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銀行は量子コンピュータの導入に積極的、JPMorganは量子アルゴリズムと量子通信の研究を進める

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が開催され、インダストリー分科会で主要企業から量子コンピュータ導入準備状況が報告された。その中で大手銀行JPMorgan Chaseは量子コンピュータにおけるアルゴリズムとセキュリティに関する研究成果を発表した。量子コンピュータは金融アプリケーションとの相性が良く、商用機が出荷されると、銀行が最初のユーザになるとの見方が示された。

出典: JPMorgan Chase

JPMorgan研究所

JPMorganの研究開発部門の責任者Marco Pistoiaが研究概要を説明した。JPMorganは先進技術研究「Future Lab for Applied Research and Engineering(FLARE)」で量子技術の研究を進めている。FLAREのミッションは先進技術を理解し、それをビジネスに応用することで、研究対象は量子コンピュータの他に、クラウド・ネットワーキング、AR/VR、IoTなどがある。この中で、量子コンピュータを最重要テーマとし、金融アプリケーションやセキュリティの研究を進めている。

量子アルゴリズム開発

ここで金融アプリケーションを量子コンピュータで稼働させるためのアルゴリズム開発が進んでいる。金融アプリケーションは量子コンピュータとの相性が良く、量子コンピュータがスパコンを凌駕する「Quantum Advantage」に最初に到達すると期待されている。

量子アルゴリズムの種類

研究対象の金融アプリケーションは三つに分類でき、それぞれ、モンテカルロ技法(Monte Carlo Method)、ポートフォリオ最適化(Portfolio Optimization)、機械学習(Machine Learning)となる。これらのアプリケーションは量子アルゴリズムで構成され、量子コンピュータで実行する。金融業務の多くは量子コンピュータにより処理速度が大きく上がると期待されており、その検証や必要なリソースの規模(Qubitの数やエラー発生率など)に関する研究が進められている。

出典: IBM

モンテカルロ法とは

金融アプリケーションの中で一番期待されているのがモンテカルロ法で、量子コンピュータにより大幅なスピードアップが可能となる。モンテカルロ法とは乱数を用いたシミュレーションや数値計算で、数値モデルを生成し、乱数を使って計算し、解を推定する手法を指す。モンテカルロ法は汎用的な手法で、社会の幅広い分野で使われている。

オプション価格計算

金融分野ではオプション価格(Option Pricing)やリスク解析(Risk Analysis)にモンテカルロ法を適用する。オプション価格とは、複雑な条件のもと、将来価格を計算する技法で、現行手法では数多くのパターンを実行する必要があり処理時間が長くなる。一方、量子コンピュータでは少ない事例で価格を計算でき、大きなスピードアップが期待されている。

NISQタイプの量子コンピュータ

しかし、現在の量子コンピュータはNISQと呼ばれるタイプで、エラー発生率が高く、大規模な計算を実行することはできない。このため、JPMorganはNISQ向けのモンテカルロ法のアルゴリズムの研究を進めている。不安定なシステムで高速にアルゴリズムを実行できる技法の開発が進められている。将来、エラー補正機構を備えた大型量子コンピュータが登場すると、ここで規模の大きなアプリケーションを実行することを計画している。

出典: National Institute of Standards and Technology

セキュリティが破られる

JPMorganはセキュリティの研究を進めていることを明らかにした。大型の量子コンピュータが登場すると現行のセキュリティが破られることは早くから指摘されていたが、その対策が取られてこなかった。しかし、量子コンピュータ開発のペースが予想外に早く、量子技術に耐性のあるアルゴリズム開発が喫緊の課題となってきた。

量子コンピュータに耐性のある暗号化技術

米国政府は国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)を中心に量子コンピュータに耐性のある暗号化技術(Post-Quantum Cryptography)の開発を進めている。このプログラムは2016年12月に始まり、コンペティションの形式で量子アルゴリズムの開発が進んでいる。69のアルゴリズムが提案され、現在は15に絞り込まれ、近く最終判断が下される(上の写真)。最終選考されたアルゴリズムが米国の標準技術となり一般に公示される。企業はこのセキュリティ技術を導入して、量子コンピュータの脅威に備える。

