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サンフランシスコ地区は全米で初めて集団免疫に到達、ウイルスの変異や人の移動が続く中どう免疫を維持するかが課題

米国で新型コロナウイルスのワクチン接種が急ピッチで進んでいる。ペースは地域により大きく異なり、サンフランシスコ地区はワクチン接種率が極めて高く、全米で初めて集団免疫(Herd Immunity)に到達した。集団免疫とは地区住民の殆どがワクチン接種を終え、ウイルスの感染が抑え込まれた状態を指す。一方、ウイルスの変異や人の往来が進み、集団免疫がコロナの終息に結び付くのか、慎重な意見は少なくない。

出典: VentureClef

ワクチン接種の状況

サンフランシスコ地区では2020年12月から医療従事者や高齢者を対象にワクチン接種が始まった。当初はワクチン供給量が少なく、接種対象者が限定されたが、2021年4月からは16歳以上が対象となり、希望するひとすべてにワクチンが行き渡り、接種回数が大幅に上昇した。

集団免疫に到達

このため、サンフランシスコでは少なくとも1回のワクチン接種を済ませた人の割合が72%となった。また、シリコンバレー中心部サンタクララ郡でもワクチン接種が進み、少なくとも1回の接種を済ませた人の割合は70.4%となった(下のグラフ、上段)。集団免疫については色々な解釈があるが、集団の7割が免疫を持つと感染の連鎖を断ち切れるとの考え方が主流で、サンフランシスコ地区はこのポイントに到達したことになる。ただ、日ごとのワクチン接種件数は4月をピークに減少に転じており(下のグラフ)、ワクチン忌避への対応がこれからの課題となる。

出典: Santa Clara County Public Health

感染者数は大きく減少

ワクチン接種が進むなかコロナウイルス感染者数が大きく減少している。いま、カリフォルニア州が米国で一番安全な場所といわれている。全米でワクチン接種が進むが、カリフォルニア州の接種率が突出しており、これがコロナウイルス感染者数に表れている。サンタクララ郡では2021年1月をピークに感染者数が急速に減少し、今では一日の感染者数が98人となっている(下のグラフ)。人口10万人当たりの感染者数は、米国平均は102人であるが、サンタクララ郡は2.7人と低い数字を示している。

出典: Santa Clara County Public Health

集団免疫についての考え方

集団免疫(Herd Immunity)とは住民の大部分が免疫を持つことで感染病の拡大を防ぐ効果を指す。多くの住民が免疫を持てばこれが楯となり、病気感染の連鎖を断ち切ることができる。ワクチン接種で体内に抗体が生成され、これが感染症に対する免疫となる。

このポイントに到達するには

定義は明快であるが、住民の何割がワクチン接種を受けるとこのポイントに到達するかが議論となっている。集団免疫は感染の度合いにより決まり、病気が感染しやすい場合は多くの人が免疫を持たないとアウトブレークは止まらない。病気の感染のしやすさは基本再生産数(Basic Reproduction Number、略称はR0)と呼ばれ、一人の患者から何人に感染するかという指標となる。一人の患者から平均して二人に病気がうつると、基本再生産数は2となる。

新型コロナの基本再生産数

新型コロナウイルスは遺伝子が変異し異なるタイプが生まれ、基本再生産数は変異株ごとに異なる。米国では疾病予防管理センター(CDC)がパンデミック対策の基礎データとして新型コロナウイルスの基本再生産数を2.0から3.0と推定している。この数字をベースに計算すると、免疫化される集団の割合は0.5から0.67となり、住民の7割がワクチン接種を済ませる必要がある。

集団免疫に到達できないという意見

一方、サンフランシスコ地区だけで集団免疫に到達しても、他の地域で感染を抑え込めなければ、人の移動でウイルスが域内に持ち込まれる。また、新型コロナウイルスはRNAタイプで、頻繁に変異を繰り返し、感染力の強いウイルスが生まれている(下のマップ、米国で広がる変異株)。カリフォルニア州は英国型変異株(B.1.1.7)が主流で感染者が増える要因となっている。今後、ワクチンをすり抜けるウイルス変異株の発生が予測され、集団免疫を維持できるのかが問われている。

