月別アーカイブ: 2018年11月

あなたは何歳まで生きられる?遺伝子で細胞の年齢を計測する

老化の科学Biogerontologyの分野で新しい技術が登場している。身体の細胞の遺伝子を解析することで身体の生理的年齢が分かる。生きた歳月の年齢ではなく、身体が刻んでいる年齢を測定する。この基礎情報をもとにライフスタイルを改善し若さを維持する取り組みが始まった。

出典: Telomere Diagnostics

細胞年齢を計測

この技術を開発しているのはMenlo Park(カリフォルニア州)に拠点を置くベンチャー企業Telomere Diagnosticsで、遺伝子解析でエージングを査定する技術を開発している。遺伝子を解析し細胞年齢を計測するサービス「TeloYears」を展開している。細胞年齢とは体の中の細胞が生物学的観点から何歳であるかを示す指標となる。細胞年齢は身体の健康を示す指標でもあり、この情報を元に問題点を把握し身体を若く保つ。

テロメアの長さ

細胞年齢測定サービスTeloYearsは遺伝子のテロメア(Telomere)の長さを計測することで、細胞の年齢を推定する。テロメアとは染色体の先端のキャップの部分で染色体を保護する役目がある(上の写真)。細胞が分裂を繰り返すとき、テロメアは遺伝子配列が解けるのを防ぐ機能を果たすと考えられる。テロメアの塩基配列は「TTAGGG」のパターンの繰り返しで構成される。

テロメアと老化の関係

しかし、テロメアは年とともに短くなっていくことが知られている(下の写真)。生まれた時にはテロメアの長さが最長で、年を重ねるごとにこの長さが短くなっていく。細胞分裂によりテロメアの塩基配列の一部が壊されると考えられる。テロメアが短くなりすぎると細胞は分裂できなくなる。細胞分裂が止まると体内で新しい細胞が生まれず、古い細胞が取り残される。これが老化のメカニズムで、この状態はSenescent(老化状態)と呼ばれる。

出典: Telomere Diagnostics  

テロメアと病気の関係

テロメアの長さが老化に伴う病気に関係することも分かってきた。テロメアの長さと病気の関係に関する論文が数多く出されている。また論文は血液中のテロメアの長さと60歳以上の高齢者の生存率の間には相関関係があることも指摘している。更に、ライフスタイルや遺伝子や環境がテロメアの長さに影響するとの論文もある。加齢に起因する病気発症は複雑なプロセスであるがテロメアの長さを指標にした健康管理が可能となる。

TeloYears検査キット

このサービスを利用するにはTeloYear検査キットを購入して検体(血液)を送付する。解析結果は3-4週間後にレポートとして送られる。レポートは二種類で検査結果(TeloYears Results Report)と健康管理指針(TeloYears Blueprint for Aging Well)から構成される。また、「Advanced Ancestry」のオプションを購入すると家系についてのレポートが付加される。

検査結果レポート

TeloYears Results Reportは細胞年齢に関する基礎情報を提供する(下の写真)。テロメアの長さは「T/S Ratio」で表示される。「T」はテロメアの平均の長さ(Average Telomere Length)で「S」は規準遺伝子の長さ(Single Gene Length)を表す。TとSの長さの比が細胞年齢の指標となる。下のケースではT/S Rateは0.99と測定された。被験者の年齢は53歳で、このケースではT/S Rateは0.93が標準となる。つまり、被験者の細胞年齢は標準より若く47歳と計測された。

出典: Telomere Diagnostics  

健康管理指針レポート

健康管理指針レポートは若さを保つためのライフスタイルが記載されている。ここにはテロメアの長さを短くする要因が纏められている。その最大の要因は酸化ストレス(Oxidative stress、酸化反応による有害な作用)や炎症(inflammation)で、これらがテロメアを短くする。レポートはこれらの要因を防ぎ若さを保つための食生活、運動、睡眠などを記載している。

サプリメント

Telomere Diagnosticsは検査サービスの他にサプリメント「Telomere Support」を販売している。これは同社が開発したサプリメントでテロメアの健康を促進する効果がある。抗酸化物質(antioxidant)や抗炎症薬(anti-inflammatory)やビタミンを含み、これらがテロメアの健康を促進する。

