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フェイスブック個人情報の不正使用問題、Cambridge Analyticaとはどんな企業か、大統領選挙への影響はあったのか

Facebook利用者の個人情報が不正に使われ、情報管理の責任が厳しく問われている。この疑惑の中心は英国のCambridge Analyticaというベンチャー企業で、5000万人の個人情報を不正に入手した疑いがもたれている。Cambridge Analyticaはこれら個人情報をAIの手法で解析し、米国大統領選挙に影響を与えたとされる。

出典: Google

Cambridge Analyticaとは

Cambridge Analyticaはロンドンに拠点を置くベンチャー企業で、データサイエンスの手法で消費者や有権者のパーソナリティを把握する技術を開発 (上の写真、本社ビル)。二つのソリューションを提供しており、広告企業には消費者を対象としたターゲティング広告を、選挙関係者には有権者を解析する選挙ツールを提供する。Facebook個人情報が有権者の政治指向を把握するために使われたと疑われている。

Psychographic Analysisという技法

消費者や有権者を解析する際に「Psychographic Analysis (心理解析)」と呼ばれる技法が使われる。これは、個人の性格を把握しグループ化する手法で、Facebookプロフィール情報を使って、利用者の性格特性を導き出す。具体的には、利用者がLike Button (いいね!ボタン) を押した情報でパーソナリティを把握することができる。

モデルを応用すると

このモデルを使うとアルゴリズムは、画家のダリ (Salvador Dalí) が好きな人は開放的な性格で、ジョギングを趣味とする人は几帳面な性格と判定する。また、アニメや漫画が好きな人は社交的でないと診断する。これを選挙に応用すると様々な知見を得ることができる。このモデルは共和党支持者と民主党支持者を正確に判定できる。更に、共和党支持者のなかで、閉鎖的で心配性な有権者を特定することができる。アルゴリズムはこのグループが低学歴で高齢の男性の共和党支持者と推定する (トランプ大統領のコア支持者層を示す)。Psychographic Analysis はLike Buttonを押すパターンとパーソナリティの間には強い相関関係があることを示している。

Psychographic Analysisとは】

ベースとなる研究論文

この技法のベースとなる理論は、ケンブリッジ大学心理学部 (Department of Psychology, University of Cambridge) とスタンフォード大学コンピューターサイエンス学部 (Department of Computer Science, Stanford University) が共同で開発した。この手法を使うとLike Buttonデータをアルゴリズムに入力すると、被験者のパーソナリティを5つの要素で推定する。人間のパーソナリティは五つの要素で構成され、それぞれ、Openness(開放性)、Conscientiousness(良心的)、Extraversion(外交的)、Agreeableness(協調性)、Neuroticism(不安感) となる。これらがどんな比重で構成されるかで人の性格が決定づけられる。

出典: Michal Kosinski et al.

Personality Test

両大学はPsychographic Analysisについて論文「Computer-based personality judgments are more accurate than those made by humans」でその手法を発表した。この手法は被験者のパーソナリティをFacebookのLike Buttonから判定する。最初に、被験者 (70,520人) がPersonality Test (性格診断テスト) を受け、性格を判定する。性格は上述の五つの要素で構成され、Personality Testによりそれぞれの重みが決まる (上のグラフィック、左端)。

Facebook Likes

次に、これら被験者の Facebook個人プロフィール情報を参照する。Like Buttonを押した対象 (例えばRunning、Ford Explorer、Barak Obamaなど) を把握し、被験者がどの項目に興味を示しているかを掴む (上のグラフィック、左から二番目)。

情報収集方法

これら個人情報を収集するためにアプリ「myPersonality」が開発された。利用者はこのアプリでPersonality Testを受け自分の性格を知ることができる。また、利用者の許諾のもと、アプリはLike Buttonが押された情報を収集する。これらの情報は学術研究のためだけに利用された。

機械学習の手法

Personality TestとLike Buttonの情報が集まると、次に、これらデータ間の関連性を機械学習 (Linear Regression) の手法で導き出す。パーソナリティといいね!ボタンの関連性を定義する変数を導き出す。例えば、外向性が強い人は、Running、Ford Explorer、Barak Obamaなどの項目をどんなパターンで好むかを算定する (上のグラフィック、左から三番目)。

