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ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルス治療薬を開発、次のコロナのパンデミックに備える

スタンフォード大学は新型コロナウイルス感染症を、ゲノム編集技術CRISPRを使って治療する技法を開発した。この技法は「PAC-MAN」と呼ばれ、CRISPR-Cas13が新型コロナウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を防ぐ。この手法は現行の新型コロナウイルスだけでなく、コロナウイルスに幅広く適用でき、次のコロナのパンデミックを防ぐことができると期待されている。

出典: Lei S. Qi et al.

PAC-MANという技法

この研究の内容はライフサイエンス分野の学術雑誌Cellに「Development of CRISPR as an Antiviral Strategy to Combat SARS-CoV-2 and Influenza」として公開された。これはCRISPR-Cas13ベースの治療技術で、PAC-MAN (prophylactic antiviral CRISPR in human cells)と呼ばれる。PAC-MANは、CRISPRが肺に侵入した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を検知し、Cas13がこのウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を抑える。更に、A型インフルエンザウイルス(influenza A virus)にも有効でウイルスの増殖を抑止する。

CRISPR-Cas13と新型コロナウイルス

PAC-MANは、ビデオゲームのパックマンがドットを食べるように、新型コロナウイルスのRNAをかみ切る(上のグラフィックス)。細胞が新型コロナウイルスに感染すると、ウイルスのRNAがリリースされる。PAC-MANはCRISPR RNA(crRNA)とCas13から構成される。crRNAが細胞に侵入したウイルスのRNAを見つけ、酵素であるCas13がその配列を切断する。これにより、ウイルスのRNAは機能を失い増殖が停止する。

将来のコロナパンデミックに備える

また、この技法を使うと将来のコロナウイルスのパンデミックを抑止できる。具合的には、crRNAを六種類用意すると(下のグラフィックス、右側中段)、コロナウイルスの90%を認識し、Cas13がこのRNA配列を切断する。この六種類のcrRNAを使うと、過去にパンデミックとなったMERS(MERS-CoV)やSARS(SARS-CoV)を抑止できた。また、次のパンデミックはどの種類のコロナウイルスが引き起こすのかは分からないが、90%の確率でこれを抑止できる。

出典: Lei S. Qi et al.  

(上のグラフィックス:円の中心はコロナウイルスの種類、内側の円はPAC-MANが有効なコロナウイルス、外側の円はパンデミックとなったコロナウイルスで赤色の部分が新型コロナウイルスを示す。)

CRISPRのデリバリー手法

この研究ではPAC-MANを新型コロナウイルス患者の肺細胞にどのような手法で送り届けるかも重要なテーマとなる。新型コロナウイルスは肺細胞に感染し増殖するが、PAC-MANをここにデリバリーすることは容易ではない。この研究に関しては、Molecular Foundryの技術が使われた。Molecular Foundryとは国立研究所「Lawrence Berkeley National Laboratory」の組織でライフサイエンス分野のナノテクノロジーの研究を進めている。

出典: Illustration courtesy of R.N. Zuckermann, Lawrence Berkeley National Laboratory

Lipitoidというデリバリー方法

CRISPR医療ではcrRNAとCasのパッケージをどのような手段で細胞にデリバリーするかが課題となる。Molecular Foundryは「Lipitoid」の研究を進めており、ここにPAC-MANを搭載し肺細胞に送り届ける。Lipitoidとは人工的に生成された分子で、DNAとRNAで自律的に生成する。このLipitoidの直径は1ナノメートル(10^-9 メートル)でウイルスほどの大きさのナノ粒子(上のグラフィックス、円形の部分)で、ここにPAC-MANを組み込み(緑色の部分)、それを肺細胞へデリバリーする。

開発スケジュール

実際に、2020年4月、肺の上皮細胞(Epithelial cells)を使って、LipitoidによるPAC-MANデリバリーの試験が実施された。次のステップはニューヨーク大学と共同で、動物実験を実施し、新型コロナウイルスへの効果を検証する。このプロセスが上手くいくと、次は規模を拡大して、臨床試験前の実験を進める。

新しいアプローチ

今すぐにCRISPRで新型コロナウイルス感染症の治療ができるわけではないが、今までにないアプローチでその効果が期待されている。特に、インフルエンザにも有効で、多くの患者を救うことができる。更に、コロナウイルスの種類は数が多く、次のパンデミックが懸念されるなか、CRISPRがこれを防ぐ技術になると期待されている。

ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルスを検知、5分で結果が分かり感染対策の切り札として期待される

バイデン次期大統領は政権移行の準備を進め、先週、新型コロナウイルス対策のタスクフォースのメンバーを発表した。就任後はこのチームが司令塔となり、世界最悪とも言われる米国のコロナウイルスと戦うことになる。バイデン次期大統領は、科学と技術を最大限に活用し、都市をロックダウンすることなく、感染を食い止めるとしている。

出典: Melanie Ott et al.

