カテゴリー別アーカイブ: 遺伝子解析

あなたは何歳まで生きられる?遺伝子で細胞の年齢を計測する

老化の科学Biogerontologyの分野で新しい技術が登場している。身体の細胞の遺伝子を解析することで身体の生理的年齢が分かる。生きた歳月の年齢ではなく、身体が刻んでいる年齢を測定する。この基礎情報をもとにライフスタイルを改善し若さを維持する取り組みが始まった。

出典: Telomere Diagnostics

細胞年齢を計測

この技術を開発しているのはMenlo Park(カリフォルニア州)に拠点を置くベンチャー企業Telomere Diagnosticsで、遺伝子解析でエージングを査定する技術を開発している。遺伝子を解析し細胞年齢を計測するサービス「TeloYears」を展開している。細胞年齢とは体の中の細胞が生物学的観点から何歳であるかを示す指標となる。細胞年齢は身体の健康を示す指標でもあり、この情報を元に問題点を把握し身体を若く保つ。

テロメアの長さ

細胞年齢測定サービスTeloYearsは遺伝子のテロメア(Telomere)の長さを計測することで、細胞の年齢を推定する。テロメアとは染色体の先端のキャップの部分で染色体を保護する役目がある(上の写真)。細胞が分裂を繰り返すとき、テロメアは遺伝子配列が解けるのを防ぐ機能を果たすと考えられる。テロメアの塩基配列は「TTAGGG」のパターンの繰り返しで構成される。

テロメアと老化の関係

しかし、テロメアは年とともに短くなっていくことが知られている(下の写真)。生まれた時にはテロメアの長さが最長で、年を重ねるごとにこの長さが短くなっていく。細胞分裂によりテロメアの塩基配列の一部が壊されると考えられる。テロメアが短くなりすぎると細胞は分裂できなくなる。細胞分裂が止まると体内で新しい細胞が生まれず、古い細胞が取り残される。これが老化のメカニズムで、この状態はSenescent(老化状態)と呼ばれる。

出典: Telomere Diagnostics  

テロメアと病気の関係

テロメアの長さが老化に伴う病気に関係することも分かってきた。テロメアの長さと病気の関係に関する論文が数多く出されている。また論文は血液中のテロメアの長さと60歳以上の高齢者の生存率の間には相関関係があることも指摘している。更に、ライフスタイルや遺伝子や環境がテロメアの長さに影響するとの論文もある。加齢に起因する病気発症は複雑なプロセスであるがテロメアの長さを指標にした健康管理が可能となる。

TeloYears検査キット

このサービスを利用するにはTeloYear検査キットを購入して検体(血液)を送付する。解析結果は3-4週間後にレポートとして送られる。レポートは二種類で検査結果(TeloYears Results Report)と健康管理指針(TeloYears Blueprint for Aging Well)から構成される。また、「Advanced Ancestry」のオプションを購入すると家系についてのレポートが付加される。

検査結果レポート

TeloYears Results Reportは細胞年齢に関する基礎情報を提供する(下の写真)。テロメアの長さは「T/S Ratio」で表示される。「T」はテロメアの平均の長さ(Average Telomere Length)で「S」は規準遺伝子の長さ(Single Gene Length)を表す。TとSの長さの比が細胞年齢の指標となる。下のケースではT/S Rateは0.99と測定された。被験者の年齢は53歳で、このケースではT/S Rateは0.93が標準となる。つまり、被験者の細胞年齢は標準より若く47歳と計測された。

出典: Telomere Diagnostics  

健康管理指針レポート

健康管理指針レポートは若さを保つためのライフスタイルが記載されている。ここにはテロメアの長さを短くする要因が纏められている。その最大の要因は酸化ストレス(Oxidative stress、酸化反応による有害な作用)や炎症(inflammation)で、これらがテロメアを短くする。レポートはこれらの要因を防ぎ若さを保つための食生活、運動、睡眠などを記載している。