モデルで判定

決定したモデルを使って実際の判定を実施する。Personality Testを受けていない被験者のLike Button情報をこのモデルに入力すると、個人のパーソナリティを判定する。上述の五つの構成要素がどの割合であるかを推定する (上のグラフィック、右端)。このモデルはLike Button情報だけで、その人物の性格を推定できることを示している。

モデル開発を開始

Cambridge Analyticaは米国大統領選挙に先立ち、モデルを開発するために、Psychographic Analysisを開発したケンブリッジ大学にコンタクトし協力を求めた。しかし、賛同をえることができず、この研究に詳しい同大学のAleksandr Kogan教授に支援を求めた。Kogan教授は上述の手法をベースにモデルを開発した。

5000万人の個人情報を収集

Kogan教授は上述「myPersonality」を模した性格診断テストアプリ「thisisyourdigitallife」を開発し、Facebook利用者27万人がこれを利用した。利用者はこのアプリで自分のパーソナリティを知ることができる。同時に、アプリは個人情報にアクセスすることを求め、プロフィールデータが収集された。更に、アプリは利用者の友人のプロフィール情報にもアクセスし、Kogan教授は5000万人分の個人情報を入手した。このデータに対しPsychographic Analysisの手法で解析を実行し、3000万人のパーソナリティを推定した。

個人情報を不正に提供

Kogan教授はこれらの情報をCambridge Analyticaに提供したとされる。その当時、Facebookは利用者の許諾を得ると、第三者が個人情報を収集することを認めていた。しかし、収集した情報を他人に渡すことは禁じていた。ここが問題の核心部分で、Facebookの規定を逸脱し、Cambridge Analyticaは個人情報を不正に受け取った。Cambridge Analyticaはこれを否定しているが、英国政府はデータ不正使用の容疑で捜査を開始した。

個人情報はどう使われた

Cambridge Analyticaに渡された個人情報がどのように使われたかについては明らかになっていない。Psychographic Analysisを選挙戦に適用すると、Like Buttonが押された情報から、有権者のパーソナリティを把握できる。ひいては、有権者の政治的指向を把握でき、最適なキャンペーンを展開できる。

出典: Reuters

有権者の弱点を突く

この問題を告発した元社員Chris Wylie (上の写真、英国議会での公聴会) は、このモデルを米国大統領選挙にどう適用したかについて証言した。このモデルは有権者の精神的な弱点を洗い出すことを目的としていた。更に、この弱点を刺激するフェイクニュースをターゲティング送信することで、有権者を特定方向に向かわせ、トランプ候補への投票を促すとしている。ただ、Wylieは、モデルを運用するプロセスには関与しておらず、実際にどう活用されたかは分からないとも述べている。

効果を疑問視する声も

Psychographic Analysisは既にターゲティング広告で使われており、消費者のパーソナリティを把握し最適な広告メッセージが配信されている。Netflixは視聴者が好むであろう映画を推奨するためにこのモデルを使っている。一方、この手法が有権者にどれだけインパクトを与えるかについては疑問視する声が多い。有権者の心を動かすのは難しく、Cambridge Analyticaが大統領選挙に及ぼした影響は限定的であるとの見方が大勢を占めている。

Facebookの責任は重大

大統領選挙への影響のあるなしにかかわらず、Facebookは個人データ管理の責任を厳しく問われている。Facebookは個人情報保護対応を進めており、プロフィール設定方式を分かりやすくした。今までは、個人情報設定は20画面に分散していたが、これを1つの画面に集約し、情報管理を容易にした。また、Facebookは第三者機関が生成する解析データの提供を中止した。データ解析企業ExperianやAcxiomなどがオフラインデータを解析し、これを広告主に提供しているが、これを停止すると発表した。

真相究明

Cambridge Analyticaは米国大統領選挙だけでなく、英国Brexit国民投票で離脱派の解析ツールとしても使われた。多くの識者は同社の影響力を疑問視するが、国民世論がデータ解析で操作されているとの感触はぬぐい切れない。Cambridge Analyticaが不正にデータを受け取り、大統領選挙に影響したのか、真相解明は今後の捜査を待つことになる。

