月別アーカイブ: 2016年12月

Uberはサンフランシスコでの自動運転試験を中止、認可を巡りカリフォルニア州政府と激突

Uberは必要な手続きをしないでSan Franciscoで自動運転車の試験営業を始めた。カリフォルニア州政府はこれを認めず、試験車両の登録を取り消す強硬策を取った。これに対し、Uberは隣のアリゾナ州に移り、ここで路上試験を始める計画だ。Uberが法令に従わないで自動運転車を運行するのは危険だという意見がある。同時に、カリフォルニア州は規制が厳しすぎるという意見も聞かれる。

出典: Uber

San Franciscoで試験運転を始める

Uberは2016年12月14日、San Franciscoで自動運転車の試験操業を始めるた。この車両は「Self-Driving Uber」と呼ばれ、Volvo XC90に自動運転技術を搭載した構成となっている (上の写真) 。Uberはこの車両で無人タクシーの試験営業を開始した。ただし、車両にはUber専任ドライバーが搭乗しており、問題が発生すると運転を代わる手順となっている。

タブレットがインターフェイスとなる

誰でもSelf-Driving Uberを利用できる。いつもの手順でUberアプリで配車をリクエストする。もし配車車両が自動運転車であれば、その旨がアプリに通知される。利用者は確認ボタンを押すとSelf-Driving Uberが配車される。利用者が搭乗すると、車内にはタブレットが備えてあり、これでクルマと交信する (下の写真)。タブレットがインターフェイスとなり、無人走行時に乗客が安心できる機能を搭載している。

タブレットで走行状態を把握

乗客はシートベルトを装着し出発準備が整い、タブレットでスタートボタンを押すとクルマは発進する。走行中はタブレットに運行状況に関する情報が示される。Self-Driving Uberに搭載されているセンサーで捉えたクルマ周囲のイメージが表示される (下の写真)。またタブレットで自撮りすることもできる。カメラアイコンを押すと写真撮影でき、それを友人とシェアできる。

出典: Uber

San Franciscoを選んだ理由

Uberは既にPittsburgh(ペンシルベニア州)でSelf-Driving Uberの営業試験を展開している。UberはSan FranciscoでSelf-Driving Uberを試験する理由について、試験走行の環境を拡大することで、技術開発を加速するとしている。San Franciscoは自転車が多く道路は狭く交通量が多く、難しい環境で技術を磨くとしている。当地はUber発祥の地であり、ここで試験を展開するのは自然な流れとなる。

認可を受けないで試験営業を開始

しかし、Uberは認可を受けないで試験営業を始めた。カリフォルニア州で自動運転車を試験走行するときは、自動車運行を管轄するDepartment of Motor Vehicles (DMV) から認可を受けることが義務付けられている。Uberはこの法令に従わづ、自動運転車運行許可証を取得しないでSelf-Driving Uberの営業試験を始めた。このためカリフォルニア州政府はUberに対してSelf-Driving Uberの運行停止の命令を発行した。

なぜ認可を受けないで運行するのか

UberはSelf-Driving Uber営業試験を始めるにあたり、自動運転試験の認可を取得する必要はないとの見解を表明した。この理由はSelf-Driving Uberは自動運転車の定義に該当しないというもの。DMVは自動運転車「Autonomous Vehicles」を「ドライバーが制御しないで運行する車両」と定義している。Self-Driving Uberはドライバーが制御しながら運行する車両で、この定義に当たらないとUberは主張している。

自動運転車の定義を明確にすることを求める

Uberは、Self-Driving Uberは高度な運転アシスト技術であり、Tesla Autopilotと同じ方式で運行を制御するとしている。Tesla Autopilotの走行は認可が必要でないように、Self-Driving Uberも認可が必要でないと解釈すると述べている。更に、Uberは法の穴をかいくぐるのが目的ではなく、自動運転車関連法を明確にすることが目的とも述べている。Uberは「Autonomous Vehicles」の法的な定義を明確にすることを求めている。

DMVはUberの試験車両16台の登録を取り消す

UberとDMVは12月21日、自動運転車試験の認可について協議した。しかし、認可必要性についての解釈の相違は埋まらず、Uberは認可申請を行わないとの立場を崩さなかった。このため、DMVはUberの試験車両16台の登録を取り消すという措置に出た。これにより試験車両は路上を走行できなくなり、Uberは走行試験中止に追い込まれた。

アリゾナ州に試験場を移す

DMVとの協議が決裂した翌日、アリゾナ州知事Doug DuceyはUberが同州で自動運転車の試験をすることを明らかにした。アリゾナ州はハイテク企業誘致に積極的で、Duceyは2015年、自動運転車の試験や運行を認める法令に署名している。GoogleやGMは既にアリゾナ州で自動運転車試験を展開している。DuceyはUberを大歓迎すると述べ、同時に、カリフォルニア州は規制が厳しすぎるとも指摘した。(下の写真は自動運転トラックOttoがSelf-Driving Uberを積んでSan Franciscoを出発する光景。)

