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IBMは大規模な量子コンピュータを開発、100万Qubit構成でエラー補正機構を備え最初の商用機となる

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が開催され、IBMは研究開発の最新状況を公表した。2023年には新アーキテクチャに基づく量子コンピュータを投入し、現行スパコンの性能を遥かに超える。更に、このモデルをエンハンスし、最終的には100万Qubitを搭載する大規模システムを開発する。このシステムはエラー補正機構を搭載し大規模アプリケーションを稼働させることができる。この時点で量子コンピュータが完成し本格的な普及が始まることになる。

出典: IBM

開発ロードマップ

国際会議でIBMの企業提携責任者Anthony Annunziataが量子コンピュータの開発状況とアルゴリズム研究の最新状況を説明した。IBMは量子コンピュータ開発のロードマップを発表しており(下のグラフィックス)、100万Qubitを搭載するシステムの開発を進めている(下のグラフィックス、右端のモデル)。この量子コンピュータはエラー補正機構(Error Correction)を搭載しており、大規模なアプリケーションを稼働させることができる。

出典: IBM

量子プロセッサ開発状況

このゴールに向けて量子プロセッサの開発が進んでいる。現在は65Qubit構成のプロセッサ「Hummingbird」が稼働しているが、今年は127Qubit構成のプロセッサ「Eagle」が稼働する。更に、2022年には433Qubit構成のプロセッサ「Osprey」が登場する。世代ごとに技術改良が進み、小型化でエラー率の低いプロセッサが生まれる。

量子プロセッサ「Condor」

2023年には1,121Qubit構成のプロセッサ「Condor」(下の写真、Qubitがメッシュ状に結合される)が投入される。このモデルが大きなマイルストーンとなり、量子コンピュータが現行スパコンの性能を遥かに上回るポイント「Quantum Advantage」に到達する。このプロセッサは大型冷却装置(dilution refrigerator、先頭の写真)に格納され稼働する。これは「Goldeneye」と呼ばれ世界最大規模の冷却装置となる。

出典: IBM

100万Qubitマシン

100万Qubit構成の量子コンピュータはCondorがベースとなり、このプロセッサを数多く結合して構成する。具体的には、多数の大型冷却装置を高速通信(Intranets)で結び、単一の量子コンピュータを構成する。100万Qubitモデルは現行コンピュータのようにエラー補正機構を備えており、プログラムはエラー無く正常に稼働する。このため、大規模なアプリケーションを稼働させることができ、金融、化学、AIの分野で大きなブレークスルーがあると期待される。

NISQモデル

因みに、現在稼働している量子コンピュータはエラーを補正する機構は搭載しておらず、大規模な演算を実行することは難しい。この種類の量子コンピュータは「Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ)」と呼ばれ、ノイズが高く(エラー率が高く)、中規模構成(50から100Qubit構成)のシステムとなる。大規模なアプリケーションを稼働させるためにはエラー補正機構が必須となる。

金融分野:JPMorgan Chase

IBMはハードウェアの開発と並行して企業連携を強化している。このプログラムは「IBM Quantum Network」と呼ばれ、IBMはパートナ企業と量子アルゴリズムの共同開発を進めている。金融分野では、JPMorgan Chaseは量子コンピュータでリスク解析やポートフォリオ最適化の研究を進めている。金融アプリケーションは量子コンピュータと相性が良く、最初にQuantum Advantageに到達すると見られている。

エネルギー分野:ExxonMobil

エネルギー分野ではExxonMobilと共同研究を進めている。ExxonMobilは量子コンピュータを使ったシミュレーションで新たなマテリアルを開発する。地球温暖化対策として二酸化炭素回収(Carbon Capture)のための新素材を開発している。(下の写真、IBMとExxonMobilの研究者は共同で量子熱力学(Quantum thermodynamics)の研究を進めている。)