ライフスタイルの改善

健康管理指針レポートに従ってライフスタイルを改善することでテロメアが短くなるプロセスを抑制し加齢の速度を抑えることができる。また、別の論文では、健康なライフスタイルによりテロメアを長くすることができるとの報告もある。定期的にテロメアの長さを検査することで、自分に最適なライフスタイルをみつけ、若さを保つことが可能となる。一方、この市場には加齢を抑えると謳ったサプリメントやサービスやクリニックが多数あり注意が必要である。

Google Duplexは本当に便利!! 人間に代わりAIが電話してレストランを予約

人間過ぎるAI「Google Duplex」がリリースされた。Duplexは人間のように会話できるAIで、レストランの店員と話して席を予約する。仮想アシスタント「Google Assistant」に予約を指示すると、背後でDuplexが働いてタスクを完遂する。Duplexを使い始めたが予想以上に便利な機能だ。

出典: VentureClef

レストランを予約

レストランを予約するにはGoogle Assistantにその旨を指示する。「Okay Google」と呼びかけるとGoogle Assistantが起動し、対話を通してレストラン名や日時や人数を告げる(上の写真、左側)。最後に、Google Assistantは予約内容を示し、これを確認して「Yes」というだけで予約プロセスが完了する(上の写真、右側)。

Duplexが電話を掛ける

この直後、Duplexが起動しレストランに電話をする。上記のケースでは開店前で、まだ店は空いてなかった。このため、Google Assistantは「今は営業時間外なので15分後に電話する」とのメッセージを表示し、待機している旨を伝えてきた。その後しばらくすると、「予約が完了した」とのメッセージがスマホのロックスクリーンに示された(下の写真、左側)。このメッセージに従って、Google Assistantをオープンすると予約画面が示され、予約が完了したことを確認できた(下の写真、右側)。ここには、その場所までの道順も表示される。

出典: VentureClef

店員さんの反応

予約時間にレストランに行き、店員さんに名前を告げると、予約を確認してテーブルに案内してくれた。店員さんに、この予約は私ではなくAIがしましたと説明したが、気に留めている様子はなかった。話していくうちに、店員さんは人間と話して予約を受け付けたと思っていたことが分かった。Google Duplexは最初に自分は仮想アシスタントであることを名乗るが、忙しい店員さんは気付かなかったのかもしれない。

小さなレストラン

この日はネパール料理のレストラン「Aroma House」を予約した(下の写真、右端の店)。レストランというよりは小さな食堂で、ネパールの本場の料理が揃っている。このように小さな店はOpenTableなどの予約サービスは扱っていない。予約するには電話しか手段はなく、ここでGoogle Duplexが役に立つ。因みに、ここはネパール人の交流の場となっているのか、狭い店内で多くの家族がひしめき、団欒を楽しんでいるようだった。

出典: VentureClef

Duplexが便利な理由

レストラン予約はOpenTableが定番アプリで、いつでも簡単に予約できる。しかし、OpenTableなどの予約サービスを使っていないレストランは少なくない。Aroma Houseのような小さな食堂だけでなく、腕に自信のあるグルメレストランなども、予約は電話で受け付ける。電話だと、このケースのように営業時間以外だと繋がらない。また、開店中であっても店内が忙しい時には、電話してもつながらない。このような時でもGoogle Duplexは実直にタスクを実行し、そのありがたみを実感する。

Duplexの仕組み

DuplexはGoogle Assistantのバックエンド機能として実装される(下のグラフィックス)。Google Assistantにレストランの予約を指示すると、その背後でDuplexが稼働しこれを実行する。実際に、Duplexが店舗に電話を発信し、相手と対話しながらテーブルの予約を入れる。予約が済むとその内容はGoogle Assistantから利用者に示される。

出典: Google

人間に近づき過ぎたAIの評価

Duplexはレストラン予約の他にヘアサロンの予約もできる。このサービスはサンフランシスコやニューヨークなど地域を限定し、また、Googleブランドのスマホ「Pixel」だけで展開している。一般にリリースされたが、まだ使える範囲は限られている。Duplexは人間過ぎるAIとの批判もあり、その機能を市場がどう受け止めるのか、Googleはそれを検証しながら慎重に展開しているように思える。

