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ゲノム編集技術CRISPRで新型コロナウイルスを検知、5分で結果が分かり感染対策の切り札として期待される

バイデン次期大統領は政権移行の準備を進め、先週、新型コロナウイルス対策のタスクフォースのメンバーを発表した。就任後はこのチームが司令塔となり、世界最悪とも言われる米国のコロナウイルスと戦うことになる。バイデン次期大統領は、科学と技術を最大限に活用し、都市をロックダウンすることなく、感染を食い止めるとしている。

出典: Melanie Ott et al.

現行のコロナウイルス検知技術

コロナ対策でカギを握るのはウイルスの検知技術で、短時間で正確に判定できる技法が求められている。現在はPCR検査が主流であり、高精度に判定できるものの、結果が出るまでに時間を要す。また、処理量を増やすことが難しく、これらが感染拡大を防げない要因とされる。

CRISPRベースの検査

いま、ゲノム編集技術CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術の開発が進んでいる。ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナ教授らの研究チームは先月、CRISPRを使った新型コロナウイルス検知技術を発表した。この技法を使うと5分間でウイルスを検知でき、感染拡大を防ぐ切り札になると期待されている。

検査キットの概要

検査キットは専用デバイスとスマホから構成され(上の写真、左側)、判定結果はスマホに表示される(上の写真、右側)。採取した検体をサンプル容器にいれ、それを専用デバイス(箱型の部分)に装着する。ここにレーザー光を照射し、これを専用デバイス上のスマホカメラで読み取る。新型コロナウイルスを検知するとサンプルは緑色に発光し、陽性であることを示す。また、光の強度はウイルスの数を示し、陽性判定だけでなく、検体の中のウイルスの量を把握できる。このキットは病院や会社などで使われ、現場でリアルタイムに感染状況を把握できる。

CRISPRで検知する仕組み

検査キットはCas13aとcrRNAを使い、新型コロナウイルスに特有のRNA配列を検知する(下のグラフィックス)。検査キットにはマーカー(Reporter RNA)が入っており、ウイルスのRNAを検知するとCas13aがその周囲のマーカーを切断する。マーカーが切断されると蛍光物質が放出され、ここにレーザー光線を照射すると発光する。この光を検知することでウイルスの存在を把握する。

出典: Melanie Ott et al.

感染対策の決め手

CRISPRベースの検査キットは既に使われているが、検査結果が出るまに1時間かかり、更なる改良が求められていた。ダウドナ教授らの研究チームはこれを大幅に短縮し、5分で結果を得ることに成功した。また、この方式はウイルスの量が少なくても検知できるとしている。新型コロナウイルスに感染した直後は、ウイルス量が少なく検知が難しいが、この方式はこれを解決した。短時間で高感度でウイルスを検知でき、感染対策の切り札として期待されている。

[米国における新型コロナウイルス検査方法]

新型コロナウイルスの検査の種類

新型コロナウイルスの検査ではPCR検査と抗原検査が普及している。PCR検査はウイルスのRNAの断片を検知することで感染を把握する。抗原検査はウイルスを特徴づける抗原(タンパク質)を検知し感染を把握する。ここにCRISPR検査が加わった。CRISPRベースの検査では、ウイルスを特徴づけるRNAの断片を遺伝子編集の手法で把握する。

PCR検査

ウイルス検査ではPCR検査(RT-PCR、Reverse transcription polymerase chain reaction)が標準手法で、高精度で判定でき幅広く使われている。PCR検査は20年の歴史があり、新型コロナウイルス以外でも標準検査として定着している。一方、PCR検査は特殊機器を備えた施設で実施され、検査結果がでるまでに数日かかる。医療現場で手軽に検査できないことが課題となっている。

高速PCR検査

この問題を解決するため、PCR検査を高速で処理するキットが開発された。これはAbbottが開発した「ID Now」で(下の写真)、アメリカ食品医薬品局はこれを医療機器として認可した。検体を採取して15分ほどで結果がでることから注目を集めた。トランプ大統領が記者会見でID Nowを推奨したことで有名となった。一方、ID Nowは検査精度が高くなく、利用法が難しいことが指摘される。実際に、大統領や高官が相次いでウイルスに感染し、検知精度の限界が明らかになった。

