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イーロン・マスクはNeuralinkのライブデモを実施、脳にチップをインプラントし老化を抑止する

Neuralinkはブタの脳にチップ(下の写真)を埋め込み、ニューロンのシグナルを読み出すデモを実施した。これは脳マシンインターフェイスと呼ばれ、脳内にインプラントしたチップと交信する。この技術を使うことで、事故で肢体を動かせなくなった患者を救うことができる。また、加齢とともに記憶力が落ちるが、チップがこれを補強する。将来的には、チップがAIと交信し、人間のインテリジェンスを飛躍的に高めることができると期待される。

出典: Neuralink

Neuralinkとは

Neuralinkはサンフランシスコに拠点を置く新興企業で、脳科学に基づく応用技術(Neurotechnology)を開発している。脳にインプラントするチップ「Link」(上の写真)を開発し、これが脳とマシンのインターフェイスを形成する。Neuralinkは2016年にイーロン・マスク(Elon Musk)により創設され、ステルスモードで開発を続けてきた。大学の脳科学研究者などから構成され、脳に埋め込む“ウエアラブル”を開発することを目標にしている。

発表イベント

Neuralinkは2020年8月28日、最新技術を紹介するイベントを開催し、その模様がストリーミングで配信された(下の写真、イーロン・マスクとチップをインプラントするロボット)。この会場でブタを使ってNeuralinkのデモが実施された。チップをインプラントしたブタの脳のシグナルをスマホで読み取り、それが大型モニターに表示された。

出典: Neuralink

Neuralinkを開発する意義

Neuralinkは脳と脊椎の障害を解決することをミッションとする。人間は年を取るにつれて脳と脊椎に問題が発生する。加齢により記憶機能が低下し、不眠症などの障害が起こる。また、脳や脊椎に損傷を受けると肢体の麻痺を引き起こし、体を動かすことができなくなる。Neuralinkは脳にチップをインプラントする技術で、これらの病気を治療することを目標にしている。

大学などでの研究

脳とマシンのインターフェイスの研究は早くから進んでおり、大学などでデバイスが開発されている。その代表が「Utah Array」(下の写真)で、ニューロンのシグナルを計測するデバイスとして使われている。脳にチップ(Brain Chip)を埋め込み、脳のシグナルを箱状のデバイスで計測する。失明した人がこの技術を使うことで視覚を取り戻したとの報告もある。ただ、頭部にデバイスを装着し、マシンとの接続にはケーブルが使われ、日常生活で使うには支障がある。

出典: Neuralink

Neuralinkのアーキテクチャ(2019年)

これに対してNeuralinkはデバイスやケーブルを必要としないコンパクトな技術を開発している。Neuralinkは2019年7月、プロトタイプを公開した。Neuralinkは脳にインプラントされたセンサー(N1 Sensor)からのシグナルを耳の背後に着装されたデバイスで受信する仕組みとなる(下の写真)。

出典: Neuralink

Neuralinkのアーキテクチャ(2020年)

今年はこの技術が進化し、耳の背後に装着するデバイスは不要となり、インプラントされたチップ「Link」のシグナルを直接スマホで受信する。チップは円盤状のセンサーで(下の写真)、これを脳内にインプラントする。センサーは自律型で、脳のシグナルをセンシングし、それをBluetoothでスマホに送信する。

出典: Neuralink

Linkのシステム構成

Linkは脳のシグナルを受信するため1024のチャネルから構成される。チップから1024本の極細のワイヤーが出ており(下の写真最下部、デバイスから出ている幅広のリード)、先端の電極の部分を大脳皮質に差し込む。Linkのサイズは23mm x 8 mmで、日本の10円硬貨程度の大きさとなる。Linkは加速度計や温度計などのセンサーを内蔵し、バッテリーで稼働する。稼働時間は1日で、バッテリーはワイアレスで充電する。

出典: Neuralink

インプラントのプロセス

Linkをインプラントするためには病院で外科手術を受けることとなる。頭蓋骨に円形に穴をあけ、そこにLinkをインプラントする(下の写真)。Linkを着装したあと、切り出した頭蓋骨を戻し、穴を特殊な接着剤で塞ぐ。所要時間は1時間で局所麻酔で実施する。

