月別アーカイブ: 2017年1月

ピカソが東京駅を描いたら、AIが画家のスタイルを手本に油絵を制作する

AIが著名画家のスタイルを学び、写真を油絵に変換するアプリが登場した。撮影した写真を入力するとAIがそれを芸術作品に仕上げる。誰でも手軽に絵を描くことができ、アプリの人気が急上昇している。同時に、AIが芸術の価値を下げアーティストの仕事を奪うと懸念の声も聞かれる。

出典: Hugh Welchman

全て油絵で描かれた映画

全て油絵で描かれた映画が公開されようとしている。これは「Loving Vincent」という映画で、ゴッホ (Vincent van Gogh) の生と死を描いている。映画の全シーンは油絵で描かれ、しかも、ゴッホの画風となっている。ゴッホの一生が自身の油絵で表現されている。この映画で使われた油絵の数は65,000枚で、115人の画家が制作に携わってきた。映画は六年に及ぶ制作を終え、今年初頭に封切られる。

動画のフレームをゴッホ流に描写

映画製作では俳優の演技をカメラで撮影し、それぞれのシーンを画家が油絵で描く。画家はゴッホのスタイルを学習し、動画のフレームをゴッホ流に描写していく。ポーランドの男優Robert Gulaczyk (上の写真右側)がゴッホを演じ、油絵として表現される (同中央)。男優はゴッホが描いた自画像「Self Portrait」 (同左側) のタッチで描写される。世界初の油絵映画として封切り前から話題となっている。

AIが画家のスタイルを習得

映画公開を前にGoogleから興味深い論文の発表が相次いだ。GoogleはAIが画家のスタイルを習得し、そのタッチで絵を描く技術を開発した。上述の映画のように、AIが写真を見てそれをゴッホのスタイルに変換する。一般に、芸術家の技法を手本に作成された作品はPasticheと呼ばれる。Loving VincentはPasticheで構成された映画として注目されている。

写真を著名画家の作風で再構成

Googleは絵画に関するPasticheをDeep Neural Networkで実装し、その成果を「A Neural Algorithm of Artistic Style」という論文で発表した。この技法は入力された写真を著名画家の作風で再構成する。

出典: Leon A. Gatys, Alexander S. Ecker, Matthias Bethge

ネットワークに写真 (上の写真左上) を入力すると、写真は三つのスタイルで作画される。左下はゴッホのスタイルに変換したもので、ここでは「The Starry Night (星月夜)」 (左下の小枠) を手本としている。右上はイギリスの画家ターナーによる「The Shipwreck of the Minotaur (マイノーターの難破)」を手本とし、右下はムンクの代表作「The Scream (叫び)」を手本としている。

ネットワークの構造

ネットワークはConvolutional Neural Network (CNN、イメージを認識する機能) を使っている。単一ネットワークが二つの機能を持ち、入力された写真を変換し、同時に、画家のスタイルを習得する。前者のプロセス (下の写真下段、Content Reconstructions) で、入力された写真の細部は切り落とされ、大まかな全体像が生成される。後者のプロセス (下の写真上段、Style Representations) で、画家の作品をネットワークに入力してスタイルを教育する。ネットワークの格段で特徴量を抽出し、絵画のタッチなど画家のスタイルを把握する。最後に写真と絵画を重ね合わせて最終イメージを生成する。

出典: Leon A. Gatys, Alexander S. Ecker, Matthias Bethge

32の異なるスタイルのPasticheを生成

更に、Googleは上述の技法を強化した論文「A Learned Representation for Artistic Style」を発表した。単一ネットワークが32の異なるスタイルのPasticheを生成できる技術を開発した。下の写真がその事例で、写真 (左端) を入力すると、写真は五つの異なるスタイル (最上段) で変換される。前述の技法は一つのスタイルに限定されていたが、この技法では32のスタイルで絵を描くことができる。

出典: Vincent Dumoulin & Jonathon Shlens & Manjunath Kudlur

静止画だけでなくビデオを生成

更にこのネットワークは入力イメージの再構築をリアルタイムで実行する。つまりビデオを入力することができ、再構築されたビデオが出力される。Googleはこの技術を開発した理由を新しい芸術の門を開くためとしている。また、画家のスタイルを学習したネットワークはスマホアプリとしても利用できるとしている。

