都市閉鎖を解除して元の生活に戻るためには新型コロナウイルスのワクチンが必須条件となる。世界各国でワクチンが開発されており、その数は130を超える。通常、ワクチン開発には長い年月を要すが、米国政府はこれを大きく短縮する作戦「Operation Warp Speed」を発表した。連邦政府は100億ドルの予算を組み、民間企業に資金を供給し開発を加速させる。

出典: CNN |
Operation Warp Speedとは
トランプ政権は2020年5月、Operation Warp Speedを発表した。これはワクチン開発と量産体制を同時に進めるもので、開発されているワクチンの安全性と有効性の目途がついた時点で、ワクチンを製造し、提供時期を早めるというもの。複数のワクチンを対象に、臨床試験の最終結果が出る前に、先行して製造し、配布ロジスティックスを準備する。このため、ワクチン開発に失敗すると、先行投資した製造施設や作り置きしたワクチンは無駄となる。
開発中のワクチン
WHOは世界で開発されているワクチンを集約しウェブサイトで公開している。ここに開発中のワクチン情報が集約され、全体像を把握することができる。これによると130種類のワクチンが開発されており、その中で10種類が臨床試験の段階に進んでいる(下のテーブル、臨床試験に進んだワクチン)。

出典: WHO |
米国政府が出資しているワクチン
Operation Warp Speedはこの中で有望なワクチンを開発している会社に資金を提供し、開発のプロセスを加速している。実際に、ワクチン開発プロジェクト5社に出資しており(下の写真)、その中で臨床試験に進んでいるのはModernaとAstraZenecaの2社となる。これら二社が本命で、米国のパンデミックを抑止する切り札と期待されるが、ワクチン開発が成功するかどうかは予断を許さない。
本命のワクチン
Modernaは米国企業でワクチン「mRNA-1273」を開発しており、4億3000万ドルの出資を受けている。Modernaは革新的なアプローチで、ウイルスのmRNA(Messenger RNA)を投与し、体内でウイルスを生成する手法を取る。また、英国製薬大手AstraZenecaはオックスフォード大学と共同で「ChAdOx1」というワクチンを開発しており、12億ドルの出資を受けている。オックスフォード大学は遺伝子情報からウイルスを生成し、これをワクチンとして使う手法を取る。

出典: U.S. Department of Health & Human Services |
ワクチン開発で連邦政府の役割
ワクチン開発では米国保健福祉省配下のBiomedical Advanced Research and Development Authority (BARDA)が製薬会社に資金を提供しワクチン開発を支援する。BARDAはバイオテロや感染症パンデミックなどの緊急事態に対応するために、医療品を短期間で開発し、これを備蓄することをミッションとする。新型コロナウイルスのパンデミックがこのケースに当たり、ワクチンや治療薬などの開発や製造を加速するために民間企業を支援している。
Modernaの開発状況
Modernaは世界で最初に臨床試験を始めた会社で、現在は第Ⅱ相で、来月から第Ⅲ相に進む。Modernaはアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)と共同で開発を進めており、Anthony Fauci所長は2020年11月から12月ころに1億ドースのワクチンを製造するとしている。臨床試験の結果を待たず先行して作り置きしておき、その頃までにはワクチンの有効性が判明する。もし、臨床試験をクリアできなかったら、作り置きしておいたワクチンは廃棄処分となる。
AstraZenecaの開発状況
BARDAは、英国企業AstraZenecaに最大12億ドル出資し、開発を支援するが、その見返りとして2020年10月までに3億ドースのワクチンの供給を受けると発表した。AstraZenecaチームの臨床試験は続いており、ワクチンは事前に作り置きしておくが、治験をクリアするとワクチンを接種できる。一方、開発に失敗するとワクチンは廃棄される。Operation Warp Speedはワクチンを選定する基準やワクチン評価に関する情報を公開しておらず、なぜけた違いに大きい資金を出資するのかについては明らかにされていない。
中国のワクチン開発状況
BARDAは世界の有望なワクチン開発プロジェクトに出資しているが、中国とは提携していない。中国ではCanSino BiologicsやWuhan Institute of Biologicalなど四団体がすでに臨床試験を進めている。その中で先頭を走るのがCanSino Biologicsで、治験第Ⅱ相に進んでおり、被験者の体内で抗体が生成されたと報告している(下の写真、CanSino Biologicsが開発したワクチン)。カナダ首相Justin Trudeauは、カナダの研究機関で治験が実施されることを明らかにしており、開発が成功するとCanSino Biologicsからワクチンの供給を受ける。

