カテゴリー別アーカイブ: ヘルスケア

AIが新型コロナウイルスによる肺炎を検知、オープンソースとして公開され医療技術の進化に寄与

世界で新型コロナウイルスの感染が爆発的に広がっているが、その中心は欧州から米国に移ってきた。ニューヨーク州が危機的な状況にあるが、その次はカリフォルニア州といわれ、州知事はロックダウン(shelter-in-place)命令を発令した。会社や小売店やレストランは休止状態で、住民は自宅に留まることを求められ、街は静まり返っている。

出典: Linda Wang et al.

COVID-Net

新型コロナウイルスが広がる中、研究機関は病気(COVID-19)を検知するためのAIを公開した。これは「COVID-Net」と呼ばれ、患者のレントゲン写真から、新型コロナウイルスによる肺炎を検知する。病気検知のために多くのAIが開発されているが、これらはクローズドソースで一般の研究は使うことができない。これに対して、COVID-Netはオープンソースとして公開され、だれでも自由に利用できる。

データセットも公開

COVID-Netはカナダ・ウォータールー大学(University of Waterloo)とDarwinAIにより開発された。同時に、COVID-Netを教育するためのデータセット「COVIDx」も公開された。ここには13,645人の患者の16,756枚のレントゲン写真が格納されている。アルゴリズムとデータセットが公開され、これらをテンプレート(Reference Model)として研究が進み、COVID-19治療技術の確立に寄与することが期待されている。

病気の早期発見

いま、新型コロナウイルスにより病気を発症した患者を早期に特定する技術が求められているが、胸部のレントゲン写真がその手掛かりになる。COVID-19を発症した患者の肺のレントゲン写真にはこの病気に特有な形状が現れる。この特性をAIが学習しCOVID-19による肺炎を検知する。

ニューラルネットワーク構造

COVID-Net(下の写真)は胸部のレントゲン写真を読み込み(左端)、それを解析して判定を出力する(右端)。AIが下す判定は三種類で、1)感染していない(正常)、2)COVID-19肺炎、3)それ以外の肺炎となる。ネットワークのアーキテクチャは、人間がモデルの原型を決め、これをAIで最適化する手法が取られた。つまり、人間とAIがコラボしてCOVID-Netが生成された。最適化の条件として、精度は80%以上で、演算(multiply–accumulate operation、掛け算と保存の演算)の量は25億回以下とした。演算量を抑えるが、そこそこの精度がでる構成とした。

出典: Linda Wang et al.  

判定精度

実際に、データセットを使ってCOVID-19の性能を検証すると、判定精度(Accuracy)は92.4%となった。具体的な検証結果は下記のグラフィックスの通りで、縦軸が基準値(Ground Truth)で横軸が検証精度(Precision)で、箱の中の数字は件数を示す。COVID-19患者10人について検証すると、COVID-Netは8人を正しく判定し、もう一人は通常の肺炎と、もう一人は感染なしと判定していることが分かる。COVID-Netは早期にCOVID-19感染者を見つけるために使われ、また、通常の肺炎とCOVID-19肺炎を見分けるためにも活用される。

出典: Linda Wang et al.  

アルゴリズムの判定理由

この研究ではCOVID-Netは何を根拠に病気を特定したのか、その理由を説明する機能が導入された。これは「GSInquire」と呼ばれる技法で、ニューラルネットワークがオブジェクトを判定した根拠を表示する。このケースでは、COVID-Netがレントゲン写真で肺炎と判定した根拠となる部分をピンクのシェイドで示している(先頭の写真)。この部分にCOVID-19肺炎に特有なパターンがみられる。これにより、AIのブラックボックスが開かれ、医師は判定の理由を理解できる。また、COVID-Netは医師が認識していない肺炎のパターンを検知でき、新たな知見が生まれることが期待されている。また、COVID-Netのデバッグにも利用でき、アルゴリズムが誤検知する理由を把握する。

