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欧州と米国でAI規制が始まる、EUは規制案を公開、企業にAIの品質保証を求め違反すると制裁金が課される

欧州連合(European Union)はAIの運用を規定したプロポーザルを発表した。AIは社会に多大な恩恵をもたらすが、その危険性も重大で、EUは世界に先駆けてAIの運用規制に踏み出す。警察は顔認識技術を使って市民を監視することが禁止される。また、銀行はAIによる与信審査を導入する際は厳格な運用条件が課される。一方、米国は連邦取引委員会(Federal Trade Commission)がAIの利用規制に関する意見書を公開した。欧州と米国はAIの運用を厳しく制限する方向に進み、各国の企業は対応を迫られることになる。

出典: European Commission

EUのプロポーザル

欧州委員会(European Commission)は2021年4月21日、AI運用に関するプロポーザル「Proposal for a Regulation on a European approach for Artificial Intelligence」を公表した。AIが社会に浸透し人々の生活にかかわる中、欧州委員会はAIの運用ルールを定め、危険なAIについては使うことを禁止する。プロポーザルはAI運用の指針を示したもので、EU加盟各国はこれをベースに法令を制定してAIの運用を規制する。

AI利用規定の内容

欧州委員会はAIの危険度を四段階に分けて定義し、それぞれの利用法を規定している。危険 (Unacceptable risk)なAIはその使用を禁止する。ハイリスク(High-risk)なAIについては、規定された対策を適用することを条件に使用が認められる。ローリスク(Limited risk)なAIは表示義務を条件に使用が認められる。その他(Minimal risk)のAIは無条件で利用できる。また、これらの規定に従わないときは罰則規定が設けられ、制裁金(最大3000万ユーロか売上高の6%)が課される。欧州委員会のプロポーザルの特徴は、ハイリスクなAIを定義し、その運用条件を定めたことにある。

AIの危険度とその事例

危険なAIとは監視カメラで市民の行動をモニターし、その挙動を解析し信用度を付加するAIとしている。これは中国で実際に運用されているが、欧州委員会はこれを全面的に禁止する。ハイリスクなAIは、人間に代わり試験を採点するAIや、人事採用で履歴書を評価するAIなどが含まれる。また、銀行でローン審査を担うAIや、裁判所で証拠を検証し判決を下すAIが対象となる。更に、警察の犯罪捜査で使われる顔認識AIが含まれる。欧州委員会が示したAIの危険度とその事例は下記のテーブルの通り:

出典: VentureClef

ハイリスクなAIを利用する条件

ハイリスクなAIを使う際はその運用に厳しい条件が課される。AIのアルゴリズムが偏ってなく、人種や性別や年齢にかかわらず公正な判定を下すことが求められる。また、AIのアルゴリズムのメカニズムを詳細に説明したドキュメントの制作が求められる。消費者がAIの機能や品質や使用方法を理解し、正しく利用できる説明書を求めている。ハイリスクなAIを運用する条件は下記の通り:

  • リスクの査定とリスク回避:AIの危険性の評価とリスクを回避するシステムを導入
  • 高品質なデータセット:アルゴリズム教育向けデータの品質を向上しリスクを低減
  • AI運用のログ:AI評価結果のトレーサビリティ
  • AIに関するドキュメント:AIの機能説明とコンプライアンス評価
  • AI使用説明書:利用者向けのAI使用手引き
  • 人間によるAIの監視:AIのリスクを最小限にするため人間が監視
  • AIの安定性:AIが外部の攻撃に耐性があり、高精度な判定機能を持つこと

ローリスクなAI

ローリスクなAIは対話型のチャットボットで、人間ではなくAIが応答していることを明示することを義務付ける。その他のAIは無条件で利用でき、スパムフィルターなどがこれに該当し、特別な条件なしでAIを運用できる。

