月別アーカイブ: 2022年10月

Elon MuskはTwitterを440億ドルで買収、問題が山積している企業を破格の金額で取得した理由

Elon Muskは、10月27日、「the bird is freed(鳥は自由になった)」とツイートし、Twitterの買収が完了したことを示した。今年4月、買収契約を締結したが、後に、Muskはこれを撤回した。Twitterが提訴し調停が進められ、合意の通り440億ドルで買収することで決着した。Twitterの技術開発は停滞し、2020年からは事業が赤字に転落した。Muskは問題が山積している企業を破格の価格で買収した。Twitterに何を期待し、どのようなビジネスを生み出すのか、Muskの目論見について議論が広まっている。

出典: Elon Musk@Twitter

買収のポイント

MuskはTwitterを買収した理由を、コンテンツ規制を緩和し、誰もが自由に発言できる場を提供するため、と述べている。Twitterはトランプ前大統領のアカウントを閉鎖したが、Muskは基準を緩和し、アカウントを復活させるのかが最大の関心事となっている。一方、Twitterの収入の9割は広告で、コンテンツの規制を緩和すると、ヘイトスピーチなど危険な記事が増え、企業は広告の掲載を差し控え、収入の減少につながる。自由な発言と広告収入は反比例の関係にあり、両者のバランスをどうするのか、Muskの手腕が注目されている。

会社訪問

買収完了の発表に先立ち、MuskはサンフランシスコのTwitter本社を訪問した。その際に、洗面台を抱えてロビーに入り、ツイートで「let that sink in!」と述べている(先頭の写真)。買収完了と共に、MuskはCEOやCFOなど会社幹部を即日解雇した。また、社員の75%がレイオフされるとの報道もあり、社内に動揺が広がっている。この情勢の中で、Muskはカフェテリアでコーヒーを飲みながら、社員と対話する場を設けた(下の写真)。洗面台(sink)は、混乱を収拾し(sink in)、新しい会社を生み出すための第一歩という意図を表している。

出典: Elon Musk@Twitter

市場の声

MuskのTwitter買収に関し、市場は一斉に反応し、利用者から賞賛のツイートが数多く発せられた。これらは保守主義を信奉する活動家や政治家で、Muskがコンテンツ規制を緩和し、閉鎖されたアカウントを復活させるよう求めている。また、トランプ前大統領支持者で、アリゾナ州知事候補者のKari Lakeは、Twitterの本社をアリゾナ州に移転するようツイートした(下の写真)。右派系の活動家は、MuskがTwitterを買収したことで、自由に発言できるようになると期待している。

出典: Kari Lake@Twitter

複雑な政治情勢

米国政府は、来月の中間選挙を控え、ソーシャルメディア企業に対し、公正な選挙を妨害する投稿を抑制するよう求めている。Twitterも例外ではなく、有権者を混乱させる偽情報やフェイクニュースの検知と、それら記事の削除を実施している。2016年の大統領選挙の混乱を教訓に、ソーシャルメディア各社が偽情報対策を強化している中、Muskはコンテンツ規制を緩和する方向に進むことが予想され、選挙活動が再び混乱するとの懸念が広がっている。

Twitter買収の理由

これに対しMuskは、レターをツイートで公開し(下の写真)、Twitterを買収した理由などを説明した。Muskは、Twitterは人類が繁栄するために開かれた広場(Digital Town Square)となり、異なる信条の人々が、健全に意見を交わす場所と説明している。現在は、右派と左派が衝突し、社会の分断を生む原因となっている。この激しい対立で、Twitterの利用者が増え、広告収入が増える構造であるとの見解を示している。

出典: Elon Musk@Twitter 

広告主へのメッセージ

コンテンツの規制がなくなると、ヘイトスピーチや差別発言が掲載され、企業が広告を掲載できる環境ではなくなる。このため、コンテンツ規制を廃止するわけでは無く、節度ある運営を実施し、利用者に最適な広告を配信できるプラットフォームにする。Muskはフリースピーチを約束するとともに、企業広告を呼び込むという、難しいかじ取りを進めることになる。

