月別アーカイブ: 2017年7月

TeslaはModel 3を完全自動運転車として発売、AIはカメラだけでオブジェクトを判定

Teslaは普及モデル「Model 3」の出荷を開始した。既に50万台を受注しておりTeslaは需要に応えるため生産ラインの拡充を急いでいる。Model 3の登場でEVが一気に普及することとなる。同時にModel 3の登場で自動運転車開発が加速する。出荷されるModel 3は自動運転に必要なハードウェア機器を搭載しており、ソフトウェアの更新で自動運転車となる。

出典: Tesla  

Tesla Model 3の出荷を開始

Teslaは2017年7月Model 3 (上の写真) の出荷を開始した。Model 3はTeslaブランドの普及車として位置づけられる。価格は35,000ドルに設定され、富裕層だけでなく一般市民の手に届くレンジに降りてきた。Model 3は強化された運転支援機能「Enhanced Autopilot」を搭載している。更に、Model 3は自動運転に必要なハードウェア機器を搭載しており、ソフトウェアを更新するだけで完全自動運転車 (Level 5) になる。ただし、Teslaはこの機能を提供する時期については明らかにしていない。

Full Self-Driving Capability

Teslaが提供する完全自動運転機能は「Full Self-Driving Capability」と呼ばれる。最新モデルのModel SやModel 3には必要な機器が搭載されている。センサーとしてはカメラをクルマの周囲に8台搭載している。また、レーダーはフロントに1台、超音波センサーは12台搭載している。このようにTeslaはLidar (レーザーセンサー) は使わないでカメラがクルマの眼となる。センサーのデータは車載スパコン「Nvidia Drive PX2」 で処理される。

自動運転車とのインターフェイス

Teslaは自動運転できる場所は全米のほぼすべての地域と説明している。搭乗して目的地を告げるとクルマは最適なルートを算定しその場所まで自動で走行する (下の写真)。目的地を告げないで乗ると、クルマは搭乗者のカレンダーを参照し行き先を把握する。目的地に到着し降車するとクルマは駐車モードとなり自動で空きスペースを探し駐車する。乗車する時はスマホアプリでクルマを呼ぶと自動走行でその場所まで迎えに来る。

出典: Tesla

自動運転車時代のカーシェアリング

Teslaは自動運転車を繋ぐネットワーク「Tesla Network」を開発している。クルマが完全自動運転車となるとこのネットワークを介して車両を共有することができる。オーナーがクルマを使わない時はアプリでその旨を選択すると、クルマを他の利用者に貸し出すことができる。例えば、オーナーが休暇を取っている間、また、会社で働いている時間帯に、この機能を使うとクルマが他の利用者に貸し出されレンタル収入を得ることができる。クルマは自動運転で利用者のもとに走行するため貸し出しの手間はかからない。Tesla Networkは自動運転車時代のカーシェアリングのありかたを示している。

自動運転車にアップグレード

自動運転機能はEnhanced Autopilotの上に構築される。まずModel 3ベースモデルにEnhanced Autopilot機能を追加する必要があり価格は5,000ドルとなる。更に、ここから自動運転車にアップグレードする手順となり価格は3,000ドルとなる。つまり、8,000ドルの追加料金で自動運転機能を手に入れることができる。Teslaはこの機能の提供時期については明示していないが、現在、完全自動運転機能の試験を重ねていると述べている。また、政府からの認可が必要で自動運転車を運用できる地域はそれにより決まるとしている。

独自のAI技法「Tesla Vision」

Teslaは独自のAI技術を開発している。これは「Tesla Vision」と呼ばれDeep Neural Networkで構築される。Tesla Visionはクルマに搭載されたカメラの映像を入力し、これを解析することでクルマ周囲のオブジェクトを把握する。従来のComputer Visionから高度に進化した技術でTesla Visionはオブジェクトを漏れなく確実に特定する。安全性が求められるクルマでAIが視覚となり自動運転技術を支える。

自動運転車のデモ  

Tesla Visionを搭載した車両で自動運転のデモ走行が実施された (下の写真)。クルマはTesla本社をスタートしダウンタウンを通過し本社に戻ってくるルートで実施された。この間クルマが全工程を自動で走行した。Tesla Visionはカメラ画像を解析し、クルマ周囲のオブジェクト、経路上のオブジェクト、車線、信号機、道路標識などを識別する (下の写真、右側のウインドウ)。