導入に向けた準備

量子コンピュータに耐性のあるアルゴリズムが制定されるのを前に、JPMorganは社内で準備作業をすすめていることを明らかにした。セキュリティ標準技術が決まると、JPMorganは社内のデータをこのアルゴリズムで暗号化する。そのための準備作業として、どのデータを新規基準に従って暗号化すべきかの選定作業を進めている。長期保存が必要なデータから暗号化を進め、量子コンピュータが登場しても攻撃を防御できるシステムを構築する。

量子鍵配送

JPMorganは上記に加え、量子技術を使ったセキュアな通信技術の研究を進めている。これは量子鍵配送(Quantum Key Distribution、QKD)で、ハッキングできない安全なネットワークを構築する(下のグラフィックス、QKDの原理)。量子鍵配送とは通信網を量子技術で構成するもので、究極のセキュリティとも呼ばれる。具体的には、量子ビット(光子)を使った暗号化技術で、送信するデータが経路上で盗聴されると、その攻撃が分かる仕組みになっている。JPMorganはネットワークを量子鍵配送で構成することで極めて安全な通信網を構築する。

出典: Quantum Flagship

銀行が最初のユーザか

金融アプリケーションは量子技術との相性が良く、量子コンピュータで高速化できるアルゴリズムが多いとされる。しかし、これを実際に検証する必要があり、JPMorganはこの研究を進めている。具体的には、量子コンピュータ商用機が登場すると、金融システムにどんなインパクトがあるのか、また、どの金融アプリケーションを高速化できるのか、これらのポイントを明確にする必要がある。JPMorganはIBMのパートナー企業であり、IBM Qを使ってこの研究を進めている(先頭から二番目の写真)。まだ検証作業中であるが、量子コンピュータを導入するのは銀行が最初になるとの予測もある。

IonQは世界最大規模の量子コンピュータを開発中、イオンを使った高信頼性Qubitで巨人IBMに挑戦

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が今年はオンラインで開催された。IBMやGoogleが先行する中、スタートアップIonQが新技術で大手企業に挑んでいる。IonQはイオンで高信頼性Qubitを生成する手法を取り、世界最大規模の量子コンピュータを開発していることを明らかにした。

出典: IonQ

IonQとは

IonQはメリーランド州カレッジパークに拠点を置く新興企業で、「Trapped Ions」という手法で量子コンピュータを開発している。2015年にメリーランド大学(University of Maryland)名誉教授Chris Monroeらにより設立された。今年6月には、量子技術でノーベル物理学賞を受賞したDavid WinelandがIonQのアドバイザーとして就任した。

Trapped Ionsとは

Q2BでChris MonroeはTrapped Ionsについて解説した(最後の写真、中央の人物)。Trapped Ionsとは電荷を帯びた原子(イオン)をQubitとする方式で、電子のエネルギー状態(エネルギーの高低)でQubitを作る。イオンは特殊なチップ「Ion Trap Chip」の中に格納され、周囲に電磁場をかけて3D空間に精密に配置される。(上の写真、チップの外観と閉じ込められたイオンのイメージ。イオンは青色の球体で示され、これらがチップの中に格納されている。)

イオンの操作方法

チップ内の空間に配置されているイオンに特定波長のレーザー光線を照射してこれらを操作する。「Write」操作では、イオンに情報を書き込み、量子ゲートを生成し、アルゴリズムを実行する。また、イオンを操作してSuperpositionやEntanglementの状態を生成する。更に、「Read」操作では、イオンにレーザー光線を照射してその状態を読み出す。

出典: IonQ

上のグラフィックスは量子ゲート操作を模式的に示している。オレンジ色の円がイオンでQubitを構成する。ここにレーザー光線(縦方向のオレンジ色の線)を照射してイオンを操作する。右上が量子ゲートを示しており、ここでは最後のゲート(右端の四角)を操作している。イオンを操作して、左から右方向に量子ゲートを生成し、アルゴリズムを実行する。

ロードマップ

IonQは量子コンピュータの開発計画を説明した(下の写真)。2016年に、実験機が研究所の中で稼働し、小型化を進め、今年はTabletop形状のシステムを発表した。更に、小型化を進め、2021年にはBenchtop形状のシステムとなり、スパコンを凌駕する「Quantum Advantage」を達成する。2023年にはRackmount形状のシステムとなり、2024年にはこれをネットワークで接続することで大規模構成の量子コンピュータを形成する。これにより、真の量子コンピュータ「Full-Scale Fault Tolerance」に到達する計画である。