出典: Doug Ducey

Uberとカリフォルニア州の駆け引き

Uberは規制に従わないことで関係当局との交渉を優位に進めたいとの意図がある。Uberが投入する新技術は既成法令の枠を超え、既存ビジネスとの軋轢を生んできた。法令をUberに都合よく改定するため、Uberは規制当局と全面対決する手法で交渉を進める。一方、カリフォルニア州は住民の安全を最優先に規制を強化するが、ハイテク企業はこれを嫌い州を離れていく。安全を優先するのか、それともイノベーション育成を支援するのか、難しいかじ取りを迫られている。

試験車両の技術的問題も明らかになる

Self-Driving Uberは規制当局との軋轢がクローズアップされるが、技術的な問題も明らかになってきた。Self-Driving Uberは横断歩道を赤信号で横切ったことがニュースで大きく報道された。隣の車線で停止していたクルマから撮影されたもので、Self-Driving Uberは赤信号を無視して進行した。これに対してUberは、Self-Driving Uberは自動運転モードではなく、ドライバーが運転していたとコメントした。技術的な問題ではなく、ヒューマンエラーであるとしている。しかし、これを裏付けるデータは示されていない。

自転車レーンを無視して違法に右折する問題

Self-Driving Uberは自転車レーンを無視して違法に右折する問題を指摘されている。自転車レーンがある道路で右折するには、自転車レーンにマージしてから右折することが義務付けられている。Uberはこの問題を認め、すでにソフトウェアでバグを修正したとしている。(下の写真は自転車レーンの事例。左の走行車線から破線部で自転車レーンとマージし、右側レーンから右折する。走行レーンから直接右折することはできない。Waymo自動運転車はこのテクニックを既に習得している。)

出典: VentureClef

試験走行は時期尚早という基本的な疑問

Self-Driving UberはPittsburghで試験営業しているが、クルマがドライバーの支援なしで走れる距離は限られているとの報告もある。頻繁にドライバーの割り込みが必要となる。Self-Driving Uberが他車に接近しすぎて走行したなど、不安定な挙動もレポートされている。これに上述のSan Franciscoでの問題が重なり、消費者はUberの安全性に不安を抱く結果になった。Self-Driving Uberの試験営業は時期尚早ではという疑問の声も聞かれる。Uberはこれを認識しており、自動運転技術を抜本的に改良する方策を打ち出してきた。(詳細は次回のレポートで報告。)

Googleは自動運転技術会社「Waymo」を設立、開発から事業化に向け大きく舵を切る

Googleは自動運転車部門をAlphabet配下の独立会社とすることを発表した。新会社の名前は「Waymo」で「a new way forward in mobility (モビリティへの新ルート) 」を意味する。発表と同時に新会社のロゴ「W」に衣替えをした試験車両が登場し、シリコンバレーで試験走行を始めた (下の写真) 。

出典: VentureClef

研究開発から事業推進へ

自動運転車部門の最高責任者John Krafcikが2016年12月に発表した。自動運転車開発はGoogle研究所「X」で行われてきたが、これからはAlphabet配下の独立企業として継続される。今までは研究開発という色彩が濃かったが、これからは事業として評価されることになる。Waymoが開発する技術は、個人向けの車両だけでなく幅広い分野で使われる。ライドシェア、貨物運輸、公共交通のラストマイルなどが候補に挙がっている。

Fiat Chryslerとの提携

Googleは2016年5月、Fiat Chryslerと共同で自動運転車を開発すると発表した。同社のプラグインハイブリッド・ミニバンChrysler Pacifica (下の写真) に自動運転技術を搭載し試験走行を展開する。Krafcikは、次世代センサーをこれら車両に搭載しており、開発が順調に進んでいることを明らかにした。一方、Bloombergは、2017年末までにChrysler Pacificaをベースとする自動運転車でライドシェアサービスを始めるとしている。Waymoはこれに関しコメントしていないが、来年には自動運転タクシーが登場する可能性もある。

出典: Waymo

自動運転車開発を振り返る

Googleは2009年から自動運転車を開発してきた。当初はToyota Priusをベースとする車両で (下の写真)、完全自動運転車の開発を目指した。目標はドライバーが操作することなく100マイルを自動走行することであった。カリフォルニア州でこのコースを10本設定したが、数か月後には目標を達成した。

