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Apple Face IDの発表で顔認証技術がブレークする兆し、同時にAIを悪用した攻撃への対応が求められる

AppleはiPhone Xで顔認証技術「Face ID」を発表した。カメラに顔を向けるだけで認証でき、安全性と手軽さが評価され顔認証サービスが普及する勢いとなってきた。スマートフォンや金融サービスで顔認証の導入が一気に進む可能性がある。同時に、顔認証技術はAIを悪用した高度な攻撃に対する備えが求められている。

出典: Apple  

顔認証技術は早くから登場していたが

顔認証技術は1960年代に登場した技術であるが、その精度に問題があり特殊な分野に限定して使われ、一般に普及することは無かった。近年では、AIの進化により顔認証技術の精度が向上し、ベンチャー企業が製品化を進めオンラインバンキングなどで試験的な導入が始まった。同時に、スマートフォンでの展開も始まり、SamsungはハイエンドモデルGalaxy Note 8で顔認証技術を導入した。

Samsung Galaxy Note8の顔認証技術

Galaxy Note 8は2017年9月に出荷されたが、発売直後に顔認証機能が破られる事件が発生した。写真をGalaxy Note 8にかざすとロック画面が解除されることが判明した。利用者は別のスマホで自身の顔を撮影し、それをGalaxy Note 8の顔認証画面に向けるとロック画面が解除さる。Samsungは見解を発表していないが、製品説明を読むと「顔認証は指紋認証やPINなどに比べ安全性が低い」と記載されている。Galaxy Note 8の顔認証機能はセキュリティではなく利便性を重視したデザインとなっている。

Apple Face IDのメカニズム

これに対してApple Face IDはセキュリティ機能を格段に強化し安全に使えるデザインとなっている。Face IDは3Dで顔を識別するため写真や動画で認証されることは無い。iPhone Xは「TrueDepth Camera」と呼ばれる特殊なカメラを搭載しセンサーが顔を3Dで認識する。ここに内蔵されているプロジェクター (Dot Projector、下の写真右端のデバイス) から3万個のドットが顔に照射され、これを赤外線カメラ (Infrared Camera、下の写真左端のデバイス) で読み込み顔の3Dマップ (先頭の写真) を作成する。この情報がプロセッサのストレージ (Secure Enclave) に暗号化して格納される。

出典: Apple  

顔認証精度が高い理由

Face IDを使うときは光源 (Flood Illuminator、上の写真左から二番目のデバイス) から赤外線が照射され、反射波を赤外線カメラで読み込み、登録した顔のマップと比較して認証を実行する。光源が赤外線であるため外部の光の条件に関わらず、暗がりの中でも正確に認証できる。また、髪を伸ばしたり眼鏡をかけると登録した顔のイメージと異なり本人確認が難しくなる。このためAppleは機械学習 (Machine Learning) の手法を使ってアルゴリズムを教育し両者を正確に比較判定できる技術を開発した。同時に、顔認証への攻撃では映画で登場するフェイスマスクが使われる。本人の顔を3Dでコピーしこれをフェイスマスクで再構築する。Appleは実際にハリウッドでフェイスマスクを作りFace IDの認証精度をベンチマークしたと述べている。この背後にも機械学習の手法が使われており人間の顔とフェイスマスクを見分けることができる。

顔写真から顔の仮想現実を生成

顔認証に関して気になる研究成果が報告されている。昨年、University of North Carolinaの研究者はFacebookやInstagramに掲載されている写真から顔を3Dで構築する手法を公開した (下の写真)。対象者の顔写真を複数枚集め、これらの写真から顔の構造を3Dで再構築する。3D構造に肌の色や質感を加え、更に、様々な表情を追加しVRとしてディスプレイに表示する。

出典: Yi Xu et al.

