月別アーカイブ: 2017年5月

Apple WatchをAIで機能強化、スマートウォッチで心臓の異常を検知

Apple Watchは健康管理のウエアラブルとして人気が高い。ただ、センサーの機能には限界があり心拍数計測精度が不安定といわれる。このため、Apple Watchで収集する心拍数データをAIで解析し心臓の異常を検知する研究が進んでいる。病院でECG検査を受けなくても、Apple Watchで24時間連続して心臓の健康状態をモニターできる。

出典: Cardiogram

Cardiogramというベンチャー企業

この技術を開発したのはサンフランシスコに拠点を置くCardiogramというベンチャー企業だ。同名のCardiogramというアプリがApple Watchで測定した身体データを解析し心臓の動きを把握する (上の写真)。デバイスと連動し心拍数がエクササイズにどう反応するかを把握する。また、平常時の心拍数をモニターし、身体がストレスや食事などにどう反応するかも理解する。更に、心拍数を解析し心臓疾患を検知する研究が進められている。

Apple HealthKitと連動

Cardiogramは健康管理のアプリとしてiOS向けに開発された。Cardiogramの特徴は身体情報をApple Watchで収集することにある。Appleは健康管理アプリ開発基盤「HealthKit」を展開している。Apple Watchで計測した身体データは利用者の了解のもとHealthKitに集約される。CardiogramはHealthKit経由で利用者の身体情報にアクセスし、これらデータを解析し健康に関する知見を得る。具体的には、Apple Watch利用者の心拍数、立っていた時間、消費カロリー量、エクササイズ時間、歩数などを可視化して分かりやすく示す (下の写真)。

出典: VentureClef

Evidence-Based Behavior

Cardiogramは「Evidence-Based Behavior」という手法を使って心臓の挙動を把握する技術を開発している。この手法は日々の行動やエクササイズがバイオマーカーにどう影響するかを検証する。例えば14日間ジョギングをすると、これが心拍数にどう影響するかを解析する。これで心拍数が7%低下すると、この行動は健康に効果があると判定する。Cardiogramは健康管理に役立つエビデンスを特定して利用者に示す。ジョギングの他に自転車、瞑想、ヨガ、睡眠時間などのプログラムが揃っている。また、スマホを絶つと健康にプラスに作用するのかを検証するメニューもある。

Apple Watchで不整脈を検知する研究

CardiogramはApple Watchを使って心臓の状態をモニターし、AIで異常を検知する研究を進めている。これはUC San Francisco (カリフォルニア大学サンフランシスコ校) との共同研究で「mRhythm Study」と呼ばれている。6185人を対象にApple Watchで収集した心拍データを解析し不整脈の一種である心房細動 (Atrial Fibrillation) を検出する。臨床試験の結果、判定精度は高く97%の確率で心房細動を検知できたと報告している。

心房細動を検知するアルゴリズム

Apple Watchで収集したシグナルから心房細動を検知するアルゴリズムにAIが使われた。アルゴリズムはConvolutional LayerとLSTM Layerを組み合わせた四階層の構造を取る (下のダイアグラム)。アルゴリズムに心拍数を入力するとタイムステップ毎にスコアを出力する。スコアは心房細動が発生している確率で、これを各時間ごとに見ることができる。つまり、Apple Watchを着装しているあいだ、いつ心房細動が起こったかを把握できる。病院のECGを使わなくても市販のウエアラブルにAIを組み合わせることで心臓疾患を把握できることが証明され、その成果に注目が集まっている。

出典: Cardiogram

データ収集が課題

同時にこの研究で課題も明らかになった。アルゴリズムを教育するためにはタグ付きのデータが数多く必要となる。このケースではApple Watchで収集した心拍シグナルとECGで計測した心電図のデータを大量に必要とする。特に、患者が心房細動を発症した時の両者のシグナルの紐づけがカギとなる。しかし、これらのデータは病院における心臓疾患患者のECG検査で得られ、その数は限られている。このため、この研究ではモバイル形式のECG測定デバイス「Kardia Mobile」が使われた。

