Verizonは5G通信網を使った企業向けシステムを公開、UPSと共同で商品宅配コネクティッド・ドローンを開発

電子機器の展示会CES 2021は、今年はすべてデジタルで開催された。基調講演ではVerizon CEOのHans Vestbergが5Gの最新技術とそれをベースとする企業向けソリューションを公開した(下の写真)。5Gが生活の中に入ってきたが、なかなかそのメリットを実感できないため、Verizonは「5G Just Got Real」というキャンペーンを展開し、ビジュアルにその威力をアピールしている。CESでは、5Gの大容量・低遅延時間通信を体感できる様々なソリューションが公開された。

出典: Verizon

コネクティッド・ドローン

Verizonはドローン開発会社Skywardを有し、通信網に接続したコネクティッド・ドローン(Connected Drones)を開発している。両社は配送大手UPSのドローン部門UPS Flight Forwardと提携し、ドローンによる商品デリバリーシステムを開発した。2019年に、連邦航空局(Federal Aviation Administration)よりドローン運行の認可を受け、4G LTE通信網による運用を開始した。

Gネットワークでの実証試験

現在は、Verizonの5G高速通信サービス「5G Ultra Wideband」をベースとするドローン配送サービスをフロリダ州ザビレッジーズにおいて実証試験を進めている。ドローンは配送のラストマイルを担い、UPSの配送車両から離陸し、目的地に商品を配送する(下の写真)。ドローンは車両の屋根にドッキングし、スタッフが車両内から荷物を装着する仕組みとなる。

出典: Verizon

Skywardの概要

Verizonの子会社Skywardはオレゴン州ポートランドに拠点を置く企業で、ドローンを商用運行するためのソフトウェアを開発している。UPS Flight Forwardなどの事業者がこのソフトウェアを使って、ドローンの配送ルートを設定し、飛行中は運行状態をモニターする。また、フィールドにおいては、ドローン飛行のためのアプリ「InFlight Mobile App」で機体を制御する(下の写真)。ディスプレイにフライトに必要な情報「Airspace Map」が表示され、フライトできるエリアや建造物などが示される。

出典: Skyward

低遅延時間で高信頼性ネットワーク

商用運行ではドローンが設定されたルートを自動飛行し、それをオペレータが遠隔で制御する(下の写真、UPS Flight Forwardのドローン)。ドローンをリアルタイムで管理するためには、5Gの低遅延で高信頼性のネットワークが必須要件となる。将来は、配送センターが数多くのドローンを一括して運用することになり、多数のデバイスをセキュアに通信できるネットワークが求められる。このゴールに向かって、VerizonとSkywardは5Gによるドローン管理システムを開発している。

出典: Verizon

ロボットを遠隔で運用

Ghost Roboticsはペンシルベニア州フィラデルフィアに拠点を置く企業で、四つ足で歩行するロボット(Quadrupedal Unmanned Ground Vehicles)を使ったソリューションを開発。ロボットは軍事やレスキューなどのミッションで使われ、車両や人間が立ち入れない領域でセンシングすることを目的とする。火災現場でロボットが屋内に入り、がれきの中を歩行し、カメラやセンサーで現場の状況やガス濃度などを計測する。ロボットの運行ではデバイスをリアルタイムに制御し、センシングしたビッグデータを送信するため、Verizonの5Gネットワークが使われる。

出典: Verizon

バーチャル美術館

Verizonはメトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)と共同で仮想展覧会を開発した(下の写真)。この企画は「The Met Unframed」と呼ばれ、スマホで美術館の中を歩き作品を鑑賞できる。メトロポリタン美術館はコンテンツをデジタルで公開しており、これをVerizon 5Gネットワークで送信し、スマホ上のARでインタラクティブに見ることができる。