生成した顔のVRが顔認証を破る

研究論文は生成した顔のVRを顔認証システムに入力し認証に成功したと報告している。市販されている五つの顔認証アプリで試験が実施された。顔認証アプリ名と認証成功率は次の通り;KeyLemon (85%), Mobius (80%), True Key (70%), BioID (55%), 1U App (0%)。これらの顔認証アプリはスマホのセキュリティで使われており、1U Appを除いて四つのアプリで認証技術が破られた。この論文は顔認証のメカニズムを改善する必要があると訴えている。

顔の3Dイメージを3Dプリンターで生成

顔のVRはFace IDで試験されていないが、TrueDepth Cameraは顔を3Dで検知きるため、iPhone Xに不正にアクセスすることはできないと思われる。一方、顔のVRを3Dプリンターに出力すると状況は変わるかもしれない。顔の3Dイメージを3Dプリンターで生成して顔認証システムを試験する研究が進んでいる。Security Research Labsはドイツ・ベルリンに拠点を置く企業でセキュリティ研究所として位置づけられる。同社は被験者の顔型を取りMicrosoftの顔認証システム「Hello」で認証を受けることに成功した。iPhone Xが発売になるとSecurity Research Labs などがFace IDの安全性を検証する作業を始めることになる。

1枚の写真から顔を3Dで構成

英国の大学University of Nottingham とKingston Universityの研究者は1枚の顔写真からAIを使って顔を3Dで構成する技術を発表した。Computer Visionにとって顔を3Dで把握するのは非常に難しい技術となる。上述の通り、数多くの写真を入力しこれらから3Dイメージを再構築するのが一般的な手法となっている。これに対し、CNN (イメージを判定するネットワーク) を顔写真と本人の3Dイメージで教育することで、アルゴリズムは1枚の顔写真からその3Dイメージを再構築できるようになった。(下の写真、Alan Turingの写真 (左側) を入力するとアルゴリズムは3Dイメージ (右側) を生成する。) 研究成果を使って顔認証システムの試験が実施されたわけではないが、今後はAIを悪用した認証システムへの攻撃が急増することを示している。iPhone Xが発売になるとFace IDのハッキングレースが始まりAppleは様々な挑戦を受けることになる。

出典: Aaron S. Jackson et al.

バイオメトリック認証のトレンド

バイオメトリック認証の中で顔認証が注目されているのは訳がある。声による認証はコールセンターなどで使われているが複製されやすいとして普及は限定的である。一方、Amazon Echoなどは認証ではなく利用者を特定するために声を使っている。バイオメトリック認証の中で指紋認証が一番幅広く利用されているが小さなセンサーで指紋を正確に読む技術が難しい。更に、指紋は複製しやすく安全性に関する懸念もある。

Appleは虹彩認証に進むのか

虹彩認識 (Iris Recognition) は精度が高く注目されている方式であるがが赤外線センサーなど専用機器が必要となるため普及が進んでいない。但し、Samsung Galaxy Note 7やNote 8はこの機能を既に搭載しているが認証精度や安全性についてはまだ評価結果が固まっていない。一方、iPhone Xは既に赤外線センサーを搭載しており虹彩認証に進むのではと噂されている。

顔認証がバイオメトリック認証の中心となる

色々なバイオメトリック認証方式がある中、顔認証方式は精度が高く使い勝手がいいことから、今後はこの方式が大きく広がると見られている。3年から5年後には認証技術の半分以上が顔認証になるとの予測もある。Apple iPhone Xの出荷はまだ始まっていないが、Face IDが市場に与えた影響は大きく顔認証方式の動向に注視していく必要がある。

Apple iPhone Xは顔認証を導入し写真をドラマチックに仕上げる、AIチップで画像認識を強化

Appleは新本社で次世代ハイエンドモデル「iPhone X」を発表した。iPhone Xは顔認証方式「Face ID」を導入し、カメラに顔を向けるだけで認証ができる。顔認証は指紋認証より安全性が高く、Appleが導入したことで一気に普及が進む可能性を秘めている。

出典: Apple  

次世代モデル三機種を発表

AppleはiPhone次世代モデル三機種を発表した。最上位機種はiPhone X (上の写真、左端) で、デバイスの前面が全てディスプレイ (Super Retina HD Display) となりホームボタンが無くなった。iPhone 7の後継モデルとしてiPhone 8 (上の写真、右端) とiPhone 8 Plus (上の写真、中央) が発表された。三機種とも新型プロセッサ「A11 Bionic」を搭載しAIとグラフィック機能を強化している。

