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AIが人の死亡時期を予測する、医師より正確で終末期医療で使われる

Deep Learningで人がいつ死ぬかを正確に予測できるようになった。アルゴリズムに医療データを入力すると、医師より正確に患者の死亡時期を算出する。AIに余命を宣告されるのは違和感を覚えるが、病院ではこれが重要な情報となる。

出典: Stanford Medicine

スタンフォード大学の研究

スタンフォード大学の研究チームは入院患者の余命をDeep Learningで予測する研究成果を発表した。論文「Improving Palliative Care with Deep Learning」によると、アルゴリズムは患者の余命を93%の精度で予測する。この研究成果は終末期医療を上手く運営するために使われる。現在は医師が終末期医療が必要な患者を選び出すが、余命を長めに推定する傾向が強く、多くの患者がケアを受ける前に亡くなっている。

Palliative Care

スタンフォード大学大学病院 (上の写真) は終末期医療を提供している。これはPalliative Care (パリアティブ ケア) と呼ばれ、余命一年以内の患者を対象とし、治療を進めるとともに本人の意思を尊重し、苦痛や不安を和らげる処置も取られる。Palliative Careは患者とその家族の生活の質を向上させることを目的にしている。

ケアを受ける患者

大学病院はPalliative Careを運営するものの、この治療が必要な患者を上手く特定できないという問題を抱えている。このケアが必要な患者とは余命が3か月から12か月の患者と定義している。このケアを受けるには前準備で3か月かかり、また、12か月を超えてケアを継続するには医師やナースの数が足らない。

医師による余命の算定

このため、担当医師が余命が3か月から12か月の患者を特定し、Palliative Careに移管する仕組みとなっている。しかし、多くのケースで担当医師は患者の余命を長めに予測する。そのため、患者の多くはPalliative Careを受けることなく死亡する。医師は患者の電子カルテのデータを参照し、今までの経験から余命を推定する。人間としての定めなのか、余命の算定は長めになる場合が多い。

患者データとアルゴリズム

このような背景のもとでDeep Learningによる余命算定の研究が進められた。アルゴリズム開発で、スタンフォード大学病院の患者データベース「Stanford Translational Research Integrated Database Environment」が使われた。これは患者の電子カルテ情報を集約したもので、アルゴリズム教育と検証に使われた。患者医療データをアルゴリズムに入力すると、死亡時期を算定する。具体的には、Deep Learningモデルは、患者が3か月から12か月以内に死亡するかどうかを判定 (Binary Classification) する。

アルゴリズム教育

アルゴリズム教育のために221,284人の患者のデータが使われた。この中には3か月から12か月の間に亡くなった患者(15,713人)と、12か月を超えて生存した患者(205,571人)が含まれている。これらのデータを使ってDeep Learningアルゴリズムを教育し、その結果が検証・試験された。

出典: Nigam H. Shah et al.

ネットワーク構造

アルゴリズムはDeep Neural Networkで、入力層と中間層 (18段) と出力層から成る。入力層は13,654のディメンション (13,654種類のデータを入力) で、出力層はスカラーで3-12か月の間に死亡する・しないを判定する。ネットワーク構造はトライアルエラーの方式で多くのモデルが試された。これはHyper-Parameter検索と呼ばれ、ネットワークの基礎となる構造 (ネットワークの段数やアクティベーションファンクションの種類など) を決めていく。

アルゴリズムの評価

完成したアルゴリズムは様々な角度から評価された。対象となる患者を判定する精度 (AUC) は0.93で (上の写真)、100人の患者を選ぶと93人が正しいということになる。また、評価指標として「Precision Recall」を示している。アルゴリズムのPrecision (精度) が0.9の時、Recall (範囲) は0.34をマークした。アルゴリズムの精度が0.9のとき、全対象患者の0.34をカバーするという意味になる。アルゴリズムは精度が高く病院で使えることを示している。

アルゴリズムの判定メカニズム

この研究ではアルゴリズムの精度だけでなく、アルゴリズムが判定した根拠を解析する試みが行われた。複雑な構造のネットワークを直接解析するのは難しいので、入力するデータのパラメーターを変更することで、アルゴリズムが判定した根拠を導き出した。つまり、アルゴリズムのブラックボックスを開けて、その仕組みを垣間見たことになる。