Kardio Mobileとは

Kardia Mobileとはスマートフォンと連動して機能する心電図計測デバイスである。Kardia Mobileには電極が二点あり、被験者はここに指をあててて心電図を計測する (下の写真下段)。測定時間は30秒で、結果はスマートフォンのディスプレイに表示される (下の写真上段)。ガジェットのように見えるが既にFDA (米国食品医薬品局) の認可を受けており、医療システムとして病院や家庭で使われている。研究ではこのKardio Mobileが使われ、6,338件のデータを収取し、これらが教育データとして使われた。因みにKardio MobileがFDA認可を受けた最初のモバイルECGで小さなデバイでも心電図を高精度に測定できる。デバイスの価格は99ドルで、簡単に心電図を測定できるため米国の家庭で普及が始まった。

出典: AliveCor

GoogleのBaseline Project

Googleもウエアラブルを使って心臓の状態をモニターする研究を進めている。Alphabet配下のデジタルヘルス部門Verilyは人体のバイオデータを解析し、健康状態を把握することを目標にしている。これは「Baseline Project」と呼ばれ健康な人体を定義し、ここから逸脱すると「未病」と判定し、利用者に警告メッセージを発信する。Verilyは2017年4月、リストバンド型のバイオセンサー「Study Watch」を発表した (下の写真)。ECG、心拍数、活動状態をモニターでき、Study Watchを使った大規模なフィールド試験が始まった。

出典: Verily

健康管理に役立つウエアラブル

実はここ最近Apple WatchやFitbitなど健康管理のウエアラブルは販売が低迷している。Fitbitは大規模なレイオフを実施し事業を再構築している。消費者は健康管理のためにウエアラブルを買うが、センサーの機能と精度は限定的で思ったほど役立たないというのが共通した声だ。市場は高精度・高機能のウエアラブルを求めており、Apple Watchなどは対応を迫られている。その一つの解がAIで、既存センサーをアルゴリズムで補完することで機能を強化する。Cardiogramがその実例で健康管理に役立つことが証明された。本当に健康管理に役立つウエアラブルが求められておりAIの果たす役割が広がってきた。

AIがAIを開発し、AIが病気を検知する、Googleは全製品をAIで強化する

Googleは2017年5月、開発者会議「Google I/O 2017」を開催し (下の写真) AIの最新技術を公表した。GoogleはAI First企業として全社でAI化戦略「Google.ai」を進めていることを明らかにした。CEOであるSundar Pichaiが基調講演で明らかにし、その後研究詳細がリリースされた。

出典: Google

Google.aiは三つの軸から成る

Google.aiはGoogleの社内プロジェクトで、高度なAIを開発しこれを全ての製品の基盤技術とする開発戦略を指す。Google.aiは「基礎研究」、「ツール」、「応用技術」の三つの分野で構成されプロジェクトが進んでいる。基礎研究とは高度なAI技法の開発で、ツールとはAIを実行するプロセッサなどを指し、AIデータセンタとして提供される。応用技術ではAIでGoogleサービスを機能強化した事例が紹介された。

AIがAIを生成する技術

「基礎研究」でGoogleが注目しているテーマは「AutoML」である。これはMachine Learningを自動生成する研究で、アルゴリズムが別のアルゴリズムを生成する技法の開発を進めている。AIがAIを生成する技術を意味する。下の写真がその事例でAIが生成したDeep Learningアルゴリズム (右側) を示している。これはRecurrent構造 (処理結果を次のステップにループさせる構造) のネットワークで時間に依存する言語処理などで使われる。このケースではネットワークに言葉を入力すると次の言葉を予測する。

出典: Google

アルゴリズム生成方式

アルゴリズム開発は研究者の経験と勘が大きく寄与する。確立されている手法をベースに改良が加えられ新しいモデルを生成する。一方、AIは数多くのアルゴリズムを生成し、これらを実際に教育し実行し精度を把握する。これらのフィードバックをもとに、精度の高いアルゴリズムの作り方を学習する。人間は定石を積み重ねるが、AIは時として常識を覆す方式を生成する。因みにこのケースではAIが生成したアルゴリズム (上の写真右側) が人間が開発したアルゴリズム(同左側)の精度を上回った。