出典: Waymo

技術開発を本格的に展開

2012年にはLexus RX450hを投入し、フリーウェイで自動運転技術を開発した。開発は順調に進み、このクルマをGoogle社員に貸し出し試験を続けた。この頃、Googleは自動運転車を商用化するめどが立ち、研究開発を本格化させた。自動運転車を市街地で走らせ、歩行者や自転車や道路工事作業員などに交じって走行試験を始めた (下の写真) 。

出典: Waymo

Googleが自動運転車をデザイン

2014年にはGoogleが自動運転車の車両を設計した。これは「Prototype」 (下の写真) と呼ばれ、自動運転車のあるべき姿を具現した。PrototypeはGoogleが開発したセンサーやプロセッサーを搭載し、社内にはステアリングやブレーキ・アクセルペダルはない。完全自動運転を意識したデザインとなっている。

出典: Waymo

Paint the Town

2015年には市街地でPrototypeの走行試験を始めた。Lexusベースの自動運転車と共に、Mountain View (カリフォルニア州) とAustin (テキサス州) で試験走行を展開。Prototypeの側面には市民がデザインした街の風景がペイントされた (上の写真)。これは「Paint the Town」というプロジェクトでPrototypeが街や市民になじむことを目指した。

公道での初めてのソロ走行

2015年にはAustin市街で完全自動運転技術の実証実験が行われた。視覚障害者がPrototypeに一人で搭乗し、目的地まで走行した。Prototypeが市街地で走行試験を行う際には、Googleスタッフが搭乗し自動運転をモニターし、緊急の際は運転を取って代わる。この実証実験ではGoogleスタッフは搭乗しないで、公道での初めてのソロ走行となった。このデモは完全自動運転車が非健常者や高齢者の足代わりになることを示した。

200万マイルを完走

2016年には自動運転車の走行距離が200万マイル (320万キロ) を超えた (下の写真)。試験走行場所はKirkland(ワシントン州)とPhoenix(アリゾナ州)が加わり四か所となった。Kirklandは年間を通じ雨が多く、Phoenixは砂漠の気候である。自動運転車を様々な環境で試験する試みが進んでいる。そして2016年12月、開発部門はGoogleからAlphabetに移り、Waymoとして独立した。

出典: Waymo

自動運転車の残された課題

Waymo自動運転車は200万マイルを走行し多くの課題を解決してきた。これからは複雑な市街地を安全に走行できる技術の習得が目標となる。これは「Final 10%」と呼ばれ、残された10%の分部の開発が一番難しく、時間を要する部分となる。自動運転車は既に高度な運転技術を習得している。状況の認識能力が上がり、緊急自動車や道路工事現場などを把握できる。これにより、レーンが閉鎖されていても、道路が通行止めになっても、自動運転車は対応できる技術を習得した。

自然な運転スタイル

これからの自動運転車の課題は自然な運転スタイルの学習にある。自動運転車が加速するとき、また、ブレーキを踏むとき、どれだけスムーズに操作できるかが重要なテクニックとなる。また、他車や歩行者との距離感や、カーブを曲がる速度や角度を学んでいる。これらは微妙な運転テクニックで、乗客が安心して乗れる技術を学習している。

出典: VentureClef

ソーシャルインタラクション

自動運転車は他のドライバーや歩行者とのInteraction (意思疎通) を学習している。例えば渋滞しているレーンに入るとき、隣のクルマが前に入れてくれるかどうかの判断を迫られる。もし、入れないと判断するとスピードを落とすなどの処置が必要となる。自動運転車は他車の進路や速度や意図を高精度で予測し、追い越しや割り込みのテクニックを学んでいる。同時に、自動運転車は自分がどうしたいのか、その意図を他車に伝える技術も学んでいる。(上の写真は隣のレーンを走るWaymo自動運転車。)

自動運転車の事業化が一気に進むか

Alphabet最高経営責任者Larry Pageは自動運転車を早く事業化することを求めている。一方、開発サイドは完全自動運転車の開発には一定の時間がかかるとしている。Pageは完全自動車の完成を待てばビジネスチャンスを逃してしまうとの危機感を持っている。半自動運転車として製品化することを強く求めているとも伝えられる。Waymoとして収益が求められる中、自動運転技術が最終製品として早期に登場する可能性が高まった。

人工知能は信用できるのか、AIのブラックボックスを開きそのロジックを解明する

AIの実力が高く評価されDeep Learningを応用したシステムが社会に広がっている。同時に、AIの問題点が顕著になってきた。AIは統計学の手法で入力されたデータから特徴量を高精度で検出する。メディカルイメージからガンの兆候を医師より正確に検知する。しかし、AIはなぜ癌細胞と判断したのか、その理由を語らない。

自動運転車は人間より遥かに安全に走行するが、その運転テクニックは開発者ではなくAIだけが知っている。我々はAIを信用できるのかという大きな課題に直面している。AIに生命を託すことができるのかの議論が起こっている。疑問に対する答えはAIの内部にある。AIのブラックボックスを開けて、そのロジックを解明しようとする研究が始まった。