Face IDとは

iPhone Xは顔認証機能「Face ID」を備えており、デバイスのロックを解除するには顔をカメラにかざすだけ (下の写真)。顔がパスワードになりデバイスをオープンできる。また、Apple Payで支払いをする際も顔をカメラに向けるだけで認証が完了する。指をホームボタンに押し付ける操作は不要で、安全なだけでなく使いやすくなった。

出典: Apple  

顔認証のメカニズム

Face IDを使うためには事前に顔を登録する必要がある。システムの指示に従って顔をカメラに向け、ディスプレイに示された円に沿って顔を回す (下の写真)。iPhone Xは「TrueDepth Camera」と呼ばれる特殊なカメラを搭載している (先頭の写真左側、ディスプレイ最上部の黒いバーの部分)。顔を登録する時はTrueDepth Cameraのプロジェクター (Dot Projector) から3万個のドットが顔に照射され、これを赤外線カメラ (Infrared Camera) で読み込み顔の3Dマップを作成する。

出典: Apple  

この情報がプロセッサのストレージ (Secure Enclave) に暗号化して格納される。Face IDを使うときは光源 (Flood Illuminator) から赤外線が照射されこれを赤外線カメラで読み込み、登録した顔のマップと比較して認証を実行する。

利用者の風貌が変わると

顔認証では利用者の状態が変わるという課題を抱えている。髪を伸ばしたり眼鏡をかけると登録した顔のイメージと異なり本人確認が難しくなる。このためAppleは機械学習 (Machine Learning) の手法を使って両者のイメージを比較する方式を採用した。アルゴリズムは登録した顔が髪を伸ばし眼鏡をかけるとどう変化するかを機械学習の手法で学習する。様々な条件を事前に学習しておき利用者の外観が変わっても高精度に判定できる。また、顔を3Dで比較するので写真を使って不正に認証を受けることはできない。

カメラの特殊効果

TrueDepth Cameraは自撮り (Selfie) する際に特殊効果を出すために使われる。これは「Portrait Lighting」という機能でスタジオで撮影する時のように、あたかも光を調整したかのように特殊効果を出す。Natural Lightというオプションを選択すると自然光のもとで撮影したように写る (下の写真、左側)。Studio Lightを選択するとスタジオの明るい環境で撮影した効果が出る。Contour Lightは顔の凹凸を際立たせ (下の写真、中央) ドラマチックな仕上がりとなる。Stage Lightは背景を黒色にして顔を浮き上がらせる (下の写真、右側)。

出典: Apple  

カメラの性能はAIで決まる

TrueDepth Cameraはステレオカメラでオブジェクトを3Dで把握する。カメラが人物と背景を区別し、更に、AIが人物の顔を把握しここに光を当てて特殊効果を生み出す。メインカメラにもPortrait Lighting機能が搭載されており上述の機能を使うことができる。カメラは光学センサーが差別化の要因になっていたが、今ではキャプチャしたイメージをAIで如何に綺麗に処理できるかが問われている。iPhoneカメラはSoftware-Defined Cameraと呼ばれソフトウェアが機能を決定する。

絵文字を動画にしてメッセージを送る

TrueDepth Cameraを使うと絵文字の動画「Animoji」を生成して送信できる。カメラは顔の50のポイントの動きを把握し、これを絵文字キャラクターにマッピングする。笑顔を作るとキャラクターも笑顔になる (下の写真)。ビデオメッセージを作る要領で録画すると、キャラクターがその表情を作り出し音声と共にiMessageで相手に送信される。猫の他にブタやニワトリなど12のキャラクターが揃っている。

