新型コロナウイルス治療薬の開発が進む、ウイルスをコンピュータで生成し感染のメカニズムを解析

新型コロナウイルスの治療薬とワクチンの開発が世界で進んでいるが、そのためにはウイルスの形状と感染のメカニズムを理解することが必須条件となる。感染は新型コロナウイルス(下の写真)の突起(Spike Protein、赤色の部分)が人の細胞に付着して起こることは分かっているが、その詳細はまだ解明されていない。米国でウイルスの突起をコンピュータで生成し、その動きをシミュレーションする研究が進んでいる。

出典: CDC

新型コロナウイルスとは

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は球体の形状で、ヒトの細胞に感染して病気(COVID-19)を引き起こす。ウイルスの直径は80nmで人間の髪の毛の直径の千分の一程度の大きさとなる。ウイルスの突起が人間の細胞に接続し感染を引き起こす。突起の部分が王冠(Corona)に見えるため「Coronavirus」と呼ばれる。Coronavirusは種別の総称で、ここにはMERSやSARSの他に風邪のウイルスも含まれている。ヒトは長年にわたりCoronavirusに感染してきたが、新型コロナウイルス(Novel Coronavirus)は文字通り新手のウイルスとなる。

感染経路

COVID-19はSARSやMERSと同じように他の種から人間に感染する病気(Zoonotic Disease)となる。COVID-19はコウモリが感染源であるが、その経路は分かっていない。COVID-19はコウモリからセンザンコウ(Pangolins)などの動物に感染し、それを人間が食べて感染したとの解釈がある。一方、トランプ大統領は、中国・武漢の研究所「Wuhan Institute of Virology」がSARS-CoV-2の研究を進めており、それが誤って流出し感染が始まったとの見解を示している。米国政府はその解明を進めるとしているが、中国政府はこれを全面的に否定し、感染経路の特定は難航が予想される。

ヒトに感染する仕組み

SARS-CoV-2はウイルスの突起「Spike Protein」がヒトの細胞表面のアダプター「ACE2(angiotensin-converting enzyme 2)」に接続して感染することが分かっている。(下の写真:上部がウイルスで三色(赤・青・黄)の部分がSpike Protein、下部がヒトの細胞でY字型の部分がACE2。) ACE2は肺や血管の表面に付着している酵素で血圧を下げる機能がある。Spike ProteinとACE2が結合すると、両者の被膜が溶け、ウイルスが細胞の中に入る。ヒトの細胞に侵入したウイルスはRNAを放出し、このコードを元に新しいウイルスが生成される。数時間で一つの細胞から数万個のウイルスが生成され、これらが他の細胞に感染する。

出典: Stony Brook University

コンピュータモデル

治療薬やワクチンの開発では研究者はSpike Proteinに着目している。Spike ProteinがACE2に結合するプロセスを抑止することで感染を防げるとしている。この方針に従って治療薬やワクチンの開発を進めている。このためには、両者が接合するメカニズムを理解する必要がある。SARS-CoV-2の形状は実験で分かっているが、Spike ProteinがACE2に接続する仕組みについてはよく分かっていない。Spike Proteinは三つのパーツ(上の写真、赤色、黄色、青色の部分)で構成され、これらが変形してACE2に接続するとされる。その際に、三つのパーツがハサミのように開き、ACE2を掴んで接続すると考えられる。コンピュータでSpike Proteinのモデルを生成し、動きをシミュレーションすることで、接合のプロセスを解明する。この情報が治療薬やワクチンの開発での基礎情報となる。

研究チーム

この研究はStony Brook Universityの研究チームにより実行された。モデルの開発では米国国立研究所(Brookhaven National LaboratoryとArgonne National Laboratory)と共同で実施された。次のステップはこれらの研究所が所有するスパコンを使ってモデルを実行することで、ウイルスとヒトの細胞の相互作用のメカニズムの詳細を把握する。

出典: COVID-19 HPC Consortium

新型コロナウイルスHPCコンソーシアム

新型コロナウイルスの研究は多くの研究機関で進められている。米国政府と民間企業はこの研究のためコンソーシアム「COVID-19 HPC Consortium」を結成し、研究機関にスパコンを提供している。オークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Lab)はスパコン「Summit」を提供し、民間企業からはGoogleやMicrosoftがHPCクラウドを提供している。大学などの研究機関はこれらのHPCシステムを使って新型コロナウイルスの研究を進めている。使用料は無償であるが、研究成果はコンソーシアムのホームページで一般に公開されている(上の写真)。今は国家の非常事態で、国立研究所や民間企業は計算環境を無償で公開し、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発を支えている。