出典: IBM

航空分野:Boeing

航空分野ではBoeingがIBMの量子コンピュータクラウド「IBM Quantum Experience」を使って航空機の開発を進めている。特に、機体に採用する新素材の評価や試験を量子コンピュータで実行する。現在は実験を通じてこのプロセスを実行しているが、これを量子コンピュータでシミュレーションすることで開発期間を大幅に短縮できると期待している。

開発は着実に進む

世界の主要企業は量子コンピュータを使ってアルゴリズム開発を進めている。量子コンピュータ導入に向けた準備が必要であるが、本当にシステムが稼働し性能が出るのかについて疑問を抱いている企業は少なくない。このため、IBMは敢えて量子コンピュータのロードマップを公表し、企業の先行投資を保証する形となった。IBMの説明を聞くと、量子コンピュータはハイプではなく、システム完成への道のりが見え、開発が着実に進んでいるとの印象を受けた。

IBMの量子コンピュータ開発、2020年代にスパコンをはるかに凌駕するシステムが登場

シリコンバレーで2019年12月、量子コンピュータのカンファレンス「Q2B」(#Q2B19)が開催された。IBMは基調講演で「IBM’s Hardware-focused Collaborative Quantum Network」と題し、量子コンピュータの開発経緯と共同研究の成果について説明した(下の写真)。量子プロセッサの性能は毎年倍増しており、このペースでいくと2020年代に高信頼性量子コンピュータが登場する。

出典: VentureClef

IBM Q System One

IBMは2019年1月、世界初の商用量子コンピュータ「IBM Q System One」を発表している。システムは演算機構や冷却機構を統合し、一つのパッケージに格納される。プロセッサは20 Qubit構成で、エラー無く稼働できる時間(Coherence Time)は100マイクロセカンド。IBMはこれを「Quantum Devices」と呼び、最終目標の高信頼性量子コンピュータ「Fault-Tolerant Quantum Computers」と区別している。Quantum DevicesはいわゆるNISQ(Noisy Intermediate Scale Quantum Computer)タイプで、エラー発生率が高い中規模のマシンとなる。IBMは次期モデルは53 Qubitを搭載することを明らかにした(下の写真)。

出典: VentureClef

量子コンピュータセンター

IBMは2019年9月、量子コンピュータセンター「Quantum Computation Center」をPoughkeepsie (ニューヨーク州)に開設したことを明らかにした。ここで15台のシステムが稼働しており、最大構成のシステムは53 Qubitを搭載している。これらのシステムは量子クラウド「IBM Q Experience」で一般ユーザに提供されている。また、大学や企業との開発コミュニティ「IBM Q Network」がこのシステムを使って量子アルゴリズムの開発を進めている。

量子プロセッサ開発経緯

IBMは量子コンピュータ開発で業界のトップを走っている。最初の量子プロセッサは5 Qubit構成で「Tenerife」と呼ばれ、2017年から量子クラウドで公開されている。その後、16 Qubit構成のプロセッサ「Melbourne」や20 Qubit構成のプロセッサ「Poughkeepsie」など複数のモデルが開発された。最新モデルは53 Qubit構成の量子プロセッサ「Rochester」で上記の量子コンピュータセンターで運用されている。

出典: IBM Research

(上の写真は量子コンピュータセンターで稼働している量子プロセッサのモデル。左側は現行モデルで、右側は最新モデル「Rochester」。ダイアグラムは量子プロセッサにおけるQubitの配置とQubit間の連結(Connectivity)を示す。青丸がQubitで実線は連結を示す。Qubitの数が同じでも連結パターンが異なると特性が変わる。)

量子プロセッサの信頼性向上

量子プロセッサは改良が繰り返され信頼性が向上している。下のグラフはゲート演算を実行した時のエラー率を示したもの。具体的にはControlled NOT(CNOT)というゲート演算(二つのQubit間での論理演算)を実行したときのエラー率(右に行くほど高い)を示している。最上段は「Tenerife」(5 Qubit構成)で、最下段は「Boeblingen」(20 Qubit構成)を示し、エラー率が大きく低下しているのが分かる。これはQubitの物理特性を改善したことに加え、Qubitを繋ぐパターンが大きく影響している。