サプリメント

Telomere Diagnosticsは検査サービスの他にサプリメント「Telomere Support」を販売している。これは同社が開発したサプリメントでテロメアの健康を促進する効果がある。抗酸化物質(antioxidant)や抗炎症薬(anti-inflammatory)やビタミンを含み、これらがテロメアの健康を促進する。

ライフスタイルの改善

健康管理指針レポートに従ってライフスタイルを改善することでテロメアが短くなるプロセスを抑制し加齢の速度を抑えることができる。また、別の論文では、健康なライフスタイルによりテロメアを長くすることができるとの報告もある。定期的にテロメアの長さを検査することで、自分に最適なライフスタイルをみつけ、若さを保つことが可能となる。一方、この市場には加齢を抑えると謳ったサプリメントやサービスやクリニックが多数あり注意が必要である。

血液一滴でガンを超早期に検知する技術、 臨床試験で好成績をマーク

血液検査でガンを早期に発見する技術「Liquid Biopsy」の技術開発が進み実用段階に入ってきた。ガンを早期に発見できると生存率が格段に向上する。後期ステージに比べ生存率が5倍から10倍向上し、ガンは治療できる病気となる。この技術の背後にはDeep Learningがあり、アルゴリズムがガンのシグナルを検知する。

出典: VentureClef

会社概要

GrailはMenlo Park(カリフォルニア州)に拠点を置くベンチャー企業で、Liquid Biopsy技術で業界のトップを走る。Grailは高精度のDNAシークエンシング技術を使い、血液中を流れる遺伝子の断片を検出する。検知した遺伝子断片をAIで解析し、それがガンであるかどうかを判定する。血液中を流れるガン遺伝子断片の数は希少で、また、その種類は膨大で、検知に高度な技術を要す。シークエンシングではIlluminaのDeep Sequencingが、ガン判定のプロセスではDeep Learningの手法が使われる。

ベンチャーキャピタル

GrailはIlluminaからスピオンオフし独立企業として運営している。ベンチャーキャピタルから注目され、大規模な投資を受けている。また、Bill GatesやJeff Bezosが出資していることでも話題となっている。今年Grailは香港に拠点を置くベンチャーキャピタルから大規模な投資を受け、この資金を元にアジアでの事業展開を進めている。Grailは香港で今年から、咽頭ガン(nasopharyngeal cancer)検知の医療サービスを始める。

大規模な臨床試験

これに先立ち、Grailは開発した技術を検証するために、大規模な臨床試験を実施した。臨床試験の目的は、大規模データを使いAIアルゴリズムを教育することと、教育したアルゴリズムが正しくガンを判定できることを確認することにある。実際に、血液サンプルからガン遺伝子の組織を検出し、高精度でガンをスクリーニングできるかを検証した。

ガンのシグナル

Grailは15,000人の被験者を対象に臨床試験を実施した。このうち70%がガン患者で、被験者から血液サンプルを採取し、cfDNAの手法でDNA断片を解析する(後述)。DNA断片の特徴を抽出し、ガンであるシグナルを把握する。同時に、ガンでないシグナルも把握する。これがガンを特定するデータベースとなり、製品開発の基礎技術となる。

臨床試験の結果

臨床試験では19種類のガンについて検知精度(Sensitivity)が測定された。検知精度は特異性(Specificity)が98%のポイントで測定された。この中で肺ガンについて、前期ステージのガンを51%の精度で検知できた。これは業界トップレベルの検知精度で、Liquid Biopsyの実用化が視界に入ってきた。一方、製品として提供するには、更に精度を向上させる必要があり、今後も開発は続く。

出典: Sysmex  

解析手法

Grailはcell-free DNA (cfDNA) と呼ばれる手法を使っている。これは血液中のがん細胞遺伝子(ctDNA、circulating tumor DNA、上の写真、赤色のらせん構造)を検知することでガンを特定する手法である。ctDNAはガン細胞から血管中にリリースされたDNAで、これを検出してガン発症をつかむ。膨大な数のDNA断片の中から数少ないctDNAを検出するために大規模データをDeep Learningの技法で解析する。