出典: Apple  

AIプロセッサ

これら機械学習や画像処理を支えているのがAIチップA11 Bionicだ。名前が示しているようにAI処理に特化したエンジン「Neural Engine」を搭載している。Neural Engineは機械学習処理専用のエンジンで人や物や場所などを高速で把握する機能を持つ。このエンジンがFace IDやAnimojiの処理を支えている。またAR (拡張現実) における画像処理もこのエンジンにより高速化されている。

価格と出荷時期 (米国)

ハイエンドのiPhone Xの価格は999ドルからで11月3日から出荷が始まる。また、iPhone 8 Plusの価格は799ドルからでiPhone 8は699ドルからとなっている。両モデルとも9月22日から出荷が始まる。

iPhone発売から10周年

発表イベントは新設されたApple本社 (下の写真、左奥) に隣接するSteve Jobs Theater (下の写真、中央) で開催された。イベントの模様はライブでストリーミングされた。これはSteve Jobsを記念して建設されたシアターで円形のアーキテクチャになっている。一階部分は円盤状のロビーで、シアターは地階部分に設けられている。今年はiPhone発売から10周年の区切りの年になり、これを象徴してiPhone X (10) が登場した。

出典: Apple  

ATMに顔をかざしてお金を引き出す、中国で顔認証サービスがブレーク

中国で顔認証システムの導入が異常な速さで進んでいる。ATMに顔をかざすと本人の確認ができお金を引き出すことができる。空港の搭乗ゲートでは顔が搭乗券となり飛行機に乗ることができる。中国のAI技術レベルは欧米と同等といわれるが、それを応用したビジネスでは中国が先行している。顔認証サービスが中国でブームになっているが、その背後にはプライバシー保護に関し寛容な国民性がある。

出典: Alizila  

顔認証で支払いをする

中国最大手のEコマース企業AlibabaはAIを活用した顔認証システムに着目している。同社金融部門Ant Financialは2015年、ベンチャー企業と共同で顔認証で支払ができるシステム「Smile to Pay」を開発した。これをモバイルアプリAlipayに適用し、顔認証を使ったスマホ決済を運用してきた。

Alibabaは2017年9月、Smile to PayをKFCなどレストランにおける支払いに導入した。消費者は入り口に設置されたキオスクで料理を注文し顔認証で支払いをする (上の写真)。カメラに向かって顔をかざし電話番号を入力すると会計処理が完了する。ステレオカメラが3Dで顔を識別し、アルゴリズムは被写体が写真ではなく人間であることを把握する。将来は電話番号の入力は不要で、顔認証だけで買い物ができるシステムとなる。

顔認証でお金を引き下ろす

中国大手銀行China UnionPayはATMに顔認証システムを導入した (下の写真)。このATMはマカオに設置され、顔をかざすだけでお金を引き出すことができる。このサービスを利用するためには事前に顔写真を登録しておく。ATMにバンクカードを挿入しPINを入力し、中国政府が発行するIDカードを読み込ませ、最後に顔の写真を撮影する。顔の登録の全プロセスをATMで実行する。

出典: Bloomberg  

China UnionPayがATMに顔認証システムを導入したのは訳がある。お金の引き出しを便利にするためだけでなく、中国政府の政策と関連する。中国で人民元 (Renminbi) の海外流出が拡大しており、この多くがマカオのカジノからとされる。一般市民や政府関係者が複数の口座を開き、お金を限度額以上に引き出している。ATMに顔認証システムを導入することで個人を特定でき金の流れをトラックする目的がある。このATMはNCR製で顔認証のためのアルゴリズムが組み込まれている。

観光スポットへの入場は顔パス

Baiduは中国のGoogleともいわれAIで世界をリードしている。BaiduはAIによる顔認証技術の開発を進め多くの企業で利用されている。中国・烏鎮 (Wuzhen) は人気の観光地で、街の中を運河が流れ東のベニスと呼ばれる。この地区でBaiduが開発した顔認証システムが使われている。景観地区に入場する時に受付で顔を登録し支払いを済ませる (下の写真)。入口にはゲートが設けられ、そこに設置されているタブレットに顔をかざし顔認証を受ける。本人と確認されるとゲートが開き中に入ることができる。