出典: Abbott

抗原検査

抗原検査キットは多くの企業から販売されている。Abbottは「BinaxNOW」というブランドで販売している(下の写真)。特殊な機器は不要で短時間で結果がでるため容易テストとして使われている。抗原検査はPCR検査に比べ精度は低く、また、偽陰性(陽性を陰性と判定)と判定されるケースが多い。

出典: Abbott

CRISPR検査

マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く新興企業Sherlock BioSciencesはCRISPRベースの新型コロナウイルス検知キットを開発した。これは「Sherlock CRISPR SARS-CoV-2 Kit」と呼ばれ、アメリカ食品医薬品局が認可した最初の製品となった。この基礎技術はマサチューセッツ工科大学のFeng Zhang教授らにより開発され、技術改良が進んでいる。

出典: Sherlock BioSciences

シリコンバレーでアンチエイジングの研究が白熱、遺伝子解析とAIで若返る

合成生物学の国際会議「SynBioBeta」が開催され、最新の研究成果が発表された。合成生物学とは生物学と情報工学が融合した分野の研究で、遺伝子解析とAIが結び付きブレークスルーが生まれている。その一つがアンチエイジングの研究で、老化を抑止する医療品や製品が生まれている。

出典: One Skin

One Skinという新興企業

SynBioBetaでOne Skin創業者のCarolina Reis Oliveiraがアンチエイジング研究の成果を説明した。One Skinとはサンフランシスコに拠点を置く新興企業で、合成生物学の手法でアンチエイジングの研究を進めている。最初の成果がスキンケアサプリメント「OS-01」(上の写真)で、今日から販売が開始された。これを顔や手の肌につけると、皮膚の寿命(Skinspan)を延ばすことができる。多くのアンチエイジング製品が販売されているが、One Skinは老化した細胞を取り除くことで皮膚を若返らせるアプローチを取る。

老化とは

人は年を取ると、肌にしわができ、関節が痛み、白髪が増える。老化することは自然の摂理で、避けることはできないと考えられてきた。しかし、老化の研究が進み、そのメカニズムが分かり始め、今では老化は病気であると認識されている。このため、シリコンバレーを中心に、老化という病気を治療する研究が進んでいる。

老化のメカニズム

しかし、老化は極めて複雑な生理現象で、その詳細は分かっていない。アメリカ国立衛生研究所によると、老化の原因は九つあり、その一つが「Cellular Senescence」と呼ばれる現象である。これは「細胞の老化」という意味で、細胞が老化し、活性化が止まった状態を指す。この状態の細胞は老化細胞「Senescent Cells」と呼ばれる。人間の細胞は、生まれてから分裂を繰り返し成長するが、年を取るとこの細胞分裂が停止し、これ以上細胞分裂が起こらない状態となる。(下の写真、皮膚の細胞を示したもので、透明な部分が正常な細胞で、青色の部分が老化細胞)。

出典: One Skin

老化の役割

細胞の老化は体を守るための現象で、老化細胞や傷ついた細胞は、免疫系(Immune System)により取り除かれる。免疫系は体内の病原体や遺物を殺滅するほかに、老化細胞を取り除く役割を担っている。老化は古くなった細胞の分裂を停止させる機能で、これらが取り除かれ新たな細胞が生まれ、組織が若返る。

老化が問題となるのは

しかし、老化が問題となるのは、老化細胞が取り除かれないまま体内に蓄積されるためである。加齢とともに免疫系の機能が低下し(Immunosenescent)、老化した細胞が取り除かれないまま体内に蓄積される。古い細胞が増えることで新たな細胞が生まれないだけでなく、周囲の正常な細胞にダメージを与え、これらを老化細胞に変えていく。これにより、ガンや心臓疾患や認知症などを発症する。また、関節炎や骨粗しょう症の原因となる。これが老化の問題点で、老化細胞が取り除かれないまま蓄積することで起こる。