Deep Sequencing

血液サンプルはDeep Sequencingと呼ばれる高度なシークエンシング技術で処理される。シークエンサーはIlluminaのNGS (Next-Generation Sequencing、下の写真) が使われる。シークエンシングされたデータの量は膨大でこれをAIで解析する。Grailは大規模データを取り扱うIT企業でもある。

出典: Illumina  

事業開始時期

膨大な数のcfDNAからガン細胞から排出されたctDNAを検出するため、Deep Sequencingの手法でシークエンシングする。このため検査コストは高く一回の検査で1万ドル近くかかる。このためGrailは保険会社などと交渉し、スクリーニング試験に保険を適用することを計画している。Grailは2018年から香港で事業を開始するが、米国での事業時期は明らかにしていない。

ガンによる病死を激減させる

GrailはLiquid Biopsy研究でトップを走っている。Grailの特徴は血液検査で異なる種類のガンを検知でき、初期ステージのガンの検知精度が高いこと。市場に出ているLiquid Biopsyは特定のガン(大腸がん等)に特化し、後期ステージのガンの検知で使われる。Grailは初期ステージのガン検知を目指し、スクリーニング技術を一般に幅広く普及させ、ガンによる病死を激減させることを目標としている。

米国政府は23andMeの遺伝子解析による乳がん検査を認可、消費者はがん発症リスクを知り健康管理

アメリカ食品医薬品局 (FDA、Food and Drug Administration) は23andMeに対し、遺伝子解析で乳がん発症のリスクを検査することを認可した。これにより消費者は、乳がんを発症するかどうかを知ることができるようになった。FDAがこの手法を認可したことで、米国では個人向け遺伝子解析サービスが急拡大する勢いとなってきた。

出典: VentureClef

23andMeの遺伝子解析サービス

FDAから認可を受けたのはMountain View (カリフォルニア州) に拠点を置く23andMeというベンチャー企業で、個人向け遺伝子解析サービスを提供している (上の写真)。23andMeは、遺伝子配列の変異から被験者がどんな病気を発症するのかを予測し、米国医療市場に衝撃を与えた。しかし、FDAは2013年、予測精度が十分でなく、消費者が不要の手術を受けるなど危険性が伴うとして、業務停止命令を出した。このため、23andMeは医療解析サービスを中止し、人種解析サービスに特化して事業を進めてきた。

FDAから認可を受ける

その後23andMeは事業内容を改良し、2017年4月、FDAは10種類の病気に限り遺伝子解析サービスを認可した。ここにはパーキンソン病やアルツハイマー病が含まれており、消費者は病気を発症するリスクを把握できるようになった。これに続き、2018年3月、FDAは乳がんや子宮頸がんに関する遺伝子解析サービスを認可した。病院では乳がんのスクリーニングで遺伝子解析が使われているが、消費者は23andMeのサービスを使ってがん発症のリスクを知ることができるようになった。

BRCA1とBRCA2遺伝子

乳がん検査では「BRCA1」と「BRCA2」という遺伝子(下の写真)を解析する。BRCA1とBRCA2は共に、ガン発症を抑える機能を持ち、がん抑制遺伝子 (Tumor Suppressor Gene) と呼ばれる。BRCA1とBRCA2は傷ついた遺伝子を修復するためのたんぱく質を生成する。しかし、BRCA1とBRCA2がダメージを受けると、この修復機能が影響を受け、がん発症のリスクが高まる。特に、女性の乳がんと子宮頸がんの発症が高まる。男性にも関与ており、前立せんがんの発症リスクが高まる。