出典: Tesla  

センサーの本命はLidar  

多種類のセンサーの中で一番幅広く採用されているのがLidarである。Lidarはレーザー光でクルマ周囲のオブジェクト(歩行者や車両など)を把握する。様々な条件で安定して計測できることからLidarがセンサーの本命となっている。一方、Lidarは形状が大きく価格が高く解像度が十分でない点が問題としてあげられる。屋根の上に搭載すると緊急自動車の赤色灯をほうふつさせデザイン面で問題がある。Lidarを半導体チップに実装し小型化した製品が登場しているが解像度が十分でなく自動運転車では使われていない。

Waymoは手堅い手法を取る    

Waymoはこの問題を解決するために独自の技術でLidarを開発している。Lidarを小型化し価格を従来モデルの1/10にし、更に、解像度を上げた。これに加え、Waymoは高機能カメラ (Vision Systemと呼ばれる) も開発しておりLidarと併用する。この方式はSensor Fusionと呼ばれ自動運転での標準技法になっている。不完全なセンサーであるがこれを複数個組み合わせて使いシステム全体でクリアな視覚を得る。Sensor Fusionが一番手堅い手法でWaymo以外に多くの企業が採用している。

Teslaのアプローチは革新的

これに対してTeslaはLidarを使わないでカメラだけで自動運転技術を達成する革新的な手法と言える。カメラなどコモディティ機器を使いDeep Learningの技量で安全な自動運転技術を達成する。ハードウェアではなくソフトウェアに軸足を置くシステムでイメージ認識技術Tesla Visionの開発が製品の成否を握る。

TeslaはAI開発体制を強化      

このためTeslaはAI開発体制を強化している。2017年6月、TeslaはDeep Learning研究の第一人者Andrej Karpathyを採用しAI・Autopilot部門のトップとした。また、Teslaは市販車が走行中に撮影するビデオ画像を収集することを始めた。Autopilot稼働中にカメラが撮影したビデオ画像がTeslaクラウドに送信される。Teslaは収集した画像を使い自動運転技術を検証する。Waymoは専用車両でビデオ画像を収集するが、Teslaは販売したクルマがテスト車両となり大規模にデータを収集することができる。AIの教育や試験で活用されここがTeslaの最大の強みとなる。

出典: Tesla  

Model 3のクールな機能 

Tesla Model 3は自動運転以外にもクールな機能が話題になっている。Model 3はカーキーは無く、スマホがBluetoothでドアと交信し鍵をアンロックする。スマホで搭乗できる仕組みとなる。ただし、緊急事態に備え専用カード (NFC Key Card) も提供される。コックピットには15インチディスプレイだけが備えてありここで全ての操作をする (上の写真)。必要最小限の機器を備えたデザインでクルマはどんどんシンプルになる。クルマはコンピュータに近づいている。

自動運転車時代が到来     

カメラだけで自動運転車を開発することが世界共通の目標になっているがTeslaがゴールに一番近い位置にいる。まだ達成できたわけではないが、市販車両から収集したデータでAI開発を加速させている。Lidarを使わないため価格は大幅に安くなりModel 3では43,000ドルで自動運転車を購入できる。EVの本格的な普及とともに自動運転車が一気に広がりそうな勢いを感じる。

中国で100万人のDNAを解析するプロジェクトが始まる、遺伝子と病気の関係をAIで解明

中国は世界のDNAシークエンシング工場としてヒトや動物や植物の遺伝子配列を解き明かしてきた。いま中国は遺伝子配列を読み取るだけでなく、その結果をAIで解析しライフサイエンスの分野で世界をリードしようとしている。米国では既にIBMやGoogleが取り組んでいる研究テーマであるが中国はこれを大規模に展開する。

出典: iCarbonX  

遺伝子データをAIで解析

その先端を走るのがShenzhen (中国・深圳) に拠点を置くベンチャー企業iCarbonXだ。馴染みが無い会社であるがiCarbonXは医療データを解析するAIプラットフォームを開発している。iCarbonXは中国において今後五年間で100万人の遺伝子データを収集する計画を明らかにした。収集した遺伝子データをAIで解析し病気や健康に関する様々な知見を得る。解析結果は専用アプリで消費者にフィードバックされ、健康な生活を送るためのアドバイスが示される。

個人データを大規模に低価格で収集

iCarbonXは2015年にJun Wang (上の写真) により創設された。WangはBGI (旧称Beijing Genomics Institute) のCEOの職を辞してiCarbonXを立ち上げた。BGIは世界最大規模のDNAシークエンシングセンターで遺伝子配列解明に寄与してきた。今ではライフサイエンスの先端技術を開発している。米国では既にIBMやGoogleが同様な研究を展開している。しかしiCarbonXは中国においては遺伝子情報を含む個人データを大規模に低価格で収集できると述べている。プライバシー保護に関する規制が緩やかなことがビジネスの優位点となる。