出典: Metropolitan Museum of Art

(下の写真右端:中世オランダの画家Margareta Havermanの作品「A Vase of Flowers」。その当時、緑色の顔料(Pigment)は無く、Havermanは青色と黄色を混ぜて緑色を作った。しかし、時が経るにつれ、黄色が劣化し緑色が青色に変色した。このため、花の葉は青色をしている。その当時、女性画家はヌードを描くことは認められず、身の回りの情景をモチーフとした。バーチャル博物館でこれらの解説を音声で聞きながら作品を鑑賞する。)

企業向け5Gソリューション

Verizonは5Gで世界のリーダーとして技術開発を進めている。4Gでは一般消費者向けのアプリケーションが中心であったが、5Gでは対象が企業ユーザーとなる。このため、CESではエンタープライズソリューションを中心に、利用者が5Gの恩恵を肌で感じることができるデモを実演した。今年は、企業向けの5Gが本格的に立ち上がる年となる。

Amazonはリストバンド「Halo」を投入、究極の健康管理ウエアラブルでAIが身体とメンタルの状態をモニター

Amazonは健康管理のウエアラブル「Amazon Halo」(下の写真)の出荷を開始した。これはリストバンドタイプのウエアラブルで、身体情報をモニターするセンサーとして機能する。ディスプレイは備えておらず、健康管理に特化したセンサーで、スマホアプリとペアで使う。実際に使ってみると、フィット感は良く、身体やメンタルの状態を把握でき、健康管理デバイスの新しい流れを感じる。

出典: Amazon

Amazon Haloの概要

Amazon Haloは右手または左手の手首に装着し、身体状態をモニターするために利用する。四つの機能を搭載しており、運動量、睡眠の質、声のトーン、及び、体脂肪率を計測する。計測したデータはスマホの専用アプリ「Amazon Halo App」に表示される(下の写真)。スマートウォッチではディスプレイに情報が表示されるが、Amazon Haloは健康管理センサーとしてデザインされ、最小限の機能だけを搭載している。価格は99.99ドルでAmazon Prime会員向けには74.99ドルで販売されている。Amazon Haloはサブスクリプション方式のデバイスで、月額3.99ドルの使用料金を支払う。

出典: Amazon / VentureClef

運動量をモニター

Amazon Haloは運動量をモニターし、体を動かした量をポイントで表示する(下の写真、左側)。一週間に150ポイントを得ることが目標で、その過程がグラフで表示される。1ポイントは1分間に中程度の運動をする量となる(右側)。中程度の運動とは、速足でのウォーキングやほうきで庭を掃除する程度の運動で、医療学会American Heart Associationは一週間に150分の運動を推奨している。Amazon Haloは加速度センサーと心拍数センサーで運動量を算定する。

出典: VentureClef

睡眠の質を測定

Amazon Haloは睡眠の状態を測定し、その質を100点満点のスコアで示す(下の写真、左側)。スコアは睡眠時間と睡眠内容を総合的に評価したもので、70点を下回ると対策が必要となる(右側)。スコアは睡眠時間の他に、寝入るまでの時間、ステージごとの時間、夜中に起きた回数などを加味する。睡眠のステージは「Hypnogram」と呼ばれ、Light、Deep、REMから成る。Lightは浅い眠りで、睡眠時間の半分を占める。Deepは深い眠りで、睡眠の前半に起こる。深い眠りの中で身体の細胞が修復され、健康維持に深くかかわるとされる。REM(Rapid Eye Movement)は脳が活動して覚醒状態にある眠りで、このステージで人は夢を見たり、記憶が整理される。このスコアで睡眠の状態を把握し、問題があればこれを改善する。ただ、睡眠の質は人により異なり、スコア以外に、朝起きた時の爽快感や日中の気分などが重要な指標となる。