現行のコロナウイルス検知技術

コロナ対策でカギを握るのはウイルスの検知技術で、短時間で正確に判定できる技法が求められている。現在はPCR検査が主流であり、高精度に判定できるものの、結果が出るまでに時間を要す。また、処理量を増やすことが難しく、これらが感染拡大を防げない要因とされる。

CRISPRベースの検査

いま、ゲノム編集技術CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術の開発が進んでいる。ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナ教授らの研究チームは先月、CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術を発表した。この技法を使うと5分間でウイルスを検知でき、感染拡大を防ぐ切り札になると期待されている。

検査キットの概要

検査キットは専用デバイスとスマホから構成され(上の写真、左側)、判定結果はスマホに表示される(上の写真、右側)。採取した検体をサンプル容器にいれ、それを専用デバイス(箱型の部分)に装着する。ここにレーザー光を照射し、これを専用デバイス上のスマホカメラで読み取る。新型コロナウイルスを検知するとサンプルは緑色に発光し、陽性であることを示す。また、光の強度はウイルスの数を示し、陽性判定だけでなく、検体の中のウイルスの量を把握できる。このキットは病院や会社などで使われ、現場でリアルタイムに感染状況を把握できる。

CRISPRで検知する仕組み

検査キットはCas13aとcrRNAを使い、新型コロナウイルスに特有のRNA配列を検知する(下のグラフィックス)。検査キットにはマーカー(Reporter RNA)が入っており、ウイルスのRNAを検知するとCas13aがその周囲のマーカーを切断する。マーカーが切断されると蛍光物質が放出され、ここにレーザー光線を照射すると発光する。この光を検知することでウイルスの存在を把握する。

出典: Melanie Ott et al.

感染対策の決め手

CRISPRベースの検査キットは既に使われているが、検査結果が出るまに1時間かかり、更なる改良が求められていた。ダウドナ教授らの研究チームはこれを大幅に短縮し、5分で結果を得ることに成功した。また、この方式はウイルスの量が少なくても検知できるとしている。新型コロナウイルスに感染した直後は、ウイルス量が少なく検知が難しいが、この方式はこれを解決した。短時間で高感度でウイルスを検知でき、感染対策の切り札として期待されている。

[米国における新型コロナウイルス検査方法]

新型コロナウイルスの検査の種類

新型コロナウイルスの検査ではPCR検査と抗原検査が普及している。PCR検査はウイルスのRNAの断片を検知することで感染を把握する。抗原検査はウイルスを特徴づける抗原(タンパク質)を検知し感染を把握する。ここにCRISPR検査が加わった。CRISPRベースの検査では、ウイルスを特徴づけるRNAの断片を遺伝子編集の手法で把握する。

PCR検査

ウイルス検査ではPCR検査(RT-PCR、Reverse transcription polymerase chain reaction)が標準手法で、高精度で判定でき幅広く使われている。PCR検査は20年の歴史があり、新型コロナウイルス以外でも標準検査として定着している。一方、PCR検査は特殊機器を備えた施設で実施され、検査結果がでるまでに数日かかる。医療現場で手軽に検査できないことが課題となっている。

高速PCR検査

この問題を解決するため、PCR検査を高速で処理するキットが開発された。これはAbbottが開発した「ID Now」で(下の写真)、アメリカ食品医薬品局はこれを医療機器として認可した。検体を採取して15分ほどで結果がでることから注目を集めた。トランプ大統領が記者会見でID Nowを推奨したことで有名となった。一方、ID Nowは検査精度が高くなく、利用法が難しいことが指摘される。実際に、大統領や高官が相次いでウイルスに感染し、検知精度の限界が明らかになった。

出典: Abbott

抗原検査

抗原検査キットは多くの企業から販売されている。Abbottは「BinaxNOW」というブランドで販売している(下の写真)。特殊な機器は不要で短時間で結果がでるため容易テストとして使われている。抗原検査はPCR検査に比べ精度は低く、また、偽陰性(陽性を陰性と判定)と判定されるケースが多い。

出典: Abbott

CRISPR検査

マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く新興企業Sherlock BioSciencesはCRISPRベースの新型コロナウイルス検知キットを開発した。これは「Sherlock CRISPR SARS-CoV-2 Kit」と呼ばれ、アメリカ食品医薬品局が認可した最初の製品となった。この基礎技術はマサチューセッツ工科大学のFeng Zhang教授らにより開発され、技術改良が進んでいる。