出典: IonQ

量子コンピュータの性能

ロードマップに従い、IonQはシステムの性能を独自の指標で示した(下のグラフ)。量子コンピュータの性能を定義するのは難しく、しばしばQubitの数で比較されるが、IonQは「Algorithmic Qubit」という独自の指標(グラフ縦軸)を導入した。これは量子アルゴリズムの実行で使うことができるQubitの数を示したもので、Qubitの数が「最大性能」であるのに対し、Algorithmic Qubitの数は「実効性能」を示したものとなる。2028年にはエラー補正機構を備えたQubitで1024AQを達成し、大規模量子コンピュータを構成する。

出典: IonQ  

IonQの特徴

IonQの特徴はQubitのエラー発生率が他のアーキテクチャに比べ極めて低いことだ。このため、エラー補正に必要なQubitの数が少なくて済み、実質的に、アルゴリズムの実行で使えるQubitの数が増える。具体的には、IonQは13個のQubitを1個のQubitでエラー補正できることを実証した。これに比べ、IBMなどが採用している超電導ループ型Qubitはエラー発生率が高く、エラー補正機構に1,000個から10,000個のQubitが必要となるとされる。

IonQのチャレンジ

一方、IonQのアーキテクチャは拡張性に欠けると指摘される。Qubitを安定して生成できるが、そのための機器のサイズが大きく、これらを高密度に実装するのが難しい。この問題に関し、IonQ共同創設者のJungsang Kim(下の写真、左端)は装置設計の観点から開発計画を明らかにした。2023年には、レーザー発光素子をチップの中に搭載し、ワンチップに32個のQubitを搭載する。これをラックに搭載し、独立の量子コンピュータを形成し、その後、これらを光ファイバーで接続して大規模なシステムを形成する。

出典: IonQ

どのアーキテクチャが主流になるか

現在、IBMやGoogleが開発している超電導ループ型の量子コンピュータが主流になると見られているが、安定したQubitを生成することが課題となっている。一方、IonQは高密度実装が難しく、大型量子コンピュータを構成できないと見られてきた。しかし、大手企業の開発が手間取る中、IonQが急速に技術を伸ばし実用化に大きく前進した。新興企業がIBMやGoogleを逆転するのか、量子コンピュータ開発レースが白熱してきた。

タンパク質フォールディングでブレークスルー!!DeepMindはアミノ酸配列からたんぱく質3D構造を予測するAIで50年に渡るチャレンジに解を出す

アミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を推定する技法は「タンパク質フォールディング」と呼ばれ、生物学のグランドチャレンジとして、50年にわたり研究が続いてきた。DeepMindは高度なAI「AlphaFold」でこの問題に挑戦し、ついにこれを解くことに成功した。これは生物学の革命と称賛され、医療や製薬が大きく進展すると期待されている。(下の写真:タンパク質フォールディングの事例で、タンパク質の3D形状をイラストで示している。緑色の形状が実測値で、青色の形状がAlphaFoldの予測。)

出典: DeepMind

生物学のグランドチャレンジ

タンパク質はヒトや他の生物を構成する基本単位で、その数は2億種類にのぼる。ヒトは2万種類のタンパク質で構成され、これらが生命の源となる。タンパク質は3D構造が重要で、その形状が機能を決定し、また、他のタンパク質との相互作用を司る。このため、タンパク質は「structure is function」といわれ、その3D構造の解明が続いてきた。しかし、構造を解明できたタンパク質の数はわずかで、3D構造解析が生物学のグランドチャレンジとされてきた。

タンパク質フォールディング

タンパク質はアミノ酸の配列で構成され、ヒトのタンパク質は20種類のアミノ酸で構成される。DNA情報を元にアミノ酸の配列が生成され、それが折り畳まれて3D構造のタンパク質となる。アミノ酸とアミノ酸が結合するとき、両者の距離や結合角度が決まり、らせん配列(Alpha Helix)やシート配列(Pleated Sheet)の構造となる。更に、これらが絡み合い、3D構造のタンパク質ができる。タンパク質がどのように折り畳まれているかを解明する研究を「Protein Folding Problem」と呼び、過去50年にわたり研究が続いてきた。

実験による3D構造の解明

タンパク質の形状を実測するために様々な手法が使われている。主なものは、低温電子顕微鏡法(cryo-electron microscopy)、 核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance)、X線回折(X-ray crystallography)などで、実験的手法でその形状を把握する。これらが標準手法(Gold standard)で高精度に形状を把握できるが、測定には時間と経験と費用がかかる。

