米国で新型コロナウイルスの拡大がピークを越え、都市ロックダウン解除についての議論が始まった。政府関係者は地域ごとに徐々に閉鎖を解除することを提案している。閉鎖解除には、広範囲なウイルス検査と感染者追跡システムを確立することが必須条件となる。

出典: Apple / Google |
Contact Tracing
後者は「Contact Tracing」と呼ばれ、感染者とその接触者を追跡し、感染拡大を阻止する仕組みを指す。中国や韓国やシンガポールなどで実施されているが、この仕組みをそのまま米国に適用できない。米国市民は個人情報保護に敏感で、プライバシーを守りながらContact Tracingを運用する必要がある。AppleとGoogleは両社が共同してこの要件に沿ったContact Tracingシステムを開発した。
システムの概要
AppleとGoogleは2020年4月、個人のプライバシーを守りながら濃厚接触を検知する技術を公開した。これは「COVID-19 Contact Tracing」と呼ばれ、スマホのBluetooth Low Energyを使って接触を検知する。Bluetoothは近距離無線通信技術で、スマホは定常的に近傍のスマホとシグナルを交換する仕組みになっている。Contact Tracingはこの仕様を使い、個人を特定することなく濃厚接触を把握し、感染の危険性を通知する。これはiOSとAndroidの基本ソフト機能として提供され、医療機関はこれを使って濃厚接触者を特定するアプリを開発する。
濃厚接触を検知する仕組み
公的な医療機関はContact Tracingのアプリを開発し、住民はこれをスマホにダウンロードして使う。アプリは濃厚接触を検知する機能を持つ(下のグラフィックス、左側)。スマホは常にBluetoothのシグナルを発信しており、近傍にスマホがあると、両者はKey(Rolling Proximity Identifier、識別番号)を交換する。スマホはこのKeyをデバイスに格納し、誰が近くにいたかを記録する。Keyはデバイスを特定する番号であり、個人情報や位置情報は含んでいない。
利用者が病気に感染すると
その後、利用者がウイルスに感染していることが分かると、この情報をアプリに入力する。アプリは利用者の許諾の元、BluetoothのKeyをクラウドのデータベースにアップロードする(下のグラフィックス、右側)。このKeyが感染者を特定する番号となる。(Keyはセキュリティを担保するため頻繁に変わる。このため過去14日間で生成されたすべてのKeyがアップロードされる。)

出典: Apple / Google |
濃厚接触を把握する
スマホは定期的にその地域の感染者のKeyをデータベースからダウンロードする。感染者のKeyとデバイスに格納している接触者のKeyを比較する(下のグラフィックス、左側)。接触者のKeyと感染者のKeyが一致すると、利用者は感染者と濃厚接触したことになる。つまり、接触者の中に感染者がいたことが分かる。
警告メッセージを表示
次に、アプリはスマホ利用者に、感染者と濃厚接触した疑いがあるとの警告メッセージを表示し、取るべきアクションを指示する(下のグラフィックス、右側)。一方、政府医療関係者はこの情報を使って感染対策を進める。この際、アプリ利用者やAppleやGoogleは感染者の個人情報を知ることはできない。

出典: Apple / Google |
アプリ開発のプラットフォーム
COVID-19 Contact Tracingは感染者を追跡するためのプラットフォームで、実際のアプリは医療機関により開発される。これら医療機関がアプリを使って感染者をトレースする仕組みとなる。この機能は2020年5月にAPIとして提供され、その後、iPhoneとAndroidの基本ソフトに組み込まれ感染者追跡機能として搭載される。
ロックダウン解除の条件
全米の主要都市が閉鎖され社会生活や事業活動が停止しているが、いま閉鎖を解除する方策が議論されている。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)長官のRobert Redfieldはロックダウンを解除するためにはアグレッシブな感染経路の追跡が必要であるとの見解を示した。都市閉鎖を解除すると再び感染者が増えるが、それを抑え込むために感染経路を特定する仕組みを制定しておく必要がある。更に、患者増加に対して、感染者を治療する医療施設が揃っていることも条件となる。
濃厚接触者を特定するプロセス
政府医療機関は感染症がアウトブレークした際に、Contact Tracingの手法で、病気感染者に接触した人物を見つけ、必要な対策を実施してきた(下のグラフィックス、CDCのContact Tracingのプロセス、エボラ出血熱のケース)。接触者の状態に応じて隔離や観察の措置を取る。また、接触者が感染している場合は、同じプロセスを繰り返し、感染のエッジに到達するまで作業を進める。Contact Tracingは感染症対策の常套手段でCDCの専門部隊などがこの任務を担っているが、COVID-19 Contact Tracingを使うことでこのプロセスが大幅に効率化されると期待されている。

出典: CDC |
中国や韓国の事例
中国・武漢では1800の感染症対策チームが編成され大規模にContact Tracingを実行したとされる。また、韓国、シンガポール、台湾ではスマホを使ったContact Tracingが実施されている。これにより、感染のピークを押さえることができ、成功した事例として評価されている。
個人情報収集とプライバシー
中国で住民は移動する際に掲載されているQRコードをスマホで読み込み位置情報を登録する。韓国では監視カメラ、スマホの位置情報、クレジットカード決済データを使って感染者との接触情報を把握する。香港では政府が感染者の位置情報を公開し周囲の住民に注意を喚起している。これらは濃厚接触者追跡に有効な情報であるが、米国社会はこれらの手法はプライバシーの侵害と解釈し、そのまま適用することは難しい。
国民性の相違
このような緊急事態であるが、米国では個人のプライバシーを保護しながらContact Tracingを進めるという難しいプロセスが要求される。政府機関が国民の個人情報へアクセスすることを最小限に抑え感染症を封じ込めることが求められる。国民性の違いにより感染症対策の手法も異なることになる。