One Skinの手法

One Skinはこの老化細胞を取り除く技術を開発している。肌のアンチエイジングに焦点を当て、肌に蓄積する老化細胞を取り除くことで、皮膚を若返らせる技術を開発した。膨大な数のペプチド(Peptide、アミノ酸で構成された短い分子)を調べ、OS-01というペプチドが老化細胞を取り除く効果があることを発見。研究室での実験でOS-01は皮膚の老化細胞を25%から50%取り除くことができその効果を実証した。また、人体に適用しその効果を確認した。(下の写真、老化した肌(左側)にOS-01を12週間適用すると張りのある肌(右側)となった。)

出典: One Skin

人の老化を止める薬

SynBioBetaでOliveiraは、この研究の最終ゴールは人の老化を抑止する医薬品を開発することであると述べ、そのロードマップを説明した。研究は進行中で、アンチエイジングに効果のあるペプチドOS-01を線虫の一種であるC elegansに適用すると寿命が12%伸びたと、その成果を説明した。次のステップはこれを人間に適用し、老化に起因する病気の治療を目指す。具体的には、皮膚角化疾患(psoriasis)や関節リウマチ(rheumatoid arthritis)の治療薬を開発する計画である。

100歳まで健康に暮らす

シリコンバレーの識者の間で健康寿命の捉え方が変わりつつある。老化の研究が急速に進化しており、100歳まで健康で活躍できると考える人が増えてきた。革新的なアンチエイジング医療の研究が盛んで、健康管理を怠らなければ、我々は新技術の波に乗り、余命が大きく伸びそうだ。「100 is the new 60」という言葉をよく耳にする。これは、これからの100歳は従来の60歳という意味で、100歳まで元気に働ける時代は目の前に迫っている。

[OS-01の開発手法]

遺伝子と細胞年齢

One Skinは生物学と機械学習を駆使しOS-01の開発に成功した。One Skinは、研究室でヒトの肌を培養し、このプラットフォームの上でアンチエイジングの研究を展開。また、機械学習の手法で細胞の年齢を推定するアルゴリズムを開発。遺伝子のマーカーを細胞年齢の指標として使った。このアルゴリズムを使い、開発したペプチドで細胞がどれだけ若返ったかを推定した。(下の写真、アルゴリズムの結果を示し、縦軸が細胞の年齢で横軸がその推定年齢。)

出典: One Skin

ペプチドの生成

ペプチドのライブラリーから微生物を殺す機能を持つペプチドを検索。そこから、有望なペプチドを絞り込み、それを参照して、老化細胞を殺滅する機能を持つペプチドを人工的に生成した。生成したペプチドは、通常の細胞には影響はなく、老化細胞だけを殺滅する機能を持つ。このペプチドが「OS-01」で、アンチエイジングに効果があることを実験室で(In Vitro)確認した。更に、実際に人体に適用して(In Vivo)、その効果を確認した。(下の写真、左側が老化した皮膚で、右側はOS-01を適用して若返った皮膚、細胞が密になりカラム状の構造を取る)

出典: One Skin

ヒト受精卵の遺伝子解析で健康でIQの高い赤ちゃんを出産、AIでスーパーベイビーを誕生させることは許されるか

米国でヒトの受精卵の遺伝子解析が静かに広がっている。体外で受精した卵子の遺伝子を解析し、病気発症を予測する。複数の受精卵の中から、病気を発症する確率が低いものを選び、健康な赤ちゃんを出産する。更に、遺伝子解析でIQの高い受精卵を特定でき、賢い赤ちゃんを産むことができる。しかし、スーパーベイビーを生むことに対しては、深刻な倫理問題を内包し、社会的な批判が大きい。

出典: Genomic Prediction

受精卵の遺伝子解析技術

この技術を開発したのはGenomic Predictionという新興企業で、受精卵の遺伝子を解析し、生まれてくる子供の特性を把握する。受精した卵子から細胞を取り出し、その遺伝子配列を把握し、生まれてくる子供が罹りやすい病気を予測する。更に、子供の将来の身長やIQなど、身体特性を予測することもできる。