今年最も注目されているベンチャー企業

iCarbonXは今年最も注目されているベンチャー企業で累計で6億ドルの出資を受けている。企業時価総額は10億ドルを超え中国のエリートAI企業として評価されている。投資企業にTencentが含まれており2億ドルを出資している。Tencentは中国最大のソーシャルメディア企業でメッセージングサービス「WeChat」を運用している。TencentがiCarbonXに出資するのは奇異に感じるがその背景にはWeChatなどソーシャルメディアにログされている個人データを活用する狙いがある。個人のソーシャルデータを遺伝子データと組み合わせAIで解析することで分析精度が向上することが期待される。

遺伝子解析の限界

IBMを含む米国のAI企業は遺伝子解析の臨床試験を展開しているが期待していた成果が得られていない。遺伝子変異と病気発症の関係を研究しているが両者の間に強い相関関係を見つけることに苦慮している。つまり、病気を発症する遺伝子変異を突き止められないでいる。このためiCarbonXは従来の手法に加え被験者の生体検査を実施し精度の高い情報を得ることを計画している。

出典: iCarbonX

生体検査とは

具体的にはiCarbonXは被験者の生体検査として血液中のたんぱく質量の変化やメタボリズムを測定し、脳のイメージングデータを使う。またウエアラブルのバイオセンサーで血糖値をモニターする。更に、スマートトイレで尿と便に含まれるバイオマーカーを収集する。これら生体検査データと医療情報と遺伝子情報を組み合わせAIで解析することで健康管理に役立つ情報を抽出する。

専用アプリ「Meum」

iCarbonXのサービスは専用アプリ「Meum」から利用する (上の写真)。消費者はMeumに食事内容やエクササイズに関する情報を入力する。更に、身体情報やバイタルサインを入力する。AIはこれら入力情報と上述の遺伝子情報と生体情報を解析し、アプリは健康や病気に関連する情報を表示する。具体的には食事の内容、就寝時間、必要なエクササイズなど健康な生活を送るためのアドバイスを表示する。

ヘルスケア関連企業七社と提携

iCarbonXはヘルスケア関連企業七社と提携しこれら企業の技術を活用する (下の写真、米国企業を中心に構成されている)。これは「Digital Life Alliance」と呼ばれ医療データを遺伝子解析と結びつけ健康に関する新たな知見を得るための企業連合として機能する。具体的には提携企業は個人の健康や病気の状態を特定する指標を提供する。iCarbonXはこれら指標を活用してビッグデータからノイズを排除し高精度で有益な情報を検知できるシステムを開発する。

出典: iCarbonX  

ライフサイエンス先進国に転身  

Googleのライフサイエンス部門Verilyは健康な人体を定義する「Baseline Project」をスタートし1万人の参加者から個人の身体情報と医療情報を収集する。収集した情報と遺伝子情報をAIで解析し健康な人体を把握する。これに対しiCarbonXは100万人規模で実証実験を展開する。遺伝子配列などデータ量が格段に大きい情報を解析するためにはAIアルゴリズムの教育で大量のデータを必要とする。人口が多く遺伝子情報が使われることに対する抵抗感が柔らかい中国はライフサイエンスで大きく前進することが予想される。中国は世界のDNAシークエンシング工場からライフサイエンス先進国に転身しようとしている。

IBM Watsonの実力が問われている、 独自AIアーキテクチャはDeep Learningに勝てるのか

米国でIBM Watsonの実力を疑問視する声が出ている。大学病院との共同プロジェクトが失敗に終わりWatsonの機能を再評価する機運が高まっている。システムインテグレーションの観点からはWatsonを教育するために大規模なデータを必要とする。アーキテクチャの観点からはWatsonはDeep LearningやGPUを使わないでIBM独自の手法でAIを実装しCPUで実行する。Deep Learningが高度に進化し少ないデータでシステムを教育できる中、Watsonは約束通りの性能を出せるのか市場の関心が集まっている。

出典: IBM  

ライフサイエンスの分野で共同研究

IBMはWatson (上の写真) をライフサイエンスの分野で利用しガン治療で効果を上げると表明している。IBMはテキサス州立大学病院 (University of Texas MD Anderson Cancer Center) と共同でWatsonを使ったガン治療の研究を進めてきた。IBMは白血病を皮切りにガンを撲滅するMoon ShotプロジェクトでWatsonを展開している。Watsonが患者の医療データや医学文献を解析し医師に最適な治療法を示すことを目標としている。