出典: European Commission  

次のステップ

欧州委員会がプロポーザルを作成した背景には、EUはヒューマンセントリックスなAIを開発し、AI技術で世界をリードするとの狙いがある。これらは欧州委員会の提案書であり、加盟各国はこれをベースに独自の法令を制定するプロセスとなる。2018年にEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation; GDPR)が導入され、加盟各国はこれをベースに独自の法令を定めたように、AIも同じプロセスをたどることになる。

米国におけるAI規制の状況

米国は連邦政府レベルでAIの利用を規制する法令は無く、州や市が独自の法令を定め運用している。特に、顔認識技術の危険性が指摘され、警察がこれを犯罪捜査で使用することを禁止する法令が制定されている。サンフランシスコやボストンなどは、警察が顔認識技術を使うことを禁止する法令を制定した。一方、殆どの自治体はこれを禁止する法令は無く、顔認識技術が幅広く使われている。

米国はFTCが見解を発表

米国においても連邦政府レベルでAIの運用を規制するルールの制定が始まる。FTCは消費者を不公正な商取引から保護することをミッションとするが、AI運用に関するコメントを発表し、企業にAIを公正に活用することを促した。FTCは既に、AIとアルゴリズム利用に関するガイドラインを発表しているが、今回のコメントはそれを一歩進め、AIの不公正な利用を法令で取り締まることを示唆した内容となった。

出典: Federal Trade Commission

AIを管轄する法令

これによると、FTCは不正な商取引を禁止しており(FTC Act)、人種差別につながるアルゴリズムの販売は禁止される。また、人事面接でアルゴリズムが応募者を不採用にする行為は消費者を公正に格付けする法令(Fair Credit Reporting Act)に抵触する。更に、アルゴリズムが不正に特定の人種や性別や国籍によりローンを認めないケースでは、公平な権利を規定した法令(Equal Credit Opportunity Act.)に抵触する。

FTCはAI規制を強化する

GDPRが示すように、EUはハイテク企業に対し、プライバシー保護や個人の権利に関し厳格な対応を求める。一方、FTCは米国企業が中心のハイテク企業に対しては、ビジネスを優先し寛大なポジションを取ってきた。しかし、AIに関してはこの流れが変わり、FTCもハイテク企業に対し、EUと同じレベルの規制を導入するとの見方が広がっている。

AI企業は対応を求められる

米国で危険なAIがルール無しに運用され社会に混乱が広がっている。高度な顔認識技術を提供するClearviewはFacebookから顔写真をスクレイピングし消費者の間で懸念が広がっている。FTCがAI運用に関する統一したルールを制定することで、消費者の権利が守られ、安心してAIを利用できると期待される。一方、AI企業は制定される法令に沿った品質保証が求められ、AI開発は大きな局面を迎える。

Nvidiaは世界最高速の自動運転AIプロセッサを発表、主要メーカーが採用し国際標準となる

Nvidiaは2021年4月、開発者会議「GPU Technology Conference(GTC)」で、プロセッサとAIの最新技術を公開した。CEOのJensen Huangは基調講演で自動運転車向けのプロセッサと開発環境を解説した。Googleなどは独自技術で自動運転車を開発するが、Nvidiaはプロセッサやリファレンスモデルを提供し、一般企業がこれを使い短期間で自動運転車を開発する。パソコンがIntel x86で組み立てられるように、自動運転車はNvidiaの標準プロセッサで開発される。

出典: Nvidia

Ndiviaの自動運転技術

Nvidiaは世界最高速の車載AIプロセッサ「Atlan」を発表した。また、自動運転車のリファレンスモデル「Hyperion」を公開し、企業はこのテンプレートを使って自動運転車を開発する。更に、高精度のシミュレータ「Drive Sim」を発表した。これはデジタルツインを生成する技術「Omniverse」で構成され、現実社会に忠実な仮想社会が生成され、ここで自動運転車の試験や検証を実行する。