出典: Wikipedia

遺伝子変異とリスク

BRCA1とBRCA2の遺伝子変異ががん発症のリスクを高めるが、これらはAshkenazi Jewish (ユダヤ人のグループ) に多く見られる。このグループの40人に一人がこの遺伝子変異を持つとされる。また、この遺伝子変異を持つ女性の45-85%が70歳までにガンを発症するともいわれている。女優Angelina JolieはBRCA1の遺伝子変異が見つかり、予防のために両乳腺を切除する手術を受けたことを公表した。このニュースのインパクトは大きく、BRCA遺伝子変異と乳がんの関係が認識され、遺伝子検査への関心が高まった。

遺伝子解析の限界

BRCA1とBRCA2に注目が集まっているが、これらの遺伝子変異が検出されなければガン発症のリスクがゼロになるというわけではない。23andMeが試験する範囲は限られており、がん発症リスクをすべて網羅するものではない。BRCA1とBRCA2の遺伝子変異の数は1000を超えるが、23andMeはこのうちの三つを対象に検査する。また、がん発症はライフスタイルとも大きく関係しているが23andMeはこの要素は勘案していない。乳がん発症の原因は数多いが、23andMeはその中で代表的なBRCA1とBRCA2に特化してリスクを評価している。

解析結果をどう解釈すればいいのか

このように遺伝子解析は複雑で完全なものではなく、23andMeから受け取るレポートをどう解釈すればいいのか、消費者から戸惑いの声が聞かれる。これに対して、CEOであるAnne Wojcickiは、ブログの中で、解析結果の活用方法を述べている。23andMeの遺伝子検査は「病気を診断するものではなく」、また、「病被験者が検査結果を見て医療方針を決めてはならない」としている。つまり、検査結果の解釈については、病院の医師などに相談し、判断を仰ぐべきとしている。また、23andMeは、遺伝子解析専門のカウンセラー(Genetic Counselors)に相談してアドバイスを受けることを推奨している。

遺伝子解析専門カウンセラー

遺伝子解析専門カウンセラーとは馴染みのない名前であるが重要な役割を担っている。病院の医療チームの一員で、遺伝子疾病 (Genetic Disorder) に関し、患者にカウンセリングする職務である。サンフランシスコ地区では多くの病院で遺伝子解析専門カウンセラーを置いており患者をサポートしている (下の写真、大手病院Kaiser Permanenteの事例)。個人向け遺伝子解析サービスが急増する中、解析結果を解釈する仕事が増えている。カウンセラーは、遺伝子解析結果を被験者に分かりやすく説明し、必要であれば専門医を紹介する。

出典: Kaiser Permanente

病院の先生は否定的

病院の医師の多くは消費者が独自に遺伝子解析を受けることに対し否定的な考えを持っている。病院では家系に乳がんの病歴がある患者に限り遺伝子解析などでスクリーニングテストを実施している。この条件に該当しない患者が遺伝子検査を受けることは実用的でなく、また、心理的な負担が大きいとしている。

もし遺伝子変異が見つかると

医師の考え方とは裏腹に、多くの消費者が既に23andMeの遺伝子検査を受けている。今までは、BRCA1とBRCA2に関する解析結果は被験者に通知されなかったが、FDAの認可を受け、23andMeはその結果を会員に順次通知する。この結果、発がんリスクが高いと判定された被験者は、23andMeの指針に沿ってカウンセラーや病院の医師の診察を受けることになる。女性の場合は乳がんなどで、男性の場合は前立せんがんが対象となる。

解析と治療のギャップ

これから相談を受ける医師がどのように対応するのかは見通せないが、病院で詳細な検査を実施し、定期的にスクリーン検査を受けることなどが予想される。このように23andMeは遺伝子解析結果を示すにとどまり、その後の医療措置はカウンセラーや医師に任された形となっている。消費者としては両者の間に大きなギャップを感じ、サービスが完結していないとも感じる。

