エアバスは量子コンピュータで航空機をデザイン、NISQで量子アルゴリズム開発が始まる

量子コンピュータが登場するまでには5年から10年かかるといわれているが、既に量子アプリケーション開発が進んでいる。現在、「Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ)」と呼ばれる量子コンピュータが稼働し、このプラットフォームで量子ソフトウェアの開発が始まった。NISQは演算ゲートのエラー発生率が高く、中規模構成のシステムとなる。この不安定なマシンで画期的な量子アプリケーションを開発できるのか、世界でアルゴリズム研究が始まった。エアバスはその先頭を走り、NISQで航空機の設計を見直し、エネルギー効率の良いデザインを探求している。

出典: Airbus

エアバスとは

エアバス(Airbus)はオランダに本社を置き、欧州四か国による航空宇宙機器製造会社として1970年に設立された。その当時、米国の航空宇宙機器メーカーが市場を独占しており、エアバスはこの対抗軸として創設された。米ソ冷戦に伴い、米国で企業統合が進み、今では大型旅客機メーカーはボーイング(Boeing)一社だけとなり、エアバスと一対一で対峙する構図となった。エアバスはこの市場で後発メーカーであり、機体設計に先進的な思想や技術を取り入れ、トップに追い付いてきた。今でもこの思想が受け継がれ、エアバスはスパコンを使って航空機を設計し、今では量子コンピュータを使った開発技法を探求している。

量子技術チャレンジ

量子コンピュータはまだ新しい技術で、エアバスは大学などと研究コミュニティを形成して開発を進める方式を取っている。エアバスは量子コンピュータ技術を競う「Airbus Quantum Computing Challenge」を展開している(先頭の写真)。これは量子コンピュータを使って量子アプリケーションを開発するチャレンジで、指定されたタスクを解決する形式で競技が進んでいる。チャレンジは2019年1月に始まり、10月末で開発が締め切られ、現在その成果が審査されており、2020年の第1四半期に順位が決まる。量子コンピュータ研究者、新興企業、大学などが参加しており、その数は500を超える。

エアバスの狙い

このチャレンジは航空機の飛行物理特性(aerospace flight physics problems)を量子アルゴリズムで解明することが目的となる。エアバスはチャレンジへの参加者とともに、量子技術の発展を目標にしている。また、エアバスとしては参加者が開発した優秀な技術を自社の航空機開発で利用することを計画している。更に、エアバスはチャレンジに参加した優秀な量子コンピュータ開発者の採用も視野に入れている。量子コンピュータが登場する前に、既に、量子技術研究者の採用で戦いが始まっている。

離陸時に最小コストで上昇

タスクは5つの項目からなり、参加者はこれらの問題を解決する量子アルゴリズムを開発する。その一つが「Aircraft Climb Optimisation」で、最小のエネルギー(燃料)とコスト(飛行時間)で上昇するプロセスを計算する(下の写真)。航空機は短距離輸送で利用されるケースが増え、離着陸回数が大幅に増えた。このため、如何に省エネで離陸できるかが問われている。このタスクは与えられた条件で最適な組み合わせ(Low Cost Index、燃費と時間の最小値)を求める問題に帰着する。最適化問題は「NP-Hard」と呼ばれ、複雑な問題の中でも難解な領域を指し、スパコンでも解くことが難しく、量子コンピュータに期待が寄せられている。

出典: Airbus

機体の空力特性を評価

次は、数値流体力学(Computational Fluid Dynamics)を量子コンピュータで解くタスク(下の写真)。航空機の効率性は機体全体の形状により決まる。このデザインで数値流体力学が使われ、機体周囲の空気の流れを解析し、機体に及ぼす力などを解明する。いわゆる空力特性を求めるもので、スパコンでは処理時間がかかり精度を上げることが難しい。量子コンピュータで同じモデルを実行すると、どれだけスピードアップできるかを把握することがこのタスクの目的となる。これにより、大規模な数値流体力学モデルを生成し、これを量子コンピュータでシミュレーションすることにつなげる。

出典: Airbus

変微分方程式をAIで解く

数値流体力学で空力特性を解析することは変微分方程式を解くことに帰結する。このタスクは「Quantum Neural Networks for Solving Partial Differential Equations」として出題され、量子コンピュータで偏微分方程式を解く技法が求められる。空気など流体の運動は変微分方程式(Navier-Stokes Equationsなど)で記述され、これを解くためには精緻なモデルを生成し、大規模な計算量を必要とする。この方式に対し、変微分方程式をニューラルネットワークで解く研究が進んでいる。これはAIをシミュレーション結果で教育することで、偏微分方程式の解を見つける手法で、現行手法(Finite Volume Method、有限体積法)に比べ、高速で収束し精度が高いことが報告されている。チャレンジではこの方式を量子コンピュータで実現する技法の開発が求められ、現行コンピュータに比べ、どれだけスピードアップできるのかを評価する。

主翼構造の最適化など

この他のタスクとして、主翼の構造の最適化(Wingbox Design Optimisation、下の写真)やペイロード利用効率の最適化(Aircraft Loading Optimisation)が出題されている。タスクの殆どが航空機の運用効率を高める技術を量子コンピュータで求めるもので、量子アルゴリズムは最適化問題(Optimization)で威力を発揮すると期待されている。

NISQでアルゴリズム開発

これらのタスクはNISQ型の量子コンピュータで実行される。不安定なプロセッサで大規模なゲート演算はできないため、エラーに耐性のある量子アルゴリズムの開発が求められる。また、量子コンピュータと現行コンピュータを連結したハイブリッド構成でアルゴリズムを開発する手法も対象となる。NISQで航空機デザインに役立つ成果がでるのか、審査結果が待たれる。

出典: Airbus

先行して開発する

エアバスは航空機開発でスパコンを採用した最初の企業で、今では量子コンピュータを使った開発方式を模索している。エアバスは量子コンピュータで飛行物理特性(Flight Physics)を計算することに着目し、複雑な物理特性を解明し、開発時間を短縮することを目指している。このために、エアバスは量子コンピュータ開発メーカーや研究機関と提携し、共同で量子アルゴリズムを開発する手法を取っている。高信頼性の量子コンピュータが登場するのはもう少し先だが、NISQやシミュレータでの量子アルゴリズム開発が本格的に始まった。

量子アルゴリズムで地球温暖化対策

航空機は大量の二酸化炭素を排出し地球温暖化の要因とされている。航空機は温暖化ガスの2.5%を輩出しているが、2050年にはパリ協定で定められた温暖化ガス排出量の1/4を占めると予測されている。このため、飛行機で移動することは反社会的とみられ、「Flight Shame」という風潮が広がり、飛行機に乗ることに後ろめたさを感じる人が増えてきた。航空機メーカーとしては温暖化ガス排出量を削減することが大きな使命となり、量子コンピュータを使い機体デザインや航空機運行を最適化する方向に向かっている。