AIが人の死亡時期を予測する、医師より正確で終末期医療で使われる

Deep Learningで人がいつ死ぬかを正確に予測できるようになった。アルゴリズムに医療データを入力すると、医師より正確に患者の死亡時期を算出する。AIに余命を宣告されるのは違和感を覚えるが、病院ではこれが重要な情報となる。

出典: Stanford Medicine

スタンフォード大学の研究

スタンフォード大学の研究チームは入院患者の余命をDeep Learningで予測する研究成果を発表した。論文「Improving Palliative Care with Deep Learning」によると、アルゴリズムは患者の余命を93%の精度で予測する。この研究成果は終末期医療を上手く運営するために使われる。現在は医師が終末期医療が必要な患者を選び出すが、余命を長めに推定する傾向が強く、多くの患者がケアを受ける前に亡くなっている。

Palliative Care

スタンフォード大学大学病院 (上の写真) は終末期医療を提供している。これはPalliative Care (パリアティブ ケア) と呼ばれ、余命一年以内の患者を対象とし、治療を進めるとともに本人の意思を尊重し、苦痛や不安を和らげる処置も取られる。Palliative Careは患者とその家族の生活の質を向上させることを目的にしている。

ケアを受ける患者

大学病院はPalliative Careを運営するものの、この治療が必要な患者を上手く特定できないという問題を抱えている。このケアが必要な患者とは余命が3か月から12か月の患者と定義している。このケアを受けるには前準備で3か月かかり、また、12か月を超えてケアを継続するには医師やナースの数が足らない。

医師による余命の算定

このため、担当医師が余命が3か月から12か月の患者を特定し、Palliative Careに移管する仕組みとなっている。しかし、多くのケースで担当医師は患者の余命を長めに予測する。そのため、患者の多くはPalliative Careを受けることなく死亡する。医師は患者の電子カルテのデータを参照し、今までの経験から余命を推定する。人間としての定めなのか、余命の算定は長めになる場合が多い。

患者データとアルゴリズム

このような背景のもとでDeep Learningによる余命算定の研究が進められた。アルゴリズム開発で、スタンフォード大学病院の患者データベース「Stanford Translational Research Integrated Database Environment」が使われた。これは患者の電子カルテ情報を集約したもので、アルゴリズム教育と検証に使われた。患者医療データをアルゴリズムに入力すると、死亡時期を算定する。具体的には、Deep Learningモデルは、患者が3か月から12か月以内に死亡するかどうかを判定 (Binary Classification) する。

アルゴリズム教育

アルゴリズム教育のために221,284人の患者のデータが使われた。この中には3か月から12か月の間に亡くなった患者(15,713人)と、12か月を超えて生存した患者(205,571人)が含まれている。これらのデータを使ってDeep Learningアルゴリズムを教育し、その結果が検証・試験された。

出典: Nigam H. Shah et al.

ネットワーク構造

アルゴリズムはDeep Neural Networkで、入力層と中間層 (18段) と出力層から成る。入力層は13,654のディメンション (13,654種類のデータを入力) で、出力層はスカラーで3-12か月の間に死亡する・しないを判定する。ネットワーク構造はトライアルエラーの方式で多くのモデルが試された。これはHyper-Parameter検索と呼ばれ、ネットワークの基礎となる構造 (ネットワークの段数やアクティベーションファンクションの種類など) を決めていく。

アルゴリズムの評価

完成したアルゴリズムは様々な角度から評価された。対象となる患者を判定する精度 (AUC) は0.93で (上の写真)、100人の患者を選ぶと93人が正しいということになる。また、評価指標として「Precision Recall」を示している。アルゴリズムのPrecision (精度) が0.9の時、Recall (範囲) は0.34をマークした。アルゴリズムの精度が0.9のとき、全対象患者の0.34をカバーするという意味になる。アルゴリズムは精度が高く病院で使えることを示している。

アルゴリズムの判定メカニズム

この研究ではアルゴリズムの精度だけでなく、アルゴリズムが判定した根拠を解析する試みが行われた。複雑な構造のネットワークを直接解析するのは難しいので、入力するデータのパラメーターを変更することで、アルゴリズムが判定した根拠を導き出した。つまり、アルゴリズムのブラックボックスを開けて、その仕組みを垣間見たことになる。