AlphaFold2の概要

DeepMindはタンパク質の実測に代わり、ニューラルネットワークで形状を推定する研究を進めている。このAIは「AlphaFold」と呼ばれ、アミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を推定する。AlphaFoldは既に形状が判明しているタンパク質のデータを使って教育された。AlphaFoldは10万のタンパク質のアミノ酸配列と3D形状を学習し、新たなタンパク質の形状を推定できるようになった。その最新版「AlphaFold2」は高精度に3D形状を推定できる。

出典: DeepMind

タンパク質フォールディングのコミュニティ

DeepMindはタンパク質フォールディングのコミュニティCASP (Critical Assessment of protein Structure Prediction)でずば抜けた性能を示した。CASPはアミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を予測するコンペティションで二年ごとに実施される。DeepMindは2018年にはAlphaFoldで、今年は最新モデルAlphaFold2で参戦し、破格の成績を示した(上のグラフ)。

ベンチマーク結果

タンパク質フォールディングの性能はGDT(Global distance test)という指標で示される。これは実験で得られたタンパク質3D構造と予測した3D構造がどれだけ重なるかを査定し、100点満点で示される。AlphaFold2のスコアは90点を超え(上のグラフ右端)、これはタンパク質フォールディングの解を示したと解釈される。つまり、AlphaFold2は実測と同じ精度でタンパク質の3D形状を推定できることを意味する。

新型コロナウイルスの解析

DeepMindはAlphaFoldを新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に応用し治療法の研究に貢献している。新型コロナウイルスは30種類のタンパク質から成り、それらの3D構造の解析が進んでいる。しかし、その中で6種類のタンパク質についてはその形状が分からず、DeepMindはその中の「ORF3a」の形状を特定することに成功した(下の写真)。青色の形状がAlphaFoldによる推定で、緑色の形状がUC Berkeley Brohawn Labによる実測値で、推定結果は実測値に極めて近いことが示された。その後、AlphaFoldはもう一つのタンパク質「ORF8」の3D構造を解明した。

出典: DeepMind

医療への応用

AlphaFoldがタンパク質の3D形状を推定することで、医療技術が大きく進化すると期待されている。その一つが感染症対策で、アフリカなどの途上国で蔓延している感染症「睡眠病(sleeping sickness)」の治療法開発に役立つとされる。睡眠病はツェツェバエが媒介する感染症で、タンパク質の形状が分からないことが病気治療の妨げとなっている。これらは「neglected tropical diseases」と呼ばれ、医療の手が届かず放置された状態の病気で、緊急の対策が求められている。

新薬開発

また、製薬会社はAlphaFoldで分子構造を把握することで、新薬開発が大きく進展すると見ている。新薬開発では複数の候補分子を選び、そこから効果のあるものを絞り込み、完成までに10年の歳月と25億ドルの費用が掛かるとされる。AlphaFoldで病気に関与する人体のタンパク質の形状が分かると、それに効果のある分子を特定でき、新薬開発が大きく進化する。

出典: DeepMind

DeepMindの苦戦と成果

DeepMindは「AlphaGo」を開発し、高度なAIが囲碁の世界チャンピオンを破り、社会に衝撃を与えた。その後、DeepMindは研究開発を進めるが、社会に役立つAIが登場せず、その開発戦略が問われていた。AlphaGoから5年が経過するが、AlphaFoldはタンパク質フォールディングで画期的な成果を示し、今度は社会に役立つAIで世界を驚かせた。(上の写真、AlphaFold開発チーム、今年は在宅勤務で研究を続行。)

ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルス治療薬を開発、次のコロナのパンデミックに備える

スタンフォード大学は新型コロナウイルス感染症を、ゲノム編集技術CRISPRを使って治療する技法を開発した。この技法は「PAC-MAN」と呼ばれ、CRISPR-Cas13が新型コロナウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を防ぐ。この手法は現行の新型コロナウイルスだけでなく、コロナウイルスに幅広く適用でき、次のコロナのパンデミックを防ぐことができると期待されている。

出典: Lei S. Qi et al.