出典: VentureClef

声のトーンを分析

Amazon Haloに搭載されたマイクが利用者の声を聞き、それをAIで解析して、声のトーンを把握する(下の写真、左側)。声のトーンとは言葉に含まれた感情で、四つに分類され、Amused、Content、Reserved、Displeasedとなる(右側)。Amusedは楽しい時の、Contentは満足した時の声のトーンとなる。Reservedは静かな状態で、Displeasedは怒った時の声のトーンとなる。実際に使ってみると、声のトーンを通じてメンタルの状態を把握できる。その日の気分を正確に把握するのは難しいが、Amazon Haloはこれを客観的に分析しグラフで提示する。また、Amazon Haloは会話の”鏡”として機能し、自分の声が相手にどのような印象を与えているのかを理解できる。この機能を使うには、事前に声を入力し、AIが本人を特定できるよう教育しておく。

出典: VentureClef

体脂肪率を推定

Amazon Haloは体脂肪(Body Fat)の割合を計測する(下の写真、左側)。スマホカメラで身体を撮影し(右側)、AIが画像を解析し脂肪量(Fat Mass)を推定する。体重については利用者が測定して入力する。これにより体脂肪率が分かる。

出典: Amazon

体脂肪率は健康管理に重要な指標で、この値が健康寿命や病気発症に関連する。体脂肪率が高いと心臓疾患や糖尿病の発症確率が上がる。体重は食事などで頻繁に変わるが、体脂肪量は変動が少なく、その変化が健康に大きく影響する。このため、二週間おきに体脂肪率を測定することを推奨している。体脂肪については、多くの測定法があるが、Amazon Haloはコンピュータビジョンと機械学習でイメージを解析する手法を取る。AIが体形から体脂肪を推定するが、病院での測定技術(Dual-Energy X-Ray Absorptiometryなど)と同等の精度であるとしている。

健康管理のコンテンツ

Amazon Haloは研究所「Labs」を運用しており、ここに健康管理のコンテンツを揃えている。コンテンツはワークアウトや睡眠の質を向上させるプログラムやマインドフルネスのレッスンなどから成る。ワークアウトは自宅でできるエクササイズが揃っており、ビデオでインストラクターの指示に従って体を動かす(下の写真)。ストレングス、カーディオ、ヨガ、バー(Barre、右側下段)の分野があり、目的に合ったプログラムを選択できる。バーとはバレエダンスに基づくワークアウトで、ハリウッドのセレブが行っていることで人気となった。Appleはフィットネスのための有料プログラム「Apple Fitness+」をスタートしたがAmazon Haloはこれに対抗する位置づけとなる。

出典: VentureClef

実際に使ってみると

左手にはApple Watchを着けているので、Amazon Haloは右手に装着して利用している。Apple Watchより一回り小型の形状で、着装感は軽く負担は感じない。デバイスを操作する必要はなく、Amazon Haloが自動で身体状態をモニターするので、ウエアラブルというよりはバイオセンサーを着装している感覚に近い。

一番驚かされたデータ

睡眠を分析した情報に一番驚かされた。日ごとに睡眠のスコアは大きく変わり、また、睡眠のパターンも一定ではない。よく眠れた日とそうでない日が明らかになり、今までは、感覚的に寝不足を感じていたことがデータで示される。次のステップとしては、上述のLabsに登録されているコンテンツを使って、睡眠の質を上げることになる。

リアルタイムで声のトーンを分析

Amazon Haloが分析する声のトーンも参考になる。普段の会話の声のトーンを把握し、次は、好感を持ってもらえる声のトーンにアップグレードするステップとなる。また、スピーチで好まれるしゃべり方を学習することもできる。Amazon Haloはリアルタイムで声のトーンを解析する機能もあり(下の写真、右側)、このツールとLabsに掲載されているレッスンを併用して声のトーンを改良する。

出典: VentureClef

バイオセンサー

Amazon Haloは人気のウェアラブル「Fitbit Tracker」からディスプレイを取り外した形で、リストバンド形状のバイオセンサーとしてデザインされている。センサーが収取するバイオデータをAIが解析し、健康管理のポイントをアドバイスをする。実際に使ってみると、健康管理のウエアラブルは生活に必須のデバイスであると感じ、これから需要が大きく伸びると思われる。できることなら、血圧や血糖値や酸素飽和度を測定する機能があれば健康維持に大きく寄与する。