医学的な根拠は

入力データのパラメータを変更することで、患者の生存率を判定する要因を導いた。入力データの種類は、病状だけでなく、治療措置や検査回数など幅広い情報を含む。その結果、アルゴリズムが死亡時期を判定するときに重視した項目は、膀胱腫瘍、前立腺腫瘍、病理検体摘出措置、放射線検査回数などとなる。病気の種類で余命が決まることは直感的に理解できるが、アルゴリズムは病理検体が抽出されることやMRI検査などの回数から死亡時期を算出した。これ以上の説明はないが、MRI検査を頻繁に受けることは、ガンが転移していることの傍証になるのかもしれない。

米国でPalliative Careが広がる

米国内で多くの病院がPalliative Careの導入を進めている。2008年には病院の53%がこのケアを提供していたが、2015年には67%に増加している。Palliative Careを提供する病院が増えているものの、必要な患者の7-8%しかこのケアを利用していないという統計もある。このギャップは病院側のリソース不足に加え、上述の通り、担当医師が対象となる患者を正しく判定できないという問題がある。このため、Deep Learningなどテクノロジーの果たす役割が期待されている。

Apple WatchとAIを組み合わせ病気を判定、心拍数をニューラルネットで解析し心臓疾患と糖尿病を検知

Apple Watchは健康管理のウエアラブルとして人気が高い。Apple Watchは心拍数や歩行数を計測でき、日々の運動量を知ることができる (下の写真、一日の心拍数の推移)。いま、これらのデータをAIで解析し、病気を検知する研究が進んでいる。心臓疾患や糖尿病を高精度で検知でき、Apple Watchの役割が見直されている。消費者グレードのウエアラブルでも、AIと組み合わせれば医療機器になることが分かってきた。

出典: Apple

心拍数から病気を判定

この研究はCardiogramとカリフォルニア大学サンフランシスコ校 (UCSF) が共同で実施している。Cardiogramはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業で、Apple Watchで測定した身体データを解析し、健康管理のためのアプリを提供している。UCSFはスマホなどを使い心臓疾患を予知し、病気発症を予防する研究「Health eHeart Study」を展開している。両者が共同し、Apple Watchで計測したデータをAIで解析することで、不整脈を検知できることを証明した。更に、同じ手法で、糖尿病、高血圧症、不眠症を検知できることを公表した。

DeepHeartアルゴリズム

Apple Watchは搭載しているセンサーで心拍数や歩行数などを測定する。Cardiogramはこれを解析するニューラルネットワーク「DeepHeart」を開発した。Apple Watchで収集した身体データを入力すると、DeepHeartは不整脈の一種である心房細動 (Atrial Fibrillation) を検知する。臨床試験の結果、97%の精度で心房細動を検知できたとしている。

糖尿病などの検知

これに続き、DeepHeartを使って糖尿病や高血圧症などを検知する研究が進められた。研究結果は論文「DeepHeart: Semi-Supervised Sequence Learning for Cardiovascular Risk Prediction」として公表された。これによると、Apple Watchで収集するデータをDeepHeartで解析することで、糖尿病、高血圧症、不眠症を検知することに成功。この研究では、14,011 人の被験者の2億件のデータが使われた。更に、UCSFの協力を得て、大学病院でこれら被験者を検査し医療データを収集した。

アルゴリズムの精度

Apple Watchで計測したデータと医療データを使いDeepHeartアルゴリズム (下の写真) を教育した。この結果、DeepHeartは85%の精度で糖尿病を判定する。また、不眠症は83%の精度で、高血圧症は81%の精度で判定できる。従来から、心拍数とこれらの病気の関係について、機械学習を使った研究が進んでいるが、DeepHeartはこれらに比べ精度が大幅に改善された。

出典: Johnson Hsieh et al.