研究者のツール

COVID-Netの判定精度は92.4%とあまり高くはなく、まだ、医療ツールとして病院で使える品質とは言えない。一方、COVID-Netは研究者コミュニティにより改良が進み、精度や機能が向上し、医療ツールとして使えるよう進化する。今は研究のためのプロトタイプであるが、これをベースに新型コロナウイルスの治療技術が進むと期待される。

遺伝子変異から新型コロナウイルスの感染経路を解明、中国での感染拡大と同時に世界に拡散

新型コロナウイルスが世界各国で広がり世界保健機関(WHO)はパンデミックを宣言した。トランプ大統領は、国家非常事態宣言を発令し、新型ウイルス対策に500億ドル支出する。新型コロナウイルスはどのように広がったのか、ウイルスの遺伝子解析でその経路が見えてきた。

出典: Nextstrain

Nextstrain

これはNextstrainが開発したソフトウェアによるもので、新型コロナウイルスの感染経路をグラフィカルに表示する(上の写真)。これを見ると世界でどのように感染が進んだのかを時系列に把握できる。新型コロナウイルスの遺伝子解析の結果をもとに経路を推定した。Nextstrainは非営利団体の研究機関でオープンソースの手法でウイルスの感染をリアルタイムに把握する技術を開発している。過去にもインフルエンザ、エボラ出血熱、ジカウイルスの感染経路の解析を実施している。

新型コロナウイルスの発祥地

新型コロナウイルスの遺伝子は頻繁に変異を起こし、それを手掛かりに感染経路を特定する。遺伝子が変異し多くの種別が生まれるが、それを「家系図」で示している(下の写真)。ウイルスの遺伝子は左から右に向かって変異していく。左側が先祖で右側が子供となる。丸印は感染者を表わし、丸印と丸印の間で遺伝子が変異している。左右の実線は遺伝子の世代関係を示す。

ウイルスは発生場所により色分けされている。紫色の部分が武漢で検出されたウイルスで、これらは左端に集中している。これらが新型コロナウイルスの初期の患者となる。更に、世界各国で検知されたウイルスはこの子孫にあたり、新型コロナウイルスの最初の感染は武漢で起こり、それが各国に拡大したと推定される。(緑色系は欧州各国で、赤色は米国を示す。日本は薄い青色で示されている。)

出典: Nextstrain

ウイルスが拡大したルート

Nextstrainはウイルスが広がった経路をマップ上にアニメーションで示している。武漢で新型コロナウイルスが急拡大すると同時に、2020年1月中旬には、これが世界に蔓延した(下の写真)。米国では主要都市に、欧州ではイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどに広がった。この時期に、日本にもウイルスが持ち込まれた。

出典: Nextstrain

武漢での新型コロナウイルスの急拡大を受け、各国は中国からの入国を禁止する措置を取り、2月中旬にはウイルスの移動は止まった(下の写真)。

出典: Nextstrain

中国からの感染は止まったものの、この時点では既に手遅れで、欧州と米国で感染者数が急増した。3月上旬には欧州域内で感染が広がるとともに、今度は、欧州から他の地域へウイルスの移動が始まった(下の写真)。米国は3月13日、欧州からの入国を制限したが、既に米国内で感染者が急増している。

出典: Nextstrain

欧州内での感染経路

今では欧州が新型コロナウイルスの発生場所となっている。欧州では同じグループの遺伝子が多数の国で検出され、欧州ではウイルスが国を跨って循環していると推定される(下の写真)。特に、イギリス・ドイツ・オランダ間で同じタイプのウイルスが循環している。

出典: Nextstrain

米国の感染経路

米国には異なるルートで中国からウイルスが持ち込まれた(下の写真)。米中間は人の行き来が多く、多くの都市で感染が広がった。いまワシントン州で市中感染が大規模に発生しているが、これらのウイルスを解析すると、武漢から持ち込まれたウイルスの子孫にあたる。

出典: Nextstrain

イランからの感染が広がる

イランで感染者が急増しているが、これが世界に広がっている。イランを訪問した人が世界各地にウイルスを持ち込んでいる。特に、オーストラリア、ニュージーランド、英国、米国などに広がっている。イラン国内の感染者の遺伝子情報はないが、各国にもたらされた遺伝子は極めて類似性が高く、イランでは一種類のウイルスが国内に蔓延していると推定できる。