IBMは大規模な量子コンピュータを開発、100万Qubit構成でエラー補正機構を備え最初の商用機となる

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が開催され、IBMは研究開発の最新状況を公表した。2023年には新アーキテクチャに基づく量子コンピュータを投入し、現行スパコンの性能を遥かに超える。更に、このモデルをエンハンスし、最終的には100万Qubitを搭載する大規模システムを開発する。このシステムはエラー補正機構を搭載し大規模アプリケーションを稼働させることができる。この時点で量子コンピュータが完成し本格的な普及が始まることになる。

出典: IBM

開発ロードマップ

国際会議でIBMの企業提携責任者Anthony Annunziataが量子コンピュータの開発状況とアルゴリズム研究の最新状況を説明した。IBMは量子コンピュータ開発のロードマップを発表しており(下のグラフィックス)、100万Qubitを搭載するシステムの開発を進めている(下のグラフィックス、右端のモデル)。この量子コンピュータはエラー補正機構(Error Correction)を搭載しており、大規模なアプリケーションを稼働させることができる。

出典: IBM

量子プロセッサ開発状況

このゴールに向けて量子プロセッサの開発が進んでいる。現在は65Qubit構成のプロセッサ「Hummingbird」が稼働しているが、今年は127Qubit構成のプロセッサ「Eagle」が稼働する。更に、2022年には433Qubit構成のプロセッサ「Osprey」が登場する。世代ごとに技術改良が進み、小型化でエラー率の低いプロセッサが生まれる。

量子プロセッサ「Condor」

2023年には1,121Qubit構成のプロセッサ「Condor」(下の写真、Qubitがメッシュ状に結合される)が投入される。このモデルが大きなマイルストーンとなり、量子コンピュータが現行スパコンの性能を遥かに上回るポイント「Quantum Advantage」に到達する。このプロセッサは大型冷却装置(dilution refrigerator、先頭の写真)に格納され稼働する。これは「Goldeneye」と呼ばれ世界最大規模の冷却装置となる。

出典: IBM

100万Qubitマシン

100万Qubit構成の量子コンピュータはCondorがベースとなり、このプロセッサを数多く結合して構成する。具体的には、多数の大型冷却装置を高速通信(Intranets)で結び、単一の量子コンピュータを構成する。100万Qubitモデルは現行コンピュータのようにエラー補正機構を備えており、プログラムはエラー無く正常に稼働する。このため、大規模なアプリケーションを稼働させることができ、金融、化学、AIの分野で大きなブレークスルーがあると期待される。

NISQモデル

因みに、現在稼働している量子コンピュータはエラーを補正する機構は搭載しておらず、大規模な演算を実行することは難しい。この種類の量子コンピュータは「Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ)」と呼ばれ、ノイズが高く(エラー率が高く)、中規模構成(50から100Qubit構成)のシステムとなる。大規模なアプリケーションを稼働させるためにはエラー補正機構が必須となる。

金融分野:JPMorgan Chase

IBMはハードウェアの開発と並行して企業連携を強化している。このプログラムは「IBM Quantum Network」と呼ばれ、IBMはパートナ企業と量子アルゴリズムの共同開発を進めている。金融分野では、JPMorgan Chaseは量子コンピュータでリスク解析やポートフォリオ最適化の研究を進めている。金融アプリケーションは量子コンピュータと相性が良く、最初にQuantum Advantageに到達すると見られている。

エネルギー分野:ExxonMobil

エネルギー分野ではExxonMobilと共同研究を進めている。ExxonMobilは量子コンピュータを使ったシミュレーションで新たなマテリアルを開発する。地球温暖化対策として二酸化炭素回収(Carbon Capture)のための新素材を開発している。(下の写真、IBMとExxonMobilの研究者は共同で量子熱力学(Quantum thermodynamics)の研究を進めている。)