医学的な根拠は

入力データのパラメータを変更することで、患者の生存率を判定する要因を導いた。入力データの種類は、病状だけでなく、治療措置や検査回数など幅広い情報を含む。その結果、アルゴリズムが死亡時期を判定するときに重視した項目は、膀胱腫瘍、前立腺腫瘍、病理検体摘出措置、放射線検査回数などとなる。病気の種類で余命が決まることは直感的に理解できるが、アルゴリズムは病理検体が抽出されることやMRI検査などの回数から死亡時期を算出した。これ以上の説明はないが、MRI検査を頻繁に受けることは、ガンが転移していることの傍証になるのかもしれない。

米国でPalliative Careが広がる

米国内で多くの病院がPalliative Careの導入を進めている。2008年には病院の53%がこのケアを提供していたが、2015年には67%に増加している。Palliative Careを提供する病院が増えているものの、必要な患者の7-8%しかこのケアを利用していないという統計もある。このギャップは病院側のリソース不足に加え、上述の通り、担当医師が対象となる患者を正しく判定できないという問題がある。このため、Deep Learningなどテクノロジーの果たす役割が期待されている。

Apple WatchとAIを組み合わせ病気を判定、心拍数をニューラルネットで解析し心臓疾患と糖尿病を検知

Apple Watchは健康管理のウエアラブルとして人気が高い。Apple Watchは心拍数や歩行数を計測でき、日々の運動量を知ることができる (下の写真、一日の心拍数の推移)。いま、これらのデータをAIで解析し、病気を検知する研究が進んでいる。心臓疾患や糖尿病を高精度で検知でき、Apple Watchの役割が見直されている。消費者グレードのウエアラブルでも、AIと組み合わせれば医療機器になることが分かってきた。

出典: Apple

心拍数から病気を判定

この研究はCardiogramとカリフォルニア大学サンフランシスコ校 (UCSF) が共同で実施している。Cardiogramはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業で、Apple Watchで測定した身体データを解析し、健康管理のためのアプリを提供している。UCSFはスマホなどを使い心臓疾患を予知し、病気発症を予防する研究「Health eHeart Study」を展開している。両者が共同し、Apple Watchで計測したデータをAIで解析することで、不整脈を検知できることを証明した。更に、同じ手法で、糖尿病、高血圧症、不眠症を検知できることを公表した。

DeepHeartアルゴリズム

Apple Watchは搭載しているセンサーで心拍数や歩行数などを測定する。Cardiogramはこれを解析するニューラルネットワーク「DeepHeart」を開発した。Apple Watchで収集した身体データを入力すると、DeepHeartは不整脈の一種である心房細動 (Atrial Fibrillation) を検知する。臨床試験の結果、97%の精度で心房細動を検知できたとしている。

糖尿病などの検知

これに続き、DeepHeartを使って糖尿病や高血圧症などを検知する研究が進められた。研究結果は論文「DeepHeart: Semi-Supervised Sequence Learning for Cardiovascular Risk Prediction」として公表された。これによると、Apple Watchで収集するデータをDeepHeartで解析することで、糖尿病、高血圧症、不眠症を検知することに成功。この研究では、14,011 人の被験者の2億件のデータが使われた。更に、UCSFの協力を得て、大学病院でこれら被験者を検査し医療データを収集した。

アルゴリズムの精度

Apple Watchで計測したデータと医療データを使いDeepHeartアルゴリズム (下の写真) を教育した。この結果、DeepHeartは85%の精度で糖尿病を判定する。また、不眠症は83%の精度で、高血圧症は81%の精度で判定できる。従来から、心拍数とこれらの病気の関係について、機械学習を使った研究が進んでいるが、DeepHeartはこれらに比べ精度が大幅に改善された。

出典: Johnson Hsieh et al.