写真をアートにするアプリ

事実、ベンチャー企業からPasticheアプリが出荷されている。その中で注目のアプリは「Prisma」で、2016年夏にリリースされ5000万回ダウンロードされている。Prismaに写真を入力するとそれを著名な画家のスタイルで再構築する。Prismaは写真をフィルタリングしたり編集するアプリとは仕組みが根本的に異なる。前述の技法を使っており、AIが写真を分解し、学習した著名画家のスタイルで再構築する。写真が作画されたようにアートに生まれ変わる。

出典: VentureClef

モンドリアンが東京駅を描くと

Prismaに撮影した写真を入力する (上の写真左側) と、アプリは写真の下に、著名画家の作画スタイル (上の写真右側下段) を示す。希望のスタイルを選択すると写真がそのイメージに変換される。例えばモンドリアン (Piet Mondrian) のスタイルを選択すると、写真が縦横に分割され、赤青黄の三原色で再構築される (上の写真右側上段)。モンドリアンが蘇り東京駅を描くと、このような作品になるのかもしれないと、このアプリは想像を掻き立てる。この他にピカソ (Pablo Picasso) や葛飾北斎の「冨嶽三十六景」などのタッチも用意されている。

芸術の新分野を形作

アプリの普及とともにPasticheファンが増えている。写真サイトInstagramにはPrismaで生成したPasticheがたくさん掲載されている (下の写真)。どの写真を変換してもアートになるわけではなく、ここには見栄えのするPasticheが数多く掲載され、芸術の新分野を形作っている。Instagramには元々魅力的な写真が多いが、Prismaの登場でこれらが絵画になり写真の楽しみ方が豊かになった。

出典: Instagram  

AIが芸術家の仕事を奪う

同時に、AIが芸術家の仕事を奪うのではとの懸念の声も広がってきた。AIが動画のPasticheを生成できるので、Loving Vincentのような映画制作では芸術家が不要となる可能性も指摘される。一方、芸術家はPastiche制作という機械的な仕事から解放され、独自の創作活動に打ち込めるという考え方もある。AIは必ず手本を必要とし、独自の手法を生み出すわけではない。AIはコピーの域を抜け出すことはできず、芸術は人間の独創性から生まれる。

AIのビジネスチャンス

Pasticheを生成するAIは新しいビジネスを生むきっかけとなる。人間の芸術家が手作業でPasticheを作るより、これをAIに任せることで製作時間が大幅に短縮できる。特に、AIはアニメ制作で大きな可能性を秘めている。著名アニメアーティストのスタイルをAIが学習し、人間に代わりアニメ映画の製作などが期待される。事実、Prismaはアニメスタイルに変換するオプションを備えている。人間は創作活動に打ち込み、AIが作業を代行するという区分けができつつある。

NvidiaとAudiは2020年までに完全自動運転車を投入、Deep Learning AIがクルマを運転する

NvidiaとAudiは2020年までに完全自動運転車を投入すると発表した。Nvidiaの自動運転技術がベースとなり、Deep Learning (深層学習) がドライブテクニックを学びクルマを運転する。Nvidiaはこれを「AI Car」と呼び人工知能がクルマのドライバーとなる。

出典: Nvidia

NvidiaとAudiは完全自動運転車を開発

Nvidia CEOのJen-Hsun Huangは、2017年1月5日、ラスベガスで開催された家電ショーCESで最新の自動運転技術を発表した。この模様はビデオで公開された。この中でNvidiaはAudiと共同で完全自動運転車を開発し、2020年までに市場に投入することを明らかにした。クルマはAI Carと呼ばれ、Deep Learningが自動運転技術を司る。AIをフルに実装した自動運転車が市販モデルとして登場する。

自動運転車開発モジュール

Nvidiaはグラフィック半導体メーカーであるが、今ではAI企業として事業を展開している。Nvidiaは自動運転車向けのプロセッサや開発環境を提供している。自動運転を司るモジュールは「AI Auto-Pilot」と呼ばれDeep Learningが実装されている。他に、Nvidiaはドライバーの運転を支援するモジュールを明らかにした。これは「AI Co-Pilot」と呼ばれ、文字通りAIが副操縦士になりドライバーの運転をチェックする。これらのモジュールは車載AIスパコン「Drive PX 」で高速に処理される。