出典: VentureClef

Quantum Volume

IBMは量子プロセッサの性能を評価する指標として「Quantum Volume」という概念を発表している。量子コンピュータの性能はQubitの数で決まるのではなく、プロセッサのアーキテクチャなどが影響する。このため、Quantum Volumeは、Qubitの数に加え、Qubit間の通信、ゲートの数(Qubitの連結数)、Qubitのエラー率などを総合的に加味して算出される。

Quantum Advantage

実際に量子プロセッサのQuantum Volumeが計測され公開されている(下のグラフ)。縦軸がQuantum Volumeで横軸は時間を示し、毎年、性能が向上していることが分かる。「Tenerife」(5 Qubit構成)のQuantum Volumeは4で、「Tokyo」(20 Qubit構成)は8で、Q System One (20 Qubit構成)は16となる。このペースで量子プロセッサの性能が向上すると、2020年代には「Quantum Advantage」に到達するとしている。Quantum Advantageとは量子アプリケーションがスパコンの性能をはるかに凌駕するポイントで、真の量子コンピュータの登場を意味する。

出典: VentureClef

IBM Q Network

IBMは独自で量子プロセッサの開発を進めるが、量子アプリケーションについてはコミュニティ「IBM Q Network」を通じて開発する戦略を取っている。コミュニティは企業、大学、スタートアップから構成され、IBM Qを使って量子アプリケーションが開発されている。IBMは、製品が完成してから出荷するのではなく、開発中の量子コンピュータやシミュレータをコミュニティに公開し、量子アプリケーション開発を進める。(下の写真、IBMのブースでIBM Qについての説明が行われた。)

出典: VentureClef

JPMorgan Chaseの事例

IBMはIBM Q Networkで大手企業と共同研究を進めているが、金融と化学の分野で大きな成果があったことを明らかにした。前者に関して、JPMorgan ChaseはIBM Qを使って金融アルゴリズムの研究を進めている。IBM QはNISQタイプの量子コンピュータで大規模なゲート演算はできないため、小規模なアルゴリズムの開発が中心となる。JPMorganが着目しているのはオプション価格の計算(option-pricing calculations)とポートフォリオのリスク査定(risk assessments)で、これらを量子コンピュータで実行し高速化を目指している。

量子アルゴリズム開発

実際に、リスク解析「Quantum Risk Analysis」の量子アルゴリズムを開発し、それをIBM Qで実行し、現行システムを上回ったことが報告された。現在、リスク解析ではMonte Carlo Simulationが使われるが、量子アルゴリズムはこの性能を上回った。(下のグラフ、演算結果のエラー率を示したもので、量子アルゴリズム(水色の線)はMonte Carlo Simulation(青色の線)に比べ速く収束することを示している。これは国債を保有するときのリスクを計算したもので、量子アルゴリズムは少ないデータで結果を出せることを意味する。)

出典: VentureClef

日本における量子技術開発のハブ

この他に、三菱ケミカルとの共同研究で、リチウムイオン電池の分子構造を量子コンピュータで解析し、その成果が報告された。IBM Q Networkの主要メンバーが慶応大学で、ここに量子プロセッサが設置されており(上述の「Tokyo」プロセッサ)、三菱ケミカルの研究はこのマシンで実施された。更に、IBMはカンファレンスの直後、東京大学にIBM Q System Oneを設置することを発表した。IBMは日本の技術力に着目しており、このシステムで大学や企業と共同研究を進める。IBMはこのシステムが日本の量子技術研究のハブになると述べている。

IBMは人間と議論できるAIを開発、人間がディベートでAIに負ける時代が到来

議論して負けるのは心地よいものではないが、今度はAIに負ける時代が到来した。IBMは議論できるAI「Debater」を開発し、討論会で人間のチャンピオンと対戦した。Debaterは勝てなかったが、高度な言語理解能力を示し、会社の会議でAIが議論をリードする時代がやって来たことを感じさせた。🔒