DeepHeartのネットワーク構造

DeepHeartはConvolution層 (上の写真、下から二段目、シグナルを解析) とLSTM層 (上の写真、下から三段目、時間に依存するデータを解析) を組み合わせた構造をとる。このネットワークにApple Watchで収集したデータを時間ごとに入力する (上の写真、最下段)と、病気の有無を判定する (上の写真、最上段)。具体的には、時間ごとの歩行数と心拍数を入力すると、アルゴリズムはそれぞれのタイムステップで心房細動、糖尿病、高血圧症、不眠症の症状があるかどうかを判定する。

AIのスイートスポット

医療分野はAIとの相性が良く、患者のデータをニューラルネットワークで解析することで、様々な知見を得ることができる。このため、医療分野でAIの導入が急進し、ここがAIのスイートスポットとなっている。

医療データが少ない

しかし、医療分野独特の問題点も抱えている。それは、医療分野ではアルゴリズム教育に使うデータが極めて少ないことだ。DeepHeartの研究では、1万人余りの被験者が大学病院で問診に回答する形でデータを提供した。つまり、DeepHeartは1万件という少ないデータで病気を検知することが求められた。これに対し、画像認識アルゴリズム (Google Inceptionなど) を開発する際は100万件を超える教育データがそろっている。医療分野では数少ないデータでアルゴリズムを教育する技法が求められる。

Semi-supervised Sequence Learning

このためDeepHeartの開発で「Semi-supervised Sequence Learning」という技法が用いられた。これはネットワークを「Sequence Autoencoder」としてプレ教育する技法である。 Sequence Autoencoder (下のダイアグラム) とは、Recurrent Network (時間に依存する処理、下のダイアグラムの箱の部分) で構成されるネットワークで、入力シークエンス (左半分) を読み込み、その結果をベクトル量としてパラメータに格納する。次に、学習したパラメータから、ネットワークは入力シークエンスを再現 (右半分) する。具体的には、言葉の並び (W, X, Y, Z, eos) をSequence Autoencoderに入力すると、ネットワークはその順序を学習し、それに従って言葉の並びを出力する。

出典: Andrew M. Dai et al.

DeepHeartをプレ教育する

研究では、DeepHeartをSequence Autoencoderとしてプレ教育し、獲得したパラメータをネットワークの初期値として使った。こうすることでの教育プロセスが効率化され、少ない医療データでDeepHeartを教育できる。医療データが1万件と少なくても、DeepHeartの判定精度を高めることができた。

医学的な根拠

そもそも心拍数が糖尿病や高血圧症や不眠症とどう関係するのか、医学の観点からの研究も進められてきた。心臓は神経細胞を通し、多くの臓器とつながっている。このため、HRV (Heart Rate Variability) と病気の間に関係があると指摘されている。HRVとは心拍リズムの乱れを示す指標である。人は落ち着いている時は心拍リズムは一定でなくHRVは高い。しかし、ストレスがかかると心拍数が上がり、心臓が規則正しく鼓動しHRVが低くなることが分かっている。

心拍リズムと糖尿病

このためHRVと病気の関係についての研究が進められてきた。HRVと糖尿病の関係は「Diabetes, glucose, insulin, and heart rate variability: the Atherosclerosis Risk in Communities (ARIC) study」として発表されている。この論文はHRVの低下と初期の糖尿病の間に関係があると結論づけている。Cardiogramはこの研究成果に基づきDeepHeartを開発した。

ロードマップ

DeepHeartはApple Watchで計測するデータを使い、不整脈、糖尿病、高血圧、不眠症を検知できることを証明した。Cardiogramは次のステップとして、これら疾病を検知した利用者に対し、治療法を提示することを計画している。アプリは病気の症状があることを検知すると、これら患者に対し、医療機関で証明された対処方法を提示す。アプリが病院の医師に代わり診断し、対処療法を示す構想を描いている。

出典: VentureClef

Apple WatchとAIの組み合わせ

Apple Watchは人気のウエアラブルであるが、売り上げ台数は当初の見込みを下回っている。理由はセンサーの精度が高くないことで、Apple Watchの健康管理機能は限定的との評価が広がっている。(上の写真、Apple Watchで測定した筆者の心拍数、一目でエラーと分かる箇所が多い。) しかし、Apple WatchにAIを組み合わせることで、病気を高精度で検知できることが示された。Apple Watchで糖尿病と診断されるのは怖いが、早期に病気の兆候を見つけ、病気を克服するという使い方もでてくる。AIを組み合わせることでApple Watchの役割が大きく変わり、医療デバイスとして再出発する気配を感じる。

次期大統領選挙の争点はベーシックインカム、AIに仕事を奪われる大失業時代の政策が問われる (2/2)