Auto-Pilotが操縦士となる

自分で運転したことのないクルマに運転技術を教えるのは非常に難しい。しかし、Deep Learningがドライブテクニックを学ぶことで自動運転技術が大きく前進した。Auto-PilotはDeep Learningの手法でクルマの周りのオブジェクト (クルマや歩行者など) を認識する。更に、それらの意味を把握して、Auto-Pilotは周囲の車両などがどう動くかを予想する。これによりクルマは安全なルートを選択して走行することができる。Auto-Pilotが操縦士となりクルマを運転する。

自動運転のメカニズム

Auto-Pilotはクルマに搭載されているカメラやLidarの画像を読み込み、それを解析してステアリングを操作する。具体的には、クルマは走行中に目の前のイメージと高精度マップ「HD Map」を比較して、位置を確認し、その意味を把握し、次に取るべきアクションを決定する。HD MapがGround Truth (規準) となり、クルマはこれを頼りに走行する。(下の写真はHD MapでLocalization (位置決定) をしている様子。クルマはセンチメートル単位で現在地を決定し、安全に走行できる車線を把握する。)

出典: Nvidia

HD Mapが必要となる

このために高精度マップHD Mapを事前に整備しておく必要がある。HD Mapとは道路や道路標識などが高精度で表示されたマップを指す。更に、マップ上のオブジェクトにはそれが何かを示す意味情報が付加されている。作成されたHD Mapはクラウドに格納される。

Deep Learningで自動運転アルゴリズムを教育

自動運転アルゴリズムはDeep Learningで教育される。カメラで捉えた画像とドライバーのステアリング操作が手本となり、Deep Learningを構成するニューラルネットワークはこれを学習する。Auto-Pilotは運転アルゴリズムをプログラミングされているわけではなく、人間のようにドライバーの運転を見てテクニックを学んでいく。データ入力から出力までをDeep Learningで処理する構成でAI Carと呼ばれる所以である。

コンセプトカーのデモ走行

Nvidiaはこれに先立ちAuto-Pilotを搭載した自動運転車「BB8」を発表している。CESではBB8デモ走行がビデオで紹介された (下の写真)。BB8はAI Carで最新の自動運転技術を搭載している。ドライバーとクルマのインターフェイスはタブレットで音声などで操作する。緊急事態に備えてストップボタンが装備されている。

出典: Nvidia

目的地までのルートを表示

クルマに乗ると音声で行き先を告げる。例えば「take me to starbucks in san mateo」などと指示する。クルマは指示に従って目的地までのルートを算出しタブレットに表示する (下の写真)。詳しい説明はなかったが、自動運転できる箇所は緑色で示される。自動運転できない箇所もマップ上に示され、ここはドライバーがマニュアルで運転することになる。HD Mapが整備されていない道路や運転が難しい地域が対象となる。いわゆる”圏外”の道路で、自動運転車の性能は自動走行できる範囲の広さが決定的に重要な要素になる。

出典: Nvidia

道路標識に従って走行

BB8は道路標識や車両を認識し自動走行する (下の写真)。一時停止の交差点や信号機のある交差点では、交通ルールに従って運転する。BB8はカーブの大きさ応じて速度を調整する。きついカーブでは速度を落として進行する。高速道路へのアプローチでは加速し、走行車線にスムーズに合流する。高速道路では自動で車線を変更し、高速道路を自動で降りることができる。BB8は道路という概念を把握しているので、車線がペイントされていない道路や砂利道でも自律走行できる。

出典: Nvidia

無事目的地に到着

自動運転からマニュアルモードに切り替えるときは「disengage autopilot」と指示する。市街地ではBB8はマニュアル運転で走行し、無事に目的地のスターバックスに到着した。走行した場所はシリコンバレーの住宅地と高速道路で、自動運転車にとっては比較的走りやすい環境。Auto-Pilotはこのレベルの運転テクニックを習得していることが伺える。今後は市街地や悪天候など運転が難しい環境での学習に進むことになる。