PAC-MANという技法

この研究の内容はライフサイエンス分野の学術雑誌Cellに「Development of CRISPR as an Antiviral Strategy to Combat SARS-CoV-2 and Influenza」として公開された。これはCRISPR-Cas13ベースの治療技術で、PAC-MAN (prophylactic antiviral CRISPR in human cells)と呼ばれる。PAC-MANは、CRISPRが肺に侵入した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を検知し、Cas13がこのウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を抑える。更に、A型インフルエンザウイルス(influenza A virus)にも有効でウイルスの増殖を抑止する。

CRISPR-Cas13と新型コロナウイルス

PAC-MANは、ビデオゲームのパックマンがドットを食べるように、新型コロナウイルスのRNAをかみ切る(上のグラフィックス)。細胞が新型コロナウイルスに感染すると、ウイルスのRNAがリリースされる。PAC-MANはCRISPR RNA(crRNA)とCas13から構成される。crRNAが細胞に侵入したウイルスのRNAを見つけ、酵素であるCas13がその配列を切断する。これにより、ウイルスのRNAは機能を失い増殖が停止する。

将来のコロナパンデミックに備える

また、この技法を使うと将来のコロナウイルスのパンデミックを抑止できる。具合的には、crRNAを六種類用意すると(下のグラフィックス、右側中段)、コロナウイルスの90%を認識し、Cas13がこのRNA配列を切断する。この六種類のcrRNAを使うと、過去にパンデミックとなったMERS(MERS-CoV)やSARS(SARS-CoV)を抑止できた。また、次のパンデミックはどの種類のコロナウイルスが引き起こすのかは分からないが、90%の確率でこれを抑止できる。

出典: Lei S. Qi et al.  

(上のグラフィックス:円の中心はコロナウイルスの種類、内側の円はPAC-MANが有効なコロナウイルス、外側の円はパンデミックとなったコロナウイルスで赤色の部分が新型コロナウイルスを示す。)

CRISPRのデリバリー手法

この研究ではPAC-MANを新型コロナウイルス患者の肺細胞にどのような手法で送り届けるかも重要なテーマとなる。新型コロナウイルスは肺細胞に感染し増殖するが、PAC-MANをここにデリバリーすることは容易ではない。この研究に関しては、Molecular Foundryの技術が使われた。Molecular Foundryとは国立研究所「Lawrence Berkeley National Laboratory」の組織でライフサイエンス分野のナノテクノロジーの研究を進めている。

出典: Illustration courtesy of R.N. Zuckermann, Lawrence Berkeley National Laboratory

Lipitoidというデリバリー方法

CRISPR医療ではcrRNAとCasのパッケージをどのような手段で細胞にデリバリーするかが課題となる。Molecular Foundryは「Lipitoid」の研究を進めており、ここにPAC-MANを搭載し肺細胞に送り届ける。Lipitoidとは人工的に生成された分子で、DNAとRNAで自律的に生成する。このLipitoidの直径は1ナノメートル(10^-9 メートル)でウイルスほどの大きさのナノ粒子(上のグラフィックス、円形の部分)で、ここにPAC-MANを組み込み(緑色の部分)、それを肺細胞へデリバリーする。

開発スケジュール

実際に、2020年4月、肺の上皮細胞(Epithelial cells)を使って、LipitoidによるPAC-MANデリバリーの試験が実施された。次のステップはニューヨーク大学と共同で、動物実験を実施し、新型コロナウイルスへの効果を検証する。このプロセスが上手くいくと、次は規模を拡大して、臨床試験前の実験を進める。

新しいアプローチ

今すぐにCRISPRで新型コロナウイルス感染症の治療ができるわけではないが、今までにないアプローチでその効果が期待されている。特に、インフルエンザにも有効で、多くの患者を救うことができる。更に、コロナウイルスの種類は数が多く、次のパンデミックが懸念されるなか、CRISPRがこれを防ぐ技術になると期待されている。

ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルスを検知、5分で結果が分かり感染対策の切り札として期待される

バイデン次期大統領は政権移行の準備を進め、先週、新型コロナウイルス対策のタスクフォースのメンバーを発表した。就任後はこのチームが司令塔となり、世界最悪とも言われる米国のコロナウイルスと戦うことになる。バイデン次期大統領は、科学と技術を最大限に活用し、都市をロックダウンすることなく、感染を食い止めるとしている。

出典: Melanie Ott et al.