AIの急速な進化で自動化が進み、労働者の職が奪われるケースが急増している。アメリカ経済は成長を続けるが、富が富裕者層に局在し、社会格差が広がっている。2015年には米国製造業で400万人が職を失い、2030年には全労働者の1/3が失業するといわれている。資本主義の矛盾をどう解決すべきか、ベーシックインカムの議論が広がっている。2020年の大統領選挙ではベーシックインカムが重要な争点となりそうだ。更に、失業を生み出すAI企業の責任も問われることになる。(前半から続く)

出典: Google

シリコンバレーで賛同が広がる

シリコンバレーでもベーシックインカムの議論が活発になっている。この背景には、ハイテク企業が生み出すAIが労働者の雇用を奪う大きな要因となり、企業経営者はその責任の一部を負うべきとの考え方があるためだ。ハイテク企業経営者を中心にベーシックインカム導入を支持する声が高まり、シリコンバレーでその実証試験が始まった。ベーシックインカムが問題を解決する切り札になるのか、データサイエンスの手法でその検証が始まった。

オークランドでの実証実験

著名ベンチャーキャピタルY Combinatorはベーシックインカムの予備試験を実施した。サンフランシスコ対岸のオークランド (上の写真) で100家族を選び、毎月1000ドルの現金を支給した。受給者は受け取ったお金を自由に使うことができる。予備試験は2016年9月から2017年末まで実施された。

全米で本試験を実施

この予備試験に続き、Y Combinatorは規模を拡大した本試験を展開する。二つの州で1000人を選定し、今年から5年にわたり毎月1000ドルを支給する。このグループと受給を受けない一般のグループを比較し、受給者の行動特性や健康状態を解析する。具体的には、受給者の時間の使い方、健康管理、財政状況、意思決定のパターン、政治に関する偏向などを調査する。これらの情報がベーシックインカムを制度化するための基礎データとなる。

実証試験の意味

Y Combinatorがこのプログラムを実施する理由は社会システムの歪みを補正するため。米国において貧困者層が急増し、中間層が減少し、社会格差が拡大している (下のグラフ、富裕層10%がその他90%の収入を上回る)。これにより米国で政治対立が先鋭になり (極右団体と極左団体の拡大)、地域社会が分裂する (ジェントリフィケーション) など、社会全体が不安定になっている。

出典: Y Combinator / Piketty, Saez, Zucman (2016)

ベーシックインカムを科学的に分析

AIを中心にテクノロジーがこの流れを加速している。このため社会格差を緩和するためにベーシックインカムの議論が高まっている。しかし、その有効性を議論するための科学的なデータはなく、施策は進んでいないのが実情である。このプログラムの目的はベーシックインカムを科学的に解析し基礎データを収集することにある。

ストックトンでも実証実験が始まる

シリコンバレー郊外のストックトンはベーシックインカムの導入を決定し、試験運用が間もなく始まる。同市は長年にわたる財政規律の緩みで、2012年に財政破産を宣告した。今は新市長のもとで、革新的手法を取り入れ、経済の立て直しを図っている。この一環で、市は2018年8月から、ベーシックインカム研究プログラムを開始する。100人の市民を選び毎月500ドルを3年間支給する。研究プログラムの目的は、受給者の生活や健康を追跡調査することで、これら基礎データがベーシックインカムを制度として導入する際の参考情報となる。

ベーシックインカム研究所

この研究プログラムは非営利団体「Economic Security Project」と共同で実施されている (下の写真)。この団体はFacebook創設者のひとりChris Hughesが設立し、ベーシックインカムの基礎研究を担っている。Economic Security ProjectはAIによる自動化やグローバリゼーションが社会格差を生んでいると認識する。米国経済は好調で巨大な富が蓄積されるが、低所得者層はその恩恵にあずかることができない。中間層は上に昇ることができず、将来への不安が高まる。この問題を解決するためにベーシックインカムの手法が有効であるかどうかを研究する。