成人向けの遺伝子解析との相違

ヒトの遺伝子解析は幅広く普及しており、米国では23andMeなどが個人向けに解析サービスを提供している。唾液などの検体を送れば、発症する可能性が高い病気や身体の特性について知ることができる。これに対し、受精卵の遺伝子解析では、複数個(例えば5個)の受精卵を準備し、これらの遺伝子を解析し、その中で最も優れている受精卵を選んで出産する。23andMeは将来の健康状態を把握するために利用するが、Genomic Predictionは健康で優秀な子孫を残すために使われる。

受精卵の遺伝子解析のプロセス

この検査は体外受精(In Vitro Fertilization) のプロセスの中で実施される。体外で卵子と精子を受精させ、受精卵は細胞分裂を開始し胚(Embryo)となる。胚から細胞を取り出し、遺伝子の配列を解析する。体外受精は不妊治療として実施されるが、この際に受精卵の遺伝子検査を受ける。また、家系に重大な遺伝子病がある場合は、体外受精を実施し、病気発症の遺伝子を持っていない受精卵を選び出産する。

出典: UC San Francisco

体外受精の件数が増加

受精卵の遺伝子解析が広がっているが、この背景には体外受精で出産する件数が増えていることがある。世界的に女性の出産年齢が上昇する傾向にあり、体外受精で子供を授かるケースが増えている。特に、デンマークやベルギーでこの傾向が高く、出生する子供の10%が体外受精といわれている。これに対して、日本は5%で、米国は3%であるが、先進国で体外受精の割合が増加している。

病気発症のリスク

Genomic Predictionは受精卵の遺伝子解析「Pre-Implantation Genomic Testing」により、生まれてくる子供が一生のうちに病気を発症するリスクを査定する。対象となる病気は、糖尿病、乳がん、心臓疾患など10を超え、発症する確率を予測する。(下の写真、病気の種類と発症の確率)。このケースでは糖尿病を発症するリスクが平均より高いと査定された。被験者はこの受精卵を避け、病気発症のリスクが低いと判定された受精卵を選び出産する。生まれてくる赤ちゃんは糖尿病を発症する確率がぐんと低くなり、健康な生活を送ることができる。

出典: Genomic Prediction

病院で検査を受ける

Genomic Predictionの遺伝子解析サービスは医療機関を通じて提供される。提携している医療機関の数は少ないが、米国ではスタンフォード大学大学病院(Stanford Medicine Fertility and Reproductive Health、下の写真)経由でサービスを提供している。被験者は病院で診察を受け、必要に応じて受精卵の遺伝子検査を受ける。議論を呼ぶ治療法であるため、受精卵の遺伝子解析は慎重に進められている。

出典: Stanford Medicine

IQを予測する

Genomic Predictionの遺伝子検査で生まれてくる赤ちゃんの将来の身長やIQを推定することができる。身長やIQなど身体特性は受精卵の遺伝子配列から決まり、身長のケースでは予測誤差は3センチメートルとしている。また、IQについても、知能の高さと遺伝子配列の間で強い相関関係が認められ、高い精度で予測できる。ただし、IQの予測は重大な倫理問題を含んでおり、Genomic Predictionはこの解析サービスを中止した。

遺伝子解析と倫理問題

受精卵の遺伝子を解析することで、健康状態や身体特性を予測し、ベストな受精卵を選び出産することに関し、社会の意見は割れている。病気発症を予測するなど医療目的で使うことに対しては、一定の理解が得られている。しかし、この技術をIQなど身体特性の予測に適用し、優秀な赤ちゃんを生むことに対しては厳しい批判が相次いでいる。このため、米国においてGenomic Predictionの予測技術は健康状態を把握することに限定して使われている。

出典: Genomic Prediction

スーパーベイビーの誕生

人間の欲望は貪欲で、重大な倫理問題を抱える手法であるが、優秀な赤ちゃんを産むことに対し根強い願望がある。これからは、多くの赤ちゃんが体外受精で生まれてくることになり、優秀な受精卵を選択する機会が増える。また、iPS細胞(Induced pluripotent stem cell)を使えば、体細胞(例えば皮膚の細胞)から卵細胞を生成できる。これにより、数個ではなく数多くの受精卵を生成でき、スーパーベイビーの誕生に繋がる。倫理的にも科学的にも許容されるものではないが、世界のどこかで研究が進んでいるのは間違いない。

