米国空軍は量子コミュニケーションの開発を進める、ハッキングできない安全な通信網が国家のインフラを支える

シリコンバレーで2019年12月、量子コンピュータのカンファレンス「Q2B」(#Q2B19)が開催された。米国空軍研究所「Air Force Research Laboratory」は量子情報科学を防衛に応用する研究を進めている。空軍研究所は、量子コミュニケーションの開発を進め、敵国にハッキングされないセキュアな通信網を構築していることを明らかにした(下の写真)。

出典: VentureClef

位置情報システム

空軍研究所は量子技術を位置情報システムと分散処理システムに適用している(下の写真)。位置情報システムはPNT(Position, Navigation, and Timing)と呼ばれ、極めて正確な位置や時間を算出する。軍事ミッションで作戦を展開する際にこれらが基礎情報となる。通常、GPS(全地球測位システム)を使ってこれらの情報を取得するが、交戦中は敵の妨害で衛星のシグナルを受信できな。この事態に備え、量子技術を使って代替システムを開発している。空軍研究所は量子時計「Quantum Clock」や量子ジャイロスコープ「Quantum Gyroscope」を開発している。爆撃機はこれらの機器を搭載しGPSと同程度の精度で数時間飛行できる。

分散処理システム

もう一つは分散処理システムで量子コミュニケーションと量子コンピュータから構成される。量子コミュニケーションとは量子技術を使った通信で、敵国にハッキングされない極めてセキュアな通信網を構築する。量子コンピュータは大量の情報を高速で処理するために使われる。特に、オペレーションの最適化、人工知能、新素材の開発のための量アプリケーションを開発している。両者を組み合わせ量子技術による分散処理システムを構築する。

出典: VentureClef

量子コミュニケーション

空軍研究所が着目している分野がセキュアな通信網の構築である。ここでは「Quantum Key Distribution (QKD)」という方式が使われる。これは「量子鍵配送」と呼ばれ、秘密鍵を量子状態で送信する技法である。実際には、光の構成要素である光子(Photon)の位相に秘密鍵をエンコードして送信する。次に、生成した秘密鍵でテキストなどを暗号化して送り、受信者はこれを秘密鍵で復号化する。この方式では、送信経路上で第三者が秘密鍵を参照すると(秘密鍵を盗むと)、鍵の量子状態(Superpositionの状態)が崩れ、ビット状態(1か0)になる。これによりデータが盗聴されたことが分かるので、極めてセキュアな通信網が構築できる。

衛星通信

この技術は早くから開発されており、ロスアラモス国立研究所は2007年に、ファイバーケーブルによるQKD方式の暗号通信に成功した。空軍研究所は衛星通信によるQKDの開発を進めている(下の写真)。小型衛星と地上局との間でシグナルをセキュアに送受信する試験を進める。更に、複数の衛星でネットワークを構築し、大容量のデータを安全に送受信することが最終ゴールとなる。ここではスパイ衛星が観測したデータを敵国にハッキングされないで安全に地上に送信することを想定している。

出典: VentureClef

複数ノード間での通信

この他に、航空機や地上の基地局を量子コミュニケーションで結ぶ研究も進められている。QKDは極めて安全なネットワークであるが、送信できる距離が短いことが最大の課題となる。この方式では光ファイバーが使われるが、光子がこの中を進むときにその強度が減衰する。今の技術では100キロメートル以上進むことは難しいとされる。そのため、光子を増幅するためのデバイス「増幅器(Repeater)」が必要になる。現在の増幅器は「Trusted Node」と呼ばれ、量子鍵をビットに変換し、それを再度、暗号化する仕組みとなる。空軍研究所は、量子鍵をビットに変換しないで量子状態のまま増幅する「Quantum Repeater」を開発している。増幅器は一対のEntangled Photons(一対の光子が結び付いた状態)をTeleportation(光子の状態をテレポート)させる仕組みで、いかに高速(高輝度)で高品質(稼働時間の長い)の光子対を生成できるかが勝負となる。

出典: VentureClef

米国政府と民間が協調

空軍研究所はブースを設け、ここで研究の最新情報を説明するだけでなく、共同研究のパートナーを募っていた(上の写真)。空軍研究所は企業とのコラボレーションを通し研究を進める作戦を取っている。量子コンピュータや量子コミュニケーションはまだ黎明期の技術で、政府機関が民間企業の技術開発を後押しする構造を示している。また、空軍は仮想敵国との交戦に備え量子コミュニケーションの開発を急いでいるが、この成果は民生化されアメリカ社会で展開されることになる。スパコン開発でもそうであったが、米国は軍と民間が共同で量子コンピュータと量子コミュニケーションの開発を進めている。