Apple WatchのECG機能がリリースされた、家庭で心電図を計測し不整脈を検知できる

Apple WatchでECG機能がリリースされた。これは心電図を計測する機能で、スマートウォッチで心臓の健康状態をモニターできるようになった。ECGは心臓の不整脈を検知し、もし異常があれば病院で診断を受けることになる。病気の早期発見につながり、多く人命を救うことができると期待されている。

出典: Apple

ECG機能を公開

Appleは四世代目のスマートウィッチ「Apple Watch Series 4」を投入したが、ハードウェア機構が一新され、健康管理に重点を置くウエアラブルとなった。Apple Watch Series 4はECG (Electrocardiography、心電図)機構を搭載し、心臓の健康状態をモニターする(上の写真)。2018年12月、最新の基本ソフト (watchOS 5.1.2とiOS 12.1.1)がリリースされ、ECGを使えるようになった。

ECG測定方法

ECGとは心臓の鼓動を電気シグナルとして測定するもので、病院で心臓の状態を検査するために使われている。この機能がApple Watch Series 4に搭載され、家庭で心臓疾患を検知できるようになった。ECGを測定するにはApple Watchでアプリ「ECG」を起動し、指をクラウンにあてる(下の写真)。これで心臓を含む電気回路が作られ、心臓の鼓動の電気シグナルを計測する。測定に要する時間は30秒で、ディスプレイにECGの波形が示され、残り時間が表示される。

出典: Apple

測定結果

測定結果は問題が無ければ「Sinus Rhythm(洞調律)」と表示される。もし、不整脈の一種である心房細動が検知されると「Atrial Fibrillation」と表示される。アルゴリズムはECGの波形から心房(Atrium)と心室(Ventricle)の動きを解析する。心臓が一定のリズムで鼓動している時はSinus Rhythmと示される。一方、心臓の鼓動が不規則な状態であればAtrial Fibrillationと示され心房細動が発生していることを意味する。

Healthアプリ

測定結果はAppleの健康管理アプリ「Health」に格納される。ここには心拍数(Heart Rate)と心電図(ECG)の情報が格納される(下の写真、左側)。また、ECGのタブを開くと検査結果について、判定(Classifications)と心電図の波形(Waveform)が示される(下の写真、右側)。測定時に症状を入力することができ、その情報も表示される。(Apple Watch Series 4でECGを使い始めたが、健康管理には必須な機能だと感じる。検査結果を見るのは少し怖いが、心臓の健康状態がすぐに分かり、本当に役に立つウエアラブルだ。)

医師の診断を仰ぐ

万が一、異常が検知されると病院に行き医師に相談することになる。その際には、ECG検査結果をPDFに変換する機能があり、それを医師に提示して診断を仰ぐ。医師はECGの波形から心臓の状態を把握し、原因を検査していく手順となる。なお、ECGアプリは心房細動しか検知できないので、Apple Watchで心臓発作の兆候は把握できないことを留意する必要がある。

通知機能

上述のECG機能の他に、Apple Watchのソフトウェアがバックグランドで稼働し、心臓の健康状態をモニターする。心拍数から心房細動を検知するアルゴリズムが搭載され、アプリはそれを検知するとアラートを表示する。心拍シグナルをニューラルネットワークで解析し、心房細動を検知するものと思われる。Apple Watchを着装している時は連続して心臓の状態をモニターする。

出典: VentureClef

病院のECGとは異なる

Apple Watch Series 4のECGは病院で使われているECG(心電計)とは構造や機能が異なり、家庭向けの簡易版ECGという位置付けとなる。病院の心電計は12の電極を持ち、心臓の電気信号を異なる方向から捉える。このため、心房細動だけでなく、心臓発作の予兆(心臓のどの部分が壊死しているか)を検知する。これに対し、Apple Watch Series 4のECGの電極は一つで、心房細動だけを検知でき、心臓発作の予兆などそれ以外の症状は把握できない。