[技術情報:遺伝子解析とAI]

Predictor

遺伝子変異から病気発症や身体特性を予測するために高度なAIが使われている。Genomic Predictionは遺伝子特性(Genotype)から身体特性(Phenotype)を推定するAI「Predictor」を開発した。このAIは受精卵の遺伝子配列から、生まれてくる赤ちゃんの特性を算定する。遺伝子特性では一塩基多型(Single-nucleotide polymorphism、SNP)をシグナルとして使っている。対象としたSNPの数は80万で、遺伝子特性の99%をカバーする。

UK Biobank

AI開発では教育データがカギを握るが、Genomic Predictionは遺伝子バンク「UK Biobank」のデータを利用した。UK Biobankとは英国の非営利団体が構築した遺伝子データセットで、ここに50万の遺伝子と、4000億を超えるSNPが格納されている。これらのデータを使ってアルゴリズムを教育し、完成したアルゴリズムの精度が検証された。

Polygenic Prediction

Genomic Predictionは「Polygenic Prediction」という手法を使って病気発症を予測する。病気を引き起こす遺伝子は一つではなく、複数の遺伝子が関与している(下の写真右側、乳がんのケース)。AIはこれら複数の遺伝子変異から病気発症の確立を算出する。これに対し、「Monogenic Prediction」という手法は一つの遺伝子から病気発症の確立を算定する(下の写真左側)。Genomic PredictionはMonogenic Predictionに比べ予測精度が高い。

出典: Genomic Prediction

病気発症リスクの低下

この試験(Preimplantation Genetic Testing)により病気発症のリスクを下げることができる。体外受精で受精卵をランダムに選択した場合と、この試験によりリスクの低い受精卵を選択した場合を比較すると、生まれてくる子供が将来病気を発症する確率が大きく下がる(上のグラフ)。11の病気で発症リスクが下がり、心臓発作は46.9%、糖尿病(タイプI)は33%低下する。

出典: Nathan Treff et al.

IQの予測精度

Genomic PredictionはSNPとIQの間に強い相関関係(Correlation coefficientが0.7)があるとしている。また、アルゴリズムを教育するデータ数を増やせば、高い精度でIQを予測することができる。IQは遺伝するのか、それとも生活環境に依存するのか議論が続いているが、Genomic PredictionはIQを決定する要因の80%が遺伝子であるとしている。

研究課題

AIはUK Biobankに登録されている人の遺伝子情報で教育された。UK Biobankには英国を中心に欧州の人々の遺伝子情報が登録されている。このため、このアルゴリズムを他の人種に適用すると予測精度が低下する。このため、人種ごとの遺伝子情報でアルゴリズムを教育する必要がある。その際に、Transfer Learning(アルゴリズムを手直しすることなく他のデータで教育)の手法を用いることができるかがこれからの研究課題となる。

遺伝子解析とデータ

遺伝子解析による予測精度はアルゴリズムを教育するデータの量と質に依存する。このため、国や企業が大規模な遺伝子データセットを構築することが遺伝子工学の進歩に繋がる。米国ではNIHや23andMeなどが遺伝子データセットの整備を進めている。23andMeはGoogleが出資している新興会社で、消費者の個人データを収集し、これを解析することで収益を上げる構造となっている。検索や広告事業と同様に、遺伝子解析事業では消費者の個人データを大規模に収集することが成功に繋がる。

新型コロナの感染をウェアラブルで検知する、AIが身体データを解析し症状が出る前に病気を把握

コロナ社会で安全に生活するには、感染者を把握し、拡大を防ぐことが必須条件となる。このためPCR検査を定期的に実施し、感染状態を把握し、コロナの封じ込めを試みている。感染者の特定には時間がかかるため、PCR検査に代わりウェアラブルで病気を把握する研究が始まった。ウェアラブルで被験者の動きをモニターし、収集したビッグデータをAIで解析し、発病前に感染の有無を判定する。