AIがAI研究者となる

AutoMLはGoogle Brainが研究しているテーマで、AIが最適なネットワーク構成を自動で設計することを目指す。つまりDeep Learningアルゴリズム設計に携わる研究者をAIが置き換えることを意味する。AI研究者自身もAIの進化で職を失うことになる。しかし、現実はAI研究者の数は決定的に不足しており、これをAutoMLで補う構造となる。GoogleとしてはAIに置き換えられた研究者をクラウド開発に振り向け事業を強化するとしている。

AI専用プロセッサ

二番目の区分「ツール」に関しては「Cloud TPU」が発表された (下の写真)。Cloud TPUは二代目のTPU (Tensor Processing Unit、Machine Learning計算専用プロセッサ) で大規模計算用にスケーラビリティを重視した設計になっている。Cloud TPUの性能は180Tflopsで64GBの高速メモリを搭載する。

出典: Google

AI First Datacenter

Cloud TPUは64個がボードに搭載され「TPU Pods」を構成する。ボードの最大性能は11.5 Petaflopsとスパコン並みの性能となる。TPU Podはラックに搭載され (下の写真)「Google Compute Engine」として提供される。Cloud TPUでAI処理専用のデータセンタを構築し、Googleはこれを「AI First Datacenter」と呼んでいる。同時に、Googleは「TensorFlow Research Cloud」を発表した。これは研究者向けのクラウドでCloud TPUを1000個連結し、先進AI技術開発のために無償で提供される。

出典: Google

AIをカメラに応用した「Google Lens」

三番目の区分「応用技術」については、GoogleはAIをカメラに応用した「Google Lens」を発表した。これはカメラのレンズをAIで構成するもので、カメラの機能と性能はソフトウェアが決定する。写真撮影するとカメラがAIを使ってイメージを再構築する。夜間撮影では画像にノイズが乗るがAIがこれを補正する (下の写真上段)。シャッターを押すとカメラが自動で複数回 (例えば32回) 露光し、これを重ねてノイズを取り除く。ネット裏からの写真はAIがメッシュを取り除く (下の写真下段)。

出典: Google  

カメラの映像を判定

Google Lensはカメラに映ったオブジェクトを判定する機能がある。花の写真を撮影しGoogle Lens機能をオンにすると花の種類 (Milk and Wine Lily) を特定する (下の写真)。また店舗の写真を撮影するとその名称を認識し関連情報を表示する。カメラがイメージ検索の入力装置となる。Google Goggles(グーグルゴーグル)などで提供された機能であるが、AIを使って機能と精度が強化された。

出典: Google

AIが返信メールを作成

AIはGoogle製品を幅広く支えている。話題の機能が「Smart Reply」でGmailに搭載された。AIが受信したメールの題目と内容を読み最適な返信文を生成する (下の写真)。利用者は提示された三つの返信文から最適なものをクリックするだけで返信できる。Smart Replyが登場して1年以上たつが、今では複雑な内容のメールにも返信文を生成できるようになった。

出典: Google

Street ViewとGoogle Mapsを強化

Street ViewやGoogle MapsでもAIが使われている。Street Viewで撮影したイメージから建物に掲示されている数字をAIが読み番地を特定する。今では数字だけでなく通りの名称をAIが読み場所を把握する。表札が鮮明に写っていなくてもサンプルが四つあれば (下の写真) AIが正確に判定する。この技術をStreet Viewで撮影した800億枚のイメージに適用し位置を把握する。これによりGoogle Mapsの精度が大幅に向上した。利用者から見えないところでAIがサービスを支えている。

出典: Google

AIを医療に適用する

GoogleはAIを医療に適用することを明示した。Googleは既にAIを使ってDiabetic Retinopathy (糖尿病網膜症、下の写真右側、左側は健康な眼底イメージ) を判定するシステムを発表している 。Diabetic Retinopathyとは糖尿病に起因する眼の疾患で失明する可能性が高いとされる。AIが医師より高精度でこの病気を検知することに成功した。AIをメディカルイメージングに活用できることが分かり、GoogleはDeepMindと共に医療分野での研究開発を重点的に進めている。

出典: Google

AIをどう製品に結び付けるのか

Googleはこの他にAIを音声認識に応用している。高度な自然言語処理機能を使いAIスピーカー「Google Home」やAIアシスタント「Google Assistant」を商品化している。Googleは全領域にAIを適用しAI First企業としてその成果をアピールした。ただ、今回の開発者会議では驚くような製品は登場しなかった。世界最高水準のAI技術を持つGoogleであるが、消費者としてはその恩恵を感じにくいのも事実であった。高度なAIをどう製品に結び付けるのかが問われており、これはGoogleだけでなくIT業界が共通に抱えている課題でもある。