アメリカ食品医薬品局の認可

このため、Apple Watch Series 4はアメリカ食品医薬品局(FDA)から限定的な認可を受けている。Apple Watch Series 4は消費者向けに医療情報を提供することは認められているが、これを病気の診断で使うことはできない。つまり、Apple Watch Series 4は消費者が病状をスクリーニングするために使われ、病気判定は医師が下す必要がある。

Appleへの期待

限定的な機能であるが、Apple Watch Series 4のECGへの期待は大きい。これはApple Watchで心房細動をリアルタイムに把握できるためで、病気治療に大きく寄与すると考えられている。アメリカ心臓協会(American Heart Association)はApple WatchのECGを使うと、治療方法が劇的に変わり、多くの患者を救えると期待を寄せている。因みに、Apple Watch Series 4の心房細動の判定精度は高く、98%(Sensitivity、病気であることの判定)と99.6%(Specificity、病気でないことの判定)をマークしている。

ヘルスケア市場に進出

Apple Watch Series 4にECGを搭載したことで、Appleがヘルスケア市場に本格的に参入する流れが鮮明になった。AppleがiPodで音楽市場に進出したように、Apple Watchが医療機器に進化し、ヘルスケア市場進出への第一歩となる。Apple Watchはバイオセンサーとして、身体情報をモニターする医療機器としての役割が明確になり、次は、血圧や血糖値を測定する機構を投入するとのうわさが絶えない。

若い血液を輸血すると老化が止まる、若返りの分子を特定し不老不死の薬を開発

シリコンバレーでBiogerontologyが注目を集めている。BiogerontologyとはBiology(生物学)とGerontology(ジェロントロジー、老化の科学)を合わせた造語で、なぜ動物や人間は老化するのかを生物学の観点から研究する学問を指す。AIなどの最新技術を取り入れ、老化のメカニズムを解明し、老化のプロセスを抑制する薬の開発が始まった。

出典: Harvard Innovation Labs

Elevianというベンチャー企業

Biogerontologyの分野ではCalicoに注目が集まるが、ベンチャー企業からイノベーションが生まれようとしている。Elevianは Allston(マサチューセッツ州)に拠点を置くベンチャー企業で(上の写真)、身体を若返らせる薬の研究を進めている。これに先立ち、ハーバード大学の研究グループは血液の中に存在する微量のたんぱく質が老化を止める機能があることを発見した。Elevianは大学と共同でこれを薬として開発する研究を進めている。

若返りのたんぱく質

身体を若返らせるたんぱく質はGDF11 (Growth Differentiation Factor 11)と呼ばれる。Elevianは老化に伴う病気の治療薬をGDF 11を使って開発している。対象は虚血性心疾患(Coronary artery disease)、 2型糖尿病 (Type II Diabetes)、アルツハイマー病(Alzheimer‘s Disease)などで、臨床試験前の研究が進められている。

若返りの研究

秦の始皇帝が不老不死の薬を探すよう命じた話は有名であるが、人体を若返らせる研究は早くから実施されてきた。若い人の血を輸血すると若返りの効果があると言われてきたが、1950年代にはコーネル大学でこの研究が始まった。この手法はParabiosisと呼ばれ、2014年にはスタンフォード大学の研究グループがマウスを使った実験でその効果を確認した。若いマウスと高齢のマウスを接続し、血液を相互に循環させると、高齢のマウスの脳や筋肉組織の機能が向上した (下の写真)。

出典: Nature

ハーバード大学の研究

ハーバード大学のAmy Wagers教授らもこの効果を確認し、更に、何が若返りの要因であるかの研究を進めた。血液の中の物質を調べ若返りに寄与する分子を探した。具体的には、若いマウスと高齢のマウスの血液を比較し、両者の間の組成成分の差異を計測した。代謝(Metabolome)や脂質(Lipidome)について解析したが有益な情報は得られなかった。たんぱく質解析(Proteomics)で、1300のたんぱく質を検証したところ、GDF 11がその要因であることを突き止めた。

