Apple Face IDの発表で顔認証技術がブレークする兆し、同時にAIを悪用した攻撃への対応が求められる

AppleはiPhone Xで顔認証技術「Face ID」を発表した。カメラに顔を向けるだけで認証でき、安全性と手軽さが評価され顔認証サービスが普及する勢いとなってきた。スマートフォンや金融サービスで顔認証の導入が一気に進む可能性がある。同時に、顔認証技術はAIを悪用した高度な攻撃に対する備えが求められている。

出典: Apple  

顔認証技術は早くから登場していたが

顔認証技術は1960年代に登場した技術であるが、その精度に問題があり特殊な分野に限定して使われ、一般に普及することは無かった。近年では、AIの進化により顔認証技術の精度が向上し、ベンチャー企業が製品化を進めオンラインバンキングなどで試験的な導入が始まった。同時に、スマートフォンでの展開も始まり、SamsungはハイエンドモデルGalaxy Note 8で顔認証技術を導入した。

Samsung Galaxy Note8の顔認証技術

Galaxy Note 8は2017年9月に出荷されたが、発売直後に顔認証機能が破られる事件が発生した。写真をGalaxy Note 8にかざすとロック画面が解除されることが判明した。利用者は別のスマホで自身の顔を撮影し、それをGalaxy Note 8の顔認証画面に向けるとロック画面が解除さる。Samsungは見解を発表していないが、製品説明を読むと「顔認証は指紋認証やPINなどに比べ安全性が低い」と記載されている。Galaxy Note 8の顔認証機能はセキュリティではなく利便性を重視したデザインとなっている。

Apple Face IDのメカニズム

これに対してApple Face IDはセキュリティ機能を格段に強化し安全に使えるデザインとなっている。Face IDは3Dで顔を識別するため写真や動画で認証されることは無い。iPhone Xは「TrueDepth Camera」と呼ばれる特殊なカメラを搭載しセンサーが顔を3Dで認識する。ここに内蔵されているプロジェクター (Dot Projector、下の写真右端のデバイス) から3万個のドットが顔に照射され、これを赤外線カメラ (Infrared Camera、下の写真左端のデバイス) で読み込み顔の3Dマップ (先頭の写真) を作成する。この情報がプロセッサのストレージ (Secure Enclave) に暗号化して格納される。

出典: Apple  

顔認証精度が高い理由

Face IDを使うときは光源 (Flood Illuminator、上の写真左から二番目のデバイス) から赤外線が照射され、反射波を赤外線カメラで読み込み、登録した顔のマップと比較して認証を実行する。光源が赤外線であるため外部の光の条件に関わらず、暗がりの中でも正確に認証できる。また、髪を伸ばしたり眼鏡をかけると登録した顔のイメージと異なり本人確認が難しくなる。このためAppleは機械学習 (Machine Learning) の手法を使ってアルゴリズムを教育し両者を正確に比較判定できる技術を開発した。同時に、顔認証への攻撃では映画で登場するフェイスマスクが使われる。本人の顔を3Dでコピーしこれをフェイスマスクで再構築する。Appleは実際にハリウッドでフェイスマスクを作りFace IDの認証精度をベンチマークしたと述べている。この背後にも機械学習の手法が使われており人間の顔とフェイスマスクを見分けることができる。

顔写真から顔の仮想現実を生成

顔認証に関して気になる研究成果が報告されている。昨年、University of North Carolinaの研究者はFacebookやInstagramに掲載されている写真から顔を3Dで構築する手法を公開した (下の写真)。対象者の顔写真を複数枚集め、これらの写真から顔の構造を3Dで再構築する。3D構造に肌の色や質感を加え、更に、様々な表情を追加しVRとしてディスプレイに表示する。

出典: Yi Xu et al.