出典: CDC

ワクチン忌避の問題

また、集団免疫に到達するのを阻害する要因としてワクチン忌避(vaccine hesitancy)がある。宗教的または心情的な理由でワクチンの接種を躊躇する集団があり、ワクチン接種が進まない原因となっている。新型コロナウイルスのケースでは地域により際立った特性を示している(下のマップ、色の濃い部分:ワクチン忌避率が高い地域)。ワクチン忌避の全米平均が37%であるのに対し、サンフランシスコ地区は8%と極めて低く、これがワクチン接種率を押し上げる要因となっている。(カリフォルニア州やニューヨーク州など民主党基盤ではワクチン忌避率は低い。一方、ユタ州やノースダコタ州など共和党基盤ではワクチン忌避率が高い。)

出典: CDC

ワクチン接種が身近になる

宗教や政治や信条によるワクチン忌避者を説得することは難しいが、ワクチン接種が進まないもう一つの理由は接種を受けるプロセスの複雑さにある。バイデン政権はこの問題を解決するために、全米で統一したサイトを開発した。これは「Vaccines.gov」と呼ばれ、このサイトから自宅周辺の接種場所を検索し、そこでワクチン接種の予約ができる(下の写真)。今では、大型施設での集団接種だけでなく、薬局やスーパーマーケットで手軽に接種できるようになった。これでワクチン接種を躊躇する問題が解決すると期待されている。

出典: Vaccines.gov

全米で集団免疫を目指す

トランプ政権ではコロナ感染症対策の効果が上がらず、感染者や死者の数が急増し社会に危機感が広がった。バイデン大統領が就任してからは感染防止対策が徹底し、また、ワクチン接種が急ピッチで進んでいる。バイデン大統領はアメリカ独立記念日(7月4日)までに、国民の70%が少なくとも一回のワクチン接種を終えることを目標に定めた。集団免疫という言葉は使わなかったが、この目標を達成すると感染を抑えみ、普段の生活に戻ることができる。アメリカのコロナ感染症対策はバイデン政権で大きな転機を迎えた。

【ワクチン接種を受けてみると】

ワクチン接種の予約が取れない

実際に、二回のワクチン接種を済ませたが、ハプニングに見舞われながらも、米国巨大プロジェクトの機敏性を感じた。ワクチン接種で苦労したのは予約の取得であった。ワクチン接種の責任者がカリフォルニア州政府、地方自治体、病院など複数の団体にまたがっており、それぞれのサイトにアクセスし、空きスポットを探すこととなった。カリフォルニア州政府のサイトで予約待ちをしていたが回答は無く、最終的に、サンタクララ郡が運営するメガサイト(サンフランシスコ・フォーティナイナーズのスタジアム、下の写真)で1回目のワクチン(ファイザー)接種を受けた。(この問題を解決するため上述のVaccines.govが開発された。)

出典: VentureClef

ワクチン接種がキャンセルとなる

二回目のワクチン接種は21日後に同じサイトで予約していたが、サンタクララ郡から予約をキャンセルしたとの連絡を受けた。理由はワクチン供給量の不足で、Kaiser Permanente(かかりつけの病院)がワクチンを”横取り”したので、そこで二回目の接種を受けるよう指示された。急遽、病院に問い合わせ、調整を重ねワクチン接種の予約が取れた。

出典: VentureClef

病院の特設テントで接種を受ける

病院は大量のワクチン接種を行えるよう、敷地内に特設テントを設け(先頭の写真)、野戦病院と化して接種を進めた(上の写真)。接種会場でワクチンの効用や副反応などの資料を手渡され、また、専任スタッフが質問に応じてくれた。ワクチン接種のデータは病院の電子カルテに入力され、ホームドクターがこれを確認する手順となった。誰もが初めての経験で、失敗しながらも政府と民間が共同で大きなプロジェクトを推進するダイナミックさを実感した。

タンパク質フォールディングでブレークスルー!!DeepMindはアミノ酸配列からたんぱく質3D構造を予測するAIで50年に渡るチャレンジに解を出す

アミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を推定する技法は「タンパク質フォールディング」と呼ばれ、生物学のグランドチャレンジとして、50年にわたり研究が続いてきた。DeepMindは高度なAI「AlphaFold」でこの問題に挑戦し、ついにこれを解くことに成功した。これは生物学の革命と称賛され、医療や製薬が大きく進展すると期待されている。(下の写真:タンパク質フォールディングの事例で、タンパク質の3D形状をイラストで示している。緑色の形状が実測値で、青色の形状がAlphaFoldの予測。)