プロジェクトは失敗

しかし2017年2月、テキサス州立大学病院はこのプロジェクトを中止すると発表した。大学はプロジェクト中止の理由は明らかにしていないが、4年間の研究開発で患者治療のためのツールを開発することができなかったと報じられている。プロジェクト管理の不備が原因とされるが、Watsonの技術的な問題もクローズアップされている。更に、IBMへの支払金額は3900万ドルで当初の予算を大幅に上回りシステム運用に費用がかかり過ぎることも要因とされている。

Watson教育のプロセスは複雑

Watsonの教育では大量の医療データを必要とする。このプロセスはDeep Learning (人間の脳を模した構造のネットワーク) の教育と同じで、答えが分かっているデータを入力しアルゴリズムを最適化する。しかし、WatsonのケースではDeep Learningと比べこのプロセスが格段に複雑になる。Deep Learningでは患部の写真を入力しアルゴリズムがガンであるかどうかを判定する。Watsonのケースでは患者のDNAを入力すると医療文献を参照し最適ながん治療方法を見つける (下の写真)。判定プロセスが格段に複雑になるだけでなく、そもそも遺伝子変異と病気の関係に関する教育データが存在しない。

出典: IBM

IBMは企業買収でデータを入手

このためIBMは新興企業を買収しWatson教育のための医療データを入手している。企業買収を繰り返しIBMは大規模な医療データベースを構築している。Explorysは医療データを保有し解析サービスをクラウドで提供しているベンチャー企業である。IBMはExplorysを買収し5000万人の患者データを入手し3150億件の医療データを得た。IBMはこれら医療データでWatsonを教育し患者治療や医療技術開発に役立てている。

Watsonのアーキテクチャ

Watsonを教育するプロセスが複雑な理由はそのアーキテクチャに起因する。Watsonの技法はAIの中でMachine Learningとして区分される。人間の脳を模したDeep Learningの手法とは大きく異なる。Watsonのこの技法は「DeepQA」と呼ばれ、これがクイズ番組Jeopardyで人間のチャンピオン二人を破る基礎技術となった。

DeepQAの構造

DeepQAは質問から答えを検出するシステムであるがGoogleのような検索エンジンとは構造が大きく異なる。DeepQAは質問の意味を解し、「Hypothesis」(仮説・解答候補) を生成し、仮説が正しいかどうかを評価する「Scoring」から構成される (下の写真)。仮説の生成やその評価には収集した大量のデータを使用する。このスレッドを大量に生成し大規模並列に稼働させる。一つの質問に対してDeepQAは100万の評価スコアーを生成する。ここから最終回答を選定するプロセスでMachine Learningが使われる。DeepQAは単純な検索ではなく、解答候補を評価して信頼度の高い解を導く手法に特徴がある。

出典: IBM

Deep Learningが高度に進化  

Watsonは自然言語での複雑な質問を理解し、数多くの情報源を参照し、答えの候補を生成し、そこから正しい解を高精度で選ぶことができる。しかし、Watsonが開発されて以来Deep Learningが高度に進化している。画像認識、音声認識、音声生成、機械翻訳などに優れ、自動運転車やデジタルヘルスで活用されている。Deep Learningが普及することでWatsonの機能が相対的に地盤沈下している。

WatsonはDeep Learning機能を採用       

このためIBMはDeep Learningを採用しWatsonの機能を強化している。IBMはクラウドBlueMixにDeep Learningによる画像認識と音声認識機能を追加した。またIBMはベンチャー企業AlchemyAPIを買収した。AlchemyAPIはDeep Learningベースのテキスト解析とイメージの解析を提供しておりWatsonはこれらの機能を搭載している。更に、IBMはPowerAI Platformを投入した。GPUを基盤とする処理システムでここでDeep Learningフレームワークを提供する。

Watsonの将来    

WatsonはDeep Learning技法が登場する前に開発されたシステムであるが、IBMは最新技法をシステムに組み込み定常的に機能を強化している。また、ヘルスケア関連では企業買収を重ねWatsonの教育で活用している。テキサス州立大学病院のプロジェクトは失敗に終わったが、ガン診断や治療の研究で米国の主要病院と提携し共同研究を進めている。Watsonはガン治療で大きな効果を上げると期待されている。ただ、研究開発はIBMが示した当初のスケジュールから大きく遅れておりAIでガンを撲滅する技術の難しさを再認識させられる。