コンテンツ規制ポリシー

Muskはコンテンツ管理についてツイートし、規制の基準については、「コンテンツ評価委員会(Content Moderation Council)」を設立し、ここで多角的な視点から評価するとしている(下の写真)。この委員会が発足するまでは、閉鎖されたアカウントを復活させることはないと述べ、社会の動揺を和らげている。トランプ前大統領など著名人のアカウントの復活については、この委員会の決定にゆだねられる。

出典: Elon Musk@Twitter 

Twitter再生の戦略

MuskはTwitter社員の75%をレイオフすると報道されている。この数字は確定したものではないが、Muskは多くの社員を解雇し、会社経営を軽量化する計画である。Twitterを新会社として再生するために、Muskはどんな手法を取るのか、巷で議論が広がっている。その一つがプロセスの自動化で、高度なAIを導入し、社員に代わりアルゴリズムが処理を実行する。また、コンテンツの規制では、ツイートの中で規定に反する記事を、人間に代わりAIが検知する。Muskが運営するTeslaは世界のトップクラスのAI研究者や開発者が集い、このリソースをTwitterに活用するとも噂されている。(下の写真、サンフランシスコのTwitter本社ビル)

出典: VentureClef 

衝動買いか

米国のメディアはMuskのTwitter買収を「衝動買い(Impulsive Buy)」と揶揄している。4月に買収契約書に調印したが、その後、これを中止すると発表し、Twitter側が裁判所に提訴していた。最終的には、契約書の内容でTwitterの買収が完了し、Twitter経営者が問題を抱えている企業を高値でMuskに「売りつけた」形となった。TwitterとMuskの戦いで、経営者側が勝利した。一方、Muskが買収に応じたのは、Twitterの事業展開に大きな将来性を描いているとの解釈もあり、事業形態が一変する可能性を含んでいる。技術進化が停滞していたTwitterが大きく生まれ変わるとの期待が広がっている。

AIで短編映画を制作する時代が到来!Metaはテキストからビデオを生成する技法「Make-a-Video」を公開

Metaはテキストをビデオに変換するAIを公開した。これは「Make-a-Video」と呼ばれ、言葉の指示を理解し、それに従ってビデオを生成する機能を持つ。例えば、「スーパーマンのマントをまとった犬が空を飛ぶ」と指示すると、AIはそのシーンをビデオとして生成する(下の写真)。生成されたビデオの品質は高く、メタバースやプロモーションビデオの作成などで利用される。

出典: Meta

Make-a-Videoの概要

「Make-a-Video」は入力されたテキストを解析し、その意味を理解して、指示に沿って、ショートビデオを生成する。AIは異なるスタイルのビデオを生成し、現実には起こりえないシーンを描き出す(上の写真、「空を飛ぶ犬」)。また、これとは対照的に、現実のシーンを高精度で描写する(下の写真左側、「水を飲んでいる馬」)。更に、油絵のタッチなど、特定のスタイルでビデオを生成することもできる(下の写真右側、「イブニングドレスを着た二人が帰宅中に土砂降りの雨にあったシーン」)。

出典: Meta

ビデオを生成する仕組み

Make-A-Videoは複数のAIを組み合わせ、入力されたテキストを、荒い動画に変換し、その解像度をあげて、解像度の高いビデオを生成する仕組みとなる(下のグラフィックス)。AIは、入力されたテキストの意味を把握し、それをイメージに変換する(「P」の部分)。更に、そのイメージから、動画を構成するフレームを生成し(「Dt」)、フレームの数を増やし(「F」)、それらの解像度を上げる(「SRtl」と「SRh」)処理を実行する。Make-A-Videoは、テキストからラフな動画を生成し、複数のAIでその解像度を向上し、最終ビデオを生成する構造となる。

出典: Uriel Singer et al.