出典: IBM

IBMはAIのロジックを可視化するクラウドを投入、Explainable AIで信頼できるAIモデルを構築

銀行や保険会社はAIを導入しプロセスを自動化する試みを進めている。しかし、AIのロジックはブラックボックスで、意思決定の仕組みが見えない。動作メカニズムが解明されない限り、AIを会社業務に導入できない。IBMはこの問題を解決するために最新のExplainable AIをクラウドで投入した。

出典: IBM

コールセンター

IBMはWatsonをベースとしたAIモデルを企業システムに展開している。その中で人気が高いのがAIコールセンターで、チャットボットがオペレーターに代わり電話を受ける。英国の大手銀行Royal Bank of Scotlandはチャットボット「Cora」を開発し、コールセンターで運用している。Coraは200以上の質問に対し1000通りの回答をすることができ、コールセンターの仮想オペレーターとして利用されている。Coraは進化を続け、次は顧客のファイナンシャルアドバイザーとしての展開が計画されている。

納税書類作成

米国の大手会計事務所H&R BlockはIBM Watsonを利用して納税申告書作成プロセスを最適化した(下の写真)。H&R Block社員が顧客と対面して申告書を作成する際に、Watsonが会話を理解して税金控除(Tax CreditsとTax Deductions)を提言する。米国の税制は複雑で法令は74,000ページに及び、毎年改定される。H&R Blockはこの法令と社員のノウハウでWatsonを教育し、AIが節税のポイントを発見する。

出典: IBM

データ保護規制へのコンプライアンス

カナダの大手情報会社Thomson ReutersはEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)など準拠するため、AIツール「Data Privacy Advisor」をIBM Watsonで開発した。これは社内のコンサルタント向けのツールで、普通の言語で質問するとツールは言葉で回答を提示する。Thomson ReutersとIBMはデータ保護規則だけでなく、コンサルタントのノウハウでWatsonを教育した。GDPRなどデータ保護法が強化され、企業はマニュアルでの対応に限界を感じAIツールの開発に踏み切った。

AIの説明責任

企業は業務処理でAIを導入するが、そのアルゴリズムはブラックボックスで、重要な処理をAIに任せることができない。また、AIモデルを運用中に問題が発生すると、これを検知するメカニズムが必要となる。更に、問題の原因を突き止め、AIモデルを修正する機能も求められる。業務で使うAIには意思決定のロジックを分かりやすく説明する機能が必須となる。

OpenScaleを発表

市場からExplainable AIに対する要望が高まり、IBMはAIのブラックボックスを解明するクラウド「OpenScale」を発表した。OpenScaleは企業が運用するAIと連携して稼働し、AIモデルの処理プロセスを解明し、アルゴリズムの問題点を指摘する。また、OpenScaleは問題点を指摘するだけでなく、その対応策を提言する機能も有す。OpenScaleはIBM Cloudで提供され、企業が開発したAIモデルと連携して稼働する構造となる。

システム概要

OpenScaleはIBM ResearchとWatsonグループにより開発された。OpenScaleはAIの信頼性を増し、ロジックを明らかにすることを目的に設計された。具体的には、AIモデルに説明責任(explainability)、公平性(fairness)、ライフサイクル管理(lineage)の機能を付加する。OpenScaleは主要AI開発プラットフォームと連携して稼働し、Watson、Tensorflow、SparkML、AWS SageMaker、 AzureMLをサポートする。

バイアスの検知

OpenScaleは業務で稼働しているAIモデルを解析し、「Accuracy(判定精度)」と「Fairness(公平性)」を査定する。下の写真は自動車保険のAIモデルを解析した事例で、どこに問題点があるかを表示している。それぞれのタイルはAIモデルで、自動車保険業務で8つのモジュールが稼働している。これらAIモデルを解析し、OpenScaleはAccuracyとFairnessに関する問題(紫色のハッシュの部分)を指摘している。更に、タイル上部に赤文字で「Bias」と表示される。