出典: Financial Times  

空港の登場ゲート

Baiduの顔認証技術は空港の搭乗ゲートでも使われている。中国の大手航空会社Southern Airlinesは空港の搭乗ゲートに顔認証システムを導入した。乗客は搭乗ゲートのタブレットに顔をかざし飛行機に乗ることができる。このサービスは2017年6月から、Nanyang Jiangying Airportで運用が始まった。利用者はチェックインの際に身分証明写真と顔写真をスマホアプリで登録しておく。ゲートでは読み込んだ搭乗者の顔をこれらの写真と照合して認証する。

出典: South China Morning Post  

顔が従業員カード

Baiduは自社でもこの技術を展開しており、オフィスエントランスに顔認証システムを導入した。社員は入館ゲートに備え付けてあるタブレットに顔をかざすと、顔認証システムはリアルタイムでその人物の名前を認識しゲートが開く (下の写真、元Baidu研究所長Andrew Ngがデモのモデル)。本人の代わりに写真をかざしても認証を受けることはできない。

出典: Baidu  

トイレにも顔認証システムが     

北京の天壇 (Temple of Heaven、下の写真) は園内にあるトイレに顔認証システムを設置している。カメラに向かって3秒間顔をかざすとトイレットペーパーが出る。追加でトイレットペーパーを出すには9分間待つ必要がある。これはトイレットペーパーの盗難を防ぐための措置として導入された。顔認証システムの設置費用や維持経費はトイレットペーパーより高そうに思えるが、何か訳があるのかもしれない。このトイレが顔認証アルゴリズム教育のための顔データを集める特殊任務を負っているのかもしれない。

出典: Google Street View  

プライバシー保護に寛容な国民性

中国が顔認証システム普及で他国を大きくリードしているが、これは教育データが豊富でバイオメトリック情報を収集しやすい環境にあるためだ。中国の人口は世界最大で、多くの人が顔認証サービスを利用している。また、中国社会はプライバシー保護に関し寛容な態度を示し、顔データが収集されることに対し大きな反対運動は起こっていない。このため大規模な顔データを集めることができる。収集したデータをDeep Learningアルゴリズムにフィードバックし認証精度を向上させる。顔イメージという生体情報がシステムに保管されることに対する懸念より、中国社会は顔認証サービスの利便性を歓迎しているようにも見受けられる。顔認証システムの導入では中国が欧米や日本より数歩先を進んでいる。

IBM Watsonの実力が問われている、 独自AIアーキテクチャはDeep Learningに勝てるのか

米国でIBM Watsonの実力を疑問視する声が出ている。大学病院との共同プロジェクトが失敗に終わりWatsonの機能を再評価する機運が高まっている。システムインテグレーションの観点からはWatsonを教育するために大規模なデータを必要とする。アーキテクチャの観点からはWatsonはDeep LearningやGPUを使わないでIBM独自の手法でAIを実装しCPUで実行する。Deep Learningが高度に進化し少ないデータでシステムを教育できる中、Watsonは約束通りの性能を出せるのか市場の関心が集まっている。

出典: IBM  

ライフサイエンスの分野で共同研究

IBMはWatson (上の写真) をライフサイエンスの分野で利用しガン治療で効果を上げると表明している。IBMはテキサス州立大学病院 (University of Texas MD Anderson Cancer Center) と共同でWatsonを使ったガン治療の研究を進めてきた。IBMは白血病を皮切りにガンを撲滅するMoon ShotプロジェクトでWatsonを展開している。Watsonが患者の医療データや医学文献を解析し医師に最適な治療法を示すことを目標としている。

プロジェクトは失敗

しかし2017年2月、テキサス州立大学病院はこのプロジェクトを中止すると発表した。大学はプロジェクト中止の理由は明らかにしていないが、4年間の研究開発で患者治療のためのツールを開発することができなかったと報じられている。プロジェクト管理の不備が原因とされるが、Watsonの技術的な問題もクローズアップされている。更に、IBMへの支払金額は3900万ドルで当初の予算を大幅に上回りシステム運用に費用がかかり過ぎることも要因とされている。

