月別アーカイブ: 2022年9月

Teslaが世界最大のロボット企業になる!?自動走行技術をヒューマノイドに応用、クルマのように部品を標準化し大量生産により低価格を実現

TeslaはAI技術を発表するイベント「Tesla AI Day 2022」を開催し、ロボットの開発状況を明らかにした。このロボットは「Optimus」と呼ばれ、昨年のイベントではそのプロトタイプが公開された。今年は、その開発プラットフォームが登場し、ステージの上をゆっくりと歩くデモが実施された(下の写真)。Elon Muskはロボットを大量生産する計画で、価格はクルマより安く、2万ドルになるとの予測を示した。更に、経済生産性の観点からは、ロボットはクルマより重要で、Teslaはロボット会社に転身することを暗示した。

出典: Tesla

Optimusとは

Teslaが開発しているロボット「Optimus」は、人間の骨格を模したヒューマノイドで、二足歩行し、両手でものを持つことができる。人間は自然界で進化し、骨格や関節や筋肉などが最適化され、効率的に動くことができる。Optimusは最適化された人間の物理構造を参考に設計された。ロボットは配送センターで荷物を運び、また、製造工場では部品の組み立てなどに使われる。(下の写真、Optimusが両手で荷物を持ち、それを運んでいるシーン。)

出典: Tesla 

ロボットの構造

ロボット(下の写真中央)は、人間の筋肉に相当するアクチュエータ(赤色の部分)と、神経系に相当する電気系統(水色の部分)から構成される。28のアクチュエータを搭載し、人間の動きを再現する。電気系統ではバッテリーを搭載し、また、ロボットの頭脳としてTeslaが設計した半導体(SoC)を実装する。通信技術としてはWi-FiとLTEを採用するとしている。

出典: Tesla

視覚とナビゲーション

ロボットはカメラを搭載しており、周囲を撮影しオブジェクトを把握する。ロボットがプランターの植物に水をあげる時には(下の写真左側)、植物の位置を認識し(右側)、じょうろを的確に動かす。また、屋内を移動するときには、カメラで家具などのランドマークを認識し、安全なルートを算出する。ここには、Teslaの自動運転技術が使われているとしているが、技術詳細は公開されなかった。

出典: Tesla

アクチュエータ

Teslaは人間のように効率的に動けるヒューマノイドを目指していて、このためにアクチュエータの最適なデザインを模索している。アクチュエータは人間の筋肉に相当し、その動きは速度とトルクの関係で定義される。センサーでそれらを計測し、一番効率的に動かすための関係を検証した。その結果、アクチュエータの種類を6とし、解析結果をもとに最適なデザインを開発した。(下の写真、6つのアクチュエータは色分けして示されている。グラフはそれぞれのアクチュエータの速度とトルクの関係。)

出典: Tesla

開発過程

昨年のイベントではOptimusのプロトタイプ(下の写真左側)が紹介され、今年はその開発プラットフォーム(中央)を中心に、開発状況が示された。更に、最新版のOptimus(右側)がステージに登場したが、実際に歩行することはできなかった。

出典: Tesla 

最新版のOptimus

ライブデモの代わりに、Teslaは最新版Optimusが研究室で歩行訓練をしている様子を公開した。2022年4月に、最初の一歩を踏み出し、技術開発を進め、腕を振り、つま先をあげることができるようになったが、まだ歩くことはできない。最新版Optimusは、アクチュエータやバッテリーなど必要なハードウェアを搭載しており、現在、ソフトウェアを中心に技術開発を進めている。

出典: Tesla

ロボットを開発する理由

イベントでMuskは、Optimus(下の写真)は経済生産性を二けた向上することができると、繰り返し述べた。ロボットが人間に代わり、荷物を運び、部品を組み立てることで、経済生産性が大きく向上する。ビジネスの観点からは、クルマよりロボットのほうが、将来性があると述べ、Teslaはロボット企業に転身することを示唆した。