出典: IBM

航空分野:Boeing

航空分野ではBoeingがIBMの量子コンピュータクラウド「IBM Quantum Experience」を使って航空機の開発を進めている。特に、機体に採用する新素材の評価や試験を量子コンピュータで実行する。現在は実験を通じてこのプロセスを実行しているが、これを量子コンピュータでシミュレーションすることで開発期間を大幅に短縮できると期待している。

開発は着実に進む

世界の主要企業は量子コンピュータを使ってアルゴリズム開発を進めている。量子コンピュータ導入に向けた準備が必要であるが、本当にシステムが稼働し性能が出るのかについて疑問を抱いている企業は少なくない。このため、IBMは敢えて量子コンピュータのロードマップを公表し、企業の先行投資を保証する形となった。IBMの説明を聞くと、量子コンピュータはハイプではなく、システム完成への道のりが見え、開発が着実に進んでいるとの印象を受けた。

銀行は量子コンピュータの導入に積極的、JPMorganは量子アルゴリズムと量子通信の研究を進める

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が開催され、インダストリー分科会で主要企業から量子コンピュータ導入準備状況が報告された。その中で大手銀行JPMorgan Chaseは量子コンピュータにおけるアルゴリズムとセキュリティに関する研究成果を発表した。量子コンピュータは金融アプリケーションとの相性が良く、商用機が出荷されると、銀行が最初のユーザになるとの見方が示された。

出典: JPMorgan Chase

JPMorgan研究所

JPMorganの研究開発部門の責任者Marco Pistoiaが研究概要を説明した。JPMorganは先進技術研究「Future Lab for Applied Research and Engineering(FLARE)」で量子技術の研究を進めている。FLAREのミッションは先進技術を理解し、それをビジネスに応用することで、研究対象は量子コンピュータの他に、クラウド・ネットワーキング、AR/VR、IoTなどがある。この中で、量子コンピュータを最重要テーマとし、金融アプリケーションやセキュリティの研究を進めている。

量子アルゴリズム開発

ここで金融アプリケーションを量子コンピュータで稼働させるためのアルゴリズム開発が進んでいる。金融アプリケーションは量子コンピュータとの相性が良く、量子コンピュータがスパコンを凌駕する「Quantum Advantage」に最初に到達すると期待されている。

量子アルゴリズムの種類

研究対象の金融アプリケーションは三つに分類でき、それぞれ、モンテカルロ技法(Monte Carlo Method)、ポートフォリオ最適化(Portfolio Optimization)、機械学習(Machine Learning)となる。これらのアプリケーションは量子アルゴリズムで構成され、量子コンピュータで実行する。金融業務の多くは量子コンピュータにより処理速度が大きく上がると期待されており、その検証や必要なリソースの規模(Qubitの数やエラー発生率など)に関する研究が進められている。

出典: IBM

モンテカルロ法とは

金融アプリケーションの中で一番期待されているのがモンテカルロ法で、量子コンピュータにより大幅なスピードアップが可能となる。モンテカルロ法とは乱数を用いたシミュレーションや数値計算で、数値モデルを生成し、乱数を使って計算し、解を推定する手法を指す。モンテカルロ法は汎用的な手法で、社会の幅広い分野で使われている。

オプション価格計算

金融分野ではオプション価格(Option Pricing)やリスク解析(Risk Analysis)にモンテカルロ法を適用する。オプション価格とは、複雑な条件のもと、将来価格を計算する技法で、現行手法では数多くのパターンを実行する必要があり処理時間が長くなる。一方、量子コンピュータでは少ない事例で価格を計算でき、大きなスピードアップが期待されている。

NISQタイプの量子コンピュータ

しかし、現在の量子コンピュータはNISQと呼ばれるタイプで、エラー発生率が高く、大規模な計算を実行することはできない。このため、JPMorganはNISQ向けのモンテカルロ法のアルゴリズムの研究を進めている。不安定なシステムで高速にアルゴリズムを実行できる技法の開発が進められている。将来、エラー補正機構を備えた大型量子コンピュータが登場すると、ここで規模の大きなアプリケーションを実行することを計画している。