CES会場でのデモ

NvidiaはCES会場でAuto-Pilotのデモ走行を実施した。会場の一角に円周コースが設けられBB8が無人で走行した。また、Audi Q7ベースの自動運転車のデモ走行も行われた (下の写真)。クルマにはAuto-Pilotが搭載され、コースを周回した。シンプルなデモであるが、Nvidiaはクルマの教育は数日で終了したと述べ、Deep Learningを使うと学習速度が早いことをアピールした。

出典: Nvidia

ドライバーの運転支援技法

この他にNvidiaはドライバーの運転を支援する技法「AI Co-Pilot」を明らかにした。クルマに搭載されているAIは自動運転だけでなく、ドライバーの安全運転を支援する。クルマに搭載したカメラの画像を解析し危険な状況をキャッチする。例えば、前方を自転車が走っているとAI Co-Pilotは「右前方45フィートに自転車あり」と音声で注意メッセージを流す (下の写真)。ここではオブジェクトの判定や、それを言葉に置き換える技術が使われているが、これらはAIの得意分野である。

ドライバーの運転状態監視

車内にもカメラが備え付けてあり、AI Co-Pilotはその画像を解析して運転を支援する。AI Co-Pilotは顔認識機能がありドライバーを認証する。クルマは搭乗したドライバーの好みの設定になり、始動のためのキーは不要となる。この他に「Head Tracking」と「Gaze Tracking」機能がありドライバーの身体状態を把握する。例えば、疲れていると判定した時はクルマを止めるようアドバイスする。Auto-PilotがあればCo-Pilotは不要とも思えるが、Nvidiaは自動運転車が市販されてもマニュアルモードでの運転が残り、ドライバー支援技術は必須との見かたを示している。

出典: Nvidia

Lip Reading技術を採用

この他にCo-Pilotは音声認識機能を備えている。ドライバーが喋った言葉ではなく、唇の動きから何が語られたかを把握する。これは「Lip Reading」と呼ばれ、唇の動きから何を話しているかを判定する。騒音が大きい車内では音声認識機能ではなくLip Readingが有効な技法となる。これはOxford Universityが開発した「Lip Net」という技術を使っている。Lip Netの認識精度は95%で人間の精度53%を大きく上回る。Lip NetはAlphabet DeepMindと共同で研究を進めており将来が期待される技術である。

自動運転を構成するモジュール

Nvidiaは自動運転車開発のための包括的なシステムを提供する。オンボードプロセッサが「Drive PX」 (下の写真) で、ここにはAIスパコンチップ「Xavier」が搭載されている (銀色のモジュール)。Xavierは8コアのARM64 CPUで、512コアのVolta GPUを搭載し、毎秒30兆回の計算ができる。ここで基本ソフト「DriveWorks」が稼働し、Auto-PilotとCo-Pilotが実行される。ドライバーの言葉を理解する技術は「NLU」というモジュールで提供される。更に、クラウド経由でAI仮想アシスタントを使うことができる。Googleの仮想アシスタント「Assistant」をクルマから使う計画を進めている。

出典: Nvidia

自動車メーカーやサプライヤーとの提携

前述の通りNvidiaはAudiと自動運転車を共同開発する。更に、Mercedes-Benzとの事業提携も発表した。また、大手サプライヤーZFと自動運転システム「ZF ProAI」の共同開発を進めることを明らかにした。そして、大手サプライヤーBoschと自動運転技術を共同開発することを発表。NvidiaのオンボードプロセッサDrive PXとBoschのレーダーやセンサーを組み合わせて自動運転技術を開発する。

HD Map開発でトップ企業と提携

NvidiaはHD Map開発でも事業提携を拡大している。マップ技術で世界のトップを走るHEREはNvidiaとHD Mapの共同開発を進める。HEREはNvidiaが提供するマップ開発モジュール「MapWorks」を使って高機能マップ「HERE HD Live Map」を開発する。また、Nvidiaはゼンリンとの提携を発表した。ゼンリンはDrive PXとDriveWorksを使い日本でHD Mapを作成する。中国においてはNvidiaはBaiduと提携しHD Mapの開発を進めている。中国が自動運転車の巨大市場になり、そのためにHD Mapの開発が欠かせない。今年のCESではNvidiaの事業提携発表が相次いだ。