AIプロセッサ:Atlan

Nvidiaは自動運転車向けの車載AIプロセッサを開発してきたが、その第四世代となる「Atlan」を発表した(下の写真)。Atlanは世界最高速の車載AIプロセッサで、Nvidiaはこれを「クルマに搭載されたデータセンター」と呼んでいる。Atlanは三つのモジュールで構成され、AI演算を司るGPU「Ampere」、汎用プロセッサCPU「Grace」、データ処理プロセッサDPU「BlueField」から成る。GraceとはNvidiaが開発したCPUで、ARMベースのアーキテクチャとなる。また、BlueFieldは、セキュリティ機構や通信処理機能を備えた専用プロセッサで、車載プロセッサに組み込むのは今回が初となる。

出典: Nvidia

AIアルゴリズムを高速で処理

Atlanは自動運転AIを実行するプロセッサで、クルマに搭載されたカメラやLidarのデータを解析し、進行経路を算出する。また、Atlanはクルマと運転者のインターフェイスとなるAIを実行する。クルマは搭乗者と音声で会話し、また、運転者の身体状況をモニターする。Atlanの性能は1,000 TOPS(毎秒1,000兆回の演算)能力を持ち、現行モデル「Orin」の4倍の性能となる。Orinは2022年から生産が開始され、Atlanは2023年からサンプリングが始まり、2025年のモデルに搭載される。

VolvoはOrinで自動運転車開発

GTCでVolvoはNvidiaと自動運転車の共同開発を進め、Orinを搭載した自動運転車を2022年に出荷することを明らかにした。Volvoの高級SUV「XC90」にOrinが搭載され、レベル4の自動運転車となる(下の写真)。Volvoの次世代車両は自動運転に対応したアーキテクチャとなり、必要なハードウェアを実装し、ソフトウェアのアップデートで自動運転車となる。また、クルマは位置情報と気象情報を把握し、自動運転できる条件を自動で判断する。自動運転技術はVolvoの子会社Zenseactで開発され、Volvoはインテリジェントなモビリティ企業に変身している。

出典: Volvo / Nvidia

自動運転リファレンスモデル:Hyperion

Nvidiaは自動運転車のリファレンスモデル「Hyperion」の最新版を発表した(下の写真)。これは自動運転車の開発キットで、ハードウェアとソフトウェアで構成される。企業や大学はこのモデルを使って短時間で自動運転車を開発できる。ハードウェアは、プロセッサとしてOrin(2セット)、センサーはカメラ(外部搭載が12台で車内搭載が3台)、レーダー(9台)、Lidar(2台)で構成される。ソフトウェアは評価ツールで、Nvidiaの自動運転ソフトウェアを使って開発したシステムをここで検証する。

出典: Nvidia

自動運転ソフトウェア

Nvidiaは自動運転ソフトウェアをオープンソースとして公開しており、これを利用して自動運転車を開発する。これは「Drive Software」と呼ばれ、基本ソフトウェア「Drive OS」、開発環境「DriveWorks」、自動運転機能「Drive AV」、運転者監視機能「Drive IX」から構成される。これらのソフトウェアをHyperionと組み合わせレベル4の自動運転車を短期間で開発できる。実際に、バージニア工科大学はHyperionで自動運転車を開発し、自動運転技術の研究で活用している。

自動運転シミュレータ:Drive Sim

Nvidiaは自動運転車ソフトウェアを開発するシミュレータを発表した。これは「Drive Sim」と呼ばれ、実社会を忠実に再現した高精度なシミュレータとなっている。シミュレータで自動運転AIのコア技術であるコンピュータビジョンのアルゴリズムを教育する。また、完成した自動運転ソフトウェアを試験する環境として使う。(下の写真、シミュレータが描写するシーンであるが、現実社会と見分けがつかないだけでなく、物理現象が正確に再現されている。)