出典: DeepMind

生物学のグランドチャレンジ

タンパク質はヒトや他の生物を構成する基本単位で、その数は2億種類にのぼる。ヒトは2万種類のタンパク質で構成され、これらが生命の源となる。タンパク質は3D構造が重要で、その形状が機能を決定し、また、他のタンパク質との相互作用を司る。このため、タンパク質は「structure is function」といわれ、その3D構造の解明が続いてきた。しかし、構造を解明できたタンパク質の数はわずかで、3D構造解析が生物学のグランドチャレンジとされてきた。

タンパク質フォールディング

タンパク質はアミノ酸の配列で構成され、ヒトのタンパク質は20種類のアミノ酸で構成される。DNA情報を元にアミノ酸の配列が生成され、それが折り畳まれて3D構造のタンパク質となる。アミノ酸とアミノ酸が結合するとき、両者の距離や結合角度が決まり、らせん配列(Alpha Helix)やシート配列(Pleated Sheet)の構造となる。更に、これらが絡み合い、3D構造のタンパク質ができる。タンパク質がどのように折り畳まれているかを解明する研究を「Protein Folding Problem」と呼び、過去50年にわたり研究が続いてきた。

実験による3D構造の解明

タンパク質の形状を実測するために様々な手法が使われている。主なものは、低温電子顕微鏡法(cryo-electron microscopy)、 核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance)、X線回折(X-ray crystallography)などで、実験的手法でその形状を把握する。これらが標準手法(Gold standard)で高精度に形状を把握できるが、測定には時間と経験と費用がかかる。

AlphaFold2の概要

DeepMindはタンパク質の実測に代わり、ニューラルネットワークで形状を推定する研究を進めている。このAIは「AlphaFold」と呼ばれ、アミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を推定する。AlphaFoldは既に形状が判明しているタンパク質のデータを使って教育された。AlphaFoldは10万のタンパク質のアミノ酸配列と3D形状を学習し、新たなタンパク質の形状を推定できるようになった。その最新版「AlphaFold2」は高精度に3D形状を推定できる。

出典: DeepMind

タンパク質フォールディングのコミュニティ

DeepMindはタンパク質フォールディングのコミュニティCASP (Critical Assessment of protein Structure Prediction)でずば抜けた性能を示した。CASPはアミノ酸の配列からタンパク質の3D形状を予測するコンペティションで二年ごとに実施される。DeepMindは2018年にはAlphaFoldで、今年は最新モデルAlphaFold2で参戦し、破格の成績を示した(上のグラフ)。

ベンチマーク結果

タンパク質フォールディングの性能はGDT(Global distance test)という指標で示される。これは実験で得られたタンパク質3D構造と予測した3D構造がどれだけ重なるかを査定し、100点満点で示される。AlphaFold2のスコアは90点を超え(上のグラフ右端)、これはタンパク質フォールディングの解を示したと解釈される。つまり、AlphaFold2は実測と同じ精度でタンパク質の3D形状を推定できることを意味する。

新型コロナウイルスの解析

DeepMindはAlphaFoldを新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に応用し治療法の研究に貢献している。新型コロナウイルスは30種類のタンパク質から成り、それらの3D構造の解析が進んでいる。しかし、その中で6種類のタンパク質についてはその形状が分からず、DeepMindはその中の「ORF3a」の形状を特定することに成功した(下の写真)。青色の形状がAlphaFoldによる推定で、緑色の形状がUC Berkeley Brohawn Labによる実測値で、推定結果は実測値に極めて近いことが示された。その後、AlphaFoldはもう一つのタンパク質「ORF8」の3D構造を解明した。