出典: 23andMe

未完のサービスであるが

未完のサービスであるが消費者の間で遺伝子解析サービスの利用者が急増している。23andMeで遺伝子検査を受け、アルツハイマー病を発症するリスクが高いと診断された消費者は、介護保険を購入する動きが急拡大している。病気のリスクを把握し、それに応じてライフプランを修正する人が増えている。消費者は自分の将来の健康状態を知りたいという欲求が強く、問題を抱えながらも、個人向け遺伝子解析サービスが急成長している。

我々のIQは遺伝子変異で決まる、インテリジェンスを形成するDNAが特定された

やはりIQは遺伝で決まる。DNAとインテリジェンスに関する大規模な臨床試験が実施されその結果が公表された。それによると52の遺伝子がインテリジェンス形成に関与している。

出典: Suzanne Sniekers et al.

大規模な研究

研究結果は「Genome-wide association meta-analysis of 78,308 individuals identifies new loci and genes influencing human intelligence」として科学雑誌Natureに掲載された。 (上の写真)。今までも遺伝子とインテリジェンスに関する調査が実施されたが有効な結論は得られていない。今回の研究はそれを大規模に展開し遺伝子とインテリジェンスの関係を特定することができた。

遺伝子変異と身体特性の関係

研究は遺伝子変異が身体特性にどう影響するかを把握する手法で進められた。この手法はGWAS (Genome-Wide Association Studies) と呼ばれ、遺伝子特性 (Genotype) と身体特性 (Phenotype) の関連性を把握する。ここでは遺伝子特性としてSNP (Single-Nucleotide Polymorphism) が使われた。SNPとはゲノム塩基 (C、T、A, G) の配列で一塩基が変異した多様性を指す。身体特性ではIQテストなどで被験者のインテリジェンスのレベルが測定された。これらSNPとIQの間に相関関係が認められるかどうかが評価された。

解析結果

研究では78,308人の被験者の1200万個のSNPが解析された。その結果336個のSNPがインテリジェンスに関与していることが分かった。これらのSNPは染色体 (Chromosome) の18か所で特定され、その半数は22の遺伝子の中にある。つまり、22の遺伝子が人間のインテリジェンスの形成に関連することが分かった。

52の遺伝子がインテリジェンスに関与

更に、この研究では上記のGWASに加え、遺伝子の中の複数変異と身体特性の関係についても解析された。この手法はGWGAS (Genome-Wide Gene Association Studies)と呼ばれインテリジェンスに関与する47の遺伝子を特定した。合計で69 (22+47) の遺伝子が特定されたが17の遺伝子は両手法で重複しており、差し引き52 (69-17) の遺伝子がインテリジェンスに関与していると結論付けた。

インテリジェンスを形成する理由

これらの遺伝子がインテリジェンスを形成する生物学的メカニズムについては分かっていない。しかし、それに関連する興味深い解析を示している。遺伝子はたんぱく質を生成するためのプログラムとして機能し、遺伝子のタイプにより異なるたんぱく質が生成される。心臓や血管や脳や神経や皮膚などは特定タイプの遺伝子で作られる。GTEx Data and Analysisというツールに遺伝子IDを入力すると生成される組織 (Tissue) のタイプが分かる。

出典: Suzanne Sniekers et al.  

遺伝子は脳の組織を生成

研究で特定されたインテリジェンスに関与する遺伝子をこのツールで調べたところ、この中の14の遺伝子は脳のたんぱく質を生成する機能を持つことが分かった。具体的には大脳皮質 (Cortex)、海馬 (Hippocampus)、小脳 (Cerebellum) などを生成する機能を持つ。インテリジェンスに関与する遺伝子の多くは脳を生成する機能と関係する。 (上の写真は遺伝子とそれが生成する人体組織の種類のマトリックス。横軸が遺伝子の種類で、縦軸はそれらが生成する組織を示す。赤色の枠は両者に強い関係があることを示す。)

