トランプ前大統領の支持者がアメリカ連邦議会に乱入した事件は米国社会の分断を象徴する事象となった(下の写真)。事件の背景には、米国市民の1/3がQanonなどの陰謀説を信じているという事実がある。この襲撃事件に触発され、一版市民が過激化し、極右団体に加わっている。このため、アメリカ合衆国国土安全保障省は、極右団体による国内テロが発生する危険性があるとして、警戒情報を発令した。過去10年はイスラム過激派組織によるテロとの戦いであったが、これからの10年は極右団体による国内テロとの戦いになる。

出典: CNN |
トランプ前大統領と極右思想
トランプ前大統領と極右思想は密接な関係にある。極右思想の代表がQanonで、政治的な陰謀論(Conspiracy Theory)として米国社会に幅広く浸透している。一部の極右団体がこれを信奉するだけでなく、社会の中で大きな存在感を示している。トランプ前大統領がQanonを擁護し、Qanonは前大統領を政敵から守ってきた。また、連邦議会議員の中にもQanon支持者が存在する。下院議員Marjorie Taylor Greeneはその代表で、Qanon有権者を取り込み、当選を果たした。
Qanonとは
Qanonは「Q」と「anon」から成る造語で、「Q」は連邦政府のトップレベルのセキュリティ保持者で、「anon」はAnonymous(匿名の人物)を意味する。連邦政府高官が匿名で、トランプ政権転覆を企てる団体「Deep State」を排除することを目的とする。Deep Stateはエリート集団で、暗黒団体「Cabal」の指示のもと活動する。Cabalのメンバーにはオペラ・ウインフリーやジョージ・ソロスがいるとされる。これら影の人物がトランプ政権の転覆を企て、それをQanonが防衛するという荒唐無稽なストーリーとなる。(下の写真左側、活動家はQanonのシンボルマーク「Q」を身についている。)

出典: Los Angeles Times / Stripes |
危険思想
このような事実は無く、Qanonが陰謀論と言われる所以である。Qanon信奉者はこの教義に基づき活動し、ヘイトスピーチや暴力行為に及び、政治や社会を脅かす。FBIはQanonを過激思想集団と位置付け、社会に脅威をもたらすとして警戒を続けている。Qanonはバイデン大統領の就任式を攻撃するとして、厳戒態勢の元で式典が実行された。また、ハリス副大統領は有色の女性であり、Qanonの標的にされている。(上の写真右側、「Q Sent Me」とはQanonに忠誠を誓うという意味。)
極右団体の活動が活発になる
Qanonの他に、多くの極右団体が活動を展開し、米国社会を不安定にしている。トランプ大統領の就任以降、米国では極右団体の活動が活発になっている。今までは、極右団体の活動は抑制されてきたが、2016年の大統領選挙で、トランプ氏が人種差別や外国人排除や女性軽視の発言を繰り返し、これが極右団体の活動を容認するものと受け止められ、これらの活動が一気に表面化した。
主な極右団体
極右団体の代表が「Proud Boys」で、白人至上主義で反イスラム教を掲げ、武器を携行して活動する。「III%er」はThree Percenters(上位3%の愛国者)と呼ばれ、アメリカを独裁政治から守ることを使命とする(下の写真左側、シンボルは星条旗にIIIを入れたデザイン)。名前の由来はアメリカ独立戦争で、国民の3%の愛国者がイギリスと戦い勝利したことによる。(これは歴史誤認でこのような事実はない。)「Oath Keeper」も私兵組織で、武器を携帯して反政府活動を展開する(下の写真右側、帽子にロゴが縫い付けられている)。この組織の特徴は現役兵士や引退した兵士をメンバーに雇い入れ、本格的な軍事活動を展開していること。これら組織のメンバーは”愛国者”を自認し、国民を”守る”ことをミッションとする。

出典: Oil City News / CNN |
ソーシャルメディアの対応
主要ソーシャルメディアは、極右団体が連邦議会を襲撃したことを受け、前大統領のアカウントを閉鎖した。また、極右団体は交信のためにFacebookやTwitterなどを使っていたが、これらのアカウントも削除された。Facebookは2020年10月、Qanonに関するFacebookやInstagramのアカウントを削除した。Twitterは連邦議会攻撃事件を受けてQanonのアカウント7万件を削除した。
FacebookからParlerに
このため、極右団体はFacebookから新興ソーシャルネットワーク「Parler」に大移動を始めた。Parlerは2018年に創設されたソーシャルネットワークで、保守層を中心に利用されてきた。コンテンツの規制が緩やかなことから利用者数を伸ばしてきたが、あくまで一般ユーザを対象にサービスを運用してききた。ここに極右団体が大量に流れ込み、暴力行為やヘイトスピーチを助長する掲載が急増した。このため、ParlerをホスティングするAmazonはこのサービスを中止し、また、AppleやGoogleはParlerアプリをストアーから排除した。(下の写真、閉鎖中のParlerホームページ。CEOのJohn Matezは言論の自由を求めて戦うとの声明をここに掲載。)

出典: Parler |
Telegram
このため、極右団体はTelegramへの移動を開始した。Telegramはメッセージングサービスで、ロシアの実業家Pavel Durovが運営している(下の写真)。余り知られていないが、全世界で4億人の利用者がいるとされる。Durovはソーシャルネットワーク「VK」を運用しており、ロシアのZuckerbergとも呼ばれる。Telegramは通常のメッセージサービスに加え、プライベートなフォーラムを運用しており、ここでセキュアにメッセージを交換できる。このフォーラムにアクセスするには鍵(Digital Key)が必要で、一般に知られることなく秘密裏に情報を交換できる。このため、過激派組織の温床となり、各国の治安当局から警告を受けるものの、対策は進んでいない。極右団体はここを拠点に活動を始めている。極右団体のメンバーはいわゆるデジタル・ネイティブで、ITを駆使して活動を展開する。彼らは自らを「Digital Soldier」と呼び、ソーシャルメディアの規制をかいくぐり、サイバースペースで戦闘を展開する。

出典: Voice of America |
バイデン政権の課題
過激思想の9割は極右団体で、この活動は今に始まったわけでは無く、アメリカの歴史とともに歩んできた。時の政権はこの危険性を認識し、暴力行為や活動を抑制してきたため、社会の表に現れることは稀であった。しかし、トランプ政権の発足とともに、極右団体が”公認”され、活動が活性化し、殺傷事件を含む危険な行動が目立ってきた。トランプ氏が政権を去った後も、極右団体は多くの米国市民の支持を受け、活動を継続することとなる。バイデン政権はこれから極右勢力との長い戦いが始まる。