出典: DeepMind

医療への応用

AlphaFoldがタンパク質の3D形状を推定することで、医療技術が大きく進化すると期待されている。その一つが感染症対策で、アフリカなどの途上国で蔓延している感染症「睡眠病(sleeping sickness)」の治療法開発に役立つとされる。睡眠病はツェツェバエが媒介する感染症で、タンパク質の形状が分からないことが病気治療の妨げとなっている。これらは「neglected tropical diseases」と呼ばれ、医療の手が届かず放置された状態の病気で、緊急の対策が求められている。

新薬開発

また、製薬会社はAlphaFoldで分子構造を把握することで、新薬開発が大きく進展すると見ている。新薬開発では複数の候補分子を選び、そこから効果のあるものを絞り込み、完成までに10年の歳月と25億ドルの費用が掛かるとされる。AlphaFoldで病気に関与する人体のタンパク質の形状が分かると、それに効果のある分子を特定でき、新薬開発が大きく進化する。

出典: DeepMind

DeepMindの苦戦と成果

DeepMindは「AlphaGo」を開発し、高度なAIが囲碁の世界チャンピオンを破り、社会に衝撃を与えた。その後、DeepMindは研究開発を進めるが、社会に役立つAIが登場せず、その開発戦略が問われていた。AlphaGoから5年が経過するが、AlphaFoldはタンパク質フォールディングで画期的な成果を示し、今度は社会に役立つAIで世界を驚かせた。(上の写真、AlphaFold開発チーム、今年は在宅勤務で研究を続行。)

ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルス治療薬を開発、次のコロナのパンデミックに備える

スタンフォード大学は新型コロナウイルス感染症を、ゲノム編集技術CRISPRを使って治療する技法を開発した。この技法は「PAC-MAN」と呼ばれ、CRISPR-Cas13が新型コロナウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を防ぐ。この手法は現行の新型コロナウイルスだけでなく、コロナウイルスに幅広く適用でき、次のコロナのパンデミックを防ぐことができると期待されている。

出典: Lei S. Qi et al.

PAC-MANという技法

この研究の内容はライフサイエンス分野の学術雑誌Cellに「Development of CRISPR as an Antiviral Strategy to Combat SARS-CoV-2 and Influenza」として公開された。これはCRISPR-Cas13ベースの治療技術で、PAC-MAN (prophylactic antiviral CRISPR in human cells)と呼ばれる。PAC-MANは、CRISPRが肺に侵入した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を検知し、Cas13がこのウイルスのRNAを切断し、ウイルスの増殖を抑える。更に、A型インフルエンザウイルス(influenza A virus)にも有効でウイルスの増殖を抑止する。

CRISPR-Cas13と新型コロナウイルス

PAC-MANは、ビデオゲームのパックマンがドットを食べるように、新型コロナウイルスのRNAをかみ切る(上のグラフィックス)。細胞が新型コロナウイルスに感染すると、ウイルスのRNAがリリースされる。PAC-MANはCRISPR RNA(crRNA)とCas13から構成される。crRNAが細胞に侵入したウイルスのRNAを見つけ、酵素であるCas13がその配列を切断する。これにより、ウイルスのRNAは機能を失い増殖が停止する。

将来のコロナパンデミックに備える

また、この技法を使うと将来のコロナウイルスのパンデミックを抑止できる。具合的には、crRNAを六種類用意すると(下のグラフィックス、右側中段)、コロナウイルスの90%を認識し、Cas13がこのRNA配列を切断する。この六種類のcrRNAを使うと、過去にパンデミックとなったMERS(MERS-CoV)やSARS(SARS-CoV)を抑止できた。また、次のパンデミックはどの種類のコロナウイルスが引き起こすのかは分からないが、90%の確率でこれを抑止できる。

出典: Lei S. Qi et al.  

(上のグラフィックス:円の中心はコロナウイルスの種類、内側の円はPAC-MANが有効なコロナウイルス、外側の円はパンデミックとなったコロナウイルスで赤色の部分が新型コロナウイルスを示す。)

CRISPRのデリバリー手法

この研究ではPAC-MANを新型コロナウイルス患者の肺細胞にどのような手法で送り届けるかも重要なテーマとなる。新型コロナウイルスは肺細胞に感染し増殖するが、PAC-MANをここにデリバリーすることは容易ではない。この研究に関しては、Molecular Foundryの技術が使われた。Molecular Foundryとは国立研究所「Lawrence Berkeley National Laboratory」の組織でライフサイエンス分野のナノテクノロジーの研究を進めている。