出典: Nvidia

デジタルツイン開発技術:Omniverse

シミュレータはデジタルツインを生成する技術基盤「Omniverse」をベースに開発された。シミュレータはクルマに搭載されたセンサーが収集するデータを忠実に再現することが求められる。また、クルマは異なる環境で走行し、外部の光の状態を正確に描き出すことが必須要件となる。従来はゲームエンジンで生成されていたが、上記の要件を満たすためOmniverseが開発された。これにより、シミュレータは物理現象を正確に反映し、アルゴリズムの教育や検証で効果をあげることが期待される。

自動運転プロセッサの国際標準

Nvidiaの自動運転プロセッサはVolvoの他に、GM CruiseやAmazon Zooxなど先進企業が採用している。また、NvidiaはMercedes-Benzとソフトウェアで定義されたクルマ「Software-Defined-Vehicles」を開発している。Mercedes-BenzにOrinを搭載し、レベル4の自動運転車として製品化する(先頭の写真)。多くの自動運転車ベンダーがOrinの採用を始め、Nvidiaはクルマの国際標準プロセッサとなる勢いをみせている。

顔認識AIの危険性が暴露、我々の顔写真が全米の警察で使われている!!(続報)

新興企業「Clearview」は高精度の顔認識AI(下の写真)を開発し、全米の警察で犯罪捜査に利用されている。Clearviewはソーシャルメディアに公開されている顔写真をダウンロードしてこのシステムを開発した。写真の数は30億枚を超え、世界最大規模の顔写真データセットとなる。これに対し、市民団体は、個人の顔写真を許可無く使用することは違法であるとして、Clearviewに対し集団訴訟を起こした。

出典: Clearview

情勢はClearviewに有利

これから審理が始まるが、情勢はClearviewに有利で、米国には、イリノイ州を除いて、顔写真をダウンロードすることを禁止する法令は無い。このため、裁判所は公開されている顔写真を使うことは違法ではないとの判決を下すと予想される。顔認識AIは我々の顔写真を使っていることは間違いなく、この行為は違法ではなく、顔写真は個人情報として保護されないことになる。

Clearviewとは

Clearviewはニューヨークに拠点を置くAI新興企業で、高精度な顔認識技術を開発した。創設者のHoan Ton-That(下の写真)はベトナムで生まれ、オーストラリアで育ち、アメリカで起業した。Clearviewの開発手法はユニークで、FacebookやTwitterやYouTubeに投稿された顔写真と属性(名前など)をダウンロード(Scraping)して顔写真のデータセットを構築した。このデータセットをAIの教育や顔認識アプリの実行で使っている。Clearviewの顔認識アプリは主に警察で使われている。警察は容疑者の写真を撮影し、それを顔認識アプリに入力し、容疑者の身元を割り出す。

出典: CNN

Clearviewの評価

データセットに格納された写真の数は30億枚を超え、ClearviewのAIが容疑者の身元を特定する精度は極めて高く、全米の警察から高く評価されている。今年1月、トランプ前大統領の支持者がアメリカ連邦議会に乱入した事件で、FBIや各地の警察は前例のない規模で事件の解明を進めている。その際に乱入者の身元を割り出すことがカギとなるが、ここでClearviewの技術が使われ、350人を超える容疑者の逮捕に繋がった。(下の写真、検索結果の事例)

出典: Clearview

Clearviewの問題

一方、ClearviewのAI開発手法に対し、個人のプライバシーを侵害しているとの懸念が高まっている。顔認識AIを開発するには大量のデータが必要であるが、Clearviewはネット上の顔写真をスクレイピングしてデータセットを構築した。我々の顔写真と名前がFacebookなどからダウンロードされており、個人のプライバシーの重大な侵害であるとして、社会から批判を受けている。

集団訴訟が始まる

ソーシャルメディアに掲載されている顔写真をサイト管理者や写真本人の了解を得ないでダウンロードすることは違法かどうかの議論が始まった。各地の市民団体はClearviewに対して集団訴訟を起こした。カリフォルニア州では、個人のプライバシーを保護する法令があり、州の住人は10件の集団訴訟を起こしている。この法令は、住民は個人情報が利用されることを制限できると定めており、Clearviewに顔写真を使うことを停止するよう求めている。