マウスでの効果

Amy Wagers教授らは、次のステップとして、マウスを使ってGDF 11の効果を検証した。GDF 11は自然界に存在するたんぱく質で体内で生成される。同グループはこれを人工的に生成しマウスに注入しこの効果を観察した。GDF 11を高齢のマウスに注入すると、心臓肥大(cardiac hypertrophy)を抑制できることが確認され、心臓疾患を防ぐ効果があることが分かった。また、骨格筋(skeletal muscle)の修復作用が増すことも確認された。更に、マウスの活動が活発になり、脳機能が向上し、体内の血液循環が良くなったと報告している。

人体での効果は

GDF 11を人体に適用することはできないが、別の研究グループは、体内のGDF 11の量と病気発症の確率を調べた。その結果、心臓疾患患者はGDF 11のレベルが低いことが判明。反対に、GDF 11のレベルが高いグループは心臓疾患を引き起こす割合が低いことが明らかになった。更に、死亡率とGDF 11のレベルは反比例することも分かり、GDF 11が人体にもたらすメリットに期待が集まった。

商用化への取り組み

これら基礎研究の結果をベースに、ElevianはAmy Wagers教授を中心とするハーバード大学の研究グループと共同で、GDF 11を使った薬の開発に着手した。Elevianは大学のコーワーキングスペース「Pagliuca Harvard Life Lab」に入居し(下の写真)、研究グループと密接に開発を進めている。この開発は業界で注目され、Bold Capital Partnersなど著名ベンチャーキャピタルがElevianに出資している。

出典: Pagliuca Harvard Life Lab

ロードマップ

ElevianはGDF 11を適用した薬を開発するが、最初の適用は虚血性心疾患となる。その後、糖尿病やアルツハイマー病の薬が開発される。薬の開発は臨床試験を始める前の段階で、製品が完成するまでには時間を要す。GDF 11は細胞や組織を若返らせる効果を持っており、体の多くの部分に適用できるのではと期待されている。Elevianには老化研究の第一人者が揃っており、その将来に注目が集まっている。

Google系Calicoはヒトの寿命の伸ばす研究を進める

CalicoはAlphabetの子会社でSouth San Francisco(カリフォルニア州)に拠点を置き、ライフサイエンスの研究を進めている(下の写真)。老化と健康な生活がテーマで、ヒトの寿命を延ばす基礎研究を展開。Calicoは2013年に設立され、Apple社の会長であるArthur LevinsonがCEOを務めている。

出典: Google  

ミッション

Calicoは老化とそれに関連する病気の解明を目指している。ヘルスケアとライフサイエンスに関する”アポロ計画”で、人々の健康を改善することをミッションとする。Calicoはベル研究所(Bell Labs)に例えられる。ベル研究所で半導体が開発され情報処理産業が誕生したように、Calicoの寿命を延ばす研究がライフサイエンスのブレークスルーとなることを目指している。

組織構造

Calicoは加齢(Aging)をバイオロジーの分野で解決されていない基礎課題と位置づける。Calicoは大学のような研究機関を企業が運営する構造で、事業化ではなく基礎研究が活動の中心となる。Calicoは製薬企業と提携し、研究成果を実際の製品に応用する。研究資金はAlphabetと提携企業が拠出する。Calicoは現代版ノアの箱舟(Noah‘s Ark)ともいわれ、酵母、虫、希少動物などを集め加齢の研究を進めている。

研究成果を公表

Calicoは研究内容を殆ど公開しておらずステルスモードで活動してきたが、2016年頃から論文の公開が始まり、研究の一端が見えてきた。Calicoは2018年1月、論文「Naked mole-rat mortality rates defy Gompertzian laws by not increasing with age」を公開し、ラットを使い加齢の研究をしていることを明らかにした。

Naked Mole-Ratの研究

論文によるとNaked Mole-Rat(ハダカデバネズミ、下の写真)はGompertz’s Mortality Lawに従わず長寿であることが実証された。Naked Mole-Ratとはネズミの一種であるが際立った特性を持っている。体には殆ど毛が生えておらず奇妙な外見をしている。地中で生活し、体温は外気の温度に従って変化する外温動物(Ectothermic)である。Naked Mole-Ratは殆どガンを発症することなく、18分間、酸素無しで生存できる。