DeepHeartのネットワーク構造

DeepHeartはConvolution層 (上の写真、下から二段目、シグナルを解析) とLSTM層 (上の写真、下から三段目、時間に依存するデータを解析) を組み合わせた構造をとる。このネットワークにApple Watchで収集したデータを時間ごとに入力する (上の写真、最下段)と、病気の有無を判定する (上の写真、最上段)。具体的には、時間ごとの歩行数と心拍数を入力すると、アルゴリズムはそれぞれのタイムステップで心房細動、糖尿病、高血圧症、不眠症の症状があるかどうかを判定する。

AIのスイートスポット

医療分野はAIとの相性が良く、患者のデータをニューラルネットワークで解析することで、様々な知見を得ることができる。このため、医療分野でAIの導入が急進し、ここがAIのスイートスポットとなっている。

医療データが少ない

しかし、医療分野独特の問題点も抱えている。それは、医療分野ではアルゴリズム教育に使うデータが極めて少ないことだ。DeepHeartの研究では、1万人余りの被験者が大学病院で問診に回答する形でデータを提供した。つまり、DeepHeartは1万件という少ないデータで病気を検知することが求められた。これに対し、画像認識アルゴリズム (Google Inceptionなど) を開発する際は100万件を超える教育データがそろっている。医療分野では数少ないデータでアルゴリズムを教育する技法が求められる。

Semi-supervised Sequence Learning

このためDeepHeartの開発で「Semi-supervised Sequence Learning」という技法が用いられた。これはネットワークを「Sequence Autoencoder」としてプレ教育する技法である。 Sequence Autoencoder (下のダイアグラム) とは、Recurrent Network (時間に依存する処理、下のダイアグラムの箱の部分) で構成されるネットワークで、入力シークエンス (左半分) を読み込み、その結果をベクトル量としてパラメータに格納する。次に、学習したパラメータから、ネットワークは入力シークエンスを再現 (右半分) する。具体的には、言葉の並び (W, X, Y, Z, eos) をSequence Autoencoderに入力すると、ネットワークはその順序を学習し、それに従って言葉の並びを出力する。

出典: Andrew M. Dai et al.

DeepHeartをプレ教育する

研究では、DeepHeartをSequence Autoencoderとしてプレ教育し、獲得したパラメータをネットワークの初期値として使った。こうすることでの教育プロセスが効率化され、少ない医療データでDeepHeartを教育できる。医療データが1万件と少なくても、DeepHeartの判定精度を高めることができた。

医学的な根拠

そもそも心拍数が糖尿病や高血圧症や不眠症とどう関係するのか、医学の観点からの研究も進められてきた。心臓は神経細胞を通し、多くの臓器とつながっている。このため、HRV (Heart Rate Variability) と病気の間に関係があると指摘されている。HRVとは心拍リズムの乱れを示す指標である。人は落ち着いている時は心拍リズムは一定でなくHRVは高い。しかし、ストレスがかかると心拍数が上がり、心臓が規則正しく鼓動しHRVが低くなることが分かっている。

心拍リズムと糖尿病

このためHRVと病気の関係についての研究が進められてきた。HRVと糖尿病の関係は「Diabetes, glucose, insulin, and heart rate variability: the Atherosclerosis Risk in Communities (ARIC) study」として発表されている。この論文はHRVの低下と初期の糖尿病の間に関係があると結論づけている。Cardiogramはこの研究成果に基づきDeepHeartを開発した。

ロードマップ

DeepHeartはApple Watchで計測するデータを使い、不整脈、糖尿病、高血圧、不眠症を検知できることを証明した。Cardiogramは次のステップとして、これら疾病を検知した利用者に対し、治療法を提示することを計画している。アプリは病気の症状があることを検知すると、これら患者に対し、医療機関で証明された対処方法を提示す。アプリが病院の医師に代わり診断し、対処療法を示す構想を描いている。

出典: VentureClef

Apple WatchとAIの組み合わせ

Apple Watchは人気のウエアラブルであるが、売り上げ台数は当初の見込みを下回っている。理由はセンサーの精度が高くないことで、Apple Watchの健康管理機能は限定的との評価が広がっている。(上の写真、Apple Watchで測定した筆者の心拍数、一目でエラーと分かる箇所が多い。) しかし、Apple WatchにAIを組み合わせることで、病気を高精度で検知できることが示された。Apple Watchで糖尿病と診断されるのは怖いが、早期に病気の兆候を見つけ、病気を克服するという使い方もでてくる。AIを組み合わせることでApple Watchの役割が大きく変わり、医療デバイスとして再出発する気配を感じる。

DNA検査が保険会社を脅かす!消費者はDNA検査で病気発症のリスクを把握し介護保険を購入

米国政府は個人向けDNA解析サービスを禁止していたが、企業側の努力が実り今年5月に解禁となった。消費者はDNA解析サービスで病気発症のリスクを把握できるようになった。いま、アルツハイマー病を発症するリスクが高いと診断された消費者が介護保険を購入する動きが広がっている。保険加入にあたり保険会社はアルツハイマー病の検査をするが問題は検知できない。リスクの高い加入者が増え続け保険会社は事業の見直しを迫られている。