出典: Evidation Health

研究プロジェクト

これは米国政府の新型コロナに関する先進研究で、シリコンバレーの新興企業Evidation Healthが手掛けている。Evidation Healthはウェアラブルで被験者のデータを収集し、それを機械学習の手法で解析し、感染したことを判定する。研究資金は米国生物医学先端研究開発局(Biomedical Advanced Research and Development Authority)とビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation)はから拠出され、研究成果は一般に公開される。

Evidation Healthとは

Evidation Healthは医療分野におけるAI企業で、身体のビッグデータを機械学習の手法で解析し、新たな知見を得る研究を進めている。新型コロナの研究では同社のプラットフォーム「Achievement platform」でデータ解析が実行される(下の写真)。これは医療ビッグデータを解析するためのプラットフォームで、被験者から採取したデータをアルゴリズムで解析するための様々な機能を備えている。医療機関はこのプラットフォームを利用して新しいアルゴリズムやそソフトウェアを開発する。例えば、薬に対する反応を把握し、患者に最適な治療法を確立することが可能となる。

出典: Evidation Health  

新型コロナ感染を検知

この研究では300人の被験者から健康に関するデータを収集し、このプラットフォームで解析する。具体的には、ウェアラブルで睡眠状態や活動状態などの挙動に関するデータを収集し、また、被験者は健康状態を定期的にレポートする。対象者はコロナ患者を治療する医療従事者などで、感染リスクが高いグループの協力を得て進められる。

倫理的にデータを収集

この研究では4YouandMeが被験者のデータを収集するプロセスを担う。4YouandMeは非営利団体で、医療データの収集を倫理的に実行する。個人データはスマホとスマートリング「Oura Ring」(下の写真)で収取され、これらは匿名化して解析される。スマートリングは、心拍数、体温、活動状態、睡眠状態をモニターする。更に、被験者は毎日、健康状態に関する質問票に回答する。調査期間は最大6か月で、収集されたデータはEvidation Healthのプラットフォームで解析される。この研究ではアルゴリズムの検知精度がカギで、このためには大量の高品質なデータの採取が必須となる。

Oura Ringとは

Oura Ringはフィンランドの新興企業Oura Healthが開発したスマートリングで健康管理のために使われている。Jack Dorsey(Twitter創業者)やMarc Benioff(Salesforce創業者)などシリコンバレーの著名人が使っていることで有名になった。また、プロスポーツではNBA(男子プロバスケットボールリーグ)がOura Ringを使って選手の健康状態を管理することを発表した。シーズンが再開し、選手は定期的に体温測定やPCR検査を受けるが、Oura Ringを併用することで体調の異常を早期に検知する。

出典: Oura Health

スマートウォッチでコロナを検知

コロナと共棲する社会では常に感染のリスクがあり、これをリアルタイムに検知し、アウトブレークを抑え込むことが求められる。感染をウェアラブルで検知できれば、コロナ社会での安全対策の効率が格段に向上する。このため、スマートウォッチを使ってコロナ感染を検知する研究も始まった。スタンフォード大学はApple WatchやFitbitなどを使い、心拍数などのデータをAIで解析し感染者を特定する研究を進めている。

オフィス再開と東京オリンピック

在宅勤務が終わり、これから社員がオフィスに戻るが、コロナ感染をどう検知するかが問われている。この切り札がウェアラブルで、社員の感染を症状が出る前にキャッチして、隔離措置を取る。更に、2021年は、コロナの中でオリンピックが開催されるが、選手を感染から守るためにも、感染をリアルタイムで検知するツールが求められる。コロナに感染すると、スマホやスマートウォッチに警告メッセージを表示することが可能となるのか、ウェアラブルとAIを組み合わせてコロナを検知する技法に期待が集まっている。

米国の新型コロナワクチン開発戦略、ハイリスクな技術で2021年1月までに十分な供給量を確保

都市閉鎖を解除して元の生活に戻るためには新型コロナウイルスのワクチンが必須条件となる。世界各国でワクチンが開発されており、その数は130を超える。通常、ワクチン開発には長い年月を要すが、米国政府はこれを大きく短縮する作戦「Operation Warp Speed」を発表した。連邦政府は100億ドルの予算を組み、民間企業に資金を供給し開発を加速させる。