出典: Elon Musk

Muskの発言の解釈

Muskの発言が業界に衝撃を与えているが、同時に、これをそのまま受け止めるのではなく、割り引いて解釈すべきとの意見も少なくない。Muskは壮大な構想を打ち出し、社会の注目を集めるが、これが不発に終わるケースは少なくない。また、Optimusは優秀なエンジニアを雇い入れるためのPRだという解釈もある。Muskの発言は、厳密なロードマップとは異なり、柔らかい構想を示したもので、これをどこまで実現できるのか、ウォッチしていく必要がある。

AIが生成したコミックブックの著作権が認められる、テキストをイメージに変換するAIでアニメ事業がスタート

米国でテキストをイメージに変換するAIで事業が生まれている。これは、言葉の指示に従ってイメージを生成するAIで、描きたい内容をテキストで入力すると、アルゴリズムはそれに沿った画像を生成する。この手法でコミックブックが制作され、販売が始まった。著作者はコミックブックの著作権を申請し、これが認められた。AIが描き出すイメージが著作権で保護されることになり、AI出版が大きな事業になると期待されている。一方、これに慎重な姿勢を示す企業は多く、AIで生成されるイメージの販売禁止も広がっている。

出典: Kris Kashtanova

コミックブック

このコミックブックは「Zarya Of the Dawn」というタイトルで、Kris Kashtanovaにより制作された。主人公Zarya(上のイメージ)が、未来のニューヨーク(下のイメージ)を探訪するストーリーとなっている。これらのグラフィックスはAIにより生成され、ここにセリフを付加して、物語を構成し、コミックブックが創られた。アーティストが画面を描き出す代わりに、AIがイメージを生成した。

出典: Kris Kashtanova 

製作者プロフィール

このコミックブックを制作したのはニューヨークを拠点に活動しているKris Kashtanovaで、職業は「Prompt Engineer」としている。テキストをイメージに変換するAIを使い、最適な入力文(Prompt)を見つけ、印象的なグラフィックスを生成するエンジニアとなる。

著作権を申請

Kashtanovaは、制作したコミックブックを著作権物として申請した。米国著作権局(United States Copyright Office)は、今週、これを認可し、コミックブックが著作物として登録された。これにより、「Zarya Of the Dawn」は、著作権法による保護の対象となった。AIが生成したイメージが著作権で保護されるのはこれが最初のケースで、AI出版事業への道筋が開けると期待されている。

過去の事例

AIが生成したイメージに対する著作権申請はこれが最初ではなく、過去にも行われたが、米国著作権局は、この申請を退けている。米国の発明家Stephen Thalerは、AIで創作したデジタルアートの著作権の登録を申請した。このAIは「Creativity Machine」という名前で、アルゴリズムが「A Recent Entrance to Paradise」という題名のデジタルアートを生成した。この申請に対し、米国著作権局は、2022年2月、AIが生成したアートは、人間が創作に関与しておらず、著作権の登録はできないとの判定を下した。

コミックブックの著作権が認められた理由

米国著作権局は、著作権で保護できる著作物は、人間が制作したものに限られる、との解釈を示している。AIなど人間以外のものが創作した著作物は、著作権の保護の対象とはならないことになる。一方、デジタルアート制作の過程で、人間の関与があれば、創作物は著作権で保護される対象となる。今回のケースでは、クリエーターがコミックブックを制作する過程で、AIというツールを使ってイメージを生成したので、この作品は著作権物として登録することができた。

出典: Kris Kashtanova 

Midjourney

Kashtanovaは利用したAIは「Midjourney」であることを明らかにしている。コミックブックの表紙に、製作者として、自身の名前とMidjourneyを併記している(先頭のイメージ)。MidjourneyとはAI研究団体で、独自の手法で、テキストをイメージに変換する技術を開発した。現在はベータ版が公開されており、サイトでイメージを生成できる。ギャラリーには既に、Midjourneyで制作されたデジタルアートが掲載されている(下のイメージ)。