出典: Nextstrain

日本の感染経路

日本には数回にわたり新型コロナウイルスが持ち込まれた。これらはすべて武漢からで、これ以外の国からの感染は無い。1月下旬に、大阪、奈良、京都でウイルスが検知され、その直後、静岡と東京でウイルスが検知されている。日本には1月下旬に集中的にウイルスが武漢から流入している。ただし、日本のサンプル数は11と少なく、2月以降のデータはなく、武漢以外の感染経路は特定されていない。

出典: Nextstrain

感染を防ぐには

これらのグラフを見ると武漢で新型コロナウイルスが蔓延し、このウイルスが世界各地に持ち込まれたことが分かる。多くの国で中国からの入国を制限したが、その時点では既に多くの感染者が入国している。米国では最初の感染者は1月15日に武漢からワシントン州に帰国した人物に特定された。いまシアトル近郊で大規模な集団感染が発生しているが、遺伝子解析の結果、そのルーツは最初の感染者にあることが分かっている。

ウイルスのアウトブレークを監視

米国政府は2月初旬に中国からの入国を制限したが、その時には既に米国内で感染が広がっていた。いかに早くウイルスのアウトブレークを検知し、移動を制限するかが決め手となる。米国では新しいタイプのウイルスのアウトブレークを監視する団体が活動しているが、この役割の重要性が改めて認識されている。

経路推定のメカニズム

新型コロナウイルスはRNAタイプのウイルスで、RNAは約3万対の塩基から構成されている。ウイルスが増殖するときにRNAが複製されるが、エラーチェック機能がなく、頻繁に複製の間違い(変異)が起きる。平均して、ウイルスが二回感染すると、RNAは一回変異を起こす。多くの種類のRNAが生成されることになり、これを手掛かりに遺伝子の成長の過程を解析する。この手法は「Pathogen Phylogenies」と呼ばれる。実際には、世界各地でウイルスの遺伝子解析が行われ、その情報はGISAIDに集約される。NextstrainはGISAIDの遺伝子情報を使い、その配列を解析してウイルスが感染した経路を推定した。GISAIDはドイツ・ミュンヘンに拠点を置く非営利団体で医療技術の研究を推進している。

シリコンバレーで新型コロナウイルス治療薬の開発が進む、最新バイオ技術がこの危機を救えるか

サンフランシスコ郊外で感染経路が不明な新型コロナウイルス感染者が見つかり、米国社会の緊張感が一気に高まった。これに先立ち、トランプ大統領は臨時の記者会見を開き、国民に落ち着いて行動するよう求めた。一方、CDCは深刻な事態に直面しており、新型コロナウイルスの蔓延は避けられないとの見解を示した。NIHは新型コロナウイルスの治療薬の開発状況を説明し最新医学の力でこの危機を乗り切る姿勢を示した。

出典: Centers for Disease Control and Prevention

期待される治療薬

この記者会見の中でアメリカ国立衛生研究所(NIH)のAnthony Fauciは、既に新型コロナウイルスの治療薬の臨床試験を進めていることを明らかにした。この治療薬は「remdesivir(レムデシビル)」と呼ばれ、Gilead Sciencesにより開発された。Remdesivirは幅広い種類のウイルスを対象とし、エボラウイルス(Ebola Virus)の治療で効果をあげた。また、動物実験でMERS(Middle East respiratory syndrome)とSARS(Severe acute respiratory syndrome)で効果があることが報告されている。

臨床試験が始まる

Remdesivirを人間に投与してその効用を検証する臨床試験が始まった。これはNIH配下の国立アレルギー・感染症研究所(National Institute of Allergy and Infectious Diseases)が主導し、ネブラスカ大学医学部(University of Nebraska Medical Center)で実施されている。これが米国での最初の臨床試験となり、クルーズ船Diamond Princessの乗客でチャーター機で帰国した患者が被験者となる。世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルスの治療薬候補を公開しており、そこには50余りの治療薬がリストされている。この中で、WHOはremdesivirに期待しており、この薬が新型コロナウイルスに効果があるとの見解を示している。