AIが医師より正確に皮膚ガンを判定、ガン検診はスマホアプリで

Googleが開発したイメージ認識アルゴリズム「Google Inception」は世界でトップレベルの性能を持つ。このソフトウェアは公開されており誰でも自由に利用できる。これを皮膚ガンの判定に応用すると専門医より正確に病気を判定できることが分かった。特殊なアルゴリズムは不要でガン検知システム開発の敷居が下がった。市場では皮膚ガンを判定するスマホアプリが登場しており医療分野でイノベーションが相次いでいる。

出典: Stanford Health Care

皮膚ガン検出の研究

この研究はスタンフォード大学AI研究所「Stanford Artificial Intelligence Laboratory」で実施され、その結果が科学雑誌Natureに掲載された。これによると、Deep Learningアルゴリズムが皮膚ガンの判定において専門医より優れた結果を達成した。具体的には、Convolutional Neural Networks (CNN、イメージを判定するアルゴリズム) が使われ、AIの判定精度は21人の医師を上回った。

皮膚ガンの検出方法

一般に皮膚ガンを診察する時は、皮膚科専門医 (dermatologist) は肉眼や拡大鏡(dermatoscope) でその部位 (lesion) を観察する。悪性腫瘍であると診断した場合は生体から組織片を採取して調べるバイオプシー (Biopsy、生体組織診断) に進む。また、判定がつかない場合にもバイオプシーを実施し臨床検査で判定する。このバイオプシーがガン診断の最終根拠 (Ground Truth) になる。

アルゴリズムが上回る

診断結果はアルゴリズムが皮膚科専門医の判定精度を上回った。条件を変えて三つのケースで試験が行われたが、いずれの場合もアルゴリズムが好成績を上げた。下のグラフはその一つのケースで、赤丸が医師の判定結果を青色グラフがアルゴリズムの判定結果を示す。右上隅に近づくほど判定精度が高いことを表している。アルゴリズムが殆どの医師の技量を上回っている。

出典: Sebastian Thrun et al.

横軸は陽性判定 (正しくガンと判定) の精度で縦軸は陰性判定 (正しくガンでないと判定) の精度を示す。緑色の+が医師の判定精度の平均で、アルゴリズムがこれを上回る。対象はMelanoma (悪性黒色腫) とCarcinoma (癌腫) で判定件数は111、130、135件。上のケースはMelanomaで130枚のイメージを使用。

Googleが開発したソフトウェア

この研究ではガンを判定するアルゴリズムにConvolutional Neural Networksが使われた。具体的には、Googleが開発した「Inception  v3 CNN」を利用。Inceptionはイメージデータベース「ImageNet」を使ってすでに教育されている。写真に写っているオブジェクトを高精度で認識でき、犬や猫の種類まで判定できる。この研究で同一のアルゴリズムがガンを正確に判定できることが分かった。

皮膚ガンのデータベース

研究チームはこのInceptionを変更することなくそのまま利用した。Inceptionが皮膚ガンを判定できるようにするため、ガンの写真イメージとその属性データを入力し教育した。スタンフォード大学病院 (先頭の写真) は皮膚ガンに関する大規模なデータベースを整備した。129,450件の皮膚ガンイメージ (Skin Lesion) とそれに対応する2,032種類の病気を対応付けたデータベースを保有している。このデータベースは病気の区分け (Taxonomy) とそれに対応するサンプルイメージから構成される。このデータを使ってInceptionを教育した。

システム構成

教育されたInceptionは1,942枚の写真で試験された。一方、専門医は375枚の写真に対して診断を下した。下の写真がアルゴリズムの概要で、写真 (左端) をInception (中央部、薄茶色の分部、CNNネットワークを示す) に入力すると757種類の皮膚疾病に分類し、これが良性であるか悪性であるかを判定する。

出典: Sebastian Thrun et al.  

