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GoogleはAIスピーカー「Home」を大幅強化、高度なDeep Learningが製品の価値を決める

Googleは2017年10月4日、ハードウェア新製品を一挙に発表した (下の写真)。製品はハードウェアがソフトウェアとAIに融合した形式となっている。AIが製品を差別化する決定的な要因になっていることが分かる。

出典: Google  

新製品ラインアップ

発表された製品は次の通り。「Pixel 2」はスマホ最新モデルでAIを使ったイメージング技術でカメラの性能が格段に向上。AIスピーカーGoogle Homeの小型モデル「Mini」と最上位モデル「Max」が登場。「Google Clips」はAIカメラでアルゴリズムが最適なシーンを識別し自動で撮影する。「Google Pixel Buds」はBluetoothヘッドセットで音楽を再生し異なる言語を翻訳する。この他に「Pixelbook」と「Daydream View」の新製品が登場した。

ドーナツ型の「Mini」

発表の主要テーマはAIで全ての製品がAIで強化された。その中でもGoogle HomeのAI機能が大きく進化した。Google Home製品ラインが拡充され「Mini」と「Max」が登場した。これらは「Home」と同様にAIアシスタント「Google Assistant」が搭載され、ヒトの言葉を理解し音声で操作する。Miniはドーナツサイズの形状で (下の写真)、上部にはLEDライトが搭載されデバイスの状況が表示される。各部屋に一台備えることを前提としたデザインで、家庭空間がAIで埋め尽くされる。

出典: Google  

音質を重視した「Max」

Maxは音質を重視したモデルでハードウェアとAIでこれを達成する (下の写真)。Maxは4.5インチのウーファーを2基搭載しディープなサウンドを生成する。「Smart Sound」機能を搭載し、AIが置かれた環境やコンテクストに合わせ音楽を再生する。AIが部屋の形状を把握しそれに最適なサウンドを再生する。また、朝はボリュームを控えて再生するが、食器洗い機が回っている時はボリュームを上げる。

出典: Google  

Google Assistantがベース

HomeにはAIアシスタント「Google Assistant」が組み込まれ製品の中核機能となる。Google Assistantはこの他に、スマートフォン (AndroidとiOS)、スマートウォッチ (Android Ware) 及びテレビ (Android TV)にも対応し、製品インターフェイスは急速に音声に向かっている。Google Assistantはエコシステムを広げ、スマートホーム関連ではNest、Philips Hue、SmartThingsなど1000製品とリンクしている。

Google Assistant新機能

Google Assistantは質問に応え、音楽を再生し、家電を制御するハブとなる。また、六人の声を聞き分け (Voice Matchという機能)、利用者に沿った対応ができる。発表イベントではGoogle Assistantの新機能が紹介された。「Everyday Routines」は一言で複数のコマンドを実行する機能。例えば、「Good Morning」というと、Homeは一日のスケジュールを確認し、道路渋滞情報を知らせ、主要ニュースを読み上げる。「Let’s Play a Game」と指示すると子供向けのゲームが始まる。Homeは子供に人気のデバイスで、子供たちが安全に使える機能が登場した。

スマートホーム連携が強化された

Google HomeはAlphabet配下のスマートホーム企業Nestとの連携を強化した。Nestのセキュリティカメラ「Nest Cam」をGoogle Homeから操作できるようになった。例えば、玄関で物音がしたときに「Show me the entryway on my TV」と語ると玄関の様子がテレビに映し出される (下の写真)。

出典: Google  

ドアベル「Nest Hello」をGoogle Homeから操作できる。Nest Helloは顔認識機能を備え来訪者を識別できる (Familiar Facesという機能)。来訪者がドアベルを押すとHelloはその人物を認識し、Google Homeは「Anti Susie is at the front door」と訪問者の名前を知らせてくれる。Nestと連携することで家屋のセキュリティをGoogle Homeで集中管理できる。

出典: Google  

DeepMindの音声合成技術

Google Homeの音声が高度なAIを適用することでとても滑らかになった。DeepMindは昨年、音声合成(Speech Synthesis)に関する新技術を発表した。これは「WaveNet」と呼ばれDeep Neural Networkを使い人間のような自然な発声ができる技法を開発した。一般に音声合成は言葉をごく小さなパーツに分けてこれを繋ぎ合わせる方式 (Concatenative TTS)でスピーチを生成する。このため機械的でぎこちないトーンとなる。

滑らかなスピーチを生成する仕組み

これに対してDeepMindは従来方式と全くことなるアプローチを取る。WaveNetは多くの音声サンプルを学び、音声の波形(Audio Waveform)をゼロから丸ごと生成する。具体的にはネットワーク (Convolutional Neural Network、下の写真) はスピーチの構成を学習し、どの音色(Tone)の後にどの音色が続くか、また、どんな波形(Waveform)が自然であるかを学ぶ。このため、非常に滑らかな音声を合成できるようになった。

出典: Aaron van den Oord et al.