生成した顔のVRが顔認証を破る

研究論文は生成した顔のVRを顔認証システムに入力し認証に成功したと報告している。市販されている五つの顔認証アプリで試験が実施された。顔認証アプリ名と認証成功率は次の通り;KeyLemon (85%), Mobius (80%), True Key (70%), BioID (55%), 1U App (0%)。これらの顔認証アプリはスマホのセキュリティで使われており、1U Appを除いて四つのアプリで認証技術が破られた。この論文は顔認証のメカニズムを改善する必要があると訴えている。

顔の3Dイメージを3Dプリンターで生成

顔のVRはFace IDで試験されていないが、TrueDepth Cameraは顔を3Dで検知きるため、iPhone Xに不正にアクセスすることはできないと思われる。一方、顔のVRを3Dプリンターに出力すると状況は変わるかもしれない。顔の3Dイメージを3Dプリンターで生成して顔認証システムを試験する研究が進んでいる。Security Research Labsはドイツ・ベルリンに拠点を置く企業でセキュリティ研究所として位置づけられる。同社は被験者の顔型を取りMicrosoftの顔認証システム「Hello」で認証を受けることに成功した。iPhone Xが発売になるとSecurity Research Labs などがFace IDの安全性を検証する作業を始めることになる。

1枚の写真から顔を3Dで構成

英国の大学University of Nottingham とKingston Universityの研究者は1枚の顔写真からAIを使って顔を3Dで構成する技術を発表した。Computer Visionにとって顔を3Dで把握するのは非常に難しい技術となる。上述の通り、数多くの写真を入力しこれらから3Dイメージを再構築するのが一般的な手法となっている。これに対し、CNN (イメージを判定するネットワーク) を顔写真と本人の3Dイメージで教育することで、アルゴリズムは1枚の顔写真からその3Dイメージを再構築できるようになった。(下の写真、Alan Turingの写真 (左側) を入力するとアルゴリズムは3Dイメージ (右側) を生成する。) 研究成果を使って顔認証システムの試験が実施されたわけではないが、今後はAIを悪用した認証システムへの攻撃が急増することを示している。iPhone Xが発売になるとFace IDのハッキングレースが始まりAppleは様々な挑戦を受けることになる。

出典: Aaron S. Jackson et al.

バイオメトリック認証のトレンド

バイオメトリック認証の中で顔認証が注目されているのは訳がある。声による認証はコールセンターなどで使われているが複製されやすいとして普及は限定的である。一方、Amazon Echoなどは認証ではなく利用者を特定するために声を使っている。バイオメトリック認証の中で指紋認証が一番幅広く利用されているが小さなセンサーで指紋を正確に読む技術が難しい。更に、指紋は複製しやすく安全性に関する懸念もある。

Appleは虹彩認証に進むのか

虹彩認識 (Iris Recognition) は精度が高く注目されている方式であるがが赤外線センサーなど専用機器が必要となるため普及が進んでいない。但し、Samsung Galaxy Note 7やNote 8はこの機能を既に搭載しているが認証精度や安全性についてはまだ評価結果が固まっていない。一方、iPhone Xは既に赤外線センサーを搭載しており虹彩認証に進むのではと噂されている。

顔認証がバイオメトリック認証の中心となる

色々なバイオメトリック認証方式がある中、顔認証方式は精度が高く使い勝手がいいことから、今後はこの方式が大きく広がると見られている。3年から5年後には認証技術の半分以上が顔認証になるとの予測もある。Apple iPhone Xの出荷はまだ始まっていないが、Face IDが市場に与えた影響は大きく顔認証方式の動向に注視していく必要がある。

Apple iPhone Xは顔認証を導入し写真をドラマチックに仕上げる、AIチップで画像認識を強化

Appleは新本社で次世代ハイエンドモデル「iPhone X」を発表した。iPhone Xは顔認証方式「Face ID」を導入し、カメラに顔を向けるだけで認証ができる。顔認証は指紋認証より安全性が高く、Appleが導入したことで一気に普及が進む可能性を秘めている。

出典: Apple  

次世代モデル三機種を発表

AppleはiPhone次世代モデル三機種を発表した。最上位機種はiPhone X (上の写真、左端) で、デバイスの前面が全てディスプレイ (Super Retina HD Display) となりホームボタンが無くなった。iPhone 7の後継モデルとしてiPhone 8 (上の写真、右端) とiPhone 8 Plus (上の写真、中央) が発表された。三機種とも新型プロセッサ「A11 Bionic」を搭載しAIとグラフィック機能を強化している。

Face IDとは

iPhone Xは顔認証機能「Face ID」を備えており、デバイスのロックを解除するには顔をカメラにかざすだけ (下の写真)。顔がパスワードになりデバイスをオープンできる。また、Apple Payで支払いをする際も顔をカメラに向けるだけで認証が完了する。指をホームボタンに押し付ける操作は不要で、安全なだけでなく使いやすくなった。