合成生物学が「未来の工場」となりImpossible Materialを開発する

Zymergenというベンチャー企業は合成生物学 (Synthetic Biology) の手法で新しい製品を開発している。製品開発の背後ではAI、ロボット、バイオロジー技術が使われ、高度な予測のもと試験を繰り返す。酵素の機能を強化し新しい微生物を生成する手法で信じられない素材を生成する。

出典: Zymergen  

Impossible Materialを生成する

Zymergenの使命は「Impossible Material」を開発することにある。Impossible Materialとは既存の素材から大きく逸脱した機能を持つマテリアルを指す。古くはゴムの木からつくられたゴムボールがこれに相当する。歴史を振り返るとゴムが欧州にもたらされ産業革命を支えた。その後、石油化学に基づくImpossible Materialの研究開発が進められた。

石油化学ベースの素材

石油化学ベースのImpossible Materialは生活の中で幅広く使われている。ガラスのように加工できるが3倍軽く割れない素材が誕生した。これはポリエチレン(Polyethylene)で容器などで使われている。自重の800倍の重さの水を吸収する素材はポリアクリル酸ナトリウム (Sodium polyacrylate) でダイパーなどに使われる。弾丸を通さない強い繊維としてケブラー (Kevlar) が開発され防弾チョッキに使われている。

次世代のImpossible Material

Zymergenを含むバイオベンチャーは次世代のImpossible Materialを探している。石油化学と異なり自然界は多彩な分子構造を持っている。世界で20万種類の分子構造が発見されているが (下の写真、一部)、総数は数百万といわれている。Zymergenはこの中から360種類の生物分子 (Biomolecule) を特定し、合成生物学の手法でImpossible Materialを開発している。

出典: Royal Society of Chemistry

遺伝子工学の最新技法

合成生物学とは今までに存在しない生物部品やシステムを設計し製造する技術体系を指す。合成生物学は「Genetic Engineering 2.0」とも呼ばれ遺伝子工学の最新技法を意味する。合成生物学は遺伝子コード (Genetic Code、A、T、C、Gから構成される) を編集して微生物 (Microbe) のDNAに組み込み、微生物からたんぱく質 (これがImpossible Material) を生成する (下の写真)。これを医療、農業、製造業などに応用し、生活に役立つ物質を生成する。合成生物学のプロセスはワインの醸造に似ている。ワイナリーで葡萄 (糖分) を酵母 (微生物) で発酵させアルコールを生成する。ただ、合成生物学の手法は酵母 (微生物) のDNAを組み替えて今までに存在しない素材を生成する点が大きく異なる。

出典: Zymergen  

Radical Empiricismという手法

ロジックはシンプルであるが化学反応のプロセス (Biochemical Pathway) は極めて多彩で複雑である。このためZymergenは「Radical Empiricism」という手法で合成生物学ベースのImpossible Materialを開発する。微生物のDNA編集と発酵のプロセスをソフトウェアで自動化する (下の写真)。

出典: Zymergen  

この手法はMicrobe Engineeringと呼ばれ、人間が経験と勘に頼っていた部分をAIとロボットで置き換える。AIが酵母の遺伝子組み換えを把握し、試験の成功と失敗の事例から学習を重ねる。実際の試験は人間ではなくロボットが実行し (下の写真)、全てのプロセスが自動化されている。Zymergenはデータサイエンスに裏付けられたMicrobe Engineeringの手法を取る。

出典: Zymergen  

工業用酵素の機能を改良する技術

Zymergenは工業用酵素の機能を改良する技術も提供している。発酵によりバイオ燃料、素材、医薬品が生成されるがその市場規模は1600億ドルといわれる。これらの企業は使っている酵素の機能強化をZymergenに依頼する。ZymergenはこのプロセスでもAIとロボットで自動化し、短時間で多種類のケースを試験して酵素のDNA構造を決定する。

AIとロボットがImpossible Materialを見つける 

ワイン醸造の例に例えると杜氏に代わりAIが酵母とワインの出来をデータサイエンスの手法で把握し、酵母を改良する方法を提案する。杜氏の経験と勘を酵母のDNA編集に集約し、長い年月を要したプロセスを1か月に短縮する。酵母に含まれる遺伝子の数とその組み換えのパターンは膨大で人が直感的に理解することはできない。ここでAIが使われロボットが大規模並列で実験を繰り返す。Impossible Materialは化学者の経験と勘ではなくAIとロボットが生み出すことになる。