イメージからビデオを生成

Make-A-Videoはこの他に、イメージをビデオに変換する機能がある。AIが、入力された1枚のイメージを、ショートビデオに変換する。例えば、オランダの画家レンブラント(Rembrandt)の名作「ガラリアの海の嵐(The Storm on the Sea of Galilee)」をMake-A-Videoに入力すると(下の写真左側)、アルゴリズムはこれをショートビデオに変換する(右側)。ここには、嵐の中でキリストを乗せた船が、高波を受けて航行する様子が、動画で描かれている。

出典: Meta

ビデオからバリエーションを生成

更に、Make-A-Videoは、入力したビデオからそのバリエーションを生成する機能がある。AIが、入力されたビデオのフレームを解析し、その意味を理解して、バリエーションを生成する。宇宙飛行士が宇宙遊泳しているビデオを入力すると(下の写真左側)、AIはそれをアレンジしたビデオを生成する(右側)。

出典: Meta

AIがイメージを生成

Metaは、これに先立ち、テキストをイメージに変換するAI「Make-A-Scene」を公開している。AIは、入力された言葉の指示に従って、イメージを生成する。例えば、「笑っている紫色のヤマアラシ」と言葉で指示すると、Make-A-Sceneはこのイメージを生成する(下の写真中央)。

出典: Oran Gafni et al.

人間に代わりAIがクリエータになる

今回は、Metaはこの機能を拡張し、「Make-a-Video」として、テキストをビデオに変換するアルゴリズムを開発した。これらはコンテンツを生成するAIで、AI研究のホットテーマとなり、新技術が続々登場している。人間に代わりAIがビデオを生成する時代に突入し、メタバースの開発や、企業のプロモーションビデオの制作などでの展開が期待されている。

MetaはMRヘッドセット「Quest Pro」を投入、メタバースの構想が製品として結実、企業向けメタバースに比重が移る

Metaは開発者会議「Connect 2022」でメタバース開発の最新状況を公開した。Metaは、昨年、このイベントでメタバースの構想を示し、数年先のビジョンを提示した。今年は、直近のメタバースに焦点を当て、その適用法やソリューションを示した。イベントのハイライトは、MRヘッドセット「Quest Pro」(下の写真)の発表で、メタバースにアクセスする技術が大きく進化した。更に、Microsoftとの提携を発表し、メタバースで3Dビデオ会議「Microsoft Teams」を利用できる。Metaは企業向けのメタバースに比重を移していることが明らかになった。

出典: Meta

MRヘッドセット「Quest Pro」

MRヘッドセット「Quest Pro」は、VR(仮想現実)とAR(拡張現実)を統合したMR(複合現実)機能を実装したウェアラブルとなる。Quest Proを着装すると、現実空間に仮想オブジェクトが組み込まれ、それを実際に手で触ることができる。例えば、オフィスで社員がQuest Proを着装すると、デスクの上に仮想のモニターが描写され、この画面で業務を遂行できる(下の写真)。価格は1,499.99ドルで、今月から出荷が始まる。

出典: Meta

仮想オフィス「Workrooms」

Metaは企業向けにメタバースを展開しており、コラボレーション・アプリ「Horizon Workrooms」を提供している。これはメタバースに構築された会議室で、社員はこの空間でコミュニケーションする。Metaは、これを大幅にアップグレードし、個人向けの仮想オフィス「Solo Workrooms」を開発している。仮想オフィスには三台の大型モニターがセットされ、ここが仕事空間となる(下の写真)。PCやMacBookを買う代わりに、Quest Proでタスクを実行する構想を描いている。

出典: Meta

3Dオブジェクト

3D仮想オフィスHorizon Workroomsの機能が強化される。これはデザイナーやエンジニア向けの機能で、会議室でオブジェクトを3Dで見ることができる。例えば、会議室において、開発中のヘッドセットを3Dで表示し、そのデザインを関係者で議論できる(下の写真)。

出典: Meta

MR会議室「Magic Room」

Metaは、現実社会と仮想社会の会議室をミックスしたMR会議室「Magic Room」を開発している(下の写真)。これは実社会の会議室に仮想の人物やオブジェクトを組み込んだ構成となる。Quest Proを着装して実社会の会議室に入ると、そこに遠隔地の社員がアバターとして参加する。また、この空間でホワイトボードに作図して会議を進めることもできる。