出典: Illustration courtesy of R.N. Zuckermann, Lawrence Berkeley National Laboratory

Lipitoidというデリバリー方法

CRISPR医療ではcrRNAとCasのパッケージをどのような手段で細胞にデリバリーするかが課題となる。Molecular Foundryは「Lipitoid」の研究を進めており、ここにPAC-MANを搭載し肺細胞に送り届ける。Lipitoidとは人工的に生成された分子で、DNAとRNAで自律的に生成する。このLipitoidの直径は1ナノメートル(10^-9 メートル)でウイルスほどの大きさのナノ粒子(上のグラフィックス、円形の部分)で、ここにPAC-MANを組み込み(緑色の部分)、それを肺細胞へデリバリーする。

開発スケジュール

実際に、2020年4月、肺の上皮細胞(Epithelial cells)を使って、LipitoidによるPAC-MANデリバリーの試験が実施された。次のステップはニューヨーク大学と共同で、動物実験を実施し、新型コロナウイルスへの効果を検証する。このプロセスが上手くいくと、次は規模を拡大して、臨床試験前の実験を進める。

新しいアプローチ

今すぐにCRISPRで新型コロナウイルス感染症の治療ができるわけではないが、今までにないアプローチでその効果が期待されている。特に、インフルエンザにも有効で、多くの患者を救うことができる。更に、コロナウイルスの種類は数が多く、次のパンデミックが懸念されるなか、CRISPRがこれを防ぐ技術になると期待されている。

ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルスを検知、5分で結果が分かり感染対策の切り札として期待される

バイデン次期大統領は政権移行の準備を進め、先週、新型コロナウイルス対策のタスクフォースのメンバーを発表した。就任後はこのチームが司令塔となり、世界最悪とも言われる米国のコロナウイルスと戦うことになる。バイデン次期大統領は、科学と技術を最大限に活用し、都市をロックダウンすることなく、感染を食い止めるとしている。

出典: Melanie Ott et al.

現行のコロナウイルス検知技術

コロナ対策でカギを握るのはウイルスの検知技術で、短時間で正確に判定できる技法が求められている。現在はPCR検査が主流であり、高精度に判定できるものの、結果が出るまでに時間を要す。また、処理量を増やすことが難しく、これらが感染拡大を防げない要因とされる。

CRISPRベースの検査

いま、ゲノム編集技術CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術の開発が進んでいる。ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナ教授らの研究チームは先月、CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術を発表した。この技法を使うと5分間でウイルスを検知でき、感染拡大を防ぐ切り札になると期待されている。

検査キットの概要

検査キットは専用デバイスとスマホから構成され(上の写真、左側)、判定結果はスマホに表示される(上の写真、右側)。採取した検体をサンプル容器にいれ、それを専用デバイス(箱型の部分)に装着する。ここにレーザー光を照射し、これを専用デバイス上のスマホカメラで読み取る。新型コロナウイルスを検知するとサンプルは緑色に発光し、陽性であることを示す。また、光の強度はウイルスの数を示し、陽性判定だけでなく、検体の中のウイルスの量を把握できる。このキットは病院や会社などで使われ、現場でリアルタイムに感染状況を把握できる。

CRISPRで検知する仕組み

検査キットはCas13aとcrRNAを使い、新型コロナウイルスに特有のRNA配列を検知する(下のグラフィックス)。検査キットにはマーカー(Reporter RNA)が入っており、ウイルスのRNAを検知するとCas13aがその周囲のマーカーを切断する。マーカーが切断されると蛍光物質が放出され、ここにレーザー光線を照射すると発光する。この光を検知することでウイルスの存在を把握する。

出典: Melanie Ott et al.