出典: Xiaolin Wu, Xi Zhang

顔の特徴で犯罪者を特定

AIが抱える本質的な課題が様々な形で露呈している。中国のAI研究者は顔の特徴で犯罪者を特定する技法を発表した。これはShanghai Jiao Tong University (上海交通大学) で研究されたもので、「Automated Inference on Criminality using Face Images」として公開された。この論文によるとアルゴリズムは89%の精度で犯罪者を特定できる。つまり、顔写真をこのアルゴリズムに入力すると、この人物は犯罪者かどうかが分かる。

犯罪者には三つの特徴がある

この研究ではDeep Learningなど顔を認識するAI技術が使われた。アルゴリズムを教育するために、男性の顔写真1856人分が使われ、そのうち730人は犯罪者である。また、この論文は犯罪者の顔の特性についても言及している (上の写真)。犯罪者には三つの特徴があり、一つは上唇のカーブが普通の人に比べ急なこと (上の写真右側、ρの分部)。また、両目の間隔が狭く、鼻と口元でつくられる角度が狭いことをあげている (上の写真右側、dとθの分部)。但し、この論文は公開されたばかりでピアレビュー (専門家による評価) は終わっていない。

背後にロジックがない

いまこの論文が議論を呼んでいる。人物の挙動から犯罪者を特定する手法は監視カメラなどで使われている。しかし、顔の特性から犯罪者を特定するAIは信頼できるのかという疑問が寄せられている。AIは学習データをもとに統計処理するが、顔の形状と犯罪者を結び付けるロジックはない。仮にこのAIが犯罪捜査で使われると、一般市民は理由が分からないまま容疑者とされる恐れもある。Deep Learningが社会問題となる火種が随所で生まれている。

GoogleのAIが女性を差別

世界の最先端のAI技術を持つGoogleだが、AIに起因する問題点を指摘されている。YouTubeは聴覚障害者のためにキャプションを表示する機能がある (下の写真)。キャプションは発言を文字に置き換えるたもので、Googleの音声認識技術が使われる。その際に、男性が話す言葉と女性が話す言葉でキャプションの精度は異なるのか、調査が実施された。(National Science Foundation (アメリカ国立科学財団) のRachael Tatmanによる研究。)

出典: YouTube

YouTubeは女性の声を正しく認識しない

その結果、YouTubeは男性の声を女性の声より正しく認識することが判明した。具体的には、音声認識精度は男性の声だと60%で、女性だと47%に下がる。つまり、女性は音声認識精度において差別を受けていることが分かった。この差がなぜ生まれるかについては、システムを詳しく検証する必要がある。しかし、Tatmanは教育データセットが男性にバイアスしているのではと推測する。音声サンプルは均等ではなく男性に偏っていることを意味する。AIの性能は教育データの品質に敏感に左右される。AIによる女性差別や人種差別が顕在化しているが、学習データが公正であることが問われている。

AIが乳がんを判定する

AIの中心技法であるDeep Learningは乳がん検査の判定で成果を上げている。検体のイメージをDeep Learningのネットワークに入力すると、AIはがんを発症する組織を高精度に検出する。今ではAIの検知精度が人間を上回り、多くの病院でこのシステムの採用が始まった。同時に、健康に見える組織がAIによりがん発症の可能性が高いと判定されたとき、医師と被験者はどう対応すべきかが議論になっている。AIの判定を信頼し、手術を行うかどうかの判断を迫られる。

AIはその理由を説明できない

遺伝子検査でも同様な問題が議論されている。乳がん発症を促進する遺伝子変異「BRCA」が検出されたとき、手術に踏み切るかどうかが問題となる。女優Angelina Jolieは「BRCA1」キャリアで手術を受けたことを公表した。しかし、AI検診のケースはこれとは異なる。AIは統計的手法で乳がんと判断するが、その組織が何故がんを発症するのかは説明できない。AIは時に人工無能と揶揄されるが、科学的根拠のない判定をどう解釈すべきか医学的な検証が始まっている。

銀行は与信審査でAIを使う

銀行やフィンテックベンチャーはローン審査でDeep Learningを使い始めた。ローン応募者のデータをアルゴリズムに入力すると瞬時にリスクを査定できる。高精度に短時間でローン審査ができることから、この手法が注目を集めている。一方、米国では州政府の多くは銀行にローン申し込みで不合格になった人にその理由を説明をすることを義務付けている。

応募者に十分な説明ができない

しかし、Deep Learningはブラックボックスで、銀行は応募者に十分な説明ができない。更に、ローン審査の基準を変えるときは、学習データを使ってアルゴリズムを再教育することとなる。ソフトウェアのロジックを変更するようにはいかず、大量のデータを読み込んでDeep Learningのパラメータを再設定する。金融業界でAIを導入することの是非が議論されている。

出典: Mahmood Sharif et al.