出典: Stockton Economic Empowerment Demonstration

アメリカ国民の意見

社会格差が拡大する中、AIやベーシックインカムを米国人はどう受け止めているのか、興味深い調査結果が発表された。これはGallupとNortheastern Universityの共同研究で、アメリカ人成人3,297人へのアンケート調査を解析した結果である。これによると、米国人はAIに対して好意的な印象を持っている(76%)。しかし、同時にAIの導入により職が奪われるとも感じている(73%)。米国人はAIをポジティブに評価しているものの、同時に、AIが仕事を奪うと懸念している姿が浮かび上がる。

AI企業の責任

ベーシックインカムについては、アメリカ人の半数 (48%) が必要と考えている。AIに仕事を奪われるため、ベーシックインカムがセーフティーネットとして必要であると考える。しかし、ベーシックインカムの財源をどこに求めるかについては際立った特徴を示している。増税などによる国民への負担が増えることには反対で、多くの人 (80%) はAIで利益を得たハイテク企業が負担すべきと考えている。AI企業は失業対策で大きな社会的責任を持つべきとの考え方が主流となってきた。

Facebookは導入を支持

この流れを肌で感じているシリコンバレー経営者はベーシックインカムの必要性を相次いで表明している。Facebook最高経営責任者Mark Zuckerbergは講演の中で、ベーシックインカムの導入が必要との考えを示した。Zuckerbergは社会の新ルールを作る必要があるとし、人は収入ではなく仕事の意味で評価されるべきとの持論を展開。新社会では仕事に失敗しても生活できる社会構造が必要と述べ、ベーシックインカムの導入を支持している。

Microsoftはユートピア論を展開

Microsoft創設者Bill GatesはAIの社会に及ぼすインパクトに関し特異な見解を持っている。世界経済フォーラムの会場でこれを表明した (下の写真)。AIは既に社会に入りこみ、多くの人の職を奪っている。しかし、AIは人間より効率的に仕事をこなし、多くの富を生みだしている。これにより人間は労働時間を減らすことができ、空いた時間を好きなことに費やすことができる。つまり、GatesはAIは人間にユートピアを提供すると予測している。

出典: CNBC

理想郷にソフトランディングするために

同時に、AIは社会に浸透する速度が速く、世の中がこの流れに追随できないことが問題だと指摘する。このため、政府は社会保障制度を見直しベーシックインカムを導入し、失業者を再雇用するための教育プログラムの拡充も求められる。政府の施策が上手く機能し、近未来のAI社会にソフトランディングできれば、我々の未来は明るいとしている。

トランプ政権は無関心

トランプ政権はベーシックインカムを支持すると期待されていたが、それとは逆の方向に進んでいる (下の写真)。そもそもトランプ政権はAIやロボットの導入で失業者が増えるとの認識は薄い。米国製造業の雇用はメキシコや中国などが奪うとの信念に基づいて政策が立案されている。このためNAFTAやTPPから脱退し、各国と契約条件の見直しを進めている。AIやベーシックインカムに関する議論はなく、政策で真空状態が続いている。米国では連邦政府に代わり、上述の通り、地方政府やハイテク企業がこの政策をリードしている。

AIでどれだけの職が失われるか

では、AIやロボットなど自動化技術の導入でどれだけの職が奪われるのか、多くの統計データが公表されている。世界経済フォーラムは2020年までに710万人の職が失われ、200万人の職が生み出されるとみている。McKinseyは2030年までに失われる職の数を最大8億人と推定。独立系メディアMother Jonesは、2040年までに全職業の半数がAIに置き換わり、2060年までにすべての仕事はAIに置き換わると予測している。ブルーカラー労働者だけでなく、医師、新聞記者、会社経営者、科学者、芸術家など全職業がAIに取って代わられる。

出典: White House

AI企業の新たな使命

多くのシンクタンクが予測するように、AIによるインパクトは甚大で、大失業時代が到来する。これに備えてベーシックインカムの議論が進み、実証実験による科学的な検証が始まった。同時に、失業を生み出すAI企業の責任をどう査定するかの議論も始まった。温暖化ガスを排出する企業に税金を課すように、失業を生み出すAI企業へ応分の負担を求めることが国民世論となってきた。既に多くのAI企業は良き市民として社会責任を果たすべく活動を展開している。今後は、社会格差や失業問題への対応求められ、これらがAI企業の新たな使命となる。

次期大統領選挙の争点はベーシックインカム、AIに仕事を奪われる大失業時代の政策が問われる (1/2)