出典: Meta

Microsoftとの協業「Teams」

MicrosoftのCEOであるSatya NadellaはメタバースでMetaと協業することを明らかにした。その第一弾として、Microsoftのコラボレーションアプリ「Teams」をMeta向けに提供する。これによりQuest 2とQuest ProでTeamsを使うことができる(下の写真)。Microsoftもメタバース開発を進めており、Metaと競合する可能性があったが、この発表で両社は協調路線を歩むことが明らかになった。

出典: Meta

アバターに足を付加「Avatar Store」

Metaはアバターに足を付加し全身を描写できるようにした。現在のアバターは上半身だけで(上の写真)、足の部分は描かれていない。これに足の部分を付加し、完全な身体像を生成できるよう進化した(下のアバター)。手や腕の動きはヘッドセットのカメラで撮影し、それをアニメーションで表示するが、足の動きを捉えるのは難しい。足がテーブルや腕の陰になり、見えないケースが多く、そのイメージを捉えるのは難しい。このためMetaはAIを使い、アルゴリズムで足の状態を推定し、イメージを描写している。また、Metaは「Avatar Store」をオープンし、ここでアバター向けのファッション製品を販売している(下の写真)。

出典: Meta

入力モード「Electromyography(筋電図)」

Metaは研究開発中の技術についても、その概要を公表した。その一つがARグラスにデータを入力する方法で、Electromyography(筋電図)」という技法を開発している。これは筋肉で発生する微弱な電場をAIで解析し、動作の意図を推定するもの。手首にデバイスを装着し(下の写真右側)、指を動かして方向を指示すると、ゲームの中のキャラクターがその方向に動く(左側)。これはゲームのキャラクターを動かす事例であるが、その他に、ARグラスを着装して、指を動かして写真撮影をすることができる。

出典: Meta

Dイメージ生成技法「Neural Radiance Fields

MetaはAIを使って3Dモデルを簡単に生成する技法を発表した。これは「Neural Radiance Fields」と呼ばれ、カメラで撮影した複数の写真をAIで繋げ、3Dイメージを構築する技法となる。例えば、クマのぬいぐるみを、スマホで複数の方向から撮影し、これをAIで繋ぎ合わせると、3Dのモデルを生成できる(下の写真)。3Dモデルを簡単に生成できるため、メタバースを構築する基礎技術として期待されている。

出典: Meta

リアリスティックなアバター「Codec Avatars」

Metaは、リアリスティックなアバターを生成する技術を公開した。このアバターは「Codec Avatars」と呼ばれ、人間の顔の形状や表面の質感を忠実に再現し、ビデオ撮影したものと区別がつかない(下の写真、Mark ZuckerbergのCodec Avatar)。特殊カメラ170台を使い、被写体の顔を異なる方向から撮影し、これらを合成して3Dモデルを生成する。ハリウッドの映画の特撮などで使われている。

出典: Meta

手軽に生成できるアバター「Instant Avatars」

これに対し、Metaはスマホで簡単に3Dアバターを制作する技法を公開した。これは「Instant Avatars」と呼ばれ、スマホカメラで複数の方向から顔を撮影し、このデータを元にAIが、高精度な3Dモデルを生成する(下の写真)。Codec Avatarは特殊カメラを使ってアバターを制作するが、Instant Avatarsはスマホで手軽に高精度な3Dモデルを生成できる点に特徴がある。

出典: Meta

企業向けメタバースにシフト

昨年の開発者会議では、Mark Zuckerbergは消費者を対象としたメタバースのビジョンを示した。今年は一転して、企業向けに現実の問題を解決するためのメタバースを提示した。ハードウェアではMRヘッドセットQuest Proを投入し、メタバースは構想の段階から製品化に進んでいることを印象づけた。ソフトウェアの観点からは、コラボレーションツールWorkroomsなどを中心に、企業向けのソリューションが示された。メタバースは企業の生産性に寄与することをアピールしたイベントとなった。