Google Inceptionとは

この研究で使われたアルゴリズム「Inception  v3 CNN」は公開されており、誰でも自由にTensorFlowで使うことができる。TensorFlowとはGoogleが開発したMachine Learning開発プラットフォームで、この基盤上でライブラリやツールを使ってAIアプリを開発できる。因みにInception  v3 CNNは2015年のイメージコンテスト「ImageNet Challenge」で二位の成績を収め世界トップの性能を持つ (一位はマイクロソフト)。GoogleとしてはTensorFlowやInceptionを公開することで開発者を囲い込む狙いがある。

教育データの整備

Googleが開発したInceptionは身の回りのオブジェクトの判定ができるだけでなく、皮膚ガンの判定でも使えることが分かった。システム構成を変更することなくガン細胞の判定で威力を発揮した。ただ、開発には大規模な教育データが必要となり、データベース整備が大きな課題となる。同時に、このことは臨床データを所有している医療機関は高精度なガン診断システムを構築できることを意味している。

メディカルイメージング技術が急速

実際の有効性を確認するためには臨床試験を通しFDA (米国食品医薬品局) の認可が必要となる。製品化までの道のりは長いが、アルゴリズムをそのまま利用できるため多くのベンチャーがメディカルイメージング技術開発に乗り出している。スタンフォード大学研究チームはこのアルゴリズムをスマホアプリに実装することを計画している。研究成果をスマホで提供すると消費者は病院に行かなくても手軽に皮膚ガンを検知できる。

スマホでガン検診

実際、市場には皮膚ガンを判定するスマホアプリが数多く登場している。スマホカメラで皮膚の黒点を撮影するとアプリはそれが皮膚ガンの疑いがあるかどうかを判定する。米国ではまだFDAの認可を受けたアプリはないが、多くの企業が参入を目論んでいる。(下の写真はオランダに拠点を置くSkinVision社が開発した皮膚ガンを判定するアプリ。ドイツとイギリスで臨床試験が実施され効用が確認された。FDAに認可を申請しており米国市場参入を目指している。)

出典: SkinVision

未公認アプリは数多い

一方、FDAの認可を受けていない未公認簡易アプリは既に市場で流通している。注意書きを読むと「ガン検知精度を保証しない」と書かれているが、殆どの利用者は気にしないで使っている。あたかもスマホで皮膚ガンを判定できる印象を受けるがその効用は保障されていない。これらを使って拙速に判定するよりFDAなど政府機関から認定されたアプリの登場を待ったほうが賢明なのかもしれない。

植物でできたハンバーガー、牛肉の味と変わらない、BiologyとAIの進化で信じられない食品が生まれている

牛肉を使わずすべて植物からできたハンバーガーが登場した。食べると牛肉の味がして本物と見分けがつかない。シリコンバレーで先端技術を駆使した次世代食品が生まれている。Biology (生物学) とAIが結びつきSynthetic Biology (合成生物学) でイノベーションが起こっている。

出典: VentureClef  

次世代食品を開発

このハンバーガーはシリコンバレーに拠点を置くImpossible Foodsというベンチャー企業が開発した。スタンフォード大学教授が起業した会社で、合成生物学により植物から食肉を生成する研究をしている。次世代の食料を開発することがミッションで、GV (Google Ventures) やBill Gatesなどが出資している。

実際に食べてみた

このハンバーガーは「Impossible Burger」と命名されサンフランシスコ地区のレストランで提供され始めた。実際にこのハンバーガーを食べてみた。注文すると小ぶりのハンバーガーが二つプレートに乗って出てきた (上の写真)。見た目は普通のハンバーガーで、食べると牛肉の味がしてとても美味しかった。パテの中から赤い肉汁が出てきて、見た目だけでなく味も牛肉と見分けがつかない。若干味が薄いと感じたが、これが植物からつくられているとは信じられない。

本物をリバースエンジニアリング

Impossible Foodsは本物のハンバーガーの構成要素を解析し、リバースエンジニアリングしてこの製品を開発した。パテには小麦から抽出したたんぱく質が使われ、外観と食感が作られる。パテの表面はジャガイモのたんぱく質で覆われ、グリルで焼くと香ばしくなる。パテにはココナツオイルの粒が入っており、これが霜降りとなりグリルで焼くと油がぱちぱちと跳ねる。