出典: Neuralink

インプラントロボット

脳にLinkをインプラントするプロセス全てをロボット(Surgical Robot、下の写真)で行う。ロボットは頭蓋骨をくり抜き、Linkの電極を脳の表皮に差し込む。ロボットはコンピュータビジョンを使い、大脳皮質で血管が通っていない場所を探し、ここに電極を差し込む。

出典: Neuralink

Linkから出ている線状のワイヤーが表皮に差し込まれる(下の写真)。ロボットは血管の部分を避け、針で縫物をするように電極を挿入する。これにより出血が無く表皮を傷つけないで電極を差し込むことができる。電極は皮質から5mmの深さに差し込まれる。

出典: Neuralink

ブタを使ったデモ

発表イベントではLinkをインプラントしたブタを使って脳のシグナルを計測するデモが実演された。ブタにインプラントしたLinkがニューロンのシグナルを計測し、それをブルートゥース(BLE)でスマホに送信する。受信したシグナルが大型モニターに表示された(下の写真)。このシグナルが脳の活動状況を示している(ドットの部分がシグナル特性で青色のグラフはそれを合計した値)。青色のグラフは、ブタの鼻が何かに触れた時、脳のシグナルがピークになることを示している。

出典: Neuralink

シグナルの意味を理解する

ニューロンのシグナルを機械学習の手法で解析することでその意味を理解する手法も示された(この部分は事前に録画されたビデオ)。ブタをトレッドミルで歩行させ(下の写真右側)、そのシグナルを解析した(下の写真左側)。解析したシグナル(太線のグラフ)はブタの体(肩や足首など)の動きを予想したもので、これが実際の動き(細線のグラフ)と一致することが示された。つまり、ニューロンのシグナルを解析することでアクションの意味を理解できることを意味する。

出典: Neuralink

ニューロンにシグナルを入力

Linkから脳にシグナルを入力すると、脳のニューロンが活性化されることが示された(下の写真、事前に録画されたビデオ)。電極(赤色の線)にシグナルを入力すると、周囲のニューロン(緑色の部分)が活性化する。特定のニューロンを活性化することで脳をコントロールし、病気の治療などに応用される。

出典: Neuralink

人間へのインプラント

Neuralinkはアメリカ食品医薬品局(FDA)にこのデバイスを医療機器として申請し、認可を受ける手続きを進めている。FDAは2020年7月、NeuralinkをBreakthrough Device(難病を治療する機器)と認定し、認可プロセスが加速された。NeuralinkはFDAの認可を受け、安全技術を確立し、人間へのインプラントを計画している。

難病治療から脳機能の補強まで

Neuralinkのゴールは脳や脊椎に障害がある患者の治療で、頚髄損傷(Tetraplegia)で手足を動かせない患者がキーボードでタイプできることを目指している。1分間に40語のタイプができることを目標とする。また、一般消費者が脳機能をエンハンスするためにNeuralinkをインプラントする方式も検討されている。レーシック(Lasik)で視力を矯正する手術が普及したように、Neuralinkで記憶力を補強するなど、脳機能をエンハンスする研究を進めている。

Neuralinkの評価

Neuralinkがデモした技術について評価が分かれている。既に、動物や人間の脳へのインプラントの研究は進んでおり、マスクがデモした内容は新鮮味に欠けるという指摘がある。一方、Linkは既存のデバイスより大幅に小型軽量化が進み、更に、ニューロンのシグナルを高解像度で把握できる点が評価されている。脳インプラント技術が研究室を出て、商用化に一歩近づいたことを意味する。

次のステップ

次のステップはニューロンのシグナルを解析しその意味を理解することとなる。脳のシグナルとアクションの関係は解明が進んでおらず、シグナルが何を意図するのか未開の部分が多い。ニューロンの特定のグループがどのような機能を司っているかの研究が進むこととなる。

出典: HaeB

究極の目標

マスクは、究極の目標はNeuralinkがAIとのインターフェイスを司り、人間のインテリジェンスを補強することと述べている。一方、マスクはOpenAIを創設し、人間レベルのAIの開発を進めている。NeuralinkとOpenAIの関係についてのコメントは無かったが、脳科学とAIの研究が並行で進んでおり、大きなブレークスルーが起こる兆しを感じた。(上の写真、OpenAIとNeuralinkは同じビルにオフィスを構えている。)