出典: IBM

バイアスの原因

この指摘に従ってAIモデルをドリルダウンして判定のメカニズムを見ることができる。例えば「Claim Approval」というAIモデルをクリックすると、自動車保険の保険金請求に関する問題点が可視化される(下の写真)。ここにはAIモデルを教育したときのデータ構成が示されている。横軸が年齢で縦軸がデータ件数を示す。OpenScaleは24歳未満の加入者が公正に扱われていないと指摘する。この原因は教育データの数が不足しているためで、24歳未満の加入者のデータを追加してAIモデルを再教育する必要があることが分かる。

バイアスの説明

更に、OpenScaleは過去のトランザクションでAIモデルが判定した理由を説明する機能もある。自動車保険の保険金請求において、実際のトランザクションのデータをOpenScaleで解析することで、判定理由が示される。具体的には、保険金申請が認められなかった場合には、その理由が示される。実際、保険金請求処理で申請が認められなかった場合は、顧客にこの理由を説明することが法令で義務付けられており、OpenScaleを使うことで法令に順守できる。

出典: IBM

AIプラットフォーマーとなる

OpenScaleを投入したことは、IBMはAIのシステムインテグレータになることを表明したとも解釈できる。AI開発で遅れを取っているIBMであるが、オープンなアプローチででAIモデルを安全に稼働させるプラットフォーマーになる戦略を進めている。Googleを筆頭にシリコンバレーで怖いほどのAIが生み出されるが、東海岸の代表企業IBMは無秩序に増殖するAIを管理運営することをミッションとする。激しく進化するAIを企業が業務で安心して使えるための技術開発がIBMの新たな使命となる。

IBMは汎用量子コンピュータ「Q」をクラウドで提供、「Quantum Experience」で量子の世界に触れる

IBMは2017年3月6日、汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) を世界に先駆けて商品化することを明らかにした。この量子コンピュータは「IBM Q」という製品名でビジネスや科学向け商用機として開発されている。この発表に先立ち、IBMは量子コンピュータをクラウドとして提供している。実際に使ってみると簡単にプログラミングをしてそれを実行でき、量子の世界に触れることができる。

出典: IBM  

量子コンピュータクラウド

量子コンピュータクラウドは「Quantum Experience」と呼ばれ、インターネット経由でIBM研究所に設置されている量子コンピュータを使うことができる。量子コンピュータアルゴリズムを開発し、それをIBM Q (上の写真) で実行することができる。既に4万人の利用者があり量子コンピュータの普及が始まっている。IBMは量子コンピュータを公開することで革新的なアプリが登場することを期待している。

実際に使ってみると

Quantum ExperienceはIBM Q向けのインターフェイス「Quantum Composer」を提供している。実際に使ってみると簡単にプログラミングをしてそれを実行できる (下の写真)。ここでは5 Qubit (量子ビット、後述) のプロセッサが使われ、ライブラリーやゲートを指定してアルゴリズムを作る。完成したプログラムをサブミットするとIBM研究所に設置されているQで実行される。

出典: VentureClef

五線譜にゲートを割り当てる

Quantum Composerは音楽の五線譜 (上の写真上段) のような構造となっている。ここに演算子 (Gateと呼ばれる、右上の分部) を選んで張り付けていく。五線譜の五本のバーはQubitに対応しており、処理は左から右に進む。一番最後のピンク色の演算子 (Operationsと呼ばれる) はQubitの状態を表示する。つまり、Operationsがプリンターのように計算結果を出力する。下段はQubitの物理的な状態を表示する。ここではプロセッサは0.019651 Kelvin (0 Kelvinは摂氏マイナス273.15度) と極めて低い温度で稼働していることが分かる。