Watson教育のプロセスは複雑

Watsonの教育では大量の医療データを必要とする。このプロセスはDeep Learning (人間の脳を模した構造のネットワーク) の教育と同じで、答えが分かっているデータを入力しアルゴリズムを最適化する。しかし、WatsonのケースではDeep Learningと比べこのプロセスが格段に複雑になる。Deep Learningでは患部の写真を入力しアルゴリズムがガンであるかどうかを判定する。Watsonのケースでは患者のDNAを入力すると医療文献を参照し最適ながん治療方法を見つける (下の写真)。判定プロセスが格段に複雑になるだけでなく、そもそも遺伝子変異と病気の関係に関する教育データが存在しない。

出典: IBM

IBMは企業買収でデータを入手

このためIBMは新興企業を買収しWatson教育のための医療データを入手している。企業買収を繰り返しIBMは大規模な医療データベースを構築している。Explorysは医療データを保有し解析サービスをクラウドで提供しているベンチャー企業である。IBMはExplorysを買収し5000万人の患者データを入手し3150億件の医療データを得た。IBMはこれら医療データでWatsonを教育し患者治療や医療技術開発に役立てている。

Watsonのアーキテクチャ

Watsonを教育するプロセスが複雑な理由はそのアーキテクチャに起因する。Watsonの技法はAIの中でMachine Learningとして区分される。人間の脳を模したDeep Learningの手法とは大きく異なる。Watsonのこの技法は「DeepQA」と呼ばれ、これがクイズ番組Jeopardyで人間のチャンピオン二人を破る基礎技術となった。

DeepQAの構造

DeepQAは質問から答えを検出するシステムであるがGoogleのような検索エンジンとは構造が大きく異なる。DeepQAは質問の意味を解し、「Hypothesis」(仮説・解答候補) を生成し、仮説が正しいかどうかを評価する「Scoring」から構成される (下の写真)。仮説の生成やその評価には収集した大量のデータを使用する。このスレッドを大量に生成し大規模並列に稼働させる。一つの質問に対してDeepQAは100万の評価スコアーを生成する。ここから最終回答を選定するプロセスでMachine Learningが使われる。DeepQAは単純な検索ではなく、解答候補を評価して信頼度の高い解を導く手法に特徴がある。

出典: IBM

Deep Learningが高度に進化  

Watsonは自然言語での複雑な質問を理解し、数多くの情報源を参照し、答えの候補を生成し、そこから正しい解を高精度で選ぶことができる。しかし、Watsonが開発されて以来Deep Learningが高度に進化している。画像認識、音声認識、音声生成、機械翻訳などに優れ、自動運転車やデジタルヘルスで活用されている。Deep Learningが普及することでWatsonの機能が相対的に地盤沈下している。

WatsonはDeep Learning機能を採用       

このためIBMはDeep Learningを採用しWatsonの機能を強化している。IBMはクラウドBlueMixにDeep Learningによる画像認識と音声認識機能を追加した。またIBMはベンチャー企業AlchemyAPIを買収した。AlchemyAPIはDeep Learningベースのテキスト解析とイメージの解析を提供しておりWatsonはこれらの機能を搭載している。更に、IBMはPowerAI Platformを投入した。GPUを基盤とする処理システムでここでDeep Learningフレームワークを提供する。

Watsonの将来    

WatsonはDeep Learning技法が登場する前に開発されたシステムであるが、IBMは最新技法をシステムに組み込み定常的に機能を強化している。また、ヘルスケア関連では企業買収を重ねWatsonの教育で活用している。テキサス州立大学病院のプロジェクトは失敗に終わったが、ガン診断や治療の研究で米国の主要病院と提携し共同研究を進めている。Watsonはガン治療で大きな効果を上げると期待されている。ただ、研究開発はIBMが示した当初のスケジュールから大きく遅れておりAIでガンを撲滅する技術の難しさを再認識させられる。

Apple HomePodは音楽ファースト、僕らのSiriは何処に行った?