Clearviewの主張

これに対し、Clearviewは、企業が公共のデータにアクセスする権利は、アメリカ合衆国憲法修正第1条(First Amendment)で保障されていると主張する。修正第1条は「表現の自由」や「報道の自由」を定めており、公開されている情報を収集する権利は保障されていると反論する。事実、Googleはサイトに公開されているテキストや写真をスクレイピングしており、Clearviewも同じ手法を取っている。

出典: Clearview

スクレイピングを禁止する法令は無い

米国では個人や企業がサイトに掲載されている情報をスクレイピングすることを禁止する法令は無い。一方、システムをハッキングすることを禁止する法令「Computer Fraud and Abuse Act」は1986年に制定された。これは個人や企業がシステムに許可なくアクセスすることを禁止するもので、システムに危害を与えることを防ぐ目的で設立された。

LinkedInの判例

LinkedInはサイトに掲載されている情報に新興企業がアクセスし、これをスクレイピングされるという被害を受けた。このため、LinkedInは上述の法令を根拠に、新興企業を提訴した。しかし、巡回裁判所(9th Circuit Court、日本の控訴裁判所に相当)は、スクレイピングは違法ではないとの判決を下しLinkedInは敗訴した。

パンドラの箱

スクレイピングの法解釈はグレーな部分が多く、また、インターネット企業のビジネスに直結するため、企業はあえて議論を避けてきた。しかし、Clearviewは法廷でこの問題を明確にする戦略を取り、これから各地の裁判所で審理が進み、スクレイピングについての判決が下されることになる。今の情勢では、この訴訟は最高裁判所まで進み、ここでスクレイピングに関する法解釈が決まるとみられている。

Googleのスクレイピング

Googleは検索クローラが世界のサイトからテキストや写真をスクレイピングしている。顔写真や氏名や電話番号などが取得され、個人情報の巨大なデータベースが運用されている。検索エンジンは巨大な顔認識システムでもあり、著名人の顔写真を入力すると氏名を検索できる(下の写真)。Googleはスクレイピングが認められるが、Clearviewにはこれが認められていないとして、Clearviewは法廷で争う姿勢を示している。

出典: Google

Microsoftの対応

このような中、Microsoftはプライバシー問題から、顔認識AIを教育するためのデータセットを消去した。Microsoftは著名人の顔写真100 万枚を収集しデータセット「Microsoft Celeb」を構築し、顔認識AIの教育で利用していた。Microsoft はデータセットに収集されている顔写真について、本人の同意を得ていないとして全てのデータを消去し、公開サイト「MS Celeb38」を閉鎖した。顔写真のプライバシーに関する解釈が分かれる中、Microsoftは独自のルールを定め倫理的な方針を取った。

政府の規制が求められる

MicrosoftなどIT企業は、顔認識技術の危険性と有益性について認識しており、早くから政府による規制を求めてきた。Microsoft 社長のBrad Smith は連邦政府議会に対し、AI による顔認識技術を規制することを求めた。同様に、ClearviewのHoan Ton-Thatも連邦議会に対し、顔認識AIの運用に関する規制を制定するよう求めている。顔認識技術は誤用すると危険なツールとなるが、正しく使うと社会に大きな恩恵をもたらすとして、許容できる利用法と禁止すべき利用法を明確にすることを求めている。

10年後アメリカ国民は毎年140万円支給される、AIが労働力を担い稼いだ利益を社会に還元

AIは社会で労働力を担い富を生み出すが、それがGoogleなどAI企業に集約される。これにより、アメリカ社会で富の偏在化が加速し、抜本的な対策が求められている。高度なAIを開発するOpenAIの創業者であるSam Altmanは、この問題を解決するためには新たな仕組みが必要であるとし、AIが得た利益を国民に還元する構想を提唱した。10年後のアメリカ社会でこれを実施し、国民は一人当たり毎年13,500ドル(訳140万円)の給付金を受ける。