出典: VentureClef  

遺伝子解析サービスの誕生と事業停止命令

DNA解析サービスを運用していた23andMe (上の写真) は2017年5月、FDA (アメリカ食品医薬品局) からDNA検査事業を再開することを認められた。同社はMountain View (カリフォルニア州) に拠点を置くベンチャー企業で、2007年から個人向けDNA解析サービスを提供してきた。遺伝子配列の変異から被験者がどんな病気を発症するのかを予測するサービスで米国医療市場に衝撃を与えた。しかし、FDAは2013年、23andMeの予測精度は十分でなく、また、消費者が結果に応じて不要の手術を受けるなど、危険性が高いとして事業停止を命じた。

事業再開にこぎつける

23andMeはFDAとの協議を重ねたが合意に至らずサービス休止に追い込まれた。その後、勧告に従い機能改良を進め、FDAは10種類の病気に限りDNA解析サービスを認可した。条件付きであるが23andMeは事業を再開することができた。10種類の病気の中にはパーキンソン病やアルツハイマー病が含まれている。

介護保険を購入

いま米国ではDNAを解析してから保険に加入する消費者が増えている。米国の主要メディアがレポートしている。ミシガン州に住む女性はDNA解析結果「APOE-e4」という遺伝子変異があることを把握した。APOE-e4はアルツハイマー病を発症するリスクを押し上げる効果がある遺伝子変異である。この女性は母親もアルツハイマー病を患ったこともあり介護保険を申し込んだ。保険会社は女性の健康状態を把握するため、アルツハイマー病などの検査を実施したが問題はなかった。女性は現在は健康な状態であり介護保険を購入することができた。

遺伝子変異と発病の関係

アルツハイマー病の発症はAPOEという遺伝子が関与していると言われている。APOEはたんぱく質 (Apolipoprotein E) を生成する遺伝子でコレステロールや脂質を制御する機能がある。APOEは三つの変異がありそれぞれe2、e3、e4と呼ばれ、この中でe4がアルツハイマー病の発症を促進するといわれている。これがAPOE-e4でこのタイプの遺伝子を持つと病気発症の確率が最大で10倍 (85歳の男性のケース) になる。

出典: 23andMe  

これをどう解釈すべきか

しかし、APOE-e4がアルツハイマー病を引き起こすメカニズムは分かっていない。また、病気発症は性別、年齢、家族の病歴、食事、知的活動などに依存する。このため23andMeはAPOE-e4がアルツハイマー病を引き起こす要因とは断定できないとしている。その一方で臨床試験による統計データを示し、APOE-e4を持つ人は病気発症の確率が大きく上がるとも説明している。被験者としてはこの説明をどう解釈すべきか困惑するのが実情である。DNA解析サービスはまだ解決すべき難しい問題を含んでいる。

病気発症のリスク

米国では550万人がアルツハイマー病を発症し、その半数が介護施設に入所し治療を受けている。今まで個人向けDNA解析サービスは禁止されていたため、消費者は病気のリスクを知ることはできなかった。しかし、23andMeのDNA解析サービスが解禁となり、アルツハイマー病の検査を受診できるようになった (下の写真)。解析結果をどう解釈すべきか難しい問題はあるものの、多くの人がアルツハイマー病を含む病気のリスクを検査している。

出典: 23andMe  

遺伝子解析サービスと保険購入

DNA解析結果と保険購入に関し興味深いレポートが公開された。Harvard Universityによる研究で、APOE-e4遺伝子変異を持つ人は他に比べ保険を購入している割合が6倍になっている。アルツハイマー病発症のリスクを把握し、将来に備えて保険を購買していると思われる。レポートはアルツハイマー病以外の病気のリスクも分かるとDNA検査を受ける人が増えると予測している。このため病気発症のリスクを把握した消費者が保険を購入する動きが広がると、保険会社は事業を存続できないことになる。