AIの急速な進化で自動化が進み、労働者の職が奪われるケースが急増している。アメリカ経済は成長を続けるが、富が富裕者層に局在し、社会格差が広がっている。2015年には米国製造業で400万人が職を失い、2030年には全労働者の1/3が失業するといわれている。資本主義の矛盾をどう解決すべきか、ベーシックインカムの議論が広がっている。2020年の大統領選挙ではベーシックインカムが重要な争点となりそうだ。更に、失業を生み出すAI企業の責任も問われることになる。

出典: yang2020

ベーシックインカムとは

ベーシックインカム (Universal Basic Incomeと呼ばれる) とは、社会保障の一種であるが、従来の失業保険などとは異なり、全ての国民に一律にお金を支給する制度を指す。受取のための条件はなく、毎月一定額の金額が支給される。受け取ったお金の使途の制限も無く、受給者が自由に使うことができる。ベーシックインカムの構想は50年ほど前から議論されてきたが、AIによる失業問題が拡大する中、再び注目されている。

大統領選挙に向けた動き

トランプ大統領が就任して一年余りたつが、既に次期選挙に向けた動きが活発化している。民主党 (Democratic Party) からは起業家のAndrew Yangが立候補を表明した。Yangは自動化による失業者を救済することを公約のトップに掲げキャンペーンを展開している (上の写真)。大失業時代の対策としてベーシックインカムの導入が必要であると主張する。

毎月1000ドル受け取る

Yangは選挙サイトにベーシックインカム導入の意味やその具体的な政策を示している。それによると、毎月1000ドルを18歳から64歳までの米国国民に一律に支給する。支給条件はなく、収入に関わらず誰でも毎月1000ドルを受け取る。生活保護を受けている人は、これを延長するか、又は、ベーシックインカムを選択できる。65歳以上は国民年金 (Social Security) を受け取ることになる。国民医療保険 (MedicareとMedicaid) はそのまま存続する。これ以外の保護政策はなく、月額1000ドルがセーフティーネットとなり生活を下支えする。

ベーシックインカムが必要な理由

AIやロボットの導入で米国製造業で既に400万人の職が失われた (下の地図、赤い部分Rust Beltに集中している)。自動運転車の導入でトラック運転手350万人の職が失われると予測される。Yangは単純労働作業や危険な職種は自動化すべきだとし、AIやロボットが社会に入ることを歓迎している。一方、これによる失業者が最低限の生活をするために、ベーシックインカムを導入する。更に、失業を生み出すAIやロボット企業は応分の負担をすべきだと考えている。

出典: Wikipedia

財源をどこに求めるか

ベーシックインカムを導入すると年間2兆ドルの歳出となり、米国国家予算 (4.1兆ドル、2018年度予算教書) の半分を占める。Yangはベーシックインカムの財源をValue-Added Tax (VAT、付加価値税) に求めるとしている。米国で新たにVATを導入し税率を10%とする。VATとは企業が生み出す製品やサービスに課税する税で、企業は税を回避することが難しくなり、公平に課税できる点が評価される。欧州では幅広く導入されているが、米国では使われておらず、地方政府がSales Tax (売上税) として徴収している。

効果はあるのか

最低の生活が保障されると人は働かなくなるとの議論があるが、Yangはベーシックインカムを導入することで勤労意欲が増すとしている。現在の社会保障制度は受給者が収入を得ると支給が停止され、これが勤労意欲を減らす原因と指摘する。ベーシックインカムは収入に関係なく一律に支給され、最低限の生活ができ、仕事が見つかると収入が増える。また、大学で学びなおし新しいキャリを目指す人も増える。更に、起業家のように独立して事業を始める人が増えるとも述べている。

オバマ大統領などが支持

多くの政治家がベーシックインカム導入を積極的に検討している。オバマ前大統領は在任中、AIやロボット開発を推進したが、同時に、これにより富が富裕層に局在することを懸念していた。今後、10年から20年後には、お金を配布する仕組みの導入が必要と述べ、ベーシックインカムの導入が必須であるとの見方を示した。ヒラリー・クリントン候補は大統領選でベーシックインカム導入を公約とはしなかったが、この仕組みに共感していたと伝えられる。

(後半に続く)