出典: OpenAI

10年後のAIの機能

この構想の前提条件となるのが10年後のAIの機能で、人間に代わり労働を担えるまでに成長すると予測する。AIは5年後には人間のような読解力を持ち、文章を読んで意味を理解する。また、医学の知識を蓄え、人間の医師に代わり診断を下す。更に、10年後には、ロボティックス技術が進化し、人間に代わり製造ラインで作業する。その後は、分野を特定することなく、AIは人間に代わり科学や技術の研究開発に従事する。

AI革命

Sam Altmanはこれを「AI革命(AI Revolution)」と呼んでいる。歴史を振り返ると、人間が農業を始めた「農業革命」から機械化による「工業革命」に続く。更に、計算機の登場による「コンピュータ革命」となり、これから「AI革命」が始まる。AIが人間のような思考能力や理解力や判断能力を備え、仕事に従事し、膨大な富を生み出す。AIが生み出す富は、国民が最低限の生活をするに十分な額となり、社会構造が大きく変わる(下の写真)。10年後にはこのポイントに到達し、国民は生活費を支給され、労働に縛られない自由な生活ができる。労働から解放され趣味に打ち込むことができる。また、自分の嗜好に沿った仕事を選択でき、そこで能力を開花させることもできる。

出典: Sam Altman

ムーアの法則

AltmanはAIにより社会の全ての領域でムーアの法則(Moore’s Law)が適用されると予測する。これを「Moore’s Law for Everything」と呼んでいる。ムーアの法則とはコンピュータの技術進化を一般化したもので、半導体チップのゲートの数は2年ごとに2倍になるという経験則に基づく将来予測。これは半導体素子や加工技術の進化によるもので、コンピュータや家電の単価は毎年低下する。

AIとムーアの法則

一方、アメリカでは医療費や大学授業料が異常に高く、深刻な社会問題となっている。特に、医療費の値上がりは顕著で、対GDP比は先進国の中で最も高い値となっている。AIの進化でこれらの価格がムーアの法則に従って下がると予測する。例えば、医師に代わりAIが病気を診断し治療することで医療費が値下がりする。大学ではAIが教師に代わり、学生の習熟度を把握して最適な授業をする。AIが医師や教師を置き換えることで、医療費や大学授業料もムーアの法則に従って単価が下がる社会が到来する。

American Equity Fund

これらAIが得た収入はAIを活用する企業に集約される。AltmanはAIが労働力となる社会では今とは異なる課税体系が必要だと主張する。現在は労働で得た利益に課税されるが、AIが労働力となる社会では、企業の時価総額(発行株式の価値)と企業が所有する不動産(土地の部分)に課税する。この方式を「American Equity Fund」と呼び、AI企業が生み出した富の一部を基金とし、それを国民に分配する。American Equity Fundは“AI税”とも解釈でき、AI企業の利益を国民に還元するメカニズムとなる。

試算すると

Altmanは具体的な税率を示しており、企業の時価総額と不動産資産(土地の部分だけ)の2.5%を基金に納入する。時価総額のケースでは株を、また、不動産資産のケースでは現金で納税する。現在、米国企業全体の時価総額は50兆ドルで、土地価格は30兆ドルで、10年後にはこれが2倍になると予測される。米国の成人人口は2億5000万人で、一人当たり毎年13,500ドルの支給を受ける計算となる。

ベーシックインカム

この背後にはベーシックインカム (Universal Basic Income)の考え方がある。ベーシックインカムとは、社会保障の一種であるが、従来の失業保険などとは異なり、全ての国民に一律にお金を支給する制度を指す。受取のための条件はなく、毎月一定額の金額が支給される。受け取ったお金の使途の制限も無く、受給者が自由に使うことができる。ベーシックインカムの構想は50年前から議論されてきたが、AIによる失業問題が拡大する中、再び注目されている。