治療薬の仕組み

Remdesivirは新型コロナウイルス(正式名称はSARS-CoV-2、下の写真)に感染した細胞の中で、ウイルスがRNAの複製を造るプロセスを阻害することで、病気(正式名称はCOVID-19)の進行を抑止する。新型コロナウイルスはRNAウイルスで、MERSやSARSも同じタイプである。RemdesivirはMERSにおける動物実験で効果をあげており、同じタイプのウイルスである新型コロナウイルスでも効果があると期待されている。事実、GileadはC型肝炎の治療薬「Harvoni」でこの手法を使っており、その効果が実証されている。C型肝炎ウイルスはRNAウイルスで、Gileadはこの分野で多くの知見を有している。

出典: National Institute of Allergy and Infectious Diseases

補足情報:ウイルスの種類

ウイルスは遺伝子情報を格納する形式でDNAウイルスとRNAウイルスに区分される。DNAウイルスはウイルス内部にDNAを持ち、ここに遺伝子情報を格納する。天然痘を引き起こすウイルスなどがこのタイプとなる。一方、RNAウイルスはRNAに遺伝子情報格納する。新型コロナウイルスはこのタイプで、感染すると体内の細胞の中にウイルスのRNAが放出され、そのコピーが作られ増殖する。新型コロナウイルスは名前が示す通り、新しい種類のコロナウイルスとなる。コロナウイルスには前述のMERSやSARSが含まれ、哺乳類や鳥類に感染し病気を引き起こす。人間の場合は呼吸器感染症などを引き起こす。

Gilead Sciencesとは

Gilead Sciencesはシリコンバレーに拠点を置くバイオ製薬会社で、基礎研究をベースに医療技術を開発している(下の写真)。Gileadは抗ウイルス薬(Antiviral drug)を中心に研究を進め、HIV、B型肝炎、C型肝炎などの治療薬を出荷している。GileadはスイスRocheにインフルエンザ治療薬をライセンスしており「Tamiflu(タミフル)」のブランドで出荷されている。Gilead本社の近くにはGenentechやAlphabet配下のVerilyやCalicoがオフィスを構えており、バイオ技術と情報技術を組み合わせ、先端医療技術を生み出している。

出典: Gilead Sciences

ワクチンの開発状況

この他に、新型コロナウイルスに対するワクチンの開発も進んでいる。インフルエンザを予防するためにワクチンの接種をするが、新型コロナウイルスの予防にもワクチンが欠かせない。通常、ワクチンを開発して製造するまでには3年から4年かかり、この方法では新型コロナウイルスの治療に間に合わない。このため、新たな手法でワクチンの開発が進んでいる。Moderna Therapeuticsは合成したMessenger RNAを体内に注入することで免疫力をつける手法を取る。既に、ワクチンのサンプルをNIHに送付し、臨床試験が4月から開始される。また、InovioはNIHからの助成金を受け新型コロナウイルス向けのワクチンの開発を進めている。

新型コロナウイルスの遺伝子配列

新型コロナウイルスのワクチンを開発するためには、ウイルスの遺伝子配列情報が必須となる。ウイルスの遺伝子配列からその種別や特性などを理解する。中国の研究グループは2019年12月、新型コロナウイルスの遺伝子配列を解析しデータベース「GenBank」に登録した(下のグラフィックス)。病気発症から一か月余りでウイルスの全遺伝子を解読し、この情報が治療薬開発などで使われている。これに続き日本の研究グループは2020年1月、遺伝子配列を解読しGenBankに登録している。この解析データによると、新型コロナウイルスのRNAは29903の塩基対から構成され、11の遺伝子を含んでいることが分かる。GenBankとはNIHが運営するデータベースで、人間を含む生物組織の遺伝子配列が登録されている。自由にアクセスでき、医療技術の発展に寄与している。