出典: Midjourney

主人公は誰

Zarya Of the Dawnの著作権が認められたが、主人公「Zarya」は誰かという議論が広がっている。コミックブックを通じて、AIが同じ人物を描き出しており、製作者はテキストで特定の氏名を指示していることになる。巷では、この人物は米国の女優Zendaya(ゼンデイヤ)であるとの憶測が広がっている。Zendayaは映画やテレビで活躍するでけでなく、2022年にはTimeの「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている(下の写真)。確かに、Zendayaは主人公Zaryaに似ている。

出典: Time 

AIイメージの取り使いを禁止

米国ではMidjourneyの他に、OpenAIが開発した「DALL-E」や、Stability AIの「Stable Diffusion」など、テキストからイメージを生成するAIがデジタルアートの制作で使われている。このため、ネット上にはAIが生成したデジタルアートが満ち溢れている。このような中、写真画像販売会社Getty Imagesは、AIで生成したイメージをサイトにアップロードして、これを販売することを禁止した。

禁止の理由

Getty Imagesは、AIが生成したイメージを禁止する理由として、イメージそのものと、AIを教育したイメージに関し、著作権侵害のリスクがあるという解釈を示してる。多くのAIは、著作権で保護されているイメージを使って、アルゴリズムを教育している。この手法はスクレイピングと呼ばれ、フェアユース(Fair Use)で、その利用行為は著作権の侵害に当たらないとの解釈が一般的である。しかし、生成したイメージを商品として有償で販売するケースでは、この抗弁は成り立たず、著作権侵害にあたるとの解釈がある。

出典: AI Comic Books

グレーなエリア

AIに関する著作権の議論が収束しないなか、既に、AIで生成されたコミックブックが数多く販売されている。その代表がAI Comic Booksで、AIで生成したコミックブックのマーケットプレイスで、ここで多くの作品が販売されている(上の写真)。Zarya Of the Dawnもこのサイトで販売されており、価格は無料であるが、その代わりに寄付金を募っている。アルゴリズムを著作権で保護されたイメージで教育すると、AIが生成したイメージは合法なのか、グレーなエリアでビジネスが広がっている。

イーサリアムは歴史的なアップグレード「Merge」を完了、省エネなブロックチェーンに進化し二酸化炭素排出量が激減、暗号通貨が再評価され本格的に普及するか

ブロックチェーン「イーサリアム(Ethereum)」は、取引を認証する方式を改善し、電力消費量を大きく抑えたシステムに進化した。この改良は「マージ(Merge)」と呼ばれ、無事に移行作業が完了し、今週から新しいイーサリアムが稼働している。暗号通貨は、マイニングの処理で大量の電力を消費し、地球温暖化の要因となっている。イーサリアムはこの問題を解決し、暗号通貨が本格的に普及するのか、新世代のブロックチェーンに注目が集まっている。

出典: Ethereum

イーサリアムとは

イーサリアムはビットコイン(Bitcoin)に次ぐ、二番目の規模のブロックチェーンで、2015年から運用を開始した。ロシア系カナダ人であるヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)が考案し、今ではオープンソースとして開発者団体「イーサリアム・ファウンデーション(Ethereum Foundation)」で管理されている。イーサリアムはブロックチェーンとして、分散型アプリケーション「Decentralized Application (略称はDapp)」を運用する基盤として使われ、その代表が暗号通貨「イーサ(Ether、略称はETH)」となる。

マージが完了

イーサリアムは、9月15日、検証方式を改良する移行作業「マージ(Merge)」を完了した。マージとは、取引の正当性を検証する方式を「Proof-of-Work (PoW)」から「Proof-of-Stake (PoS)」に移行するプロセスを指す(下のグラフィックス)。ブロックチェーンは、取引の記録を取引台帳「ブロック(Block)」に書き込み、これを複数のノードに分散して保管し、安全に運用する。ブロックを生成する方法は二種類で、これがPoWとPoSとなる。イーサリアムは創設以来、PoWを使ってきたが、マージによりPoSに移行した。

