AIは社会で労働力を担い富を生み出すが、それがGoogleなどAI企業に集約される。これにより、アメリカ社会で富の偏在化が加速し、抜本的な対策が求められている。高度なAIを開発するOpenAIの創業者であるSam Altmanは、この問題を解決するためには新たな仕組みが必要であるとし、AIが得た利益を国民に還元する構想を提唱した。10年後のアメリカ社会でこれを実施し、国民は一人当たり毎年13,500ドル(訳140万円)の給付金を受ける。

出典: OpenAI |
10年後のAIの機能
この構想の前提条件となるのが10年後のAIの機能で、人間に代わり労働を担えるまでに成長すると予測する。AIは5年後には人間のような読解力を持ち、文章を読んで意味を理解する。また、医学の知識を蓄え、人間の医師に代わり診断を下す。更に、10年後には、ロボティックス技術が進化し、人間に代わり製造ラインで作業する。その後は、分野を特定することなく、AIは人間に代わり科学や技術の研究開発に従事する。
AI革命
Sam Altmanはこれを「AI革命(AI Revolution)」と呼んでいる。歴史を振り返ると、人間が農業を始めた「農業革命」から機械化による「工業革命」に続く。更に、計算機の登場による「コンピュータ革命」となり、これから「AI革命」が始まる。AIが人間のような思考能力や理解力や判断能力を備え、仕事に従事し、膨大な富を生み出す。AIが生み出す富は、国民が最低限の生活をするに十分な額となり、社会構造が大きく変わる(下の写真)。10年後にはこのポイントに到達し、国民は生活費を支給され、労働に縛られない自由な生活ができる。労働から解放され趣味に打ち込むことができる。また、自分の嗜好に沿った仕事を選択でき、そこで能力を開花させることもできる。

出典: Sam Altman |
ムーアの法則
AltmanはAIにより社会の全ての領域でムーアの法則(Moore’s Law)が適用されると予測する。これを「Moore’s Law for Everything」と呼んでいる。ムーアの法則とはコンピュータの技術進化を一般化したもので、半導体チップのゲートの数は2年ごとに2倍になるという経験則に基づく将来予測。これは半導体素子や加工技術の進化によるもので、コンピュータや家電の単価は毎年低下する。
AIとムーアの法則
一方、アメリカでは医療費や大学授業料が異常に高く、深刻な社会問題となっている。特に、医療費の値上がりは顕著で、対GDP比は先進国の中で最も高い値となっている。AIの進化でこれらの価格がムーアの法則に従って下がると予測する。例えば、医師に代わりAIが病気を診断し治療することで医療費が値下がりする。大学ではAIが教師に代わり、学生の習熟度を把握して最適な授業をする。AIが医師や教師を置き換えることで、医療費や大学授業料もムーアの法則に従って単価が下がる社会が到来する。
American Equity Fund
これらAIが得た収入はAIを活用する企業に集約される。AltmanはAIが労働力となる社会では今とは異なる課税体系が必要だと主張する。現在は労働で得た利益に課税されるが、AIが労働力となる社会では、企業の時価総額(発行株式の価値)と企業が所有する不動産(土地の部分)に課税する。この方式を「American Equity Fund」と呼び、AI企業が生み出した富の一部を基金とし、それを国民に分配する。American Equity Fundは“AI税”とも解釈でき、AI企業の利益を国民に還元するメカニズムとなる。
試算すると
Altmanは具体的な税率を示しており、企業の時価総額と不動産資産(土地の部分だけ)の2.5%を基金に納入する。時価総額のケースでは株を、また、不動産資産のケースでは現金で納税する。現在、米国企業全体の時価総額は50兆ドルで、土地価格は30兆ドルで、10年後にはこれが2倍になると予測される。米国の成人人口は2億5000万人で、一人当たり毎年13,500ドルの支給を受ける計算となる。
ベーシックインカム
この背後にはベーシックインカム (Universal Basic Income)の考え方がある。ベーシックインカムとは、社会保障の一種であるが、従来の失業保険などとは異なり、全ての国民に一律にお金を支給する制度を指す。受取のための条件はなく、毎月一定額の金額が支給される。受け取ったお金の使途の制限も無く、受給者が自由に使うことができる。ベーシックインカムの構想は50年前から議論されてきたが、AIによる失業問題が拡大する中、再び注目されている。

出典: New Atlas |
オークランドでの実証試験
実際に、Altmanはシリコンバレーでベーシックインカムの実証試験を展開することを発表した。サンフランシスコ対岸のオークランドにおいて、100家族に毎月1000ドルから2000ドルの現金を支給する。支給期間は6か月から1年の間で、受給者は受け取ったお金を自由に使うことができる。まだプロジェクトはスタートしていないが、政府機関でなくAI企業創業者が実施することで話題となっている。
ストックトンでの実験結果
シリコンバレー郊外のストックトン(下の写真)は、2019年から二年に渡り、ベーシックインカムの実証実験を展開し、先月、その実験成果を公表した。これによると、市民は毎月500ドルを受け取り、それを自由に使うことができ、その結果、受給者の就業率が向上し、健康状態も改善された。また、ベーシックインカムの使途は生活必需品(食料品や衣料品など)で、たばこやアルコールを購入したケースは殆ど無かった。ベーシックインカムの有効性については賛否両論があり、反対者は給付金で労働意欲が無くなり、生活が怠惰になると主張する。しかし、ストックトンのケースはこれと反対の結果となり、給付金で就労率が上がり生産性が向上した。

出典: City of Stockton |
利益を再分配するメカニズム
これから、間違いなく、人の仕事はAIやロボットに奪われ、大失業時代が到来する。オフィスワークなど事務部門だけでなく、医療や教育など専門性の高い部門でも起こり、自動化による失業が世界規模で発生する。レイオフで企業は高い利益を生み出すが、利益を再分配するメカニズムが無ければ、収入の格差が今以上に増大する。ひいては、社会や経済が不安定になり、平和な世界が脅かされる。
ハイパー富裕層と貧困層
このため、AltmanだけでなくElon Muskなど業界著名人はベーシックインカムが必須となるのは自明であると主張する。ベーシックインカムの必要性については理解が広がっているが、そのための巨大な財源が常に議論となってきた。2020年の大統領選挙ではAndrew Yangがベーシックインカムを公約に掲げ、アメリカ国内でその認知度が一気に高まった。米国でハイパー富裕層が巨大な富を構築する中で、貧困層の割合が増え、階層間で緊迫状態が続いている。公平な社会の仕組みを構築することが今まで以上に求められている。