出典: New Atlas

オークランドでの実証試験

実際に、Altmanはシリコンバレーでベーシックインカムの実証試験を展開することを発表した。サンフランシスコ対岸のオークランドにおいて、100家族に毎月1000ドルから2000ドルの現金を支給する。支給期間は6か月から1年の間で、受給者は受け取ったお金を自由に使うことができる。まだプロジェクトはスタートしていないが、政府機関でなくAI企業創業者が実施することで話題となっている。

ストックトンでの実験結果

シリコンバレー郊外のストックトン(下の写真)は、2019年から二年に渡り、ベーシックインカムの実証実験を展開し、先月、その実験成果を公表した。これによると、市民は毎月500ドルを受け取り、それを自由に使うことができ、その結果、受給者の就業率が向上し、健康状態も改善された。また、ベーシックインカムの使途は生活必需品(食料品や衣料品など)で、たばこやアルコールを購入したケースは殆ど無かった。ベーシックインカムの有効性については賛否両論があり、反対者は給付金で労働意欲が無くなり、生活が怠惰になると主張する。しかし、ストックトンのケースはこれと反対の結果となり、給付金で就労率が上がり生産性が向上した。

出典: City of Stockton

利益を再分配するメカニズム

これから、間違いなく、人の仕事はAIやロボットに奪われ、大失業時代が到来する。オフィスワークなど事務部門だけでなく、医療や教育など専門性の高い部門でも起こり、自動化による失業が世界規模で発生する。レイオフで企業は高い利益を生み出すが、利益を再分配するメカニズムが無ければ、収入の格差が今以上に増大する。ひいては、社会や経済が不安定になり、平和な世界が脅かされる。

ハイパー富裕層と貧困層

このため、AltmanだけでなくElon Muskなど業界著名人はベーシックインカムが必須となるのは自明であると主張する。ベーシックインカムの必要性については理解が広がっているが、そのための巨大な財源が常に議論となってきた。2020年の大統領選挙ではAndrew Yangがベーシックインカムを公約に掲げ、アメリカ国内でその認知度が一気に高まった。米国でハイパー富裕層が巨大な富を構築する中で、貧困層の割合が増え、階層間で緊迫状態が続いている。公平な社会の仕組みを構築することが今まで以上に求められている。

AIで新型コロナウイルスの遺伝子配列を解析、配列を言葉として解析しワクチンが効かない異変種の発生を予測

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が始まり、パンデミックが終息に向かうと期待されている。ウイルスは変異を繰り返し、今年に入り相次いで英国型や南アフリカ型異変種が発見された。これら異変種は感染力が高いが、ワクチンは有効であるとの見解が示されている。しかし、最新のAIを使った解析では、更に複数の異変種が生まれ、その幾つかはワクチンが効かないと推定する。この事態に陥れば、新型コロナウイルスの終息にはもう少し時間がかかるかもしれない。

出典: Brian Hie et al.

Viral Escape:ワクチンが効かなくなる

新型コロナウイルスなど感染症向けにワクチンが開発されるが、ウイルスの遺伝子が変異するとワクチンの有効性が低下し、最悪の場合は効かなくなる。ワクチン接種により体内に抗体(Antibody)が生成されるが、ウイルスが変異すると抗体がこれを認識できなくなる。これは「Viral Escape」(ウイルスがワクチンをすり抜けるという意味)と呼ばれ、感染症対策の大きな課題となっている。ワクチン開発ではウイルスがどう変異するとワクチンが効かなくなるのかが重要な情報となる。(上のグラフィックスは新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質で、Viral Escapeが発生する可能性が高い個所(黄色)と低い個所(青色)を示している。スパイクたんぱく質に対してワクチンが開発されているが、Viral Escapeが発生しない部分(上のグラフィックス右側、S2と示された個所)に作用する仕組みを取る必要がある。)