AIは眼鏡で騙される

Carnegie Mellon UniversityのMahmood Sharifらは、眼鏡で顔認証システムが誤作動することを突き止めた。これは「Accessorize to a Crime: Real and Stealthy Attacks on State-of-the-Art Face Recognition」として公開された。フレームの幅が少し広い眼鏡 (上の写真(a)の列) をかけると、システムはこれらの写真を顔として認識できない。つまり、街中に設置されている防犯カメラの監視システムをかいくぐることができる。

眼鏡で別人に成りすます

また、フレームのプリントパターンを変えると、顔認識システムは別の人物と間違って認識する。上の写真(b)から(d)の列がその事例で、上段の人物が眼鏡をかけることで、顔認識システムは下段の人物と誤認識する。(b)のケースでは、上段の男性が眼鏡をかけるとシステムは米国の女優Milla Jovovichと誤認した。顔認識システムはDeep Learningの手法で顔の特徴を把握するが、この事例から、目元のイメージが判定で使われていると推定できる。しかし、AIが実際にどういうロジックで顔認証をしているかは謎のままである。これが解明されない限り、顔認証システムを不正にすり抜ける犯罪を防ぐことはできない。

ニューラルネットワークと脳の類似性

AIの基礎をなすNeural Network (下の写真) でイメージを判定する時は、写真とそのタグ (名前などの種別) をネットワークに入力し、出力が正しく種別を判定できるよう教育する。教育過程ではネットワーク各層 (下の写真、縦方向の円の並び) 間の接続強度 (Weight) を調整する。この教育過程は脳が学習するとき、ニューロンの接続強度を調整する動きに似ているといわれる。

出典: Neural Networks and Deep Learning

ネットワークの中に分散して情報を格納

学習で得た接続強度は各ニューロン (上の写真の白丸の分部) に格納される。つまり、Neural Networkが学習するメカニズムの特徴はネットワークの中に分散して学習データを格納することにある。プログラムのようにデータを一か所に纏めて格納する訳ではない。人間の脳も同じメカニズムである。脳が電話番号を覚えるときには、最初の番号は多数のシナプスの中に散在して格納される。二番目の番号も同様に散在して格納されるが、一番目の番号と近い位置に格納されるといわれる。人間の脳を模したNeural Networkはデータ格納でも同じ方式となる。

知識がネットワークに焼き付いている

問題はこの格納メカニズムが解明されていないことにある。脳の構造を模したNeural Networkも同様に、情報が格納されるメカニズムの解明が進んでいない。Deep Learningの問題点を凝縮すると、知識がネットワークに焼き付いていることに起因する。ニューロンの数は数千万個に及び、ここに知識が散在して格納されている。知識はシステムを開発した人間ではなく、ネットワークが習得することが問題の本質となる。

自動運転車のアルゴリズム

Carnegie Mellon Universityは1990年代から自動運転技術の基礎研究を進めていた (下の写真はその当時の自動運転車)。当時、研究員であったDean Pomerleauは、カメラで捉えた映像で自動運転アルゴリズムを教育した。走行試験では、数分間アルゴリズムを教育し、その後でクルマを自動走行させる試験を繰り返した。試験はうまく進んだが、橋に近づいたときクルマは道路からそれる動きをした。しかし、アルゴリズムはブラックボックスでPomerleauはその原因が分からなかった。

出典: Dean Pomerleau et al.

試験を繰り返し問題点を特定

ソフトウェアをデバッグする要領でロジックを修正することができない。このためPomerleauは路上試験を繰り返すことで問題点を解明した。様々な状況で自動運転を繰り返し、経験的に問題点を突き止めた。それによると、クルマは路肩の外側に生えている草の部分を基準にして走行路を判定していることが分かった。橋に近づくと草の部分がなくなり、クルマは判断基準を失い、正常に走行できなくなる。自動運転技術をAIで実装するとクルマが正しく動くのか確信が持てなくなる。

大規模な走行試験で安全性確認

現在でも同じ問題を抱えている。自動運転車は無人で公道を走ることになるが、我々はAI技術を信用していいのかが問われている。AIの運転ロジックが分からない中、どう安全基準を作ればいいのか試行錯誤が続いている。その一つに、定められた距離を無事故で走行できれば安全とみなすという考え方がある。シンクタンクRand Corpによると、人間がクルマを1億マイル運転すると死亡事故は1.09回発生する。自動運転車が人間と同じくらい安全であることを証明するためには2.75億マイルを無事故で走る必要がある。人間レベルの安全性を証明するためには大規模な走行試験が必要となる。自動運転車の安全基準を設定する作業は難航している。