出典: Ethereum

PoWからPoSに移行する理由

PoWはマイニング(Mining)とも呼ばれ、難解な数学問題を解いた最初のマイナーに、ブロックを生成する権利が与えられ、この対価として報酬を受ける仕組みとなる。このため、マイナーは競い合って、高性能プロセッサを使い、難解な数学問題を解く。この結果、多数の高性能プロセッサが稼働し、大量の電力を消費し、これが地球温暖化の原因となっている。イーサリアムは、エネルギー問題を解決するため、検証方式をPoWからPoSに移行し、消費電力を99.95%削減できるとしている。

PoSの検証方式

新方式のPoSは、ノード運用者が暗号通貨イーサ(ETH)を担保として差し入れ、検証者(Validators)になる方式を指す。検証者は、取引内容を精査し、正常に処理されたことを確認する作業を実行する。検証作業が終了すると、検証者はブロックを生成し、その対価としてイーサを受け取る。PoS方式では、難解な数学問題を解く必要はなく、通常のプロセッサで処理を実行でき、電力消費量が大幅に低減する。なお、検証者が不正行為をした際は、担保は没収され、検証者の権利を失う。このため、SoWは担保を根拠に公正な取引ができる仕組みとなる。

新しいイーサリアム

システムの観点からは、マージは次のプロセスで実行された。従来のブロックチェーンは「Ethereum Mainnet」と呼ばれ、ここに新しい認証方式「Beacon Chain」を組み込む作業となった。Beacon ChainがPoSのエンジンで(下のグラフィックス)、これを従来システムにマージした形となる。先頭のグラフィックスがこれを模式的に示している。宇宙船全体がイーサリアムで、その本体(円形の部分)がEthereum Mainnetを示し、ここに新しい認証方式(エンジンの部分)「Beacon Chain」を組み込んだ。従来は、地球を周回する人工衛星であったが、新たなエンジンを搭載したことで、他の惑星まで飛行できると形容している。

出典: Ethereum

マージ後の運用状況

イーサリアムはブロックチェーンで暗号通貨イーサ(Ether)を運用しており、ビットコインに次ぎ世界で二番目の取引量となる。マージが完了し、ブロックチェーンの構造は大きく変わったが、一般消費者は継続してイーサを使うことができる。特別なアクションは不要で、イーサ向けのワレットで売買処理を実行できる。ただ、米国の金利上昇に伴い、暗号通貨が売られ、イーサの価格はピークの4,644.43ドルから大きく下落している(下のグラフ)。

出典: Google Finance

分散アプリについて

イーサリアムは、ビットコインとは異なり、ブロックチェーンで多彩な分散アプリケーション(Dapp)が稼働している。イーサリアムは「Smart Contract」という機能を提供しており、これを使って分散型アプリケーションを開発する。その代表がメタバースで、イーサリアムに3D仮想都市が構築されている(下のグラフィックス、Decentralandの事例)。土地や施設や商品は、イーサリアムに構成されるトークンと位置付けられ、ここで独自の暗号通貨を使って売買する。また、多くのNFTはイーサリアムに展開され、デジタルアートやデジタルグッズを売買する。マージにより、イーサリアムで稼働している分散アプリケーションは、最小限の変更で継続して利用できる。

出典: Decentraland

PoSの検証者になると

前述の通り、新しいイーサリアムでは、検証者になるために担保を差し出す必要があり、その額は32ETH(約700万円)からとなる。検証者になると、検証作業をする順番を待ち、指名されるとそれを実行する仕組みとなる。指名の順番は、担保の金額により決められ、多額の担保を積むと順番が早く回ってきて、収入が増える。また、以前のイーサリアムと同様に、検証者は、プロセッサやストレージの使用量として「ガスフィー(Gas Fee)」を受け取る。これはシステム運用にかかる費用への対価で、検証者はトランザクション毎にこれを受け取る。