ウイルスに自然言語解析を適用

MITのAI研究チームはViral EscapeをAIの自然言語解析(Natural Language Processing)を使って予測する技法を開発した。ウイルスの遺伝子配列を言葉として捉え、そこから文法(Grammar)と意味(Semantics)を把握することで、どの遺伝子変異がViral Escape(ワクチンが効かない状態)に繋がるかを予測した。この研究ではインフルエンザウイルス(influenza A hemagglutinin)、エイズウイルス(HIV-1 envelope glycoprotein)、及び、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2 spike glycoprotein)の三種類が使われた。

遺伝子配列の文法と意味

ウイルスの遺伝子配列を解析し、その文法と意味を把握するが、それらを次のように解釈できる。文法とはウイルスの基礎機能を決める。文法がしっかりしているウイルスは感染能力が高く、ウイルスが生存する可能性が高いことを示す。一方、意味はウイルスの変異を示す。異なる意味をもつウイルスは異なる形状を示すことになる。例えば、新型コロナウイルスが変異して、意味が異なり、文法が正しければ、ワクチンが効かない感染力の強いウイルスが生まれることになる。

出典: Brian Hie et al.  

遺伝子配列の文法と意味を可視化

上のグラフはこれを可視化したもので、縦軸が文法で横軸が意味を示す。文法が正しいほど(上に行くほど)、感染能力が高い(赤色の円)。意味が変わるとワクチンが効かなくなる。矢印の通り、左上のウイルスが右上のウイルスに変異すると、感染力が高く、ワクチンが効かないウイルスとなる(Viral Escapeが起こる)。一方、ウイルスが変異しても文法が正しくなければ、感染力が低下し無害のウイルスとなる(青色の円)。

自然言語解析の手法

この研究では自然言語解析の手法を適用したが、具体的には、LSTM(Long short-term memory)というタイプのニューラルネットワークが使われた。LSTMは時系列のデータを解析する手法で、言語処理では入力された言葉に続く言葉を推定する。この研究では、LSTMにウイルスの遺伝子配列を入力し、ネットワークは意味と文法を出力する。

出典: Brian Hie et al.  

上のグラフィックス;BiLSTMにウイルスの遺伝子配列を入力すると(最下段)、ネットワークはその意味(入力データに続く言葉 = 変異)を出力し(中段)、更に、その文法を出力する(最上段)。モデルは推定した言葉と、この言葉が持つ文法の正しさを推定し、Viral Escapeとなる確率を算定する。

解析の結果

モデルが予測した結果を過去のデータで検証し推定の精度を検証した。このモデルはインフルエンザやHIVや新型コロナウイルスなど5種類のウイルスを解析した。その結果、新型コロナウイルスに対して、モデルは85%の精度Viral Escapeとなる変異を予測した(下のグラフ、右端)。

出典: Brian Hie et al.  

感覚的な理解

このモデルを自然言語に応用するとこの機能を理解しやすい。モデルは元の文章が変異するパターンを予測し、それが文法に適合しているかどうかを判定する。更に、文章の意味に関し、それらがどのような位置関係にあるかを算定する(下のグラフィックス)。

  • 上段:元の文章は「オーストラリア人がバリ島で死んだ」
  • 中段:文章が変異する(australianがaussieに変わる)が意味は変わらない
  • 下段:文章が変異する(deadがballetに代わる)と「オーストラリア人がバリ島でバレイ」となり意味が変わるが、文法も正しい。この変異がViral Escapeとなる。
出典: Brian Hie et al.  

事前に対策を講じる

いま新型コロナウイルスが変異し、英国型や南アフリカ型変異種の感染が広がっている。もし、変異種が発生する前に、ワクチンが有効かどうかを把握できると、医療関係者はその拡散に備え、必要な対策を取ることができる。また、ワクチンや治療薬の開発では、Viral Escapeが発生しにくい領域を対象に、モデルを開発することができる。このモデルはまだ研究段階であるが、AIは現行ワクチンが効かない新型コロナウイルスの発生を予測しており、不測の事態に備えておく必要がある。