感染対策の決め手

CRISPRベースの検査キットは既に使われているが、検査結果が出るまに1時間かかり、更なる改良が求められていた。ダウドナ教授らの研究チームはこれを大幅に短縮し、5分で結果を得ることに成功した。また、この方式はウイルスの量が少なくても検知できるとしている。新型コロナウイルスに感染した直後は、ウイルス量が少なく検知が難しいが、この方式はこれを解決した。短時間で高感度でウイルスを検知でき、感染対策の切り札として期待されている。

[米国における新型コロナウイルス検査方法]

新型コロナウイルスの検査の種類

新型コロナウイルスの検査ではPCR検査と抗原検査が普及している。PCR検査はウイルスのRNAの断片を検知することで感染を把握する。抗原検査はウイルスを特徴づける抗原(タンパク質)を検知し感染を把握する。ここにCRISPR検査が加わった。CRISPRベースの検査では、ウイルスを特徴づけるRNAの断片を遺伝子編集の手法で把握する。

PCR検査

ウイルス検査ではPCR検査(RT-PCR、Reverse transcription polymerase chain reaction)が標準手法で、高精度で判定でき幅広く使われている。PCR検査は20年の歴史があり、新型コロナウイルス以外でも標準検査として定着している。一方、PCR検査は特殊機器を備えた施設で実施され、検査結果がでるまでに数日かかる。医療現場で手軽に検査できないことが課題となっている。

高速PCR検査

この問題を解決するため、PCR検査を高速で処理するキットが開発された。これはAbbottが開発した「ID Now」で(下の写真)、アメリカ食品医薬品局はこれを医療機器として認可した。検体を採取して15分ほどで結果がでることから注目を集めた。トランプ大統領が記者会見でID Nowを推奨したことで有名となった。一方、ID Nowは検査精度が高くなく、利用法が難しいことが指摘される。実際に、大統領や高官が相次いでウイルスに感染し、検知精度の限界が明らかになった。

出典: Abbott

抗原検査

抗原検査キットは多くの企業から販売されている。Abbottは「BinaxNOW」というブランドで販売している(下の写真)。特殊な機器は不要で短時間で結果がでるため容易テストとして使われている。抗原検査はPCR検査に比べ精度は低く、また、偽陰性(陽性を陰性と判定)と判定されるケースが多い。

出典: Abbott

CRISPR検査

マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く新興企業Sherlock BioSciencesはCRISPRベースの新型コロナウイルス検知キットを開発した。これは「Sherlock CRISPR SARS-CoV-2 Kit」と呼ばれ、アメリカ食品医薬品局が認可した最初の製品となった。この基礎技術はマサチューセッツ工科大学のFeng Zhang教授らにより開発され、技術改良が進んでいる。

出典: Sherlock BioSciences

シリコンバレーでアンチエイジングの研究が白熱、遺伝子解析とAIで若返る

合成生物学の国際会議「SynBioBeta」が開催され、最新の研究成果が発表された。合成生物学とは生物学と情報工学が融合した分野の研究で、遺伝子解析とAIが結び付きブレークスルーが生まれている。その一つがアンチエイジングの研究で、老化を抑止する医療品や製品が生まれている。

出典: One Skin

One Skinという新興企業

SynBioBetaでOne Skin創業者のCarolina Reis Oliveiraがアンチエイジング研究の成果を説明した。One Skinとはサンフランシスコに拠点を置く新興企業で、合成生物学の手法でアンチエイジングの研究を進めている。最初の成果がスキンケアサプリメント「OS-01」(上の写真)で、今日から販売が開始された。これを顔や手の肌につけると、皮膚の寿命(Skinspan)を延ばすことができる。多くのアンチエイジング製品が販売されているが、One Skinは老化した細胞を取り除くことで皮膚を若返らせるアプローチを取る。

老化とは

人は年を取ると、肌にしわができ、関節が痛み、白髪が増える。老化することは自然の摂理で、避けることはできないと考えられてきた。しかし、老化の研究が進み、そのメカニズムが分かり始め、今では老化は病気であると認識されている。このため、シリコンバレーを中心に、老化という病気を治療する研究が進んでいる。

老化のメカニズム

しかし、老化は極めて複雑な生理現象で、その詳細は分かっていない。アメリカ国立衛生研究所によると、老化の原因は九つあり、その一つが「Cellular Senescence」と呼ばれる現象である。これは「細胞の老化」という意味で、細胞が老化し、活性化が止まった状態を指す。この状態の細胞は老化細胞「Senescent Cells」と呼ばれる。人間の細胞は、生まれてから分裂を繰り返し成長するが、年を取るとこの細胞分裂が停止し、これ以上細胞分裂が起こらない状態となる。(下の写真、皮膚の細胞を示したもので、透明な部分が正常な細胞で、青色の部分が老化細胞)。