出典: CanSinoBIO |
ワクチンの成功確率は
Operation Warp Speedはワクチン出荷時期について楽観的な見通しを示し、経済復興は意外に早いとの解釈もある。しかし、Anthony Fauci博士は、議会公聴会の中で、ワクチンが成功するかどうか予想は難しいとの見解を示している。多くのワクチンを並列で開発し、その中のどれかが成功するとの見通しを示している。
米国政府は8社に賭ける
Operation Warp Speedは8社程度に出資する予定で、この中のどれかが成功するとみている。事実、ワクチンの治験を始めて第Ⅲ相をクリアする確率は16%程度との統計情報もあり、多くのプロジェクトにベットしておく必要がある。専門家の間では、2021年初頭までにワクチンを提供するのは難しいとの意見が多い。先行してワクチンは製造されるが、臨床試験でそれまでにワクチンの有効性を証明するのが難しい。Fauci博士はワクチン開発には12か月から18か月必要との見方を維持しており、このシナリオで進むと、ワクチン接種は来年後半ごろから始まる。つまり、このタイミングで市民生活や経済活動が戻ることになる。
【ワクチンの原理と種類】
ワクチンの仕組み
ワクチンは病原体(Pathogen)から作られた抗原(Antigen)から成り、これを体内に投与し、病原体に対する抗体(Antibody)を生成し、感染症に対する免疫を得る(下のグラフィックス)。具体的には、人体の細胞(Antigen Presenting Cells)がウイルスを取り込み、ヘルパーT細胞(T-Helper Cells)を活性化する。これによりB細胞(B Cell)が抗体を生成する。更に、キラーT細胞(Cytotoxic T Cell)がウイルスに感染した細胞を壊す。つまり、ワクチンはウイルスの感染を防止する機能と感染した細胞を破壊する機能がある。

出典: Nature |
ワクチンの種類
ワクチンは体内に抗原を投与し病気にさらすが、これで病気を発症するのではなく、体内の免疫システムを起動し、本当のウイルスが侵入したときに、これをブロックし、また、破壊する。また、病気に感染し回復すると体内に抗体が生成され、これが免疫となり再度感染することを防ぐ。ワクチン開発の技術基盤(Platform)は大きく分けて四種類ある。
Platform 1:ウイルス(Virus Vaccines)
ワクチン開発の伝統的な手法で、病原体であるウイルスを直接投与する。二つの方式があり、弱毒化したウイルスを使う手法(生ワクチン、Weakened Virus)と、化学処理などで感染しなくしたウイルスを投与する手法(不活化ワクチン、Inactivated Vaccine)。中国のバイオ企業Sinovac Biotechや中国研究機関はこの手法を採用している。
Platform 2:ウイルスベクトル(Viral-Vector Vaccines)
遺伝子情報からウイルスを生成し、これをワクチンとして使う手法。人工的に生成したウイルスを投与する方法で、ウイルスが体内で増殖する方式(Replicating Viral Vector)と、体内で増殖しないタイプ(Non-Replicating Viral Vector)方式がある。オックスフォード大学やCanSino BiologicsがReplicating Viral Vector手法を採用している。
Platform 3:核酸(Nucleic-Acid Vaccines)
ウイルスの核酸(Nucleic Acid)を細胞内に注入する方式。核酸はリボ核酸(RNA)とデオキシリボ核酸(DNA)の二種類があり、それぞれが細胞内に入り、そこでウイルスを構成するたんぱく質を生成する。ModernaはRNAの手法を取る(下の写真)。この方式ではウイルスを生成する必要はなく、ウイルスの特定部分(スパイクたんぱく質)のmRNAを生成するだけで、開発期間が大きく短縮される。一方、この方法で成功したワクチンはなくハイリスクなアプローチとなる。

出典: Moderna |
Platform 4:たんぱく質(Protein-Based Vaccines)
ウイルスのたんぱく質をワクチンとして投与する手法で、数多くの研究機関がこの手法で開発を進めている。二つの手法があり、ウイルスの特定のたんぱく質を使う方式(Protein Subunits)と、ウイルスの外殻を使う方式(Virus-Like Particles)。米国企業NovavaxはProtein Subunitsの手法でワクチンを開発しており、大きな進展があったとしている。