電力消費量が激減

マージ後に、イーサリアムの電力消費量のデータが公開され、実際に大きく低下したことが明らかになった(下のグラフ)。イーサリアムが運用を始めた9月15日は、電力消費量が激減し、年換算で3.40TW(Tera Watt Hour)となった。前日は77.77TWで、削減率は95.63%となる。因みに、従来のイーサリアムの電力消費量は人口1,960万人のチリに相当する。

出典: Digiconomist

ビットコインのマイニング

これに対し、ビットコインの電力消費量は97.11TWで、フィリピン一国の電力消費量に相当する。2021年5月、中国が暗号通貨のマイニングを禁止したため、システム運用状況が一変した(下のグラフィックス)。それまでは、マイニングの中心は中国であったが、規制を受けてマイナーは中国を脱出し、米国に拠点を移している。今では、世界の中で米国がマイニングの中心地となり、エネルギー問題が深刻化している。米国の中でもジョージア州にマイナーが集中している。同州は原子力発電所を運用しており、マイナーはこの電力を使ってビットコインのマイニングを実行している。

出典: Visual Capitalist

マイニングの問題

ビットコインのマイナーは、大量の二酸化炭素を排出していると、社会から厳しい批判を受けている。このため、マイナーは原子力発電や再生可能電力でマイニング処理を実行し、この批判をかわしている。しかし、PoWのマイニングという処理は、ビットコインのブロックを生成する権利を確保するためのもので、社会的な恩恵は無く、無駄な処理として認識されている。ビットコインが社会的に容認されない理由の一つがマイニング処理で、企業や社会にとっては、持続可能な社会を実現するための概念ESG(環境・社会・ガバナンス)と相容れないものになる。

ブロックチェーンの再評価と危険性

このような社会環境の中で、イーサリアムはマージを実行した。電力消費量は激減し、地球環境にやさしいシステムとなり、企業から暗号通貨が再評価されるとの期待が広がっている。一方、ブロックチェーンは銀行など中央組織を必要としない分散型金融システムとして誕生したが、マージによりイーサリアムは分散型から集中型に向かう危険性が指摘されている。PoSでは検証者になるために担保を差し入れるが、巨大テックなどが巨額のイーサを差し出し、ブロックチェーンをコントロールする危険性が懸念されている。期待と危険が混じり合い、新しいイーサリアムが運用を開始した。

世界一危ないAIが誕生!!高度な言語モデルを差別用語で教育すると危険な言葉をまき散らすチャットボットとなる

高度な言語モデルをネット上の差別用語で教育して、危険な発言を繰り返すチャットボットを開発した。このチャットボットは「GPT-4chan」と呼ばれ、人間と対話する機能を持つが、発言内容は通常の会話で許容される範囲を逸脱し、差別発言や暴言を繰り返す。安全なAI開発とは対極に位置し、世界で一番危険なAIが生まれた。

出典: Yannic Kilcher

GPT-4chanとは

GPT-4chanは研究者Yannic Kilcherにより開発され(上の写真)、掲示板サイト「4chan(4ちゃん」で短期間運用された。GPT-4chanは高度な言語モデルで、入力された言葉に対し、それに返答する文章を生成する機能を持つ。人間と対話する機能を持つチャットボットとなる。しかし、通常のチャットボットとは異なり、4chanで運用され、社会的に許容されない会話で使われた。

4chanの概要

4chanは、日本の「2ちゃんねる」から分派したもので、サブカルチャー向けの掲示板として利用されている。発言に関する規制は極めて緩やかで、差別や偏見や偽情報が飛び交うサイトとなっている。但し、犯罪など法令に抵触する発言は違法行為となり、取り締まりの対象となる。(下の写真、4chanのスレッドの一部で、アメリカで白人の人口を増やす方法が、支離滅裂なロジックで議論されている。)