出典: One Skin

老化の役割

細胞の老化は体を守るための現象で、老化細胞や傷ついた細胞は、免疫系(Immune System)により取り除かれる。免疫系は体内の病原体や遺物を殺滅するほかに、老化細胞を取り除く役割を担っている。老化は古くなった細胞の分裂を停止させる機能で、これらが取り除かれ新たな細胞が生まれ、組織が若返る。

老化が問題となるのは

しかし、老化が問題となるのは、老化細胞が取り除かれないまま体内に蓄積されるためである。加齢とともに免疫系の機能が低下し(Immunosenescent)、老化した細胞が取り除かれないまま体内に蓄積される。古い細胞が増えることで新たな細胞が生まれないだけでなく、周囲の正常な細胞にダメージを与え、これらを老化細胞に変えていく。これにより、ガンや心臓疾患や認知症などを発症する。また、関節炎や骨粗しょう症の原因となる。これが老化の問題点で、老化細胞が取り除かれないまま蓄積することで起こる。

One Skinの手法

One Skinはこの老化細胞を取り除く技術を開発している。肌のアンチエイジングに焦点を当て、肌に蓄積する老化細胞を取り除くことで、皮膚を若返らせる技術を開発した。膨大な数のペプチド(Peptide、アミノ酸で構成された短い分子)を調べ、OS-01というペプチドが老化細胞を取り除く効果があることを発見。研究室での実験でOS-01は皮膚の老化細胞を25%から50%取り除くことができその効果を実証した。また、人体に適用しその効果を確認した。(下の写真、老化した肌(左側)にOS-01を12週間適用すると張りのある肌(右側)となった。)

出典: One Skin

人の老化を止める薬

SynBioBetaでOliveiraは、この研究の最終ゴールは人の老化を抑止する医薬品を開発することであると述べ、そのロードマップを説明した。研究は進行中で、アンチエイジングに効果のあるペプチドOS-01を線虫の一種であるC elegansに適用すると寿命が12%伸びたと、その成果を説明した。次のステップはこれを人間に適用し、老化に起因する病気の治療を目指す。具体的には、皮膚角化疾患(psoriasis)や関節リウマチ(rheumatoid arthritis)の治療薬を開発する計画である。

100歳まで健康に暮らす

シリコンバレーの識者の間で健康寿命の捉え方が変わりつつある。老化の研究が急速に進化しており、100歳まで健康で活躍できると考える人が増えてきた。革新的なアンチエイジング医療の研究が盛んで、健康管理を怠らなければ、我々は新技術の波に乗り、余命が大きく伸びそうだ。「100 is the new 60」という言葉をよく耳にする。これは、これからの100歳は従来の60歳という意味で、100歳まで元気に働ける時代は目の前に迫っている。

[OS-01の開発手法]

遺伝子と細胞年齢

One Skinは生物学と機械学習を駆使しOS-01の開発に成功した。One Skinは、研究室でヒトの肌を培養し、このプラットフォームの上でアンチエイジングの研究を展開。また、機械学習の手法で細胞の年齢を推定するアルゴリズムを開発。遺伝子のマーカーを細胞年齢の指標として使った。このアルゴリズムを使い、開発したペプチドで細胞がどれだけ若返ったかを推定した。(下の写真、アルゴリズムの結果を示し、縦軸が細胞の年齢で横軸がその推定年齢。)

出典: One Skin

ペプチドの生成

ペプチドのライブラリーから微生物を殺す機能を持つペプチドを検索。そこから、有望なペプチドを絞り込み、それを参照して、老化細胞を殺滅する機能を持つペプチドを人工的に生成した。生成したペプチドは、通常の細胞には影響はなく、老化細胞だけを殺滅する機能を持つ。このペプチドが「OS-01」で、アンチエイジングに効果があることを実験室で(In Vitro)確認した。更に、実際に人体に適用して(In Vivo)、その効果を確認した。(下の写真、左側が老化した皮膚で、右側はOS-01を適用して若返った皮膚、細胞が密になりカラム状の構造を取る)

出典: One Skin