出典: Apple  

顔認証のメカニズム

Face IDを使うためには事前に顔を登録する必要がある。システムの指示に従って顔をカメラに向け、ディスプレイに示された円に沿って顔を回す (下の写真)。iPhone Xは「TrueDepth Camera」と呼ばれる特殊なカメラを搭載している (先頭の写真左側、ディスプレイ最上部の黒いバーの部分)。顔を登録する時はTrueDepth Cameraのプロジェクター (Dot Projector) から3万個のドットが顔に照射され、これを赤外線カメラ (Infrared Camera) で読み込み顔の3Dマップを作成する。

出典: Apple  

この情報がプロセッサのストレージ (Secure Enclave) に暗号化して格納される。Face IDを使うときは光源 (Flood Illuminator) から赤外線が照射されこれを赤外線カメラで読み込み、登録した顔のマップと比較して認証を実行する。

利用者の風貌が変わると

顔認証では利用者の状態が変わるという課題を抱えている。髪を伸ばしたり眼鏡をかけると登録した顔のイメージと異なり本人確認が難しくなる。このためAppleは機械学習 (Machine Learning) の手法を使って両者のイメージを比較する方式を採用した。アルゴリズムは登録した顔が髪を伸ばし眼鏡をかけるとどう変化するかを機械学習の手法で学習する。様々な条件を事前に学習しておき利用者の外観が変わっても高精度に判定できる。また、顔を3Dで比較するので写真を使って不正に認証を受けることはできない。

カメラの特殊効果

TrueDepth Cameraは自撮り (Selfie) する際に特殊効果を出すために使われる。これは「Portrait Lighting」という機能でスタジオで撮影する時のように、あたかも光を調整したかのように特殊効果を出す。Natural Lightというオプションを選択すると自然光のもとで撮影したように写る (下の写真、左側)。Studio Lightを選択するとスタジオの明るい環境で撮影した効果が出る。Contour Lightは顔の凹凸を際立たせ (下の写真、中央) ドラマチックな仕上がりとなる。Stage Lightは背景を黒色にして顔を浮き上がらせる (下の写真、右側)。

出典: Apple  

カメラの性能はAIで決まる

TrueDepth Cameraはステレオカメラでオブジェクトを3Dで把握する。カメラが人物と背景を区別し、更に、AIが人物の顔を把握しここに光を当てて特殊効果を生み出す。メインカメラにもPortrait Lighting機能が搭載されており上述の機能を使うことができる。カメラは光学センサーが差別化の要因になっていたが、今ではキャプチャしたイメージをAIで如何に綺麗に処理できるかが問われている。iPhoneカメラはSoftware-Defined Cameraと呼ばれソフトウェアが機能を決定する。

絵文字を動画にしてメッセージを送る

TrueDepth Cameraを使うと絵文字の動画「Animoji」を生成して送信できる。カメラは顔の50のポイントの動きを把握し、これを絵文字キャラクターにマッピングする。笑顔を作るとキャラクターも笑顔になる (下の写真)。ビデオメッセージを作る要領で録画すると、キャラクターがその表情を作り出し音声と共にiMessageで相手に送信される。猫の他にブタやニワトリなど12のキャラクターが揃っている。

出典: Apple  

AIプロセッサ

これら機械学習や画像処理を支えているのがAIチップA11 Bionicだ。名前が示しているようにAI処理に特化したエンジン「Neural Engine」を搭載している。Neural Engineは機械学習処理専用のエンジンで人や物や場所などを高速で把握する機能を持つ。このエンジンがFace IDやAnimojiの処理を支えている。またAR (拡張現実) における画像処理もこのエンジンにより高速化されている。

価格と出荷時期 (米国)

ハイエンドのiPhone Xの価格は999ドルからで11月3日から出荷が始まる。また、iPhone 8 Plusの価格は799ドルからでiPhone 8は699ドルからとなっている。両モデルとも9月22日から出荷が始まる。

iPhone発売から10周年

発表イベントは新設されたApple本社 (下の写真、左奥) に隣接するSteve Jobs Theater (下の写真、中央) で開催された。イベントの模様はライブでストリーミングされた。これはSteve Jobsを記念して建設されたシアターで円形のアーキテクチャになっている。一階部分は円盤状のロビーで、シアターは地階部分に設けられている。今年はiPhone発売から10周年の区切りの年になり、これを象徴してiPhone X (10) が登場した。