現行のコロナウイルス検知技術

コロナ対策でカギを握るのはウイルスの検知技術で、短時間で正確に判定できる技法が求められている。現在はPCR検査が主流であり、高精度に判定できるものの、結果が出るまでに時間を要す。また、処理量を増やすことが難しく、これらが感染拡大を防げない要因とされる。

CRISPRベースの検査

いま、ゲノム編集技術CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術の開発が進んでいる。ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナ教授らの研究チームは先月、CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術を発表した。この技法を使うと5分間でウイルスを検知でき、感染拡大を防ぐ切り札になると期待されている。

検査キットの概要

検査キットは専用デバイスとスマホから構成され(上の写真、左側)、判定結果はスマホに表示される(上の写真、右側)。採取した検体をサンプル容器にいれ、それを専用デバイス(箱型の部分)に装着する。ここにレーザー光を照射し、これを専用デバイス上のスマホカメラで読み取る。新型コロナウイルスを検知するとサンプルは緑色に発光し、陽性であることを示す。また、光の強度はウイルスの数を示し、陽性判定だけでなく、検体の中のウイルスの量を把握できる。このキットは病院や会社などで使われ、現場でリアルタイムに感染状況を把握できる。

CRISPRで検知する仕組み

検査キットはCas13aとcrRNAを使い、新型コロナウイルスに特有のRNA配列を検知する(下のグラフィックス)。検査キットにはマーカー(Reporter RNA)が入っており、ウイルスのRNAを検知するとCas13aがその周囲のマーカーを切断する。マーカーが切断されると蛍光物質が放出され、ここにレーザー光線を照射すると発光する。この光を検知することでウイルスの存在を把握する。

出典: Melanie Ott et al.

感染対策の決め手

CRISPRベースの検査キットは既に使われているが、検査結果が出るまに1時間かかり、更なる改良が求められていた。ダウドナ教授らの研究チームはこれを大幅に短縮し、5分で結果を得ることに成功した。また、この方式はウイルスの量が少なくても検知できるとしている。新型コロナウイルスに感染した直後は、ウイルス量が少なく検知が難しいが、この方式はこれを解決した。短時間で高感度でウイルスを検知でき、感染対策の切り札として期待されている。

[米国における新型コロナウイルス検査方法]

新型コロナウイルスの検査の種類

新型コロナウイルスの検査ではPCR検査と抗原検査が普及している。PCR検査はウイルスのRNAの断片を検知することで感染を把握する。抗原検査はウイルスを特徴づける抗原(タンパク質)を検知し感染を把握する。ここにCRISPR検査が加わった。CRISPRベースの検査では、ウイルスを特徴づけるRNAの断片を遺伝子編集の手法で把握する。

PCR検査

ウイルス検査ではPCR検査(RT-PCR、Reverse transcription polymerase chain reaction)が標準手法で、高精度で判定でき幅広く使われている。PCR検査は20年の歴史があり、新型コロナウイルス以外でも標準検査として定着している。一方、PCR検査は特殊機器を備えた施設で実施され、検査結果がでるまでに数日かかる。医療現場で手軽に検査できないことが課題となっている。

高速PCR検査

この問題を解決するため、PCR検査を高速で処理するキットが開発された。これはAbbottが開発した「ID Now」で(下の写真)、アメリカ食品医薬品局はこれを医療機器として認可した。検体を採取して15分ほどで結果がでることから注目を集めた。トランプ大統領が記者会見でID Nowを推奨したことで有名となった。一方、ID Nowは検査精度が高くなく、利用法が難しいことが指摘される。実際に、大統領や高官が相次いでウイルスに感染し、検知精度の限界が明らかになった。

出典: Abbott

抗原検査

抗原検査キットは多くの企業から販売されている。Abbottは「BinaxNOW」というブランドで販売している(下の写真)。特殊な機器は不要で短時間で結果がでるため容易テストとして使われている。抗原検査はPCR検査に比べ精度は低く、また、偽陰性(陽性を陰性と判定)と判定されるケースが多い。

出典: Abbott

CRISPR検査

マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く新興企業Sherlock BioSciencesはCRISPRベースの新型コロナウイルス検知キットを開発した。これは「Sherlock CRISPR SARS-CoV-2 Kit」と呼ばれ、アメリカ食品医薬品局が認可した最初の製品となった。この基礎技術はマサチューセッツ工科大学のFeng Zhang教授らにより開発され、技術改良が進んでいる。

出典: Sherlock BioSciences