WaveNetをGoogle Homeに適用

しかし、昨年の時点では音声合成を短時間で実行することができなかった。0.02秒のオーディオを生成するために1秒を要した。DeepMindはこのアルゴリズムを改良し、高速で音声合成ができるようにした。1秒のオーディオを50ミリ秒で生成できリアルタイムで使えるようになった。Google Homeで使われている音声は改良されたWaveNetで生成されたものである。WaveNetは英語と日本語を対象としており、日本で発売されるGoogle Homeの音声はWaveNetで生成されたものである。

AIが差別化の要因

このようにGoogle Homeはシステムの背後で最新のAI技法が幅広く使われている。利用者の音声を認識するだけでなく、音声合成でもAI無しでは実現できない。ハードウェア製品の主要機能は各社とも横並びの状態になり、これからはAIが差別化の要因となり製品価値を決定する。

AIがAIを開発し、AIが病気を検知する、Googleは全製品をAIで強化する

Googleは2017年5月、開発者会議「Google I/O 2017」を開催し (下の写真) AIの最新技術を公表した。GoogleはAI First企業として全社でAI化戦略「Google.ai」を進めていることを明らかにした。CEOであるSundar Pichaiが基調講演で明らかにし、その後研究詳細がリリースされた。

出典: Google

Google.aiは三つの軸から成る

Google.aiはGoogleの社内プロジェクトで、高度なAIを開発しこれを全ての製品の基盤技術とする開発戦略を指す。Google.aiは「基礎研究」、「ツール」、「応用技術」の三つの分野で構成されプロジェクトが進んでいる。基礎研究とは高度なAI技法の開発で、ツールとはAIを実行するプロセッサなどを指し、AIデータセンタとして提供される。応用技術ではAIでGoogleサービスを機能強化した事例が紹介された。

AIがAIを生成する技術

「基礎研究」でGoogleが注目しているテーマは「AutoML」である。これはMachine Learningを自動生成する研究で、アルゴリズムが別のアルゴリズムを生成する技法の開発を進めている。AIがAIを生成する技術を意味する。下の写真がその事例でAIが生成したDeep Learningアルゴリズム (右側) を示している。これはRecurrent構造 (処理結果を次のステップにループさせる構造) のネットワークで時間に依存する言語処理などで使われる。このケースではネットワークに言葉を入力すると次の言葉を予測する。

出典: Google

アルゴリズム生成方式

アルゴリズム開発は研究者の経験と勘が大きく寄与する。確立されている手法をベースに改良が加えられ新しいモデルを生成する。一方、AIは数多くのアルゴリズムを生成し、これらを実際に教育し実行し精度を把握する。これらのフィードバックをもとに、精度の高いアルゴリズムの作り方を学習する。人間は定石を積み重ねるが、AIは時として常識を覆す方式を生成する。因みにこのケースではAIが生成したアルゴリズム (上の写真右側) が人間が開発したアルゴリズム(同左側)の精度を上回った。

AIがAI研究者となる

AutoMLはGoogle Brainが研究しているテーマで、AIが最適なネットワーク構成を自動で設計することを目指す。つまりDeep Learningアルゴリズム設計に携わる研究者をAIが置き換えることを意味する。AI研究者自身もAIの進化で職を失うことになる。しかし、現実はAI研究者の数は決定的に不足しており、これをAutoMLで補う構造となる。GoogleとしてはAIに置き換えられた研究者をクラウド開発に振り向け事業を強化するとしている。

AI専用プロセッサ

二番目の区分「ツール」に関しては「Cloud TPU」が発表された (下の写真)。Cloud TPUは二代目のTPU (Tensor Processing Unit、Machine Learning計算専用プロセッサ) で大規模計算用にスケーラビリティを重視した設計になっている。Cloud TPUの性能は180Tflopsで64GBの高速メモリを搭載する。