出典: Apple  

ATMに顔をかざしてお金を引き出す、中国で顔認証サービスがブレーク

中国で顔認証システムの導入が異常な速さで進んでいる。ATMに顔をかざすと本人の確認ができお金を引き出すことができる。空港の搭乗ゲートでは顔が搭乗券となり飛行機に乗ることができる。中国のAI技術レベルは欧米と同等といわれるが、それを応用したビジネスでは中国が先行している。顔認証サービスが中国でブームになっているが、その背後にはプライバシー保護に関し寛容な国民性がある。

出典: Alizila  

顔認証で支払いをする

中国最大手のEコマース企業AlibabaはAIを活用した顔認証システムに着目している。同社金融部門Ant Financialは2015年、ベンチャー企業と共同で顔認証で支払ができるシステム「Smile to Pay」を開発した。これをモバイルアプリAlipayに適用し、顔認証を使ったスマホ決済を運用してきた。

Alibabaは2017年9月、Smile to PayをKFCなどレストランにおける支払いに導入した。消費者は入り口に設置されたキオスクで料理を注文し顔認証で支払いをする (上の写真)。カメラに向かって顔をかざし電話番号を入力すると会計処理が完了する。ステレオカメラが3Dで顔を識別し、アルゴリズムは被写体が写真ではなく人間であることを把握する。将来は電話番号の入力は不要で、顔認証だけで買い物ができるシステムとなる。

顔認証でお金を引き下ろす

中国大手銀行China UnionPayはATMに顔認証システムを導入した (下の写真)。このATMはマカオに設置され、顔をかざすだけでお金を引き出すことができる。このサービスを利用するためには事前に顔写真を登録しておく。ATMにバンクカードを挿入しPINを入力し、中国政府が発行するIDカードを読み込ませ、最後に顔の写真を撮影する。顔の登録の全プロセスをATMで実行する。

出典: Bloomberg  

China UnionPayがATMに顔認証システムを導入したのは訳がある。お金の引き出しを便利にするためだけでなく、中国政府の政策と関連する。中国で人民元 (Renminbi) の海外流出が拡大しており、この多くがマカオのカジノからとされる。一般市民や政府関係者が複数の口座を開き、お金を限度額以上に引き出している。ATMに顔認証システムを導入することで個人を特定でき金の流れをトラックする目的がある。このATMはNCR製で顔認証のためのアルゴリズムが組み込まれている。

観光スポットへの入場は顔パス

Baiduは中国のGoogleともいわれAIで世界をリードしている。BaiduはAIによる顔認証技術の開発を進め多くの企業で利用されている。中国・烏鎮 (Wuzhen) は人気の観光地で、街の中を運河が流れ東のベニスと呼ばれる。この地区でBaiduが開発した顔認証システムが使われている。景観地区に入場する時に受付で顔を登録し支払いを済ませる (下の写真)。入口にはゲートが設けられ、そこに設置されているタブレットに顔をかざし顔認証を受ける。本人と確認されるとゲートが開き中に入ることができる。

出典: Financial Times  

空港の登場ゲート

Baiduの顔認証技術は空港の搭乗ゲートでも使われている。中国の大手航空会社Southern Airlinesは空港の搭乗ゲートに顔認証システムを導入した。乗客は搭乗ゲートのタブレットに顔をかざし飛行機に乗ることができる。このサービスは2017年6月から、Nanyang Jiangying Airportで運用が始まった。利用者はチェックインの際に身分証明写真と顔写真をスマホアプリで登録しておく。ゲートでは読み込んだ搭乗者の顔をこれらの写真と照合して認証する。

出典: South China Morning Post  

顔が従業員カード

Baiduは自社でもこの技術を展開しており、オフィスエントランスに顔認証システムを導入した。社員は入館ゲートに備え付けてあるタブレットに顔をかざすと、顔認証システムはリアルタイムでその人物の名前を認識しゲートが開く (下の写真、元Baidu研究所長Andrew Ngがデモのモデル)。本人の代わりに写真をかざしても認証を受けることはできない。