AI Carの課題と期待

NvidiaのAI Auto-Pilotはコンセプト段階であったが、Audiとの提携で一気に製品化に向かうことになる。Deep Learningをフルに実装した自動運転車としてその先進性に注目が集まっている。一方、AIが人間に代わりクルマを安全に操縦するためには解決すべき課題も少なくない。Deep Learningはアルゴリズムがブラックボックスで、クルマが下した判断を人間が理解するのが難しいという課題を抱えている。アルゴリズムを可視化する技術やそれを修正する技法が必要となる。果たしてAIをフル実装した市販車の開発は可能なのか、その取り組みに注目が集まっている。

トランプ新大統領はシリコンバレーの追い風となる、ハイテク企業経営者の新政権評価に変化の兆し

シリコンバレーの企業経営者はトランプ氏の発言に強い抵抗感を示し、その考え方を批判してきた。しかし、トランプ氏が政策を示し始めると、シリコンバレートップの態度が変わってきた。選挙戦での過激な発言とは異なり、トランプ氏はテクノロジーの重要性を認識し、これを経済政策に活用する動きを示している。一方、ハイテク企業社員はこの動きに敏感に反応し、会社トップがトランプ氏にすり寄っていると嫌悪感を表している。

出典: Chance Miller

トランプ氏に警戒感を示してきた

トランプ次期大統領は選挙期間中、シリコンバレーのハイテク企業を批判してきた。FBI捜査に協力しないAppleの姿勢を問題視し、トランプ氏は国民にApple製品を購買しないよう呼び掛けた。また、Amazon CEOのJeff Bezosに対して、Amazonは独占禁止法に抵触する可能性があると警告した。これは同氏が経営するWashington Postがトランプ氏に批判的な記事を掲載するための対抗措置とされる。シリコンバレーの経営者はトランプ氏の発言は民主主義への挑戦と受け止め、危機感を募らせてきた。

シリコンバレー経営者の姿勢が変わった

しかし、トランプ氏が政権移行の過程で政策概要を示し始めるにつれ、シリコンバレーの企業経営者たちの姿勢が変わってきた。トランプ氏が打ち出す政策はIT企業にとって不合理ではなく、むしろ事業拡大のチャンスとなりそうだ。シリコンバレーの経営者たちは新政権に危機感を抱いていたが、それが期待に変わり始めた。

サミットミーティングが切っ掛け

その切っ掛けはシリコンバレートップとのサミットミーティングであった。Trump Towerに米国を代表する経営者が招かれ、トランプ氏との意見交換の場が設けられた (上の写真)。会議の内容は非公開であるが、その一端が漏れてきた。トランプ氏はテクノロジーに耳を傾け、興味を示したとも伝えられる。また、トランプ氏に批判的だった経営者が招かれ、反対者からも意見を聞くというトランプ氏の寛容な態度も評価されている。更に、政権移行チームも胸襟を開き幅広く意見を求めており、オープンな姿勢が好感を呼んでいる。

規制緩和が進むか

企業経営者たちがトランプ氏に期待しているのは税制改定や規制緩和である。トランプ氏は規制緩和に向け大きく舵を切ることを表明している。金融やエネルギー産業を対象とすると述べており、関連企業の株価が上昇している。ハイテク産業については言及していないが、トランプ新政権はシリコンバレーと関わりの深いFDA (連邦食品医薬品局) やFAA (連邦航空局) の規制緩和に動くといわれている。

出典: VentureClef

新薬認可のプロセスを緩和

FDAはHHS (米国保健福祉省) の組織で食品や医療に関する行政を司る。FDAは国民の健康を守るため強い指導力を発揮することでも有名。FDAは新薬の認可で厳しいルールを設けているが、トランプ新政権はこれを緩和するとの見方が広がっている。医薬品企業にとっては承認プロセスが緩和されると事業を進めやすくなる。

遺伝子解析事業が大きく前進するか

FDAの規制緩和はシリコンバレーのベンチャー企業に大きな影響を及ぼす。Google配下の23andMe (上の写真) は個人向け遺伝子解析事業を進めてきたが、FDAの命令で事業停止に追い込まれた。23andMeは収集した遺伝子をAIで解析することで、遺伝子変異と病気の関係を紐づける技術を開発している。遺伝子データから知見を引き出す技術が新薬開発に大きき寄与すると期待されている。トランプ新政権になると遺伝子解析事業が大きく前進する可能性を秘めている。