出典: Google

AI First Datacenter

Cloud TPUは64個がボードに搭載され「TPU Pods」を構成する。ボードの最大性能は11.5 Petaflopsとスパコン並みの性能となる。TPU Podはラックに搭載され (下の写真)「Google Compute Engine」として提供される。Cloud TPUでAI処理専用のデータセンタを構築し、Googleはこれを「AI First Datacenter」と呼んでいる。同時に、Googleは「TensorFlow Research Cloud」を発表した。これは研究者向けのクラウドでCloud TPUを1000個連結し、先進AI技術開発のために無償で提供される。

出典: Google

AIをカメラに応用した「Google Lens」

三番目の区分「応用技術」については、GoogleはAIをカメラに応用した「Google Lens」を発表した。これはカメラのレンズをAIで構成するもので、カメラの機能と性能はソフトウェアが決定する。写真撮影するとカメラがAIを使ってイメージを再構築する。夜間撮影では画像にノイズが乗るがAIがこれを補正する (下の写真上段)。シャッターを押すとカメラが自動で複数回 (例えば32回) 露光し、これを重ねてノイズを取り除く。ネット裏からの写真はAIがメッシュを取り除く (下の写真下段)。

出典: Google  

カメラの映像を判定

Google Lensはカメラに映ったオブジェクトを判定する機能がある。花の写真を撮影しGoogle Lens機能をオンにすると花の種類 (Milk and Wine Lily) を特定する (下の写真)。また店舗の写真を撮影するとその名称を認識し関連情報を表示する。カメラがイメージ検索の入力装置となる。Google Goggles(グーグルゴーグル)などで提供された機能であるが、AIを使って機能と精度が強化された。

出典: Google

AIが返信メールを作成

AIはGoogle製品を幅広く支えている。話題の機能が「Smart Reply」でGmailに搭載された。AIが受信したメールの題目と内容を読み最適な返信文を生成する (下の写真)。利用者は提示された三つの返信文から最適なものをクリックするだけで返信できる。Smart Replyが登場して1年以上たつが、今では複雑な内容のメールにも返信文を生成できるようになった。

出典: Google

Street ViewとGoogle Mapsを強化

Street ViewやGoogle MapsでもAIが使われている。Street Viewで撮影したイメージから建物に掲示されている数字をAIが読み番地を特定する。今では数字だけでなく通りの名称をAIが読み場所を把握する。表札が鮮明に写っていなくてもサンプルが四つあれば (下の写真) AIが正確に判定する。この技術をStreet Viewで撮影した800億枚のイメージに適用し位置を把握する。これによりGoogle Mapsの精度が大幅に向上した。利用者から見えないところでAIがサービスを支えている。

出典: Google

AIを医療に適用する

GoogleはAIを医療に適用することを明示した。Googleは既にAIを使ってDiabetic Retinopathy (糖尿病網膜症、下の写真右側、左側は健康な眼底イメージ) を判定するシステムを発表している 。Diabetic Retinopathyとは糖尿病に起因する眼の疾患で失明する可能性が高いとされる。AIが医師より高精度でこの病気を検知することに成功した。AIをメディカルイメージングに活用できることが分かり、GoogleはDeepMindと共に医療分野での研究開発を重点的に進めている。

出典: Google

AIをどう製品に結び付けるのか

Googleはこの他にAIを音声認識に応用している。高度な自然言語処理機能を使いAIスピーカー「Google Home」やAIアシスタント「Google Assistant」を商品化している。Googleは全領域にAIを適用しAI First企業としてその成果をアピールした。ただ、今回の開発者会議では驚くような製品は登場しなかった。世界最高水準のAI技術を持つGoogleであるが、消費者としてはその恩恵を感じにくいのも事実であった。高度なAIをどう製品に結び付けるのかが問われており、これはGoogleだけでなくIT業界が共通に抱えている課題でもある。

Googleは量子技術を五年以内に商用化、量子コンピュータでトップの座を狙う

Googleは五年以内に量子コンピュータ技術を商用化することを明らかにした。Googleが開発している量子コンピュータはアナログ方式で、ここに独自に開発したデジタル技術を組み込み、ハイブリッド方式を構成する。量子コンピュータの本命はデジタル方式であるが登場までには時間がかかる。Googleはこのギャップをハイブリッド方式で埋める戦略を取る。