Appleは2017年6月、世界開発者会議でスマートスピーカー「HomePod」を発表した (下の写真)。AppleはHomePodを高機能スピーカーと位置づけ音楽ビジネスを拡大する。市場はSiriを前面に押し出したAIスピーカーを投入すると予想していただけに、新製品を歓迎する空気とともに失望感も漂った。

出典: Apple  

Rock the House:家を揺らす

AppleはHomePodを音声で操作できる高性能スピーカーとして製品化した。価格は349ドルと強気の設定となっている。HomePodは音楽ライブラリーApple Musicと連携し、幅広いジャンルの音楽をストリーミングする。デバイスには7基のツイーターと1基のウーファーが搭載され、音声入力のために6基のマイクを備えている。HomePodの頭脳はA8チップでiPhoneのCPUがスピーカーを制御する。これらがメッシュのケースに格納され、ハイパワーの音響が家を揺らす。

Spatial Awareness:空間構造を認識する

部屋の中に置いて使うが、HomePodは置かれた場所の音響環境 (部屋の形状や家具など) を理解する。それに合わせて最適なサウンドを最適な方向に発信する (下の写真)。音響は「Center Vocals (メインボーカル)」、「Direct Energy (伴奏音響)」、「Ambient Energy (背景音響)」から構成され、これらを音響環境に合わせて組み合わせ出力する。ライブ会場を部屋の中に構築したように、それぞれのサウンドをバランスよく楽しめる。

Musicologist:音楽の大家

Apple Musicから音楽をストリーミングするが、HomePodは利用者の嗜好を把握し、それに沿った音楽を選択する。HomePodに言葉で指示したり質問を投げかけることができる。「Play I’m Poppy」と指示すると人気歌手Poppyの今年のヒット曲「I’m Poppy」を聴くことができる。「Who’s the drummer in this?」と尋ねると、演奏されている曲のドラマーの名前を教えてくれる。HomePodの案内で音楽をインタラクティブに楽しむことができる。

Home Assistant:スマートホームのハブ

HomePodはスマートホーム基盤HomeKitと連動し、家の中の家電を音声で操作できる。帰宅して「I’m home」と言えば、家の中の灯りがともり、空調が設定した温度で稼働する。また、「Open the shades halfway」と指示すると、窓のブラインドが半分上がる。今まではiPhoneのSiriに向かって指示していたが、これからはデバイスを取り出す必要はなくHomePodに直接語り掛けることができ便利になった。

出典: Apple

Siriの機能アップは無かった

HomePodはこれ以外にSiri経由で様々なタスクを実行できる。ニュース、翻訳、株価情報、メッセージ、天気予報、備忘録などの機能が揃っている。ただ、これらは従来から提供されており、Siriの大きな機能アップは無かった。AppleはHomePodをApple Musicを楽しむスピーカーとして位置付けており、Siriは付属機能としてその陰に隠れている。大きく機能アップしたSiriがHomePodでデビューすると期待していただけに拍子抜けした感がある。

SiriはOSからクラウドに進化

他社に後れを取っているSiriであるが、昨年は大きく開発方針が変わり、Siriの機能が一般に公開された。SiriはiOSの一部であったがこれがクラウドに進化し、パートナー企業は音声で操作するアプリを作ることができるようになった。SiriはもはやOS機能ではなくボイスクラウドとして再出発した。この機能を利用して音声操作できるVenmoやUberアプリが登場し、Siriの利用が大きく広がると期待された。

しかしSiriアプリは広がっていない

しかし音声アプリの開発は進まなかった。この理由はSiriボイスクラウドで使えるコマンドに制限があるためで、アプリ開発が難しいことが判明した。このためSiriのエコシステムは広がらずアプリの数は伸び悩んでいる。企業の多くは音声アプリを開発するプラットフォームとしてSiriではなくAmazon AlexaやGoogle Homeを選んでいるという厳しい現状がある。