Deep Learningを使った運転技術

この問題を技術的に解明しようとする動きも始まった。NvidiaはDeep Learningを使った運転技術を開発している。自動運転システムは「DAVE-2」と呼ばれ、Neural Networkで構成される。人間がアルゴリズムに走行ルールを教えるのではなく、システムはNeural Networkで画像を処理し安全な経路を把握する。システムはカーブしている道路のイメージを読むと、そこから運転に必要な道路の特徴を把握する。

AIがルールを学習する

NvidiaはAIがどういう基準で意思決定しているのかの研究を進めている。今までブラックボックスであったAIの中身を解明する試みだ。下の写真が研究成果の一端で、AIが道路をどう理解しているかを示している。上段はカメラが捉えた画像で、下段はCNN (画像認識するNeural Network) がこれを読み込み、そこから道路の特徴を示している。特徴量は曲線が殆どで、CNNは道路の境界部分を目安に運転していることが分かる。この画面からAIが習得したドライブテクニックを人間がビジュアルに理解できる。

出典: Nvidia

2017年はAIロジックの解明が進む年

自動運転車を含む自立系システムはDeep Reinforcement Learning (深層強化学習) という手法を使い、アルゴリズムが試行錯誤を繰り返してポリシーを学習する。この技法は囲碁チャンピオンを破ったGoogle AlphaGoでも使われている。Deep Reinforcement Learningの中身もブラックボックスで、これからこの解明も進むことになる。AIは目覚ましい成果を上げ世界を変え続けるが、2017年はAIのブラックボックスを開けそのロジックの解明が進む年となる。

Facebookで虚偽ニュースが増幅し大統領選挙が混乱、AIで記事の真偽を判定する試みが始まる

アメリカ大統領選挙では偽りのニュースが飛び交い、有権者が大きな影響を受けた。ニュースの題名は衝撃的なものが多く、記事は著者の主張が論理的に展開され疑問を挟む余地はない。偽のニュースはFacebookに表示され、口コミで広がり大きな社会問題となった。Obama大統領が名指しで問題点を指摘し、Facebookは虚偽ニュース対応に乗り出した。

出典: Snopes.com  

虚偽ニュースによりTrump氏が勝利した

Facebookが表示するニュースに虚偽情報が含まれていることは早くから問題となっていた。大統領選挙では虚偽ニュースによりTrump氏が勝利したとまで言われ、この件が一気に政治問題に発展した。FacebookはTrump氏を推す虚偽ニュースをNews Feedに掲載し、口コミでTrump支援者が増えたとされる。CEOのMark Zuckerbergはこれが勝敗に影響したという解釈を否定しているが、偽ニュースを抑止する対策をとることを表明した。

ローマ法王がTrump氏を大統領に推奨する

大統領選挙では数多くの虚偽ニュースが飛び交った。ニュースはセンセーショナルで人目を引くものが多い。その事例として、WTOE 5 Newsというサイトは「ローマ法王がTrump氏を大統領に推奨する」という偽りの記事を発信した。これに対し、ニュースを検証するサイトはこの記事は偽りと注意を喚起した (上の写真)。これに先立ち、「ローマ法王がClinton氏を大統領に推奨する」という記事も発信された。選挙が終わり、「ローマ法王は選挙結果に失望した」という記事も掲載された。

Clinton氏が米国国歌を見直すべきと提案

また、National Reportというサイトは「Clinton氏が米国国歌を見直すべきと提案した」という偽りの記事を掲載した (下の写真)。更に、Clinton氏はその理由を「歌詞が拳銃などによる暴力につながる」とし、「国歌は宗教と国家の分離原則に抵触する」と述べたとしている。

出典: National Report

虚偽であると判断するのは難しい

このニュースは事実ではなく虚偽の内容である。しかし、怪しいとは感じるものの、一読してこれらが虚偽であると判断するのは難しい。ニュースサイトの名前や外観やURLは本物のように見える。記事のタイトルからも不正を感じさせるものはない。記事を読み始めると、考え方に共感するところもあり、最後まで読んでしまう。ところどころ違和感を感じるが、記事が虚偽であることは見抜けない。むしろ、興味深い内容に惹かれる。

偽ニュースを発信するサイトとは

このNational Reportは名前から権威あるニュースサイトのように思える。同社はホームページで中立ニュースを発信するとうたっている。しかし、National Reportが掲載するニュースは事実ではなく、虚偽ニュースだけを発信する。この目的は魅力的な虚偽のニュースでページビューをあげ、サイトに掲載する広告で収入を得ることにある。ページビューが高いニュースは一件で1万ドルの広告収入があるとされる。但し、今ではGoogleなどが虚偽ニュースサイトへの広告掲示を停止し、National Reportサイトでの広告収入は激減した。