Qubitとは

量子コンピュータの動作原理については直感的に理解できないところが多いがQuantum Experienceを使うと少しは理解が早まる。量子コンピュータは原子など物質の基本単位の動きで稼働するシステムで、これらの動作はQuantum Mechanics (量子力学) に従う。量子コンピュータの情報最小単位を「Qubit」と呼ぶ。これが従来型コンピュータのBitに対応する。Bitは0と1で表されるが、Qubitは|0〉と|1〉と表記する。| 〉はKetと呼ばれ、数字ではなくベクトルであることを示す。|0〉はground stateとも呼ばれエネルギー量が最小であることを示す (下の写真、Z軸の方向)。この球体はBloch Sphereと呼ばれQubitの状態 (オレンジ色のライン) を示す。

出典: IBM  

Qubitの|0〉の状態とは

実際にQuantum Composerを使って|0〉の状態を見る。Quantum Composerで|0〉の状態を生成するが、全てのQubitは|0〉に初期化されており操作は不要で、Operations演算子でQubitを出力する (下の写真)。ここでは5つのQubitのうち最初のQubitの状態を出力する。

出典: VentureClef

その結果は棒グラフで示される (下の写真)。横軸はQubitの状態を示し、縦軸はその状態の存在率を示す。ここでは “00000”の値が0.937と示された。これはQubitが93.7%の割合で|0〉となっていることを表す。(本来は1.000となるべきだが誤差でこの値となっている)。同様に|1〉の状態を出力すると“00001”の値が1.000となる。

出典: VentureClef

Superpositionとは

Qubitは|0〉または|1〉の状態を取るだけでなく、両者の状態を同時に取ることができ、これを「Superposition」と呼ぶ。現行コンピュータのBitは0又は1のどちらかを示すが、SuperpositionではQubitは0と1を同時に示す。

出典: VentureClef

QubitをSuperpositionの状態にする

同様にQuantum Composerを使ってSuperpositionを表現すると分かりやすい。ここでも5つのQubitのうち最初のQubitを使う。Qubitは|0〉に初期化されており、それを「H」ゲートを使ってSuperpositionに遷移する。その結果をOperationsで出力する。(Hゲートは「Hadamard Gate」と呼ばれQubit |0〉を90度水平方向に倒す演算子となる。前述Bloch SphereでZ軸方向のベクトルをX軸方向に倒す操作となる。この状態がSuperpositionで(|0〉+ |1〉) / √2と記述する。)

Superpositionの状態を出力

その結果を出力すると (下のグラフ) “00000”の値 (上向きのベクトルで|0〉を示す) が0.529で、“00001”の値 (下向きのベクトルで|1〉を示す) が0.472となる。つまり、Superpositionとは|0〉と|1〉の状態が五分五分の割合で存在することを意味する。(このケースでも誤差のため0.500とはなっていない。)

出典: VentureClef

Superpositionとマシン性能

量子コンピュータはSuperpositionという特性を持つため、Qubitは取りえる場合の数がBitに比べて飛躍的に増える。例えば、現行の5 Bitマシンはある時点で表現できる情報は1通り (例えば“10011”) であるが、5 Qubitマシンではこれが32 (2^5) 通り (“00000”から“11111”) と増大する。これが量子コンピュータの処理能力が飛躍的に大きくなる理由である。(500 Qubitマシンが登場すると2の500乗 (2^500) の情報を処理できる。これは宇宙全体の物質の数に相当し、大規模な処理ができることになる。)

Entanglementとは

量子コンピュータで一番理解しにくい概念がEntanglementである。これはQubit同士が連携した状態で極めて特異な動きをする性質を指す。これはSuperpositionの特性に帰属し、多くのSuperpositionの状態でEntanglementが発生する。Entanglementの状態で個々のQubitはランダムに動くが、全体を観察するとそこにはあるルールが存在する。例えば、二つのQubitがEntanglementの状態になると、個々のQubitはランダムに動くが、二つのQubit間には強い相関関係があることを否定できない。