ドローン飛行に関する厳格なルール

FAAはDOT (米国運輸省) の機関で民間航空機の運航を管轄する。航空機の管制業務やドローン運行ルールの設定などが主な任務となる。FAAはドローン飛行に関して厳格なルールを打ち出し、個人所有のドローンが航空機や住民に危害を与えないよう定めている。同時に、企業がドローンを商用飛行するためにも厳しい条件が定められている。

出典: Amazon

米国内でドローン産業を育成

このため、ドローン開発企業は米国を離れて試験飛行を展開することが多い。Amazonはドローン配送システムPrime Airを開発しているが、米国を離れ英国で配送試験を進めている (上の写真、Cambridgeshire (英国) での実証実験)。Googleは高速で飛行するドローンProject Wingの開発をオーストラリアで展開していた。トランプ氏はFAAの規制を緩和して米国でドローン産業を育てる意向を示している。ただ、FAAは厳しい規制を保持する姿勢を示しており、トランプ新政権との衝突は不可避だ。ドローン規制がどこまで緩和されるのか見通せないなか、産業界からはトランプ氏の指導力に期待が集まっている。

新政権が自動運転車運行ルールを策定

DOTは米国内の運輸を管轄する機関で自動運転車の運行ルールはここで制定される。DOT長官にはElaine Chao氏が就任したが、自動運転車についての運行指針は示されていない。オバマ政権で自動運転車に関する運行指針の策定を進めてきたが、トランプ新政権がこれを受け継ぐこととなる。

トランプ氏は次世代交通網に関心を示す

トランプ氏自身も自動運転車についてはポジションを示していないが、新政権の意向を反映した規制をゼロから策定することとなる。トランプ氏のアドバイザーにUber CEOのTravis KalanickとTesla及びSpaceX CEOのElon Muskが任命された。これはトランプ氏が次世代交通網に強い関心を示していることを示唆している。新政権のもとでライドシェアや自動運転車の規制緩和が進み、技術開発が加速する環境が整うのか関心が集まっている。

(下の写真はSelf-Driving Uber。Uberはカリフォルニア州政府からサンフランシスコでの試験営業の停止命令を受けた。トランプ政権になると再び試験営業できるのか、それともカリフォルニア州は立場を変えないのか、せめぎ合いが続く。)

出典: Uber

インフラ整備に1兆ドル投資

トランプ氏はインフラを整備するために1兆ドルの投資を実施するとしている。道路整備を中心に交通ネットワークを近代化する。インフラ整備にはスマートシティや自動運転車も含まれるとみられる。既に、スマートグリッドなどネットワーク企業の株価が上昇している。インフラ整備には情報通信技術は必須でハイテク企業との関連が注目される。DOTはスマートシティ構築でGoogleや主要都市と連携し都市の近代化を進めている。

支出と予算のバランスが議会で審議される

一方、トランプ氏は就任100日以内に議会にインフラ整備の法案を提出するとしていたが、ここにきてトーンダウンしている。連邦議会が招集されたがオバマケア (医療保険制度改革法) 撤廃に向けた決議案や税制改正法案が先に審議されることとなる。インフラ整備に関しては1兆ドルの支出と予算のバランスが議会で審議されることになり紆余曲折が予想される。

諮問委員会から幅広く意見を聞く

トランプ氏は業界著名人から構成される諮問委員会「Strategic and Policy Forum」を設立した。トランプ氏は経済政策立案のため委員会から幅広く意見を聞く。委員会は18名で構成され会長は大手投資会社Blackstone CEOのSchwarzman。諮問委員会に上述のKalanickとMuskが加わった。次世代交通、自動運転技術、再生可能エネルギー、宇宙開発などについて助言するものと思われる。この他に、IT企業からはIBM CEOのGinni Romettyがメンバーに加わっている。