ソーシャルメディアが偽ニュースを増幅

National Reportは虚偽ニュースを発信してきたが、同社だけでは社会的な影響は限られている。しかし、Facebookなどソーシャルメディアに記事が表示され、賛同者の数が増え、記事へのリンクが転載されることで、この記事の出現回数が爆発的に増える。Facebookは人気記事をTrendingとして示し、ここに虚偽ニュースが掲載されると全国規模で広がる。このようにFacebookなどのソーシャル機能が悪用され、虚偽ニュースが世論を動かす力となった。

Trump陣営が虚偽のニュースを引用

大統領選挙ではTrump陣営が虚偽ニュースを引用してClinton候補を攻撃する場面もあった。Eric Trump氏は偽ニュースだとは思わず、記事の内容を根拠に論戦を展開した。ツイートで「Trump講演会で反対運動をする活動家はClinton陣営から3500ドル貰っている」という記事を引用した (下の写真)。しかし、このニュース記事は真実ではなかった。ツイートは削除されたが、そのコピーが今でも多くのサイトに掲載されている。選挙戦当事者も偽ニュースを見分けるのに時間がかかった。

出典: Eric Trump

Facebookの偽ニュース対策

Facebookは早くから偽ニュース (Hoaxes) への対策をとっている。2015年1月には会員が偽ニュース記事を報告できる仕組みを導入した。これはスパムメールを申告するように、News Feedに表示されたニュースが真実ではない場合にはその旨を申告できる。読者からの申告で偽ニュースがNews Feedに表示される回数が減らされる。クラウドソーシングの手法での対応策を始めた。

サイトに誘導する記事や偽記事を抑制

Facebookは2016年8月には、News Feedから「Clickbait」記事を削除する対策を打ち出した。Clickbaitとは意図的に内容を伏せてサイトに誘導する手法を指す。例えば記事の導入部分で「信じられないことに、昨夜レッドカーペットの上でセレブ同士が喧嘩になった。それは誰なのか。。。」と書くと、気になってリンクをクリックして続きを読む。これはサイトに誘導する常套手法であるがFacebook利用者にはたいへん不評。FacebookはClickbaitがNews Feedに出現する回数を抑制した。

出典: Celeb Style Weekly

Machine Learningの手法で偽ニュースを特定

Clickbaitには読者をミスリードする記事も含まれ、偽ニュースを抑制する対策も取っている。Clickbait記事対策ではアルゴリズムを開発し、検出プロセスを自動化した。Facebookはサイトに誘導する記事やミスリーディングな題名の事例を集めClickbaitのデータセットを作成した。これら事例を通常ニュースの題名と比較し、Clickbaitに特有なシグナルを特定した。Clickbaitを検出するアルゴリズムを開発し、これをMachine Learningの手法で教育した。アルゴリズムは学習を重ね検出精度を上げていく。これはスパムメールを検出する方式に似ており、News Feedから虚偽ニュースを排除できると期待されてきた。

大統領選挙では偽ニュースを防げなかった

このような対策をとっているにも拘わらず偽ニュースは増え続け、大統領選挙では有権者を混乱させる原因となった。Facebookが開発したアルゴリズムはニュースタイトルを基準に判定するので偽ニュースを見分ける精度が十分とは言えない。本格的に対応するにはタイトルに加え、本文に踏み込んだ判定が必要となる。

記事を虚偽と判定するのは人間でも難しい

前述の通り記事を虚偽と判定するのは人間でも難しい。明らかな偽りを判定するのは容易だが、記事の内容を把握し、事実関係の検証が求められる。(下の写真は明らかに虚偽ニュースと分かる事例。大統領選挙でTrump氏の勝利が決まった直後、「Obama大統領は大統領令を発令し選挙結果を検証する」という記事が発行された。)

出典: ABCNews.com.co

事実を検証する作業が求められる

多くのケースでニュース記事を読んだだけではそれが真実かどうかを判断するのが難しい。記事で述べられる主張を裏付ける事実を確認する作業が必要になる。主張の出典を探し事実関係を確認する。また、主張を裏付ける事実が確認できたとしても、記事の中で事実を誇張したり、拡大解釈するケースは少なくない。記事検証ではこれらのステップを踏み、内容が正しいかどうかの判定を下す。

真実を突き止めるには限界がある

記事検証では真偽を判定するのが目的であるが、判定できないケースも多々ある。Trump氏が大統領に選ばれたことに抗議して#NotMyPresidentというデモが全米各地で起こった。デモ参加者はClinton支持者で、Trump氏は我々の大統領ではないと抗議の意思を表示した。記事は「デモ参加者は投票所には行っておらず、Clinton氏に投票していない」と分析する (下の写真)。しかし、この事実関係は確認できず、この記事の真偽は判定できない。真実を突き止めるには限界があるのも事実。