Siriが成長しない理由

Siriはアメリカで最大規模の人工知能研究プロジェクト「CALO Project」で生まれた技術である。当初はこの技術を商用化したSiri社がApple iPhoneの仮想アシスタントとして提供した。Steve JobsがSiriの機能に感銘して会社買収を決定したとされる。しかし、買収した翌年にJobsが他界し、SiriのApple社内での位置づけが定まらづ、これが開発の遅れに繋がったといわれている。

主要メンバーの離脱

Siri開発方針が揺れ、これに不満を持ったキーマンが会社を去っている。Siri創設者のAdam CheyerとDag KittlausはAppleに見切りをつけ、2012年AIベンチャー「Viv」を立ち上げた。Vivは仮想アシスタント機能を第三者に提供するサービスでSiriより高度な技術を持つとされる。他の6人のメンバーもAppleからVivに移転した。Vivは2016年、Samsungに買収された。

プライバシー保護とAI開発

Appleは個人のプライバシーを保護するため、開発に厳しい制限を設けている。この規制がSiri開発の障害になっている。Siriの利用者数は全世界で4億人弱で毎週20億件のトランザクションを処理する。膨大な量のデータが蓄積されており、Siriのアルゴリズムを教育するには最高の環境にある。しかし、Appleのプライバシー保護ルールは厳格で、Siriで処理したタグ付きデータは6か月間に限り保存される。一方、GoogleやAmazonは利用者の請求が無い限りデータは無期限に保存される。このルールの違いがAIの機能や精度に大きく影響している。

出典: Apple

AIスピーカーが百花繚乱

HomePodが音楽機能を重視したスピーカーとして登場したが (上の写真)、市場には数多くのAIスピーカーが出荷されている。GoogleやAmazonの他に多くのベンチャー企業から製品出荷が予定されその数は50社近くに上る。HomePodが目指している高機能スピーカーも出荷されようとしている。SonosはWiFiで接続された音響システムを発売しており、スピーカーをスマートフォンで制御する仕組みが若い世代に受けている。SonosはAmazon音声クラウド「Alexa Voice Services」を使って音声で操作するAIスピーカーを投入する。このレンジのAIスピーカーがApple HomePodと正面から競合する。スピーカーは音声で操作するのが当たり前となり、差別化が難しく競争が激化している。

AppleのAIに関する基本姿勢

競争が厳しくなる中Siriは何処に向かうのか、多くのAppleファンが気にかけている。その手掛かりはCEOのTim Cookの発言の中にある。Cookは世界開発会議の後のインタビューでAIに対する基本的な考え方について述べている。AIの機能が加速度的に向上し人類に大きな恩恵をもたらしていることを評価するとともに、その危険性に懸念を示している。AIは人間が理解できない領域で物事を判断し、AIの制御が人の手を離れることが大きな問題だと指摘する。これはAIのロジックがブラックボックスで、それを利用する人間はAIの判断基準を理解できないことを意味する。挙動を完全に理解できないAIに対してAppleは製品化に慎重なポジションを取っている。

プライバシー保護とFBI捜査

Cookは個人のプライバシー保護を最優先に事業を構築している。AppleとFBIのやり取りは記憶に新しい。FBIからテロ事件捜査のため、iPhoneの暗号化データを復号化するための技術を提供するように求められたがAppleはこの要請に応じなかった。また、AppleはFBIからiPhoneにアクセスするためのバックドアの設置を求められたが、この要請にも応じていない。個人のプライバシー保護を優先しての判断で、この思想がSiri教育のための個人データの利用制限にも及ぶ。

Siriは輝きを取り戻すのか

AppleはAIに関して慎重なポジションを取るが、同時にAIの先進技術の開発を積極的に進めている。Appleの巨大な内部留保を背景にAIベンチャーの買収を加速している。また、AI研究者の採用を活発化し、研究成果を公開する方針に切り替えた。Appleの自動運転車開発プロジェクトTitanではAIが製品の機能を決定する。AIに慎重なAppleであるがそのポジションが徐々に軟化している気配を感じる。AppleのAI研究が進む中Siriは輝きを取り戻すのか、Appleファンだけでなく世界が注目している。