ノーベル物理学賞は「量子もつれ」の研究者が受賞、奇怪な現象を実験により確認したことが評価される、量子情報科学の発展を支える

2022年のノーベル物理学賞は「量子もつれ(Quantum Entanglement)」という現象を実験で証明した研究者三人に授与された。量子もつれとは、二つの量子(物理特性の最小単位)が離れていても、両者の動きは連動しているという現象を指す(下のグラフィックス)。二つの量子が遠く離れていても、この現象が起こり、光の速度を超えて情報が伝達することになる。アインシュタインはこれを「奇怪な動き」と呼び、量子物理学は不完全な体系であるとの論文を公開した。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

三人の受賞者

アインシュタインを中心に議論が続く中、三人の科学者は実験により、量子もつれという現象が起こっていることを証明した。受賞者はアメリカのジョン・クラウザー(John Clauser)博士、フランスのアラン・アスペ (Alain Aspect)教授、オーストリアのアントン・ツァイリンガー(Anton Zeilinger)教授(下の写真)。クラウザー博士は量子もつれを実験で証明し、アスペ教授は実験方法を改良し、ツァイリンガー教授は量子もつれを情報工学に応用し、「量子テレポーテーション(Quantum Teleportation)」と呼ばれる送信技術を考案した。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

受賞の意義

アインシュタインは量子もつれを「奇怪な動き(spooky action at a distance)」と呼び、量子力学は未完の体系で、この理論は正しくないとする論文「EPR Paradox」を他の研究者と共に1935年に発表した。これ以来、量子もつれについて議論が続いてきたが、受賞者はこれを実験で証明し、この奇怪な現象が起きていることを示した。直感では理解できない物理現象であるが、量子もつれは量子コンピュータや量子通信の基礎技術として幅広く使われており、ノーベル賞の選考委員会は、この実験が量子情報科学の発展に寄与したことを評価した。

量子もつれとは

量子もつれとは、二つの量子が連携した状態で、極めて特異な動きをする性質を指す。量子はランダムに動くが、二つの量子が量子もつれの状態となると、その挙動が同期する。例えば光の最小単位である光子(Photon)が、量子もつれの状態になると、二つの光子が同期して動く。一つの光子が縦方向に偏向すると、他の光子も同じ方向に偏向する。まるで二つの量子が見えない糸で繋がっているかのような挙動を示す(先頭のグラフィックス)。

隠れた変数理論

量子もつれは奇怪な挙動で、これを説明するために別の理論が提唱された。これは「隠れた変数理論(Hidden Variables)」と呼ばれ、この奇怪な現象の背後には、分かっていない変数があるという考え方。量子もつれを、実験者が観測できない変数を導入して、この挙動を説明する理論となる。スウェーデン王立科学アカデミー(Royal Swedish Academy of Sciences)は、量子もつれという現象を、ボールを投げるマシンで説明している(下のグラフィックス)。マシンには白と黒のボールが入っており、Bob(右の人物)が黒色のボールを受け取ると、Alice(左の人物)は白色のボールを受け取ったことが分かる。隠れた変数は「色」で、量子もつれには「色」という変数が隠れており、これを観測できていないという理論。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

量子力学の理論

これに対して量子力学(Quantum Mechanics)では、マシンに入っているボールの色は白と黒が混ざった灰色で、ボールを受け取った時点で初めて、その色がランダムに白色または黒色になるという理論(下のグラフィックス)。Bobがボールを受け取ると、その時点でボールは黒色であることが分かる。この結果、Aliceは白色のボールを受けっとったことが分かる。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

ベルの不等式

二つの理論が議論される中、両者の理論のどちらが正しいかを実験で証明することができるとの考え方が提唱された。これは英国の科学者ジョン・スチュワート・ベル(John Stewart Bell)が1964 年に、提唱したもので、「ベルの不等式(Bell Inequalities)」と呼ばれている。隠れた変数理論では、実験結果が特定の値(2)を超えないというもので、反対に、実験でこの値を超えると、量子力学の理論が正しいことが示される。

ジョン・クラウザーの実験

ジョン・クラウザーは、ベルの不等式の理論に基づき、量子もつれ証明するための実験を行った。実験では量子として、光の最小単位である光子(Photon)を使った。カルシウムの原子に特定波長の光を照射すると、二つの光子を量子もつれの状態にすることができる。二つの光子を二つのセンサーで偏光の方向を計測する(下のグラフィックス)。計測を重ねることで、実験結果はベルの不等式の条件に反することが分かり、量子力学が正しいことが実証された。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