保険会社はDNA解析サービスを採用

一方で、米国の保険会社はDNA解析を積極的にビジネスに取り入れる動きも始まった。大手生命保険会社MassMutualは2017年5月、DNA解析サービスに保険の適用を始めた。加入者はHuman Longevity Inc (下の写真) のDNA解析サービス「HLIQ Whole Genome」を格安で受診できる制度を導入した。Human Longevity Incは被験者の全遺伝子を解析するサービスを提供しており、健康の状態、病気にかかるリスク、薬の作用の仕方、遺伝子病、身体特性などを詳細に把握することができる。

加入者の健康を促進

このサービスは未来の人間ドックとも呼ばれDNA解析サービスの在り方を示している。受診者は身体情報を把握できるだけでなく、Human Longevity IncのDNAデータベース構築に寄与し、ひいては医学研究に貢献できるとしている。一方、保険会社はHuman Longevity Incから個人情報を入手することは無いとしている。つまり、健康状態に応じて保険条件を変えることはなく、加入者がこのサービスを通じ健康を保つことが目的としている。ひいては保険会社のコストが下がることとなる。

出典: Human Longevity Inc

公平なルール作りが始まる        

健康保険に関してはMassMutualのようにDNA解析サービスを格安で提供し被保険者の健康を維持する動きが広がっている。一方、前述の介護保険については、DNA解析結果により保険条件を調整する方向に進む気配がある。アルツハイマー病発症のリスクが高い人とそうでない人が同じ保険料を支払うのは不公平との議論もある。DNA解析サービスが米国社会で広まる中、保険会社と政府機関は公平なルール作りが求められている。

IBM Watsonの実力が問われている、 独自AIアーキテクチャはDeep Learningに勝てるのか

米国でIBM Watsonの実力を疑問視する声が出ている。大学病院との共同プロジェクトが失敗に終わりWatsonの機能を再評価する機運が高まっている。システムインテグレーションの観点からはWatsonを教育するために大規模なデータを必要とする。アーキテクチャの観点からはWatsonはDeep LearningやGPUを使わないでIBM独自の手法でAIを実装しCPUで実行する。Deep Learningが高度に進化し少ないデータでシステムを教育できる中、Watsonは約束通りの性能を出せるのか市場の関心が集まっている。

出典: IBM  

ライフサイエンスの分野で共同研究

IBMはWatson (上の写真) をライフサイエンスの分野で利用しガン治療で効果を上げると表明している。IBMはテキサス州立大学病院 (University of Texas MD Anderson Cancer Center) と共同でWatsonを使ったガン治療の研究を進めてきた。IBMは白血病を皮切りにガンを撲滅するMoon ShotプロジェクトでWatsonを展開している。Watsonが患者の医療データや医学文献を解析し医師に最適な治療法を示すことを目標としている。

プロジェクトは失敗

しかし2017年2月、テキサス州立大学病院はこのプロジェクトを中止すると発表した。大学はプロジェクト中止の理由は明らかにしていないが、4年間の研究開発で患者治療のためのツールを開発することができなかったと報じられている。プロジェクト管理の不備が原因とされるが、Watsonの技術的な問題もクローズアップされている。更に、IBMへの支払金額は3900万ドルで当初の予算を大幅に上回りシステム運用に費用がかかり過ぎることも要因とされている。

Watson教育のプロセスは複雑

Watsonの教育では大量の医療データを必要とする。このプロセスはDeep Learning (人間の脳を模した構造のネットワーク) の教育と同じで、答えが分かっているデータを入力しアルゴリズムを最適化する。しかし、WatsonのケースではDeep Learningと比べこのプロセスが格段に複雑になる。Deep Learningでは患部の写真を入力しアルゴリズムがガンであるかどうかを判定する。Watsonのケースでは患者のDNAを入力すると医療文献を参照し最適ながん治療方法を見つける (下の写真)。判定プロセスが格段に複雑になるだけでなく、そもそも遺伝子変異と病気の関係に関する教育データが存在しない。

出典: IBM

IBMは企業買収でデータを入手

このためIBMは新興企業を買収しWatson教育のための医療データを入手している。企業買収を繰り返しIBMは大規模な医療データベースを構築している。Explorysは医療データを保有し解析サービスをクラウドで提供しているベンチャー企業である。IBMはExplorysを買収し5000万人の患者データを入手し3150億件の医療データを得た。IBMはこれら医療データでWatsonを教育し患者治療や医療技術開発に役立てている。