出典: Baidu  

トイレにも顔認証システムが     

北京の天壇 (Temple of Heaven、下の写真) は園内にあるトイレに顔認証システムを設置している。カメラに向かって3秒間顔をかざすとトイレットペーパーが出る。追加でトイレットペーパーを出すには9分間待つ必要がある。これはトイレットペーパーの盗難を防ぐための措置として導入された。顔認証システムの設置費用や維持経費はトイレットペーパーより高そうに思えるが、何か訳があるのかもしれない。このトイレが顔認証アルゴリズム教育のための顔データを集める特殊任務を負っているのかもしれない。

出典: Google Street View  

プライバシー保護に寛容な国民性

中国が顔認証システム普及で他国を大きくリードしているが、これは教育データが豊富でバイオメトリック情報を収集しやすい環境にあるためだ。中国の人口は世界最大で、多くの人が顔認証サービスを利用している。また、中国社会はプライバシー保護に関し寛容な態度を示し、顔データが収集されることに対し大きな反対運動は起こっていない。このため大規模な顔データを集めることができる。収集したデータをDeep Learningアルゴリズムにフィードバックし認証精度を向上させる。顔イメージという生体情報がシステムに保管されることに対する懸念より、中国社会は顔認証サービスの利便性を歓迎しているようにも見受けられる。顔認証システムの導入では中国が欧米や日本より数歩先を進んでいる。

我々のIQは遺伝子変異で決まる、インテリジェンスを形成するDNAが特定された

やはりIQは遺伝で決まる。DNAとインテリジェンスに関する大規模な臨床試験が実施されその結果が公表された。それによると52の遺伝子がインテリジェンス形成に関与している。

出典: Suzanne Sniekers et al.

大規模な研究

研究結果は「Genome-wide association meta-analysis of 78,308 individuals identifies new loci and genes influencing human intelligence」として科学雑誌Natureに掲載された。 (上の写真)。今までも遺伝子とインテリジェンスに関する調査が実施されたが有効な結論は得られていない。今回の研究はそれを大規模に展開し遺伝子とインテリジェンスの関係を特定することができた。

遺伝子変異と身体特性の関係

研究は遺伝子変異が身体特性にどう影響するかを把握する手法で進められた。この手法はGWAS (Genome-Wide Association Studies) と呼ばれ、遺伝子特性 (Genotype) と身体特性 (Phenotype) の関連性を把握する。ここでは遺伝子特性としてSNP (Single-Nucleotide Polymorphism) が使われた。SNPとはゲノム塩基 (C、T、A, G) の配列で一塩基が変異した多様性を指す。身体特性ではIQテストなどで被験者のインテリジェンスのレベルが測定された。これらSNPとIQの間に相関関係が認められるかどうかが評価された。

解析結果

研究では78,308人の被験者の1200万個のSNPが解析された。その結果336個のSNPがインテリジェンスに関与していることが分かった。これらのSNPは染色体 (Chromosome) の18か所で特定され、その半数は22の遺伝子の中にある。つまり、22の遺伝子が人間のインテリジェンスの形成に関連することが分かった。

52の遺伝子がインテリジェンスに関与

更に、この研究では上記のGWASに加え、遺伝子の中の複数変異と身体特性の関係についても解析された。この手法はGWGAS (Genome-Wide Gene Association Studies)と呼ばれインテリジェンスに関与する47の遺伝子を特定した。合計で69 (22+47) の遺伝子が特定されたが17の遺伝子は両手法で重複しており、差し引き52 (69-17) の遺伝子がインテリジェンスに関与していると結論付けた。

インテリジェンスを形成する理由

これらの遺伝子がインテリジェンスを形成する生物学的メカニズムについては分かっていない。しかし、それに関連する興味深い解析を示している。遺伝子はたんぱく質を生成するためのプログラムとして機能し、遺伝子のタイプにより異なるたんぱく質が生成される。心臓や血管や脳や神経や皮膚などは特定タイプの遺伝子で作られる。GTEx Data and Analysisというツールに遺伝子IDを入力すると生成される組織 (Tissue) のタイプが分かる。

出典: Suzanne Sniekers et al.  