出典: National Institute of Standards and Technology

セキュリティが破られる

JPMorganはセキュリティの研究を進めていることを明らかにした。大型の量子コンピュータが登場すると現行のセキュリティが破られることは早くから指摘されていたが、その対策が取られてこなかった。しかし、量子コンピュータ開発のペースが予想外に早く、量子技術に耐性のあるアルゴリズム開発が喫緊の課題となってきた。

量子コンピュータに耐性のある暗号化技術

米国政府は国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)を中心に量子コンピュータに耐性のある暗号化技術(Post-Quantum Cryptography)の開発を進めている。このプログラムは2016年12月に始まり、コンペティションの形式で量子アルゴリズムの開発が進んでいる。69のアルゴリズムが提案され、現在は15に絞り込まれ、近く最終判断が下される(上の写真)。最終選考されたアルゴリズムが米国の標準技術となり一般に公示される。企業はこのセキュリティ技術を導入して、量子コンピュータの脅威に備える。

導入に向けた準備

量子コンピュータに耐性のあるアルゴリズムが制定されるのを前に、JPMorganは社内で準備作業をすすめていることを明らかにした。セキュリティ標準技術が決まると、JPMorganは社内のデータをこのアルゴリズムで暗号化する。そのための準備作業として、どのデータを新規基準に従って暗号化すべきかの選定作業を進めている。長期保存が必要なデータから暗号化を進め、量子コンピュータが登場しても攻撃を防御できるシステムを構築する。

量子鍵配送

JPMorganは上記に加え、量子技術を使ったセキュアな通信技術の研究を進めている。これは量子鍵配送(Quantum Key Distribution、QKD)で、ハッキングできない安全なネットワークを構築する(下のグラフィックス、QKDの原理)。量子鍵配送とは通信網を量子技術で構成するもので、究極のセキュリティとも呼ばれる。具体的には、量子ビット(光子)を使った暗号化技術で、送信するデータが経路上で盗聴されると、その攻撃が分かる仕組みになっている。JPMorganはネットワークを量子鍵配送で構成することで極めて安全な通信網を構築する。

出典: Quantum Flagship

銀行が最初のユーザか

金融アプリケーションは量子技術との相性が良く、量子コンピュータで高速化できるアルゴリズムが多いとされる。しかし、これを実際に検証する必要があり、JPMorganはこの研究を進めている。具体的には、量子コンピュータ商用機が登場すると、金融システムにどんなインパクトがあるのか、また、どの金融アプリケーションを高速化できるのか、これらのポイントを明確にする必要がある。JPMorganはIBMのパートナー企業であり、IBM Qを使ってこの研究を進めている(先頭から二番目の写真)。まだ検証作業中であるが、量子コンピュータを導入するのは銀行が最初になるとの予測もある。

IonQは世界最大規模の量子コンピュータを開発中、イオンを使った高信頼性Qubitで巨人IBMに挑戦

量子コンピュータの国際会議「Q2B」(#Q2B20)が今年はオンラインで開催された。IBMやGoogleが先行する中、スタートアップIonQが新技術で大手企業に挑んでいる。IonQはイオンで高信頼性Qubitを生成する手法を取り、世界最大規模の量子コンピュータを開発していることを明らかにした。

出典: IonQ

IonQとは

IonQはメリーランド州カレッジパークに拠点を置く新興企業で、「Trapped Ions」という手法で量子コンピュータを開発している。2015年にメリーランド大学(University of Maryland)名誉教授Chris Monroeらにより設立された。今年6月には、量子技術でノーベル物理学賞を受賞したDavid WinelandがIonQのアドバイザーとして就任した。