アラン・アスペの実験

その後、アラン・アスペはクラウザーの実験精度を高め、量子力学の理論が正しいことを確認した。アスペは量子もつれの光子を高速で生成する技術を開発し、また、センサーの設定を変えることで、システムは事前に結果に関する情報を得ていないことを証明した(下のグラフィックス)。

出典: The Royal Swedish Academy of Sciences

アントン・ツァイリンガーの研究

アントン・ツァイリンガーは量子もつれを応用した情報処理技術を開発した。これは「量子テレポーテーション(Quantum Teleportation)」と呼ばれ、量子の情報を遠隔地に送信する技術である。これが今日の量子通信技術や量子セキュリティ技術で使われている。

EPRパラドックス

アインシュタイン(Albert Einstein)は、量子もつれは起こりえない事象だとして、同僚の研究者ボリス・ポドリスキー(Boris Podolsky)とネイサン・ローゼン(Nathan Rosen)と共に、この現象を検証した。1935年、検証結果を発表し、量子力学は現実を記述するには完成された体系ではない、との解釈を示した。この考え方は三人のイニシャルを取って「EPR Paradox」と呼ばれている。アインシュタインは、量子力学は自然界の現象を完全に記述するものではなく、統合した理論があるとの考え方を示した。

クラウザー博士の人となり

クラウザー博士は、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)で長年にわたり研究に従事し、現在は、サンフランシスコ郊外のウォールナットクリークで活動を続けている(下の写真)。地元テレビ局のインタビューで、実験開始のきっかけを明らかにした。クラウザー教授は、まず、ジョン・スチュワート・ベルに連絡し、ベルの不等式が破られていないことを確認し、実験に着手した。その当時、実験は「アインシュタインの理論を覆す無謀な挑戦」といわれ、実験で量子もつれを実証できた時は「有罪判決から解放された気分であった」と述べた。無名の研究者が歴史上の人物に挑戦した構図となった。

出典: Terry Chea / Associated Press

量子情報科学の基礎

量子もつれを実験で実証したことは、現在開発が進んでいる量子情報科学へ道筋をつけたことを意味する。量子もつれは、量子計算、量子通信、量子ストレージなどに応用され、特に、ハッキングできない安全な通信技術として社会に貢献している。

【参考情報:量子コンピュータで実行すると】

量子もつれ

量子コンピュータで量子もつれを生成し、その結果を出力すると、その挙動をビジュアルに理解できる(下のグラフィックス)。これは量子プログラム開発環境「Qiskit」を使ったもので、量子コンピュータのゲート操作(上段)とその結果が表示(下段)される。これはQubit[0]とQubit[1]に対するゲート操作で、二つのQubitを量子もつれにし、その結果が球体「Q-sphere」(下段右側)に示されている。演算によりQubit[0]とQubit[1]のスピンの方向はどちらも下向き|11>であることを示している。この演算を繰り返し実行すると、Qubit[0]とQubit[1]のスピンの方向はどちらも上向き|00>である確率が50%で、どちらも下向き|11>である確率が50%となる(下段左側のグラフ)。つまり、量子もつれは、Qubitのスピンの向きは、常に同じ方向であることを示している。

出典: IBM

量子テレポーテーション

量子もつれを応用した技術が量子テレポーテーションで、ある場所から別の場所に情報を送信するアルゴリズムとなる。SF映画に登場するテレポーテーションは人や物が移動するが、量子テレポーテーションでは情報(Qubitの状態)を遠く離れた場所に移動させる技術となる。量子テレポーテーションは量子もつれを応用した技法で、量子コンピュータでこの現象を実行できる(下のグラフィックス)。これは量子テレポーテーションのゲート操作で、三つのQubit(q0, q1, q2)を使う。処理は左から右側に進み、ゲート操作を実行すると、q0の情報がq2にテレポーテーションする。ゲート操作でq1とq2が量子もつれとなる。量子テレポーテーションは量子通信技術に応用され、ハッキングできないセキュアな通信として使われている。

出典: IBM