出典: GenBank

遺伝子の合成

ワクチンや治療薬の開発では新型コロナウイルスの遺伝子配列情報だけでなく、ウイルスの遺伝子そのものが必要になる。感染者からライブのウイルスを採取してワクチンを開発するのでは時間がかかり、今ではウイルスの遺伝子を研究室で生成する手法が使われる。先進バイオベンチャーなどからウイルスのDNAを人工的に生成した合成遺伝子(Synthetic DNA)が提供されている。サンフランシスコに拠点を置くTwist Bioscienceはこの分野のトップ企業で、ウイルスや酵母の遺伝子を生成し、これを研究機関に提供している。実際に、Twist Bioscienceは新型コロナウイルスの遺伝子を合成し、前述のInovioに提供している。Inovioはこの合成遺伝子で新型コロナウイルスのワクチンを開発している。

出典: Twist Bioscience

遺伝子合成とその危険性

遺伝子を生成する手法は早くから使われてきたが、生成するコストが高く、幅広く普及するには至らなかった。2000年当時、一対の塩基を生成するために10ドルを要した。その後、技術が進み、2010年にはこれが1ドルとなり、現在は0.09ドルで生成でき、医薬品や新素材開発の基礎を支えている。ただ、この手法が悪用されると、テロリストがウイルスを生成し、それを兵器として使う恐れがある。この手法は「Mail-Order Virus」として警戒されている。遺伝子合成が悪用されることを防ぐため、Twist Bioscienceなど合成生物学企業は、生成する遺伝子配列やそれを発注した企業などを政府の規定に従って精査し、安全であることを確認して合成遺伝子を発送する。

出典: Centers for Disease Control and Prevention

サンフランシスコで非常事態宣言

サンフランシスコ郊外で新型コロナウイルスの感染者が見つかり動揺が広がっている。これは感染経路が特定できない市中感染(Community Spread)で、病院の医師は既に多くの感染者がいるとの見解を示し全米で危機感が高まった。カリフォルニア州知事は、8,100人に感染の疑いがあるとして検査を実施する方針を示した。ただ、新型コロナウイルスを検査するためのキット(上の写真)はアメリカ疾病予防管理センター(CDC)から支給されるが、カリフォルニア州全体で200セットしかなく数量が不足している。CDCはキットを増産し、これから本格的な検査が始まることになる。ここで多くの患者が見つかる可能性もあり、サンフランシスコ市は非常事態宣言を発令し、市民に対応を呼びかけている。トランプ大統領は楽観的な見方を示しているが、市民は重大事態が発生することに身構えている。

2035年不老不死の技術が登場!? もう15年健康でいれば永遠に生きられる

Ray Kurzweilは2045年にSingularityに到達し、AIが人間の知能を追い越すと予測する。また、Kurzweilは2035年までに人類は不老不死の技術を手に入れると予測している。これは「Longevity Escape Velocity」という考え方で、我々が一つ歳を取るうちに、技術進化で寿命が一年以上伸びることを意味する。つまり、我々は老いるより早く若返ることを意味し、あと15年元気であればこのポイントに到達する。

出典: MIT

旧約聖書創世記

旧約聖書(Old Testament)の創世記(Genesis)に登場する原初の人類は寿命が格段に長い。最初の人間アダム(Adam)は930歳まで生きたと記されている。ノアの箱舟(Noah’s Arch)でなじみ深いノア(Noah)は950歳まで生きた。ノアは500歳で三人の子供をもうけ、600歳の時に神のお告げに従い箱舟を作り、家族と他の動物たちと一緒に乗り込んだ。

寿命が短くなる

一方、箱舟を流した大洪水の後は聖書に登場する人物の寿命は徐々に短くなっていく。出エジプト記(Book of Exodus)で登場するモーゼ(Moses)は、虐げられていたユダヤ人(Israelite)を率いてエジプトから脱出するが120歳で亡くなっている。120歳が人間の寿命の限界と考えられる所以はここにある。(下のグラフ、旧約聖書に登場する人物の寿命をプロットしたもの。ノアからモーゼまで寿命は指数関数的に減衰(Exponential Decay)している。)

