貨Libraに関し各国政府や金融機関の懸念が広がる中、米国連邦議会は2019年7月16日と17日の両日、公聴会を開催しLibra責任者であるDavid Marcusに証言を求めた(上の写真)。上院銀行委員会(Senate Banking Committee)と下院金融委員会(House Financial Services Committee)で議員からFacebookの姿勢とLibraの安全性が厳しく問われた。質疑応答を通して、Libraの概要が明らかになり、また、議会が問題視しているポイントが明確になった。(公聴会の様子は各委員会がウェブサイトに公開している。)
米国がデジタル通貨のルールを制定
Libraという新しい金融サービスに各国政府が戸惑っている中、Facebookは米国が世界に先駆けデジタル通貨に関する指針を示すことが必要との見解を示した。また、Libra Association(Libraの運営組織)をスイスに設立した理由は、米国政府の規制を逃れるためではなく、世界の金融組織がここに集まっているためであると説明した。
Libraのビジネスモデル
FacebookはLibraを運営してどう事業を構築するのか、そのビジネスモデルを説明した。Facebookは27億人の会員があり、9000万社がFacebook上で事業を展開している。企業がこれら会員を対象に事業を展開し、買い物の支払いにLibraが使われると事業規模が拡大する。これにより、企業はFacebookに広告を掲載し、広告収入が増えると見込んでいる。これが当面の事業計画であるが、その後は銀行などと提携し金融サービスの提供を検討している。
Facebookの信用問題
FacebookはCambridge Analyticaによる個人データの不正使用に関し50億ドルの制裁金を米連邦取引委員会(Federal Trade Commission)に支払うことで合意した。議員からFacebookが個人情報管理という問題を解決できないまま、なぜ暗号通貨という難しい事業に手を出すのか厳しく問われた。Libraはどのように個人情報を守るのかについて質問が集中した。
個人情報はCalibraに留まる
これに対しFacebookはCalibraで収集したデータをFacebookが共有することはないと回答。CalibraとはFacebookの子会社で同名のデジタルワレット(下の写真)を運用する。多くのデジタルワレットが登場する予定で、Facebookはその一社にすぎず、他社とともに責任をもって運営される。具体的には、消費者がFacebookでCalibraを使って買い物をすると、会員データや購買データはCalibraが管理する。Calibraは別会社でこれらデータはFacebookに渡ることはなく、Libraのトランザクション情報をFacebookが広告などに使うことはないと説明した。

出典: Calibra |
Libraを使った不正送金
委員会のLibraに関する懸念はLibraが不正送金の手段となるという点に集中している。公聴会に先立ち、連邦準備制度理事会(FRB)議長Jerome Powellもこの懸念を表明している。米国政府はイランや北朝鮮に経済制裁を科しているが、Libraによる送金手段がその抜け道になると懸念されている。また、テロリストや麻薬密売などでLibraが使われる可能性も指摘された。既に、Bitcoinのトランザクションの殆どがマネーロンダリングで使われているとの報告もあり、FacebookはLibraを使った不正送金をどう防ぐかが問われた。
Facebookがやらないと中国が手掛ける
Facebookは、米国政府がこれらの問題を回避するためLibraを規制すると暗号通貨の開発が停滞し、別の勢力(固有名称は示されなかったが中国を指す)が暗号通貨を開発し、世界に二つの金融ネットワークが造られると警告した。インターネットが二種類存在すると世界が混乱するように、金融ネットワークが二種類誕生すると経済の発展が阻害される。そもそもブロックチェインでのトランザクションを金融当局は管理できないため、その上で稼働するアプリケーションであるLibraを正しく規制し、世界の基軸ネットワークとすべきと主張した。

出典: Calibra |
Facebookが通貨を発行すべきでない
公聴会に先立ち、トランプ大統領はBitcoinやLibraについて批判的な見解をツイートしている。Bitcoinなど暗号通貨は本当のお金ではないとし、Libraは仮想通貨であり、Facebookが銀行になりたいなら認可(Banking Charter)を受けるべきとの見解を示した。議員からもなぜFacebookがデジタル通貨を発行するのかとの質問が出された。
Libraは通貨ではなく送金手段
これに対してFacebookは、多くの懸念があることを見越して事前にLibraホワイトペーパーを発行した。関係機関がLibraに関する懸念を払しょくするまではFacebookは暗号通貨事業を始めないことを明言した。更に、Libraは通貨ではなく送金手段であることを改めて説明した。海外送金では通常7%の手数料がかかり、3-4日の時間を必要とするが、Libraは無料で即時に送金できる。インターネット上で少額資金を送金する構想は早くから議論されてきたが、Libraがこれを始めて実現したと説明した。
Facebookの警告
Facebookは米国で暗号通貨の開発が停滞すると中国が金融ネットワークを支配すると警告し、Libra事業を進める意義を強調した。これはFacebookの脅しであるが、同時に、世界の情勢でもある。中国の中央銀行である中国人民銀行(People’s Bank of China)はLibraを注視しており、Libraが成功すると世界の金融システムに重大な影響を及ぼすと発言している。
世界で暗号通貨の開発が進む
中国人民銀行はBitcoinなど暗号通貨の研究でトップを走り、Libraに対抗する技術を開発するとみられている。また、カナダやノルウェーやスェーデンなども中央銀行が暗号通貨の開発を進めているとの報告もあり、主要国で暗号通貨が運営される日は遠くない。もう後戻りすることはできず、今までに経験したことのない技術に対し、消費者保護とイノベーションのバランスを取った規制が求められる。