ハンバーガーの味を決める「Heme」

ハンバーガーの味を決めるのがHemeという素材だ。Hemeとは血液中のヘモグロビンの色素を構成する物質で濃い赤色の液体である。これをパテに加えると牛肉の色になり、焼くと薄赤色の肉汁となる。Hemeは酸素と化合し肉独特の鉄分を含んだ香りや味となる。Hemeがハンバーガーの味を決める一番重要な材料となる。(下の写真はパテを作っているところで、赤身分部は小麦のたんぱく質にHemeを加えたもの。白い粒がココナツオイル片。)

出典: Impossible Foods  

生物学手法でHemeを生成

カギを握るHemeは合成生物学の手法で生成される。大豆のLeghemoglobin (Hemeに含まれるたんぱく質) の遺伝子を酵母分子に注入する。この酵母を発酵させるとLeghemoglobinが生成され、これをろ過してHemeを抽出する。マメ科植物の根粒にはLeghemoglobinが含まれており、酸素と化合しこれを運ぶ役目を担っている。食物からHemeを採取するのでは大量生産ができないし、蓄積された二酸化炭素が放出される。合成生物学の手法で生成しないと事業として成立しない。

人口が増えると食肉を供給できない

Impossible Foodsが植物ベースの食肉を生成するのは牛を飼育するには限界があるため。牛を飼育するには飼料として大量の干し草と水を必要とする。地球上で人口が増え続けると飼料の供給が限界となり、家畜から食肉を供給することができなくなる。このためImpossible Foodsは合成生物学の手法で食肉を生成する技術を開発している。牛肉だけでなく、豚肉、鶏肉、魚肉の開発を進めている。

消費者の反応

工場で人工的に製造された食肉は余りイメージが良くない。消費者はこれを食べることに抵抗感を持っていたが、ここ最近は受け止め方が変わってきた。調査会社のレポートによると、この傾向は若い世代で顕著で、ミレニアル層の2/3は工場で製造された肉を毎日食べると答えている。工場で製造された食肉は健康食品で、同時に、環境に優しい製品であることが評価されている。

合成生物学とは

上述の合成生物学とは生物で構成されるパーツやシステムを設計・製造する技術体系を指している。合成生物学はGenetic Engineering 2.0とも呼ばれ、遺伝子工学の最新技術を使っている。合成生物学はGenetic Code (特定のたんぱく質を生成するプログラム) を形成する塩基対 (A、T、C、G) を編集し、微生物 (Microbe) のDNAに組み込みたんぱく質を生成する。この技術を使って医療、農業、生活に役立つ物質を生成する。

出典: Apeel Sciences

合成生物学により誕生している製品

合成生物学により自然界には無い機能を持った製品が登場している。これらはImpossible Materialsと呼ばれ、信じられない機能を実現する。Impossible Burgerの他に植物から牛乳を生成する研究が進んでいる。腐らない果物が登場している (上の写真、特殊な素材でブルーベリーをコーティングすると日持ちが良くなる)。食物だけでなく生物 (クラゲやイカなど) が持っている発光のメカニズムを遺伝子操作で作り出し、これを建造物の照明に応用する。メタルより軽くて丈夫な”プラスチックエンジン”も研究されている。医療分野ではCRISPR/Cas9という高度な遺伝子編集技術を使いがん治療薬の開発が進んでいる。

AIやロボットがこれを支える

合成生物学をベースに物質を開発する手法はMicrobe Engineeringと呼ばれる。文字通り微生物を対象としたエンジニアリングで、DNA構造を設計し、これを試験で検証する作業の繰り返しとなる。合成生物学は未開の分野で試行錯誤で研究が進んでいる。DNA構造と分子反応のパターンの数は膨大でAIや機械学習の技術が無くては進まない。実際の検証はすべてのプロセスを自動化する必要がある。ロボットが実験を実行しその結果をAIが検証する。

21世紀最大のイノベーション

合成生物学はAIとRoboticsの進化で研究が大きく進んでいる。「21世紀最大のイノベーションはBiologyとTechnologyの交点で生まれる」という言葉がある。これは生物学者の発言ではなくSteve Jobsが亡くなる直前に述べた言葉である。この言葉の通り両者が結びつき信じられない機能を持った製品が登場している。