出典: Sherlock BioSciences

アメリカ大統領選挙の予想は大きく外れた、一方AIは有権者の群集心理から勝敗を正確に予想

アメリカ大統領選挙はバイデン氏が圧勝すると予測されていたが、ふたを開けると僅差での勝利となった。選挙予想は再び外れたが、今回の予測は四年前より誤差が大きく、現行手法の限界が示された。一方、AIは有権者の群集心理を解析する手法で、激戦州の勝敗をズバリと的中させた。また、このAIは、勝敗が決まった後も、トランプ大統領は、選挙は不当であると主張し、敗北宣言をしないと予測している。

出典: CNN  

再び予測が外れる

アメリカ大統領選挙で主要メディアはバイデン氏が圧勝すると予測したが、バイデン氏が勝ったもののその差は小さく、再び予測が外れた。2016年の大統領選挙でも予測が外れたが、今年の選挙では前回より誤差が大きく、世論調査の手法についての検証が始まっている。国の世論が激しく対立する中、いまの手法で動向を予測することは限界であるとの意見も聞かれる。

AIによる選挙予測

このような社会情勢のなか、AIで選挙結果を予想する技法が注目されている。このAIを開発したのはサンフランシスコに拠点を置く新興企業Unanimous AIで、群集心理を解析することで勝敗を予測する。この技法は「Swarm Intelligence」と呼ばれ、個人ではなく集団で予測すると予測精度が上がるという仮説の元に構築されたモデル。大統領選挙の他に、野球やフットボールの試合の結果を正確に予測する。また、アメリカ映画のアカデミー賞では受賞作品を正確に予測し、社会を驚かせた。

激戦州の予測

大統領選挙ではSwarm Intelligenceを激戦州に適用してその結果を予測した。多くの州はその結果は明白で、投票前に勝敗が分かる(例えばカリフォルニア州は民主党支持でバイデン氏が勝利など)。しかし、10余りの州は勝敗の予測が難しく、激戦州(Swing States)と呼ばれ、これらの州の結果で大統領が決まる。Unanimous AIはこれら激戦州の勝敗の予測を投票日の45日前(9月21日)に実施し、その結果を公開した(下のグラフ)。

出典: Unanimous AI

予測結果

このグラフは激戦州ごとに勝敗の予測とその差が示されている。例えば、ペンシルベニア州はバイデン氏が3.5%の差で勝利すると予測。選挙結果が出そろったが、この判定はすべて的中している。注目はフロリダ州で、主要メディアはバイデン氏が3%から5%の差で勝つと予想していたが、Unanimous AIは1.6%の差でトランプ氏が勝つと予測した。実際に、トランプ氏が3.4%の差で勝利し、この手法の有効性が示された。

トランプ大統領が負けを認めない期間

Unanimous AIは選挙結果が出た後の両者の行動を予測している。トランプ大統領が負けた場合、94%の確率で、「この選挙は公正でない」と主張すると予測し、実際にこの事態が発生している。また、82%の確率で「勝敗が確定した後も最低二週間は負けを認めない」と予測している(下のグラフ、左側)。つまり、少なくても11月21日まではトランプ大統領は勝ちを主張することになる。

出典: Unanimous AI  

トランプ大統領支持率の予測

Unanimous AIはこれに先立ち、トランプ大統領就任後100日間の支持率を予測している(下のグラフ、緑色の線、歴代大統領との比較)。AIの予測によると支持率は42.1%で、他の大統領と比較して極めて低く、ショッキングな数字となった。しかし、この予測は的中し、支持率は41.9%で、在任中一度も50%を上回ることはなかった。

出典: Unanimous AI  

応用分野

Unanimous AIはこの技法をマーケティング調査や専門家の意見集約などに応用している。実際に、スタンフォード大学医学部は肺のレントゲン写真から結核を判定するプロセスにSwarm Intelligenceを導入した(下の写真)。複数の放射線医師がレントゲン写真から結核の判定をするが、そのプロセスをSwarm Intelligenceで解析すると判定精度が22%向上した。この病院ではAIが自動で結核を判定するシステム「CheXNet」を使っているが、Swarm Intelligenceの判定精度がこれを上回った。人間の知恵を集約することでAIより高度な判定ができることを示している。

出典: Unanimous AI  

何故予測が偏るのか

主要メディアは予測が大きく外れた理由を解析しているが、四年前に増して今回も、数多くの「Shy Trump Voters」がいたと考えられている。これは隠れトランプ支持者とも呼ばれ、世論調査の統計に表れない層を指す。今回は、トランプ大統領が支持者に対し、世論調査には答えないよう発言しており、この数が増えたとの見方もある。