遺伝子は脳の組織を生成

研究で特定されたインテリジェンスに関与する遺伝子をこのツールで調べたところ、この中の14の遺伝子は脳のたんぱく質を生成する機能を持つことが分かった。具体的には大脳皮質 (Cortex)、海馬 (Hippocampus)、小脳 (Cerebellum) などを生成する機能を持つ。インテリジェンスに関与する遺伝子の多くは脳を生成する機能と関係する。 (上の写真は遺伝子とそれが生成する人体組織の種類のマトリックス。横軸が遺伝子の種類で、縦軸はそれらが生成する組織を示す。赤色の枠は両者に強い関係があることを示す。)

遺伝子と社会的立場

更に、遺伝子と社会的立場や健康との関係も解析された。特定された52の遺伝子と最も相関関係が高いのが学歴であることが分かった。特定の遺伝子変異が教育レベルに強く影響することが科学的に証明された。更に、喫煙者がタバコを止めることができるのはこれら遺伝子が関係していることも判明した。また、これらの遺伝子はアルツハイマー病の発症を抑制する効果があることも報告されている。

Nature vs Nurture

インテリジェンスは遺伝すると経験的に感じているが、この論文はこれを科学的に証明した。一方、インテリジェンスは社会生活の過程で習得できることも経験しており、我々は遺伝が全てではないとも感じている。これは「Nature vs Nurture」といわれる考え方で、人間の特性は遺伝かそれとも育ちかという議論がある。今ではNatureとNatureの両方が関与するという意見が大勢を占め、インテリジェンスは遺伝子と教育が絡み合って決まると解釈されている。

IQと学習のバランス

実際にGoogleがこれを職場で実践している。Googleは社員に求められる能力を、「Intellectual Humility (知性に謙虚)」と「Learning Ability (学習能力)」としている。知性に謙虚であるとは、仕事はインテリジェンスだけで解決できる訳ではないということを示す。知性に頼り過ぎると失敗から学習する能力が不足し、意見が異なると激しい議論に発展し、建設的な展開が期待できないとしている。後者の学習能力とは新しいものを学習する能力で、状況を素早く把握し、幅広い情報を取りまとめ、柔軟に考察する能力と定義している。Googleは採用対象大学を少数のエリート校に限っていたが、最近ではその幅を大きく広げた。Googleの事例が示すように、また我々が直感的に感じているように、IQと学習のバランスが成功のカギとなる。

DNA検査が保険会社を脅かす!消費者はDNA検査で病気発症のリスクを把握し介護保険を購入

米国政府は個人向けDNA解析サービスを禁止していたが、企業側の努力が実り今年5月に解禁となった。消費者はDNA解析サービスで病気発症のリスクを把握できるようになった。いま、アルツハイマー病を発症するリスクが高いと診断された消費者が介護保険を購入する動きが広がっている。保険加入にあたり保険会社はアルツハイマー病の検査をするが問題は検知できない。リスクの高い加入者が増え続け保険会社は事業の見直しを迫られている。

出典: VentureClef  

遺伝子解析サービスの誕生と事業停止命令

DNA解析サービスを運用していた23andMe (上の写真) は2017年5月、FDA (アメリカ食品医薬品局) からDNA検査事業を再開することを認められた。同社はMountain View (カリフォルニア州) に拠点を置くベンチャー企業で、2007年から個人向けDNA解析サービスを提供してきた。遺伝子配列の変異から被験者がどんな病気を発症するのかを予測するサービスで米国医療市場に衝撃を与えた。しかし、FDAは2013年、23andMeの予測精度は十分でなく、また、消費者が結果に応じて不要の手術を受けるなど、危険性が高いとして事業停止を命じた。

事業再開にこぎつける

23andMeはFDAとの協議を重ねたが合意に至らずサービス休止に追い込まれた。その後、勧告に従い機能改良を進め、FDAは10種類の病気に限りDNA解析サービスを認可した。条件付きであるが23andMeは事業を再開することができた。10種類の病気の中にはパーキンソン病やアルツハイマー病が含まれている。