遺伝子と社会的立場

更に、遺伝子と社会的立場や健康との関係も解析された。特定された52の遺伝子と最も相関関係が高いのが学歴であることが分かった。特定の遺伝子変異が教育レベルに強く影響することが科学的に証明された。更に、喫煙者がタバコを止めることができるのはこれら遺伝子が関係していることも判明した。また、これらの遺伝子はアルツハイマー病の発症を抑制する効果があることも報告されている。

Nature vs Nurture

インテリジェンスは遺伝すると経験的に感じているが、この論文はこれを科学的に証明した。一方、インテリジェンスは社会生活の過程で習得できることも経験しており、我々は遺伝が全てではないとも感じている。これは「Nature vs Nurture」といわれる考え方で、人間の特性は遺伝かそれとも育ちかという議論がある。今ではNatureとNatureの両方が関与するという意見が大勢を占め、インテリジェンスは遺伝子と教育が絡み合って決まると解釈されている。

IQと学習のバランス

実際にGoogleがこれを職場で実践している。Googleは社員に求められる能力を、「Intellectual Humility (知性に謙虚)」と「Learning Ability (学習能力)」としている。知性に謙虚であるとは、仕事はインテリジェンスだけで解決できる訳ではないということを示す。知性に頼り過ぎると失敗から学習する能力が不足し、意見が異なると激しい議論に発展し、建設的な展開が期待できないとしている。後者の学習能力とは新しいものを学習する能力で、状況を素早く把握し、幅広い情報を取りまとめ、柔軟に考察する能力と定義している。Googleは採用対象大学を少数のエリート校に限っていたが、最近ではその幅を大きく広げた。Googleの事例が示すように、また我々が直感的に感じているように、IQと学習のバランスが成功のカギとなる。

DNA検査が保険会社を脅かす!消費者はDNA検査で病気発症のリスクを把握し介護保険を購入

米国政府は個人向けDNA解析サービスを禁止していたが、企業側の努力が実り今年5月に解禁となった。消費者はDNA解析サービスで病気発症のリスクを把握できるようになった。いま、アルツハイマー病を発症するリスクが高いと診断された消費者が介護保険を購入する動きが広がっている。保険加入にあたり保険会社はアルツハイマー病の検査をするが問題は検知できない。リスクの高い加入者が増え続け保険会社は事業の見直しを迫られている。

出典: VentureClef  

遺伝子解析サービスの誕生と事業停止命令

DNA解析サービスを運用していた23andMe (上の写真) は2017年5月、FDA (アメリカ食品医薬品局) からDNA検査事業を再開することを認められた。同社はMountain View (カリフォルニア州) に拠点を置くベンチャー企業で、2007年から個人向けDNA解析サービスを提供してきた。遺伝子配列の変異から被験者がどんな病気を発症するのかを予測するサービスで米国医療市場に衝撃を与えた。しかし、FDAは2013年、23andMeの予測精度は十分でなく、また、消費者が結果に応じて不要の手術を受けるなど、危険性が高いとして事業停止を命じた。

事業再開にこぎつける

23andMeはFDAとの協議を重ねたが合意に至らずサービス休止に追い込まれた。その後、勧告に従い機能改良を進め、FDAは10種類の病気に限りDNA解析サービスを認可した。条件付きであるが23andMeは事業を再開することができた。10種類の病気の中にはパーキンソン病やアルツハイマー病が含まれている。

介護保険を購入

いま米国ではDNAを解析してから保険に加入する消費者が増えている。米国の主要メディアがレポートしている。ミシガン州に住む女性はDNA解析結果「APOE-e4」という遺伝子変異があることを把握した。APOE-e4はアルツハイマー病を発症するリスクを押し上げる効果がある遺伝子変異である。この女性は母親もアルツハイマー病を患ったこともあり介護保険を申し込んだ。保険会社は女性の健康状態を把握するため、アルツハイマー病などの検査を実施したが問題はなかった。女性は現在は健康な状態であり介護保険を購入することができた。