出典: 4chan

Politically Incorrectという掲示板

GPT-4chanは、このサイトの中で、政治討論を交わす掲示板「Politically Incorrect(下の写真、略称は/pol/で政治的に不適切という意味を持つ)」で運用された。Politically Incorrectは、特定のグループに不快感を与えないよう配慮することなく、政策や考えをストレートに発言する場として使われている。この掲示板は極右団体「Alternative Right」が意見を交換する場となり、人種差別に関する投稿が大量に掲載されている。GPT-4chanは/pol/で24時間運用され、人間と対話を続け、生成された発言の数は15,000件に上る。この期間、利用者はチャットボットとは気づかず、会話が続けられた。

出典: 4chan

オープンソースの言語モデル

GPT-4chanはオープンソースの言語モデル「GPT-J 6B」を使っている。これはAI研究コミュニティ「EleutherAI」により開発された言語モデルで、「Transformer(トランスフォーマー)」というアーキテクチャを持ち、6B(60億)個のパラメータから成る。高度な言語機能を持ち、OpenAIの「GPT-3」に対抗して開発された。GPT-3はクローズドソースであるが、GPT-Jはオープンソースとして公開されており、世界の研究団体がこれを利用して言語モデルの研究を進めている。

差別用語のデータセット

GPT-4chanはこのGPT-J 6Bを4chanの/pol/に掲載されている大量の差別発言で教育したものである。差別発言のデータは「Raiders of the Lost Kek」といわれ、3.5年間にわたり/pol/で交わされた会話(下の写真)を収集したもので、イギリスのUniversity College Londonなどにより開発された。ここには330万のスレッドと1.345億の会話が収納されており、危険な発言や人種差別や攻撃的な発言の世界最大規模のデータセットとなる。

出典: Antonis Papasavva et al.

アカデミアの警告メッセージ

本来、GPT-JとRaiders of the Lost Kekは、AI研究を支援するために開発されたもので、AIの危険性を理解し、安全なAIを開発するための重要なシステムとなる。これに反し、GPT-4chanは差別発言や危険な言葉を生成する、世界で最も危険な言語モデルとなり、これが一般社会にリリースされた。スタンフォード大学などAI研究コミュニティは、GPT-4chanが社会に公開されたことに危機感を抱き、オープンレターを発信し(下の写真、レターの一部)、Yannic Kilcherに対し、AIの危険性を認識し、倫理的な開発を要請した。特に、ニューヨーク州バッファローで発生した大量殺人事件に関連する発言が教育データとして使われており、これを学習したチャットボットに対し、強い警戒感を示している。

出典: Percy Liang et al.

国家安全保障

GPT-4chanはAI開発の危険性を改めて認識させられる出来事となった。高度な言語モデルが開発され、それがオープンソースとして公開されることで、誰でも簡単に社会に危害を及ぼすAIモデルを生成できるようになった。つまり、欧米諸国に敵対する国々が、これらオープンソースを使って、社会や国民を攻撃する高度な言語モデルを開発できることを意味する。特に、言語モデルの基盤であるTransformerが、AI半導体と同様に、国家安全保障にかかわるコア技術となり、オープンソースの管理や運用方法が問われている。

ハイパーリアルなアバター、AIがセレブの完璧なデジタルツインを生成、DeepFakesがメタバースを支える

米国の人気テレビ番組でセレブ三人がオペラを歌唱するシーンが放送され社会が騒然とした(下の写真)。これは”フェイクビデオ”で、オペラ歌手三人が歌うシーンをテレビカメラで撮影し、顔の部分だけをリアルタイムでセレブのものに置き換えた。完璧な偽物で、究極のDeepFakesが生まれ、テレビで全米に放送された。実際にこの番組を見ていたが、完成度の高さに衝撃を受けた。