出典: CNN

Operation Warp Speedとは

トランプ政権は2020年5月、Operation Warp Speedを発表した。これはワクチン開発と量産体制を同時に進めるもので、開発されているワクチンの安全性と有効性の目途がついた時点で、ワクチンを製造し、提供時期を早めるというもの。複数のワクチンを対象に、臨床試験の最終結果が出る前に、先行して製造し、配布ロジスティックスを準備する。このため、ワクチン開発に失敗すると、先行投資した製造施設や作り置きしたワクチンは無駄となる。

開発中のワクチン

WHOは世界で開発されているワクチンを集約しウェブサイトで公開している。ここに開発中のワクチン情報が集約され、全体像を把握することができる。これによると130種類のワクチンが開発されており、その中で10種類が臨床試験の段階に進んでいる(下のテーブル、臨床試験に進んだワクチン)。

出典: WHO

米国政府が出資しているワクチン

Operation Warp Speedはこの中で有望なワクチンを開発している会社に資金を提供し、開発のプロセスを加速している。実際に、ワクチン開発プロジェクト5社に出資しており(下の写真)、その中で臨床試験に進んでいるのはModernaとAstraZenecaの2社となる。これら二社が本命で、米国のパンデミックを抑止する切り札と期待されるが、ワクチン開発が成功するかどうかは予断を許さない。

本命のワクチン

Modernaは米国企業でワクチン「mRNA-1273」を開発しており、4億3000万ドルの出資を受けている。Modernaは革新的なアプローチで、ウイルスのmRNA(Messenger RNA)を投与し、体内でウイルスを生成する手法を取る。また、英国製薬大手AstraZenecaはオックスフォード大学と共同で「ChAdOx1」というワクチンを開発しており、12億ドルの出資を受けている。オックスフォード大学は遺伝子情報からウイルスを生成し、これをワクチンとして使う手法を取る。

出典: U.S. Department of Health & Human Services

ワクチン開発で連邦政府の役割

ワクチン開発では米国保健福祉省配下のBiomedical Advanced Research and Development Authority (BARDA)が製薬会社に資金を提供しワクチン開発を支援する。BARDAはバイオテロや感染症パンデミックなどの緊急事態に対応するために、医療品を短期間で開発し、これを備蓄することをミッションとする。新型コロナウイルスのパンデミックがこのケースに当たり、ワクチンや治療薬などの開発や製造を加速するために民間企業を支援している。

Modernaの開発状況

Modernaは世界で最初に臨床試験を始めた会社で、現在は第Ⅱ相で、来月から第Ⅲ相に進む。Modernaはアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)と共同で開発を進めており、Anthony Fauci所長は2020年11月から12月ころに1億ドースのワクチンを製造するとしている。臨床試験の結果を待たず先行して作り置きしておき、その頃までにはワクチンの有効性が判明する。もし、臨床試験をクリアできなかったら、作り置きしておいたワクチンは廃棄処分となる。

AstraZenecaの開発状況

BARDAは、英国企業AstraZenecaに最大12億ドル出資し、開発を支援するが、その見返りとして2020年10月までに3億ドースのワクチンの供給を受けると発表した。AstraZenecaチームの臨床試験は続いており、ワクチンは事前に作り置きしておくが、治験をクリアするとワクチンを接種できる。一方、開発に失敗するとワクチンは廃棄される。Operation Warp Speedはワクチンを選定する基準やワクチン評価に関する情報を公開しておらず、なぜけた違いに大きい資金を出資するのかについては明らかにされていない。

中国のワクチン開発状況

BARDAは世界の有望なワクチン開発プロジェクトに出資しているが、中国とは提携していない。中国ではCanSino BiologicsやWuhan Institute of Biologicalなど四団体がすでに臨床試験を進めている。その中で先頭を走るのがCanSino Biologicsで、治験第Ⅱ相に進んでおり、被験者の体内で抗体が生成されたと報告している(下の写真、CanSino Biologicsが開発したワクチン)。カナダ首相Justin Trudeauは、カナダの研究機関で治験が実施されることを明らかにしており、開発が成功するとCanSino Biologicsからワクチンの供給を受ける。