出典: ZeroHedge

Facebook記事の真偽を判定するソフト

この問題に大学生たちが挑んでいる。Facebookに掲載される記事の真偽を判定する技法を開発した。大学生たちはAIを最大限に活用し、Facebook記事を解析するソフトウェア「FiB」を開発した。FiBはブラウザーのプラグインとして実装され、Facebook記事を読みその内容を判定する。記事が虚偽であると「Not Verified」と表示する。一方、真実であると「Verified」と表示する。(下の写真はNot Verifiedと判定された事例。「大麻ががん細胞を破壊する」という記事を解析し、これは虚偽であると判定した。)

AIクラウドを使って真偽を判断

FiBはAIを使って真偽を判断する。投稿された記事に掲載されている写真を認識し、それをテキストに変換する。また記事からはキーワードを抽出する。検索エンジンでこれらの出典を調べ、事実かどうかを確認する。更に、Twitter記事のスクリーンショットが掲載されている場合は、その出典をTwitterで検索する。Twitterスクリーンショットが偽でないことを確認する。

Facebookより先にソリューションを開発

学生たちは公開されているAIクラウドのAPIを最大限に活用してシステムを作った。具体的には、Microsoft Cognitive Services、Twitter Search API、Google Safe Browsing APIなどを使っている。記事判定の精度の検証はこれからであるが、世界最先端のAI技術を持つFacebookより先にソリューションを開発したことは特筆に値する。

出典: FiB Project

ファクトチェックサイトが注意を喚起

アルゴリズム開発とは別に、多くの団体が人手で記事の真偽を判定している。これらはファクトチェックサイトと呼ばれ、大統領選挙では有権者に偽ニュースに誘導されないよう注意を喚起した。その代表がFactCheck.orgという独立の非営利団体 (下の写真)。University of Pennsylvaniaの研究機関として活動を開始し、政治問題に関し政治家の主張の真偽を詳細に検証する。また、読者に偽ニュースを見分ける方法などを指導する。

(下の写真はFactCheck.orgが政治家の主張を分析した事例。下院議長Paul Ryanは米国医療制度Medicareはオバマケアーにより破たんしたと主張する。しかし、FactCheck.orgはこの主張は間違いと結論付けた。)

人気のファクトチェックサイト

人気のファクトチェックサイトはSnopes.com (先頭の写真) で1995年に設立された。このサイトはメールやフォーラムを対象に記事の真偽を判定する目的で設立された。大統領選挙では政治ニュースに焦点を当て、問題点を指摘し有権者に注意を喚起した。分かりやすい表現で多くの人に利用されている。また政治問題だけでなく、ビジネス、エンターテイメント、健康、宗教、テクノロジーなど幅広い分野をカバーする。

Fake Newsは後を絶たない

大統領選挙が終了した後も偽ニュースは後を絶たない。民間人に贈られる最高位の勲章「Presidential Medal of Freedom」授与式が11月22日、ホワイトハウスで執り行われた。映画俳優Robert De NiroらにObama大統領からメダルが授与された。一方、Clint EastwoodのTwitterにメダル授与を拒否したとのコメントが掲載された。その理由としてObama氏は私の大統領ではないと述べている。これは真実ではなく、Eastwoodになりすました人物が発信したもので、ソーシャルメディアから偽りのニュースが流れ続けている。

出典: FactCheck.org

Facebookは米国最大のメディア企業

ソーシャルメディアが生活に浸透し、ニュースの読み方が大きく変わってきた。Pew Researchによると米国の成人の62%がソーシャルメディアでニュースを読む。これをメディア別に分類すると、米国の成人の44%がFacebookでニュースを読んでいる。YouTubeやTwitterがこれに続くが、Facebookがニュース配信メディアとしてトップの位置にいる。

Facebookの責任論

ZuckerbergはFacebookはメディア企業ではなく、記事の真偽を自社で判定すべきでないとの立場をとってきた。記事の真偽の判断は読者に委ねてきた。しかし、Facebookが米国最大のニュース配信企業となっている事実を勘案すると、掲示するニュースの品質についてFacebookが責任を負うべきという議論が主流となっている。同様に、GoogleやTwitterも対策を求められている。Googleは既に、偽ニュースサイトへの広告配信を停止した。

Facebookが対策に乗り出す

偽ニュースが国民的な問題となり、Facebook社内で問題意識を持つ社員が集い、自主的に問題解決に向け動き始めたとも伝えられる。Zuckerbergもポジションを変え、対策に乗り出すと表明した。今頃はAIを駆使したソリューションが開発されているのかもしれない。メールからスパムがフィルターされたように、News Feedから偽ニュースが消えることを期待する。