出典: America’s Got Talent

リアリティ番組

これは「アメリカズ・ゴット・タレント(America’s Got Talent)」と呼ばれる番組で、様々なジャンルのパフォーマーの公開オーディションを放送するもので、アメリカ版「スター誕生」という位置づけになる。今週、三人のオペラ歌手がステージでアリア「誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)」を歌い(上の写真下段)、それを三台のカメラで撮影し、合成した映像を大型モニターに映し出す(上の写真上段)構成となっていた。

顔をスワップ

映し出される映像は三人のオペラ歌手の顔をセレブの顔にスワップしたもので、審査員のサイモン・コーウェル(Simon Cowell、下の写真右端)、ホーウィー・マンデル(Howie Mandel、左端)、及び、司会者のテリー・クルーズ(Terry Crews、中央)がオペラを熱唱するシーンが生成された。DeepFakesの出来栄えは完璧で、本人が歌っているように映し出されたが、審査員たちは席に座っており、フェイクであることが分かる仕組みになっていた。

出典: America’s Got Talent

DeepFakes技術

この技術を開発したのはロンドンに拠点を置く新興企業Metaphysicで、高品質なコンテンツを生成するAIを開発している。特に、AIでアバターを生成する技術に着目しており、超リアルなデジタルツインを生成する。生成されるハイパーリアルなアバターは、3D仮想社会で使われ、メタバースを支える基礎技術を担っている。

偽のトム・クルーズ

Metaphysicは、これに先立ち、映画俳優トム・クルーズ(Tom Cruise)のハイパーリアルなDeepFakesを生成し、全米を驚かせた。ショートビデオとしてTikTokなどに掲載され、完璧な偽物のトム・クルーズを生み出した(下の写真)。実際に、ショートビデオを観ると、完璧なフェイクで、偽物であると聞かされて驚いた。これらのビデオはTikTokの「deeptomcruise」のサイトに掲載されている(リンク)。

出典: TikTok

シンセティック・メディア

AIが生成するアバターは「Synthetic Media」と呼ばれ、誰でも簡単に動画や音声を生成でき、プロ並みのコンテンツを生成できる。人間と見分けのつかないデジタル・ヒューマンが生まれており、エンターテイメントやプロモショーンで使われている。ニューヨークに拠点を置く新興企業SynthesiaはAIアバターを開発し、人間に代わりアバターがプレゼンテータとなり、商品を説明する。異なる種類のアバターが揃っており、企業はブランドイメージに沿ったアバターと言葉のアクセントを選ぶことができる(下の写真)。

出典: Synthesia

シンセティック・ボイス

また、AIでボイスを生成する技術「Synthetic Voice」の開発が進み、品質が人間レベルに到達した。合成音声は自然で感情豊かなボイスとなり、人間の喋りと区別がつかなくなった。シアトルに拠点を置くAI新興企業WellSaid Labsは、AIによる音声合成技術を開発している(下の写真)。WellSaid Labsが開発する音声合成技術は「Voice Avatars」と呼ばれ、テキストを入力すると、それを人間のように滑らかなボイスに変換する。

出典: WellSaid

人間の3Dフィギュア

ハイパーリアルなアバターと音声が生成されているが、次のゴールはAIで人間の3Dフィギュア全体を生成することにある。例えば、トム・クルーズのフェイクビデオをすべてAIで生成する技術がAI研究開発の一番ホットなテーマとなっている。上述のDeepTomCruiseが完璧なのは訳があり、トム・クルーズのそっくり俳優が演じたビデオを使っているからである。そっくりさんの顔の部分だけを本物の顔にスワップしている。そっくり俳優がトム・クルーズのように振る舞い、声も本人と見分けがつかない。そっくり俳優が演じる部分をAIで生成することが次の目標で、大学や企業で研究開発が進んでいる。