Trapped Ionsとは

Q2BでChris MonroeはTrapped Ionsについて解説した(最後の写真、中央の人物)。Trapped Ionsとは電荷を帯びた原子(イオン)をQubitとする方式で、電子のエネルギー状態(エネルギーの高低)でQubitを作る。イオンは特殊なチップ「Ion Trap Chip」の中に格納され、周囲に電磁場をかけて3D空間に精密に配置される。(上の写真、チップの外観と閉じ込められたイオンのイメージ。イオンは青色の球体で示され、これらがチップの中に格納されている。)

イオンの操作方法

チップ内の空間に配置されているイオンに特定波長のレーザー光線を照射してこれらを操作する。「Write」操作では、イオンに情報を書き込み、量子ゲートを生成し、アルゴリズムを実行する。また、イオンを操作してSuperpositionやEntanglementの状態を生成する。更に、「Read」操作では、イオンにレーザー光線を照射してその状態を読み出す。

出典: IonQ

上のグラフィックスは量子ゲート操作を模式的に示している。オレンジ色の円がイオンでQubitを構成する。ここにレーザー光線(縦方向のオレンジ色の線)を照射してイオンを操作する。右上が量子ゲートを示しており、ここでは最後のゲート(右端の四角)を操作している。イオンを操作して、左から右方向に量子ゲートを生成し、アルゴリズムを実行する。

ロードマップ

IonQは量子コンピュータの開発計画を説明した(下の写真)。2016年に、実験機が研究所の中で稼働し、小型化を進め、今年はTabletop形状のシステムを発表した。更に、小型化を進め、2021年にはBenchtop形状のシステムとなり、スパコンを凌駕する「Quantum Advantage」を達成する。2023年にはRackmount形状のシステムとなり、2024年にはこれをネットワークで接続することで大規模構成の量子コンピュータを形成する。これにより、真の量子コンピュータ「Full-Scale Fault Tolerance」に到達する計画である。

出典: IonQ

量子コンピュータの性能

ロードマップに従い、IonQはシステムの性能を独自の指標で示した(下のグラフ)。量子コンピュータの性能を定義するのは難しく、しばしばQubitの数で比較されるが、IonQは「Algorithmic Qubit」という独自の指標(グラフ縦軸)を導入した。これは量子アルゴリズムの実行で使うことができるQubitの数を示したもので、Qubitの数が「最大性能」であるのに対し、Algorithmic Qubitの数は「実効性能」を示したものとなる。2028年にはエラー補正機構を備えたQubitで1024AQを達成し、大規模量子コンピュータを構成する。

出典: IonQ  

IonQの特徴

IonQの特徴はQubitのエラー発生率が他のアーキテクチャに比べ極めて低いことだ。このため、エラー補正に必要なQubitの数が少なくて済み、実質的に、アルゴリズムの実行で使えるQubitの数が増える。具体的には、IonQは13個のQubitを1個のQubitでエラー補正できることを実証した。これに比べ、IBMなどが採用している超電導ループ型Qubitはエラー発生率が高く、エラー補正機構に1,000個から10,000個のQubitが必要となるとされる。

IonQのチャレンジ

一方、IonQのアーキテクチャは拡張性に欠けると指摘される。Qubitを安定して生成できるが、そのための機器のサイズが大きく、これらを高密度に実装するのが難しい。この問題に関し、IonQ共同創設者のJungsang Kim(下の写真、左端)は装置設計の観点から開発計画を明らかにした。2023年には、レーザー発光素子をチップの中に搭載し、ワンチップに32個のQubitを搭載する。これをラックに搭載し、独立の量子コンピュータを形成し、その後、これらを光ファイバーで接続して大規模なシステムを形成する。

出典: IonQ

どのアーキテクチャが主流になるか

現在、IBMやGoogleが開発している超電導ループ型の量子コンピュータが主流になると見られているが、安定したQubitを生成することが課題となっている。一方、IonQは高密度実装が難しく、大型量子コンピュータを構成できないと見られてきた。しかし、大手企業の開発が手間取る中、IonQが急速に技術を伸ばし実用化に大きく前進した。新興企業がIBMやGoogleを逆転するのか、量子コンピュータ開発レースが白熱してきた。