既成勢力を破壊するという共通点

シリコンバレーはクリントン氏を支持し、トランプ氏の信条や政策とは相いれないものがあった。しかし、トランプ新政権の輪郭が見え始めると両者の共通点も明らかになってきた。トランプ氏や主要閣僚の多くは政治家ではなく、いわゆる部外者である。門外漢がワシントンに新しい風を送り、政治を変えようとしている。シリコンバレーがディスラプターとして既成産業を破壊しているように、トランプ氏がワシントンの古い政治を破壊し、新しい価値を生み出すとの期待が高まる。創造的破壊がシリコンバレーとトランプ氏を結ぶ共通項となる。

シリコンバレーのエンジニアは失望

この一方で、シリコンバレーのエンジニアからは企業経営者はトランプ新大統領に投降したと失望の声が聞かれる。選挙期間中にトランプ氏を激しく非難しておきながら、サミットミーティングではトランプ氏に論戦を挑むものはいなかった。トップの変節ぶりに多くのエンジニアは失望している。同時に、新政権の下で企業は事業を拡大できるチャンスであることも社員たちは理解している。現実と理想の祖語に苦悶しているのがシリコンバレーの今の空気かもしれない。

最悪の事態は回避されそう

トランプ氏に対する根強い不信感があるものの、シリコンバレーは選挙直後の深い失望感から回復しつつある。トランプ新大統領の誕生でイノベーションが途絶えると危惧されたが、最悪の事態は回避されそうだ。むしろ、トランプ大統領がシリコンバレーの追い風となる勢いだ。米国企業だけでなく、日本企業にとっても新政権誕生はプラスに作用する流れとなってきた。ただ、トランプ新政権が発足し経済政策が示されるまでは予断は許されない。トランプ氏が打ち出す変化の激しい政策に臨機応変に対応することが求められる。

Uberはシリコンバレーに人工知能研究所を設立、次世代AIで自動運転技術のブレークスルーを狙う

UberはAIベンチャーを買収し、人工知能研究所を設立することを発表した。研究所はSan Franciscoに設立し、次世代AI技術を開発する。研究成果を自動運転車に適用し、人間のようにスマートに運転できるクルマを開発する。更に、この成果を航空機やロボットに応用することも計画され、UberはAI研究を本格的に推進する。

出典: Uber

Uber AI Labsを設立

Uberは2016年12月5日、San FranciscoにAI研究所「Uber AI Labs」を設立することを発表した。あわせて、AIベンチャー「Geometric Intelligence」の買収を明らかにした。AI研究所はDeep Learning (深層学習) とMachine Learning (機械学習) を中心テーマとして研究開発を進める。買収したGeometric Intelligenceの研究員15名が研究所の構成メンバーとなる。所長には同社CEOのGary Marcusが就任する。

Geometric Intelligenceとは

Uberが買収したGeometric Intelligenceだが、その実態は殆ど知られていない。同社はMarcusらにより設立され、論文などは発表されておらずステルスモードで研究が進んでいる。一方、Marcusは業界の著名人で、講演などでGeometric Intelligenceの一端を紹介している。それによると、同社は少ないデータでアルゴリズムを教育できるDeep Learning技法を開発している。

少ないデータでイメージを認識

Deep Learningでオブジェクトを判定できるようになるには、大量の写真を読み込みアルゴリズムを教育する必要がある。これに対しGeometric Intelligenceは、人間が物を認識するように、少ないデータでイメージを判定できるアルゴリズムを開発している。少量データは「Sparse Data」と呼ばれ、Deep Learning研究の主要テーマになっている。

自動運転車開発の課題

MarcusはDeep Learningで自動運転車アルゴリズムを開発する際の問題点を挙げている。自動運転車開発ではクルマは遭遇するすべてのケースを学習する必要がある。このため、雨や雪の日の走行環境が必要で、天気のいいカリフォルニア州を離れ、別の地域での走行試験が必要となる。クルマやドローンやロボットを含む自律システムの開発ではアルゴリズム教育のためのデータが最大のネックとなる。Geometric Intelligenceは少量データでアルゴリズムを教育し、開発期間を大幅に短縮することを目標にしている。

ハイブリッドAIを開発する

更に、この研究所の最大の特徴はハイブリッドAIを開発することにある。Geometric IntelligenceはDeep Learningだけではなく従来型AIを開発している。具体的にはBayesian Model (階層構造での統計技法) やProbabilistic Model (確率分布の統計技法) などの研究を進めている。これらはMachine Learningの根幹技法で幅広く使われている。しかし、Deep Learningの登場で影が薄れ人気がなくなっているのも事実。