遺伝子変異と発病の関係

アルツハイマー病の発症はAPOEという遺伝子が関与していると言われている。APOEはたんぱく質 (Apolipoprotein E) を生成する遺伝子でコレステロールや脂質を制御する機能がある。APOEは三つの変異がありそれぞれe2、e3、e4と呼ばれ、この中でe4がアルツハイマー病の発症を促進するといわれている。これがAPOE-e4でこのタイプの遺伝子を持つと病気発症の確率が最大で10倍 (85歳の男性のケース) になる。

出典: 23andMe  

これをどう解釈すべきか

しかし、APOE-e4がアルツハイマー病を引き起こすメカニズムは分かっていない。また、病気発症は性別、年齢、家族の病歴、食事、知的活動などに依存する。このため23andMeはAPOE-e4がアルツハイマー病を引き起こす要因とは断定できないとしている。その一方で臨床試験による統計データを示し、APOE-e4を持つ人は病気発症の確率が大きく上がるとも説明している。被験者としてはこの説明をどう解釈すべきか困惑するのが実情である。DNA解析サービスはまだ解決すべき難しい問題を含んでいる。

病気発症のリスク

米国では550万人がアルツハイマー病を発症し、その半数が介護施設に入所し治療を受けている。今まで個人向けDNA解析サービスは禁止されていたため、消費者は病気のリスクを知ることはできなかった。しかし、23andMeのDNA解析サービスが解禁となり、アルツハイマー病の検査を受診できるようになった (下の写真)。解析結果をどう解釈すべきか難しい問題はあるものの、多くの人がアルツハイマー病を含む病気のリスクを検査している。

出典: 23andMe  

遺伝子解析サービスと保険購入

DNA解析結果と保険購入に関し興味深いレポートが公開された。Harvard Universityによる研究で、APOE-e4遺伝子変異を持つ人は他に比べ保険を購入している割合が6倍になっている。アルツハイマー病発症のリスクを把握し、将来に備えて保険を購買していると思われる。レポートはアルツハイマー病以外の病気のリスクも分かるとDNA検査を受ける人が増えると予測している。このため病気発症のリスクを把握した消費者が保険を購入する動きが広がると、保険会社は事業を存続できないことになる。

保険会社はDNA解析サービスを採用

一方で、米国の保険会社はDNA解析を積極的にビジネスに取り入れる動きも始まった。大手生命保険会社MassMutualは2017年5月、DNA解析サービスに保険の適用を始めた。加入者はHuman Longevity Inc (下の写真) のDNA解析サービス「HLIQ Whole Genome」を格安で受診できる制度を導入した。Human Longevity Incは被験者の全遺伝子を解析するサービスを提供しており、健康の状態、病気にかかるリスク、薬の作用の仕方、遺伝子病、身体特性などを詳細に把握することができる。

加入者の健康を促進

このサービスは未来の人間ドックとも呼ばれDNA解析サービスの在り方を示している。受診者は身体情報を把握できるだけでなく、Human Longevity IncのDNAデータベース構築に寄与し、ひいては医学研究に貢献できるとしている。一方、保険会社はHuman Longevity Incから個人情報を入手することは無いとしている。つまり、健康状態に応じて保険条件を変えることはなく、加入者がこのサービスを通じ健康を保つことが目的としている。ひいては保険会社のコストが下がることとなる。

出典: Human Longevity Inc

公平なルール作りが始まる        

健康保険に関してはMassMutualのようにDNA解析サービスを格安で提供し被保険者の健康を維持する動きが広がっている。一方、前述の介護保険については、DNA解析結果により保険条件を調整する方向に進む気配がある。アルツハイマー病発症のリスクが高い人とそうでない人が同じ保険料を支払うのは不公平との議論もある。DNA解析サービスが米国社会で広まる中、保険会社と政府機関は公平なルール作りが求められている。