出典: Jedimentat44 on Wikipedia

長寿のメカニズム

一般にネズミの寿命は6年程度であるが、Naked Mole-Ratの寿命は30年を超えることが知られている。Naked Mole-Ratは閉経が無く、一生にわたり生殖し子供を産むことができる。心臓や骨は老化することなく、若い状態を保っている。CalicoはNaked Mole-Ratを対象に長寿のメカニズムを解明する研究を進めている。

年齢と死亡率

CalicoはNaked Mole-Ratを3000匹調査し、その多くが30年生存することを把握した。哺乳類の死亡率は生殖期間を過ぎると幾何級数的に増大する(下のグラフ)。この現象をGompertz’s Mortality Lawと呼ぶ。人間の場合は30歳を過ぎると、8年ごとに死亡率が倍増する(下のグラフ右側、水色の線)。しかし、Naked Mole-Ratはこの法則には従わず、年齢を重ねても死亡率が変わらない(下のグラフ右側、緑色の線)。(下のグラフの横軸は相対年齢(子供を生める年齢を1とする)で、縦軸は死亡率を示している。)

出典: J Graham Ruby et al.

メカニズムの解明

論文はNaked Mole-RatはGompertz’s Mortality Lawに従わず、年を取らないと結論付けている。Naked Mole-Ratは実験で使われ、その途中で死亡することが多く、長期間飼育したデータが不足している。次のステップは、これを確認するために、多くの検体を長期間飼育し、その実態を明らかにすることとなる。更に、Naked Mole-Ratの長寿のメカニズムを解明することが最終目的となる。

AbbVieとの共同研究

CalicoはAbbVieと密接に共同研究を進めている。AbbVieとは製薬大手Abbott Laboratoriesから分離独立した会社で、バイオ医薬品会社として基礎研究を推進する。Lake Bluff(イリノイ州)に拠点を置き、シリコンバレーなどに研究施設を持っている。  

研究予算

Calicoは2014年からAbbVieと加齢に関し、ガンや神経変性疾患(neurodegenerative diseases)を対象に研究を推進している。2018年6月には、両者は共同研究に10億ドルを出資することで合意し、累計研究予算は25億ドルとなった。両社は既にガンや神経変性疾患に関する20件以上の研究プログラムを進めている。

研究と商品化

両社の間で役割分担が決まっており、Calicoは2022年までに基礎研究と初期ステージの開発を司る。また、Calicoは2027年までにPhase 2(小規模な臨床試験)の開発を担当する。一方、AbbVieは後期ステージの開発を受け持ち、製品化を担当する。加齢に関する研究はバイオ医療企業にとって重要なテーマで、老化に伴う病気を治療する技術の確立を目指している。

Oracleの試み

加齢に関する研究は多くの著名人が資金を投じ、その解明を進めてきた。Oracle創設者Larry Ellisonは非営利団体「The Ellison Medical Foundation」を設立し、医療技術の研究を推進している。中心テーマが加齢に関する研究で、Ellisonは3億ドル超を出資しブレークスルーを目指した。しかし、この研究は中止となり、研究資金はポリオに関する研究に振り向けられた。加齢に関する研究に注目が集まるが、動物が年を取るメカニズムの解明には至っていない。

リスク要因

人間の平均寿命は150年前までは40歳程度であったが、今では80歳程度に倍増した(下のグラフ)。これはワクチンの登場や食生活の改善によるところが多い。しかし、現在ではガン、心臓疾患、脳卒中、認知症が最大のリスク要因となり、これらが平均寿命の延びを抑えている。これらの病気はいずれも加齢により発症する。

出典: Our World in Data

加齢プロセスの解明

これらの病気を一つづつ解明して、治療方法を探る研究が続いているが、この研究は上手く進んでいるとは言い難い。その理由は、生物学的な加齢のメカニズムが理解されていないためで、病気治療は加齢のプロセスを抑えることでもある。Calicoはこのゴールに向かい、加齢という最大のリスク要因を解明するための研究を進めている。