Watsonのアーキテクチャ

Watsonを教育するプロセスが複雑な理由はそのアーキテクチャに起因する。Watsonの技法はAIの中でMachine Learningとして区分される。人間の脳を模したDeep Learningの手法とは大きく異なる。Watsonのこの技法は「DeepQA」と呼ばれ、これがクイズ番組Jeopardyで人間のチャンピオン二人を破る基礎技術となった。

DeepQAの構造

DeepQAは質問から答えを検出するシステムであるがGoogleのような検索エンジンとは構造が大きく異なる。DeepQAは質問の意味を解し、「Hypothesis」(仮説・解答候補) を生成し、仮説が正しいかどうかを評価する「Scoring」から構成される (下の写真)。仮説の生成やその評価には収集した大量のデータを使用する。このスレッドを大量に生成し大規模並列に稼働させる。一つの質問に対してDeepQAは100万の評価スコアーを生成する。ここから最終回答を選定するプロセスでMachine Learningが使われる。DeepQAは単純な検索ではなく、解答候補を評価して信頼度の高い解を導く手法に特徴がある。

出典: IBM

Deep Learningが高度に進化  

Watsonは自然言語での複雑な質問を理解し、数多くの情報源を参照し、答えの候補を生成し、そこから正しい解を高精度で選ぶことができる。しかし、Watsonが開発されて以来Deep Learningが高度に進化している。画像認識、音声認識、音声生成、機械翻訳などに優れ、自動運転車やデジタルヘルスで活用されている。Deep Learningが普及することでWatsonの機能が相対的に地盤沈下している。

WatsonはDeep Learning機能を採用       

このためIBMはDeep Learningを採用しWatsonの機能を強化している。IBMはクラウドBlueMixにDeep Learningによる画像認識と音声認識機能を追加した。またIBMはベンチャー企業AlchemyAPIを買収した。AlchemyAPIはDeep Learningベースのテキスト解析とイメージの解析を提供しておりWatsonはこれらの機能を搭載している。更に、IBMはPowerAI Platformを投入した。GPUを基盤とする処理システムでここでDeep Learningフレームワークを提供する。

Watsonの将来    

WatsonはDeep Learning技法が登場する前に開発されたシステムであるが、IBMは最新技法をシステムに組み込み定常的に機能を強化している。また、ヘルスケア関連では企業買収を重ねWatsonの教育で活用している。テキサス州立大学病院のプロジェクトは失敗に終わったが、ガン診断や治療の研究で米国の主要病院と提携し共同研究を進めている。Watsonはガン治療で大きな効果を上げると期待されている。ただ、研究開発はIBMが示した当初のスケジュールから大きく遅れておりAIでガンを撲滅する技術の難しさを再認識させられる。

Apple WatchをAIで機能強化、スマートウォッチで心臓の異常を検知

Apple Watchは健康管理のウエアラブルとして人気が高い。ただ、センサーの機能には限界があり心拍数計測精度が不安定といわれる。このため、Apple Watchで収集する心拍数データをAIで解析し心臓の異常を検知する研究が進んでいる。病院でECG検査を受けなくても、Apple Watchで24時間連続して心臓の健康状態をモニターできる。

出典: Cardiogram

Cardiogramというベンチャー企業

この技術を開発したのはサンフランシスコに拠点を置くCardiogramというベンチャー企業だ。同名のCardiogramというアプリがApple Watchで測定した身体データを解析し心臓の動きを把握する (上の写真)。デバイスと連動し心拍数がエクササイズにどう反応するかを把握する。また、平常時の心拍数をモニターし、身体がストレスや食事などにどう反応するかも理解する。更に、心拍数を解析し心臓疾患を検知する研究が進められている。

Apple HealthKitと連動

Cardiogramは健康管理のアプリとしてiOS向けに開発された。Cardiogramの特徴は身体情報をApple Watchで収集することにある。Appleは健康管理アプリ開発基盤「HealthKit」を展開している。Apple Watchで計測した身体データは利用者の了解のもとHealthKitに集約される。CardiogramはHealthKit経由で利用者の身体情報にアクセスし、これらデータを解析し健康に関する知見を得る。具体的には、Apple Watch利用者の心拍数、立っていた時間、消費カロリー量、エクササイズ時間、歩数などを可視化して分かりやすく示す (下の写真)。