出典: Gary Marcus

ルールベースと統計手法を組み合わせる

Geometric Intelligenceはこれら従来モデルを改良し、Deep Learningと組み合わせて使う技法を開発する。これをハイブリッドAIと呼び、ルールベースの学習モデル (Machine Learning) と統計手法の学習モデル (Deep Learning) を組み合わせたアプローチを取る。多くの自動運転車ベンチャーがアルゴリズムをDeep Learningだけで実装するのに対し、Uber AI Labsは幅広い技法をミックスして使う。

Deep Learningは行き詰る

この背後にはMarcusのAIに対する際立った考え方がある。MarcusはNew York Universityの教授で心理学が専門。MarcusはDeep Learningは行き詰ると主張する。その理由はDeep Learningの教育には大量のデータが必要で、適用できる分野が限られるためである。実社会では常に大量データが揃っているわけではない。特に、言語解析と自動運転車でこの問題が顕著になるとMarcusは指摘する。(上の写真はMarcusのホームページ。Marcusは心理学、言語学、生物学の観点からヒトのインテリジェンスに迫る。)

ハイブリッドAIで構成する自動運転技術

このハイブリッドAIで自動運転アルゴリズムを構成する。ハイブリッド型の学習モデルでは、画像認識にはDeep Learningを使い、少ないデータでアルゴリズムを教育する。運転テクニックについてはルールベースの学習モデルを使う。運転テクニックは汎用的な運転ルールだけでなく、地域に特有な運転ルールなどを学習する。例えば、San FranciscoとPittsburghでは運転マナーが異なるが、ルールベースの学習モデルがこれを吸収する。Geometric IntelligenceはDeep Learningに特化するのではなく、複数の学習手法を組み合わせて使う点に特徴がある。

出典: Uber

Self-Driving Uberの試験営業を開始

Uberはこれに先立ち2015年2月、自動運転車開発センター「Uber Advanced Technologies Center」をPittsburgh設立した。Carnegie Mellon Universityと共同で、自動運転技術とマップ作製技術を開発している。Uberは同5月からPittsburgh で自動運転車の試験営業を始めた。自動走行するUberは「Self-Driving Uber」と呼ばれ、客を乗せて試験営業を展開している (上の写真)。同12月にはSan FranciscoでSelf-Driving Uberの営業試験を始めた。しかし、カリフォルニア州から運行停止命令を受け、Uberの試験営業は中止に追い込まれた。このため、Uberは試験場所をアリゾナ州に移し、2017年早々から試験営業を始めるとしている。

Self-Driving Uberを無人走行させることが最終ゴール

Self-Driving Uberは自動で走行するがドライバーが搭乗し、システムが対応できない時は運転を代わる。クルマがドライバーの支援なしで走れる距離は限られており、頻繁にドライバーの割り込みが必要となる。San FranciscoではSelf-Driving Uberは横断歩道を赤信号で横切ったことがニュースで大きく報道された。このため、Self-Driving Uberの試験営業は時期尚早ではという疑問の声も聞かれる。Self-Driving Uberの自動運転技術は完成度が低いと専門家は指摘する。Uber AI Labsの使命は自動運転技術を飛躍的に進化させることにあり、Self-Driving Uberを無人走行させることが最終ゴールとなる。

出典: Uber

ロジスティックからAI・ロボティックス企業に

UberはAI研究所の成果を自動運転技術だけでなく飛行機やロボットなどにも応用する。Uberは2016年10月、オンデマンドで利用する航空輸送サービス「Uber Elevate」を発表している。Uber Elevateはパイロットが登場しない航空機で、空飛ぶSelf-Driving Uberとして位置づけられる。(上の写真、Uber Elevate はSan FranciscoとSan Joseの間70キロを15分で結ぶ計画。価格は129ドルとUberXと同じレベル。) また、Uberはロボットについては具体的な製品を発表していないが、登場は間近とみられている。UberはロジスティックスからAI・ロボティックスに大きく舵を切り、2017年は企業形態が大きく変わろうとしている。