出典: Institute for Creation Research

寿命が短くなった理由:宗教的解釈

大洪水の前は長生きをしていのに、その後寿命が短くなっていくが、その理由について様々な解釈がある。その一つが、ノアの洪水の時、神は人間の寿命の上限を120歳に定めたという解釈。ノアの洪水からモーゼの出エジプトまでは750年の開きがあるが、この期間に寿命が950歳から120歳まで徐々に短くなった。これは神が介入(Devine Intervention)し遺伝子を操作し、それが年代を経て伝わり、寿命が徐々に短くなったという考え方で、宗教界ではこの解釈が一般的。

寿命が短くなった理由:生物学的解釈

一方、バイオロジーの観点からは、寿命が短くなったのは生物進化に原因があると解釈されている。人間にとって長寿はデメリットであるという考え方で、食料が不足していた時代には、若い世代を育てるために、高齢の世代は早く死んでいく。これにより食料が若い世代に行き渡り、子孫が繁栄できる。生物学的に理のかなったプロセスで、これがアカデミアの一般的な解釈となる。

Longevity Escape Velocity

食料が足りている今の時代に、120歳に制限された人間の寿命を延ばす研究が進んでいる。また、人間は何歳まで生きることができるのか議論が続いている。その一つが「Longevity Escape Velocity」という考え方で、長寿を達成するための仮定として議論される。具体的には、Longevity Escape Velocityは1年歳を取る間に、1年以上寿命が延びる状態を意味する。例えば、一つ歳を取る間に、寿命を二年延ばす技術が登場すると、人間は永遠の生命を手にすることになる。(下のグラフ、Longevity Escape Velocityを示したもので、縦軸が平均余命で、いま50歳以下の人は永遠に寿命が延びる。一方、いま80歳以上の人はこの恩恵にあずかれない。)

長寿技術の進化

Longevity Escape VelocityというコンセントはRay Kurzweilらが提唱したもので、人間の寿命を予測するためのモデルとなる。KurzweilはLongevity Escape Velocityへの到達は予想外に早く、もう10年から12年するとこの技術が登場すると述べている。また、これを達成するには抗がん剤などの医薬品では不可能で、バイオロジーの進化が必須となる。具体的には、超小型ロボット(Nanobot)を開発し、これらが免疫システムとして稼働する。超小型ロボットは白血球のようにがん細胞を見つけてそれを破壊する役割を担う。また、損傷した組織を修復する機能も持つ。

出典: Wikipedia

未来予測の手法

KurzweilのSingularityは世界の注目を集めているが、Longevity Escape Velocityについては知名度が低い。Longevity Escape VelocityはSingularityと同様に未来予測であり、どれだけの精度で的中できるのかはわからないが、Kurzweilの過去の実績を見ると八割の精度で予想を的中させている。Longevity Escape Velocityについても予測通りの未来が到来するのかもしれない。

結果を見届ける

つまり、Kurzweilの予測が正しければ、2035年ころまでにはLongevity Escape Velocityの技術が登場する。予想外に早く長寿の技術が登場し、あと15年ほど健康でいれば、不老不死の技術の恩恵を受けることができる。これはあくまでKurzweilの予測であるが、AIやバイオロジーが加速度的に進化する中、あと15年健康で暮らしてLongevity Escape Velocityの結果を見届けるのもいいかもしれない。

若い血液を輸血すると老化が止まる、若返りの分子を特定し不老不死の薬を開発

シリコンバレーでBiogerontologyが注目を集めている。BiogerontologyとはBiology(生物学)とGerontology(ジェロントロジー、老化の科学)を合わせた造語で、なぜ動物や人間は老化するのかを生物学の観点から研究する学問を指す。AIなどの最新技術を取り入れ、老化のメカニズムを解明し、老化のプロセスを抑制する薬の開発が始まった。