介護保険を購入

いま米国ではDNAを解析してから保険に加入する消費者が増えている。米国の主要メディアがレポートしている。ミシガン州に住む女性はDNA解析結果「APOE-e4」という遺伝子変異があることを把握した。APOE-e4はアルツハイマー病を発症するリスクを押し上げる効果がある遺伝子変異である。この女性は母親もアルツハイマー病を患ったこともあり介護保険を申し込んだ。保険会社は女性の健康状態を把握するため、アルツハイマー病などの検査を実施したが問題はなかった。女性は現在は健康な状態であり介護保険を購入することができた。

遺伝子変異と発病の関係

アルツハイマー病の発症はAPOEという遺伝子が関与していると言われている。APOEはたんぱく質 (Apolipoprotein E) を生成する遺伝子でコレステロールや脂質を制御する機能がある。APOEは三つの変異がありそれぞれe2、e3、e4と呼ばれ、この中でe4がアルツハイマー病の発症を促進するといわれている。これがAPOE-e4でこのタイプの遺伝子を持つと病気発症の確率が最大で10倍 (85歳の男性のケース) になる。

出典: 23andMe  

これをどう解釈すべきか

しかし、APOE-e4がアルツハイマー病を引き起こすメカニズムは分かっていない。また、病気発症は性別、年齢、家族の病歴、食事、知的活動などに依存する。このため23andMeはAPOE-e4がアルツハイマー病を引き起こす要因とは断定できないとしている。その一方で臨床試験による統計データを示し、APOE-e4を持つ人は病気発症の確率が大きく上がるとも説明している。被験者としてはこの説明をどう解釈すべきか困惑するのが実情である。DNA解析サービスはまだ解決すべき難しい問題を含んでいる。

病気発症のリスク

米国では550万人がアルツハイマー病を発症し、その半数が介護施設に入所し治療を受けている。今まで個人向けDNA解析サービスは禁止されていたため、消費者は病気のリスクを知ることはできなかった。しかし、23andMeのDNA解析サービスが解禁となり、アルツハイマー病の検査を受診できるようになった (下の写真)。解析結果をどう解釈すべきか難しい問題はあるものの、多くの人がアルツハイマー病を含む病気のリスクを検査している。

出典: 23andMe  

遺伝子解析サービスと保険購入

DNA解析結果と保険購入に関し興味深いレポートが公開された。Harvard Universityによる研究で、APOE-e4遺伝子変異を持つ人は他に比べ保険を購入している割合が6倍になっている。アルツハイマー病発症のリスクを把握し、将来に備えて保険を購買していると思われる。レポートはアルツハイマー病以外の病気のリスクも分かるとDNA検査を受ける人が増えると予測している。このため病気発症のリスクを把握した消費者が保険を購入する動きが広がると、保険会社は事業を存続できないことになる。

保険会社はDNA解析サービスを採用

一方で、米国の保険会社はDNA解析を積極的にビジネスに取り入れる動きも始まった。大手生命保険会社MassMutualは2017年5月、DNA解析サービスに保険の適用を始めた。加入者はHuman Longevity Inc (下の写真) のDNA解析サービス「HLIQ Whole Genome」を格安で受診できる制度を導入した。Human Longevity Incは被験者の全遺伝子を解析するサービスを提供しており、健康の状態、病気にかかるリスク、薬の作用の仕方、遺伝子病、身体特性などを詳細に把握することができる。

加入者の健康を促進

このサービスは未来の人間ドックとも呼ばれDNA解析サービスの在り方を示している。受診者は身体情報を把握できるだけでなく、Human Longevity IncのDNAデータベース構築に寄与し、ひいては医学研究に貢献できるとしている。一方、保険会社はHuman Longevity Incから個人情報を入手することは無いとしている。つまり、健康状態に応じて保険条件を変えることはなく、加入者がこのサービスを通じ健康を保つことが目的としている。ひいては保険会社のコストが下がることとなる。

出典: Human Longevity Inc

公平なルール作りが始まる        

健康保険に関してはMassMutualのようにDNA解析サービスを格安で提供し被保険者の健康を維持する動きが広がっている。一方、前述の介護保険については、DNA解析結果により保険条件を調整する方向に進む気配がある。アルツハイマー病発症のリスクが高い人とそうでない人が同じ保険料を支払うのは不公平との議論もある。DNA解析サービスが米国社会で広まる中、保険会社と政府機関は公平なルール作りが求められている。