出典: VentureClef

Evidence-Based Behavior

Cardiogramは「Evidence-Based Behavior」という手法を使って心臓の挙動を把握する技術を開発している。この手法は日々の行動やエクササイズがバイオマーカーにどう影響するかを検証する。例えば14日間ジョギングをすると、これが心拍数にどう影響するかを解析する。これで心拍数が7%低下すると、この行動は健康に効果があると判定する。Cardiogramは健康管理に役立つエビデンスを特定して利用者に示す。ジョギングの他に自転車、瞑想、ヨガ、睡眠時間などのプログラムが揃っている。また、スマホを絶つと健康にプラスに作用するのかを検証するメニューもある。

Apple Watchで不整脈を検知する研究

CardiogramはApple Watchを使って心臓の状態をモニターし、AIで異常を検知する研究を進めている。これはUC San Francisco (カリフォルニア大学サンフランシスコ校) との共同研究で「mRhythm Study」と呼ばれている。6185人を対象にApple Watchで収集した心拍データを解析し不整脈の一種である心房細動 (Atrial Fibrillation) を検出する。臨床試験の結果、判定精度は高く97%の確率で心房細動を検知できたと報告している。

心房細動を検知するアルゴリズム

Apple Watchで収集したシグナルから心房細動を検知するアルゴリズムにAIが使われた。アルゴリズムはConvolutional LayerとLSTM Layerを組み合わせた四階層の構造を取る (下のダイアグラム)。アルゴリズムに心拍数を入力するとタイムステップ毎にスコアを出力する。スコアは心房細動が発生している確率で、これを各時間ごとに見ることができる。つまり、Apple Watchを着装しているあいだ、いつ心房細動が起こったかを把握できる。病院のECGを使わなくても市販のウエアラブルにAIを組み合わせることで心臓疾患を把握できることが証明され、その成果に注目が集まっている。

出典: Cardiogram

データ収集が課題

同時にこの研究で課題も明らかになった。アルゴリズムを教育するためにはタグ付きのデータが数多く必要となる。このケースではApple Watchで収集した心拍シグナルとECGで計測した心電図のデータを大量に必要とする。特に、患者が心房細動を発症した時の両者のシグナルの紐づけがカギとなる。しかし、これらのデータは病院における心臓疾患患者のECG検査で得られ、その数は限られている。このため、この研究ではモバイル形式のECG測定デバイス「Kardia Mobile」が使われた。

Kardio Mobileとは

Kardia Mobileとはスマートフォンと連動して機能する心電図計測デバイスである。Kardia Mobileには電極が二点あり、被験者はここに指をあててて心電図を計測する (下の写真下段)。測定時間は30秒で、結果はスマートフォンのディスプレイに表示される (下の写真上段)。ガジェットのように見えるが既にFDA (米国食品医薬品局) の認可を受けており、医療システムとして病院や家庭で使われている。研究ではこのKardio Mobileが使われ、6,338件のデータを収取し、これらが教育データとして使われた。因みにKardio MobileがFDA認可を受けた最初のモバイルECGで小さなデバイでも心電図を高精度に測定できる。デバイスの価格は99ドルで、簡単に心電図を測定できるため米国の家庭で普及が始まった。

出典: AliveCor

GoogleのBaseline Project

Googleもウエアラブルを使って心臓の状態をモニターする研究を進めている。Alphabet配下のデジタルヘルス部門Verilyは人体のバイオデータを解析し、健康状態を把握することを目標にしている。これは「Baseline Project」と呼ばれ健康な人体を定義し、ここから逸脱すると「未病」と判定し、利用者に警告メッセージを発信する。Verilyは2017年4月、リストバンド型のバイオセンサー「Study Watch」を発表した (下の写真)。ECG、心拍数、活動状態をモニターでき、Study Watchを使った大規模なフィールド試験が始まった。

出典: Verily

健康管理に役立つウエアラブル

実はここ最近Apple WatchやFitbitなど健康管理のウエアラブルは販売が低迷している。Fitbitは大規模なレイオフを実施し事業を再構築している。消費者は健康管理のためにウエアラブルを買うが、センサーの機能と精度は限定的で思ったほど役立たないというのが共通した声だ。市場は高精度・高機能のウエアラブルを求めており、Apple Watchなどは対応を迫られている。その一つの解がAIで、既存センサーをアルゴリズムで補完することで機能を強化する。Cardiogramがその実例で健康管理に役立つことが証明された。本当に健康管理に役立つウエアラブルが求められておりAIの果たす役割が広がってきた。