出典: Harvard Innovation Labs

Elevianというベンチャー企業

Biogerontologyの分野ではCalicoに注目が集まるが、ベンチャー企業からイノベーションが生まれようとしている。Elevianは Allston(マサチューセッツ州)に拠点を置くベンチャー企業で(上の写真)、身体を若返らせる薬の研究を進めている。これに先立ち、ハーバード大学の研究グループは血液の中に存在する微量のたんぱく質が老化を止める機能があることを発見した。Elevianは大学と共同でこれを薬として開発する研究を進めている。

若返りのたんぱく質

身体を若返らせるたんぱく質はGDF11 (Growth Differentiation Factor 11)と呼ばれる。Elevianは老化に伴う病気の治療薬をGDF 11を使って開発している。対象は虚血性心疾患(Coronary artery disease)、 2型糖尿病 (Type II Diabetes)、アルツハイマー病(Alzheimer‘s Disease)などで、臨床試験前の研究が進められている。

若返りの研究

秦の始皇帝が不老不死の薬を探すよう命じた話は有名であるが、人体を若返らせる研究は早くから実施されてきた。若い人の血を輸血すると若返りの効果があると言われてきたが、1950年代にはコーネル大学でこの研究が始まった。この手法はParabiosisと呼ばれ、2014年にはスタンフォード大学の研究グループがマウスを使った実験でその効果を確認した。若いマウスと高齢のマウスを接続し、血液を相互に循環させると、高齢のマウスの脳や筋肉組織の機能が向上した (下の写真)。

出典: Nature

ハーバード大学の研究

ハーバード大学のAmy Wagers教授らもこの効果を確認し、更に、何が若返りの要因であるかの研究を進めた。血液の中の物質を調べ若返りに寄与する分子を探した。具体的には、若いマウスと高齢のマウスの血液を比較し、両者の間の組成成分の差異を計測した。代謝(Metabolome)や脂質(Lipidome)について解析したが有益な情報は得られなかった。たんぱく質解析(Proteomics)で、1300のたんぱく質を検証したところ、GDF 11がその要因であることを突き止めた。

マウスでの効果

Amy Wagers教授らは、次のステップとして、マウスを使ってGDF 11の効果を検証した。GDF 11は自然界に存在するたんぱく質で体内で生成される。同グループはこれを人工的に生成しマウスに注入しこの効果を観察した。GDF 11を高齢のマウスに注入すると、心臓肥大(cardiac hypertrophy)を抑制できることが確認され、心臓疾患を防ぐ効果があることが分かった。また、骨格筋(skeletal muscle)の修復作用が増すことも確認された。更に、マウスの活動が活発になり、脳機能が向上し、体内の血液循環が良くなったと報告している。

人体での効果は

GDF 11を人体に適用することはできないが、別の研究グループは、体内のGDF 11の量と病気発症の確率を調べた。その結果、心臓疾患患者はGDF 11のレベルが低いことが判明。反対に、GDF 11のレベルが高いグループは心臓疾患を引き起こす割合が低いことが明らかになった。更に、死亡率とGDF 11のレベルは反比例することも分かり、GDF 11が人体にもたらすメリットに期待が集まった。

商用化への取り組み

これら基礎研究の結果をベースに、ElevianはAmy Wagers教授を中心とするハーバード大学の研究グループと共同で、GDF 11を使った薬の開発に着手した。Elevianは大学のコーワーキングスペース「Pagliuca Harvard Life Lab」に入居し(下の写真)、研究グループと密接に開発を進めている。この開発は業界で注目され、Bold Capital Partnersなど著名ベンチャーキャピタルがElevianに出資している。

出典: Pagliuca Harvard Life Lab

ロードマップ

ElevianはGDF 11を適用した薬を開発するが、最初の適用は虚血性心疾患となる。その後、糖尿病やアルツハイマー病の薬が開発される。薬の開発は臨床試験を始める前の段階で、製品が完成するまでには時間を要す。GDF 11は細胞や組織を若返らせる効果を持っており、体の多くの部分に適用できるのではと期待されている。Elevianには老化研究の第一人者が揃っており、その将来に注目が集まっている。