ベンチャー企業が量子コンピュータを開発、半導体チップが物理的限界に近づくなか次世代スパコンを目指す

IBMやGoogleと並んでベンチャー企業が量子コンピュータの開発を加速している。量子コンピュータ開発は大学の基礎研究と関係が深く、大学発のベンチャー企業が目立つ。このタイミングで量子コンピュータが製品化されるのは、スパコン性能が限界に近付いていることと関係する。シリコンチップ単体の性能が伸び悩み、スパコンは大量のプロセッサを実装せざるを得ない。スパコンは巨大化の道を辿り大量の電力を消費する。スパコン一台を動かすために原子力発電所が一基必要となる。

出典: Rigetti  

Rigetti Computingというベンチャー企業

この問題を解決するためにRigetti Computingというベンチャー企業が量子コンピュータを開発している。同社はバークレーに拠点を置き独自の量子技術を開発している。Rigettiは量子コンピュータをクラウドで提供し、量子化学や人工知能を中心とするアプリケーションで利用する。Rigettiは量子アルゴリズム開発基盤「Forest」を公開した。Forestはユニークなアーキテクチャで量子コンピュータと既存コンピュータを結び付けたハイブリッドなアルゴリズムを開発できる。

ベンチャーキャピタルが注目

会社創設者はChad Rigettiでエール大学で長年にわたり量子コンピュータの研究に従事した。その後IBMで量子コンピュータ開発に携わり、2013年にRigettiを立ち上げた。インキュベータ大手Y Combinatorなどからシードファンディングを受け事業を始め、2017年3月には大手ベンチャーキャピタルAndreesen Horowitzなどから合計6400万ドルの投資を受け事業化に向けた研究開発を加速している。

Quantum Integrated Circuit

Rigettiはエール大学で単一の原子やイオンに情報をエンコードする研究に従事した。極低温で電気回路の上に人工的に原子を生成する方式を探求している。この方式だと既存の半導体チップ製造施設を利用でき量産化への道のりを短縮できる。Rigettiでは量子技術をIC化する技法「Quantum Integrated Circuit」を開発している。(先頭の写真は同社が開発したQuantum Integrated Circuitでチップに3つのQubit (量子ビット) を搭載している。)

既に量子コンピュータが稼働している

Rigettiの研究所で既に二基の量子コンピュータが稼働している (下の写真)。写真中央部のRigetti BF01とRigetti BF02と示された部分で、白色の円筒が量子コンピュータの筐体となる。この中に上述の量子ICチップが格納され、絶対零度近くまで冷却して稼働する。Rigettiによるとチップに60個から70個の Qubitを搭載すればスパコン性能を上回る。

出典: Rigetti  

量子アルゴリズム開発基盤を公開

Rigettiは同時に量子アルゴリズム開発基盤の開発を進めている。これは「Forest」 (下の写真) と呼ばれ、アルゴリズム開発のプラットフォームとして機能する。開発言語は「Quil」と呼ばれ、これを使って量子アルゴリズムを記述する。また、開発されたアルゴリズムを集約したライブラリ「Grove」や開発ツール「pyQuil」も提供している。Quilで書かれたプログラムは「Compiler」でコンパイルされ量子プロセッサ向けのオブジェクトを生成する。対象マシンはRigettiだけでなく他社が開発している汎用量子コンピュータ全般に適用できる。

出典: Rigetti  

ハイブリッドモデル

Quailは量子アルゴリズムを記述するプログラム言語であるが「Quantum Abstract Machine (QAM)」と呼ばれ量子操作を数学的に記載する構造となる。QAMは量子プロセッサと現行プロセッサが連携して稼働するアーキテクチャを取る。これはハイブリッドモデルと呼ばれ、現行コンピュータのメモリを共有して量子アルゴリズムを実行する (下のダイアグラム)。

出典: Rigetti  

左側が量子コンピュータで演算子 (ゲートなど) を指定してプログラミングする。Qubitの状態を測定すると、この情報は現行コンピュータのメモリ (最下部の数字の列) に格納される。右側は現行コンピュータでプログラムロジックを指定し実行する。量子コンピュータのアルゴリズム開発は分かりにくいが、ここに現行のプログラム技法を融合することで親しみやすくなる。

量子コンピュータのキラーアプリ

Rigettiは量子コンピュータのキラーアプリは量子化学 (Quantum Chemistry) とAIであるとしている。量子化学はスパコンでも研究が進んでいるが、量子コンピュータだと大規模な問題を解くことができる。高精度な触媒を生成し地球上の二酸化炭素を吸収することで温暖化問題の解決に寄与できると期待されている。素材研究では室温超電導素材を見つけ、医療分野では分子構造をベースとした新薬の開発が注目されている。AIや機械学習では学習モデルをマシンに組み込むことで、現行コンピュータでは実現できない大規模なモデルを実行できるとされる。

スパコンの性能が限界

Rigettiは量子コンピュータを開発する必要性をスパコンが性能の限界に近付いているためと説明する。中国のスパコン「Tianhe-2 (天河-2)」 (下の写真) は世界最速のマシンと言われている。プロセッサとしてIntel Xeonを32,000台搭載し、システム全体では312万コアが使われる。消費電力は24MWで都市に供給するレベルの電力を要する。

出典: National Supercomputer Center in Guangzhou

ムーアの法則が終わりに近づく

これはムーアの法則 (Moor’s Law) が終わりに近づいていることを意味する。プロセッサの性能は18か月ごとに倍増できなくなった。その理由は半導体チップ回路の線幅をこれ以上細くできないことを指している。シリコンを使ったプロセッサは物理的な限界に近付いており、次の世代のテクノロジーを必要としている。

コンピュータ開発の歴史

このためRigettiは量子という新しい素材でコンピュータを開発する。Chad Rigettiは量子コンピュータを開発する意義を物理学の観点から説明している。コンピュータの歴史を振り返ると、動作原理はニュートン力学 (Newtonian Mechanics) から量子力学 (Quantum Mechanics) に移っている。多くの企業がニュートン力学を応用したシステムで創業したがその代表はIBM。当時の社名はComputer Tabulating and Recording Companyでパンチカードを使った管理システムを提供していた。パンチカードは社員の出退勤記録などに使われた。カードに穴をあけ、穴の並び方に情報をエンコードするという機械的な方式が使われていた。

半導体技術は古典力学の域を出ない

その後半、William Shockleyが半導体を発明し、IntelなどがそれをIntegrated Circuit (IC) として集積し半導体チップとして出荷されている。コンピュータに革命をもたらした技術であるが、物理学の観点からは古典力学の域を出ず、動作原理はマクスウェルの方程式 (Maxwell’s Equations、電磁場の挙動を定義する方程式で古典電磁気学の集大成) で表される。

ニュートン力学から量子力学への大きなジャンプ

アインシュタインなどにより量子力学の基礎理論が提唱され、100年後のいま量子コンピュータが登場している。量子の動きはシュレーディンガー方程式 (Schrödinger Equation、量子の状態を定義する方程式で量子力学の幕開けとして位置づけられる) で定義される。量子力学は原子や電子などミクロなレベルで挙動を解明する学問で、量子コンピュータはこれを情報操作に応用する。量子コンピュータは演算素子が進化しただけでなく、物理学の観点からはニュートン力学から量子力学への大きなジャンプとなる。