有権者は懐疑的

一方、今回は、有権者は世論調査結果に懐疑的で、数字を割り引いてみる傾向が強かった。特に、マイケル・ムーア映画監督はしばしばテレビ番組に出演し、世論調査の結果はバイデン氏に偏っているので、これを信用しないようバイデン支持者に呼びかけた。このように、今回の選挙戦は有効な予想技術を持たない中、霧の中での戦いとなった。分断されたアメリカ社会で世論動向を正しく把握する技術としてAIに期待が寄せられている。

アメリカ大統領選挙はバイデン氏が勝利、トランプ大統領家族はフェイクイメージでテレビ番組に出演

アメリカ大統領選挙はバイデン氏が勝利宣言し、新しい時代の幕開けとなった。選挙期間中はフェイクイメージが有権者を混乱させると警戒していたが、予想に反し目立った被害はなかった。一方、AIで構成されたテレビ番組が始まり、初回はトランプ大統領家族が“出演し”、AIがリアルに描いたフェイクイメージが注目を集めている。

出典: Sassy Justice

Deepfakeで作られた番組

この番組は「Sassy Justice」という名前で、登場人物の顔はすべてAIで描かれる。世の中の不正を暴くことを使命とする主人公Fred Sassyが、ワイオミング州の州都シャイアンで活躍するというパロディーで、多くの著名人が登場するが、その顔はDeepfakeで生成されている。Deepfakeとは顔を置き換えるAIで、演技する俳優の顔を著名人の顔で置き換える。

トランプ政権の風刺

この番組は大統領選挙前にYouTubeに公開され、トランプ政権を風刺した内容となっている。トランプ大統領とニュースキャスターのインタビューがDeepfakeで再現された。実際の場面が描かれ、回答に困窮するシーンがクローズアップされた(下の写真)。顔はDeepfakeで生成されたものであるが、映像からそれが偽物であるとは分からない。しかし、受け答えや演技はコミカルで、フェイクビデオであることが分かる。

出典: Sassy Justice  

ロシア政策のパロディー

この番組はトランプ一家が登場し、イヴァンカ・トランプ(先頭の写真)は記者会見で、「米国でDeepfakeが拡散している理由はロシアによるもの」との見解を示した。トランプ大統領はロシアによる情報操作は無いと主張するが、この番組でイヴァンカがこれを認めた形となっている。一方、ジャレッド・クシュナーは子供として登場し(下の写真)、Deepfakeの取り締まりを強化しているが、その目的は「パパが選挙で勝つため」と答える。

出典: Sassy Justice  

映画スターの登場

トランプ家族の他にも著名人が登場し、女優ジュリー・アンドリュースは若いころの姿で、Deepfakeの検知技術を開発している研究者として描かれている(下の写真)。社会にDeepfakeが溢れる中、コンピュータ技術を使い、これを見抜く技法を開発している。しかし、それを使ってビデオ画像を判定するが、どうも上手くいかない。。。

出典: Sassy Justice  

番組制作者

この番組は米国の人気アニメ「South Park」の監督・声優であるTrey Parkerらにより制作された。米国のトップ・プロデューサーが手掛けるDeepfakeは完成度が高く、映像からフェイクであることを見抜くことはできない。一方、音声は声優によるものであり、また、前述の通り、コミカルな演技から、Deepfakeを使ったコメディであることが分かる。

Deepfakeで番組を制作する目的

Trey Parkerはメディアとのインタビューの中で、このビデオを制作した理由はDeepfakeの危険性を分かりやすく伝えるためとしている。フェイクイメージが社会に広がり、人々は戦々恐々としているが、このビデオはコミカルにDeepfakeとは何かを説いている。同時に、完成度の高いDeepfakeのインパクトは強く、映画やテレビ番組でAIで顔を生成する手法が広がる兆しを感じさせる。

[Deepfake技術概要]

Deepfakeとは

Deepfakeは顔を置き換える技法で、実在の人物の顔を著名人の顔に置き換えるツールとして使われている(下の写真)。ある人物の顔写真(左端)を著名人の顔(中央、トム・クルーズ)に置き換えると、その人物の顔の部分だけがトム・クルーズになる(右端)。例えば、ビデオ撮影した自分の顔をトム・クルーズの顔に置き換えると、映画スターが映っている偽のビデオができる。

DeepFaceLab

この番組では「DeepFaceLab」というタイプのDeepfakeが使われた。DeepFaceLabはオープンソースとして公開されており、誰でも自由に使うことができる。DeepFaceLabは演技者の顔が鮮明に映ってなくても、高精度なDeepfakeを生成できるという特徴を持つ。(下の写真:DeepFaceLabで生成したイメージで、サングラスで目が覆われていても高精度なDeepfakeを生成できる。)

出典: Ivan Perov et al.