出典: CanSinoBIO

ワクチンの成功確率は

Operation Warp Speedはワクチン出荷時期について楽観的な見通しを示し、経済復興は意外に早いとの解釈もある。しかし、Anthony Fauci博士は、議会公聴会の中で、ワクチンが成功するかどうか予想は難しいとの見解を示している。多くのワクチンを並列で開発し、その中のどれかが成功するとの見通しを示している。

米国政府は8社に賭ける

Operation Warp Speedは8社程度に出資する予定で、この中のどれかが成功するとみている。事実、ワクチンの治験を始めて第Ⅲ相をクリアする確率は16%程度との統計情報もあり、多くのプロジェクトにベットしておく必要がある。専門家の間では、2021年初頭までにワクチンを提供するのは難しいとの意見が多い。先行してワクチンは製造されるが、臨床試験でそれまでにワクチンの有効性を証明するのが難しい。Fauci博士はワクチン開発には12か月から18か月必要との見方を維持しており、このシナリオで進むと、ワクチン接種は来年後半ごろから始まる。つまり、このタイミングで市民生活や経済活動が戻ることになる。

【ワクチンの原理と種類】

ワクチンの仕組み

ワクチンは病原体(Pathogen)から作られた抗原(Antigen)から成り、これを体内に投与し、病原体に対する抗体(Antibody)を生成し、感染症に対する免疫を得る(下のグラフィックス)。具体的には、人体の細胞(Antigen Presenting Cells)がウイルスを取り込み、ヘルパーT細胞(T-Helper Cells)を活性化する。これによりB細胞(B Cell)が抗体を生成する。更に、キラーT細胞(Cytotoxic T Cell)がウイルスに感染した細胞を壊す。つまり、ワクチンはウイルスの感染を防止する機能と感染した細胞を破壊する機能がある。

出典: Nature

ワクチンの種類

ワクチンは体内に抗原を投与し病気にさらすが、これで病気を発症するのではなく、体内の免疫システムを起動し、本当のウイルスが侵入したときに、これをブロックし、また、破壊する。また、病気に感染し回復すると体内に抗体が生成され、これが免疫となり再度感染することを防ぐ。ワクチン開発の技術基盤(Platform)は大きく分けて四種類ある。

Platform 1:ウイルス(Virus Vaccines)

ワクチン開発の伝統的な手法で、病原体であるウイルスを直接投与する。二つの方式があり、弱毒化したウイルスを使う手法(生ワクチン、Weakened Virus)と、化学処理などで感染しなくしたウイルスを投与する手法(不活化ワクチン、Inactivated Vaccine)。中国のバイオ企業Sinovac Biotechや中国研究機関はこの手法を採用している。

Platform 2:ウイルスベクトル(Viral-Vector Vaccines)

遺伝子情報からウイルスを生成し、これをワクチンとして使う手法。人工的に生成したウイルスを投与する方法で、ウイルスが体内で増殖する方式(Replicating Viral Vector)と、体内で増殖しないタイプ(Non-Replicating Viral Vector)方式がある。オックスフォード大学やCanSino BiologicsがReplicating Viral Vector手法を採用している。

Platform 3:核酸(Nucleic-Acid Vaccines)

ウイルスの核酸(Nucleic Acid)を細胞内に注入する方式。核酸はリボ核酸(RNA)とデオキシリボ核酸(DNA)の二種類があり、それぞれが細胞内に入り、そこでウイルスを構成するたんぱく質を生成する。ModernaはRNAの手法を取る(下の写真)。この方式ではウイルスを生成する必要はなく、ウイルスの特定部分(スパイクたんぱく質)のmRNAを生成するだけで、開発期間が大きく短縮される。一方、この方法で成功したワクチンはなくハイリスクなアプローチとなる。

出典: Moderna  

Platform 4:たんぱく質(Protein-Based Vaccines)

ウイルスのたんぱく質をワクチンとして投与する手法で、数多くの研究機関がこの手法で開発を進めている。二つの手法があり、ウイルスの特定のたんぱく質を使う方式(Protein Subunits)と、ウイルスの外殻を使う方式(Virus-Like Particles)。米国企業NovavaxはProtein Subunitsの手法でワクチンを開発しており、大きな進展があったとしている。