Entanglementの状態を作り出す

実際にQuantum Composerを使ってEntanglementの状態を生成し (下の写真)、その特異な動きを見る。ここでは5つのQubitのうち1番目と2番目のQubitを使う。1番目のQubitを「H」ゲートでSuperpositionにする。次に1番目と2番目を「+」ゲートでつなぎEntanglementの状態を作り出す。(+ゲートは「Controlled-NOT Gate」と呼ばれControl Qubitの値が1であればTarget Qubitの値を反転する。ここでは1番目のQubitが|1〉であれば2番目のQubitの値を反転させる。) 最後にそれぞれのQubitの状態を出力する。

出典: VentureClef

Entanglementの状態を出力すると

この結果を出力すると (下のグラフ)、二つのQubitは”00” (どちらも上向き) と”11” (どちらも下向き) となる。(このケースでも誤差のため”01” (上向きと下向き) 及び”10” (下向きと上向き) の状態が発生している。) それぞれのQubitはランダムな動きをするが、二つのQubitは同時に上向きか下向きの状態しかとらない。つまり一方の動きを観察すれば他方の動きが分かることになる。

出典: VentureClef

Entanglementの奇妙な特性

EntanglementはIBM Qのように隣り合ったQubit同士で発生するだけでなく、距離に関係なく発生する。つまり、遠く離れたQubit間でもEntanglementが起こる。(仮に、上述のEntanglementの状態となったQubitの一方をSpaceXのFalcon 9で火星に送っても二つのQubitは上述の挙動を示す。地上のQubitが|0〉(上向き) であれば火星のQubitも同時に|0〉(上向き)となる。|1〉のケースでも同じ動きをする。このことは光の速度を超えて二つのQubitが同期していることを示し、物理現象の定理を根本から破ることになる。)

高速検索アルゴリズム:Grover’s Algorithm

未知な領域を含む量子コンピュータであるが、その膨大な計算能力を引き出すため早くからアルゴリズムの研究が進んでいる。その代表が「Grover’s Algorithm」で1996年にベル研究所のLov K. Groverにより発表された。これは非定形データの検索アルゴリズムで現行コンピュータより大幅に性能が向上することが示された。当時は量子コンピュータは存在せず論文発表に留まったが、今では量子コンピュータでこれを実証することができる。(先頭から二番目の写真はQuantum ExperienceでGrover’s Algorithmをコーディングしたもの。)

整数因数分解アルゴリズム:Shor’s Algorithm

ベル研究所のPeter Shorは1994年、量子コンピュータで整数因数分解 (integer factorization) の問題を解くアルゴリズムを開発した。これは「Shor’s Algorithm」と呼ばれ量子コンピュータを使うと高速で整数因数分解ができる。暗号化されたデータを復号化するときも整数因数分解が使われ、Shor’s Algorithmを使うと量子コンピュータで暗号データを解読できることになる。

量子コンピュータとセキュリティ

つまり、量子コンピュータが暗号文を解読しセキュリティが破られるという危機に直面している。

オンラインバンキングの通信プロトコールで「https」が使われるが、量子コンピュータが悪用されるとIDやパスワードを読み取ることができる。暗号化してもセキュリティは担保されないことになり対策が求められる。Shor’s Algorithmは暗号化技法の中心部である数学問題を解くことができるとして早くから課題が指摘されていた。量子コンピュータの登場が予想外に早くNSA (アメリカ国家安全保障局) はこの危険性に関する報告書を公開し対応を呼び掛けている。

量子コンピュータの登場が早まる

IBMは汎用量子コンピュータを世界に先駆けて商品化し数年以内に出荷することを明らかにした。Googleは研究所「Quantum AI Laboratory」で独自の量子コンピュータを開発しているが、五年以内に商用化することを公表した。両社とも製品内容についての情報は乏しいが商用量子コンピュータの道筋を示す形となった。量子コンピュータの登場は10年先と思われていたが、市場の予測を覆し製品出荷は大幅に早まった。(カナダのベンチャー企業D-Waveは既にQuantum Annealer型の量子コンピュータを出荷しているがその評価については意見が分かれている。)