出典: Erik Lucero  

量子コンピュータ技術を五年以内に商用化

Googleは2017年3月、量子コンピュータ技術を五年以内に商用化することを学術雑誌Natureに寄稿した。併せて量子コンピュータプロセッサを稼働させるハードウェア機構などを公開した。(上の写真、プロセッサは10 millikelvinまで冷却される。Millikelvinは絶対零度(摂氏マイナス273.15度)から0.001度の温度。)

デジタル方式開発は難しい

究極の量子コンピュータは「Digital Quantum Computer」と呼ばれ (デジタル方式と記載)、現行コンピュータのようにデジタルで動く。情報処理はデジタルが当たり前と思われるが量子コンピュータの世界は事情が違う。量子コンピュータがデジタルに稼働するには大きな障壁を超える必要がある。量子コンピュータの開発はエラーとの戦いでもある。量子コンピュータの基本単位Qubit (|0〉と|1〉と両者を同時に示すSuperpositionの状態を取る) は極めて不安定で微小なノイズで状態が変わり (これをDecoherenceと呼ぶ) エラーが起こる。デジタル方式の量子コンピュータを実現するにはシステムをノイズから保護しQubitを安定に保つ高度な技術が必要となる。

Googleはハイブリッド方式を目指す

このためデジタル方式の量子コンピュータを実現するまでには10年を要すといわれている。一方、アナログ方式の量子コンピュータは限られたタスクしか実行できないが、エラーに対する耐性は高い。Googleのアプローチはハイブリッド方式でアナログ方式の量子コンピュータ (Adiabatic Quantum Computer、後述) をデジタルな技術で補完する。Googleはこの技術を五年以内に製品化する。

ハイブリッド方式向けアプリ開発

Googleはハイブリッド方式というユニークな量子コンピュータで何を実現できるのか応用技術についても述べている。開発されたアプリケーションはそのまま事業で活用できる訳ではない。目的は「Heuristic Quantum Algorithms」の開発にある。Heuristicとは新規技法で近似解を開発する手法を指し、限られた機能を持つハイブリッド方式で量子アルゴリズムの開発を進める。本格的な量子コンピュータが登場するとこれら開発されたアルゴリズムが威力を発揮する。(Googleの量子コンピュータ研究はQuantum AI部門で進められる、下の写真。)

出典: Google  

Simulation

アプリケーションでGoogleが注目している分野はSimulation、Optimization、及びSamplingである。Simulationとは量子コンピュータで化学反応や物質素材をモデル化してシミュレーションすることを指す。量子レベルまでのモデリングは現行コンピュータでは不可能で、ここが量子コンピュータが活躍できる分野とされる。量子コンピュータでモデル化することで様々な素材をマシンで精密に仮想実験することができる。飛行機向け化学繊維を強固にしたり、自動車向けには排ガス除去装置(触媒コンバータ)の効率を上げる。また、太陽発電セルの変換効率を上げることなどが期待される。

Optimization

Optimizationとは最適化の問題を量子コンピュータで解くことを指す。適用分野は広く消費者への商品推奨やオンライン広告の応札モデルなどで使われる。また、流通産業では物資の配送ルートの最適化で使われる。アナログ方式の量子コンピュータはOptimization Machineとも呼ばれこの分野がスイートスポットとなる。

Sampling

Samplingとは統計や機械学習で使われる手法で確率分散からデータを取り出す技法となる。Googleは実際に49 Qubit構成の量子コンピュータを使ってSamplingの研究を進めている。Googleは論文で量子コンピュータが現行スパコンでは実行できない問題を解決できたと報告している。これを「Quantum Supremacy」と呼び、量子コンピュータが現行スパコンの機能を本質的に上回ることを指す。

量子コンピュータをクラウドで提供

Googleは量子コンピュータをクラウドで提供する計画を明らかにした。これにより業界を跨って多くの企業が量子コンピュータを使うことができる。量子コンピュータ向けのアルゴリズムやアプリケーションの開発が進むことを目的とする。Googleはハイブリッド方式量子コンピュータに興味を持ってくれる研究者を増やし開発コミュニティの形成を目指している。(量子コンピュータはGoogle Cloud Platform (下の写真) で提供されるのか。)

出典: Google  

ベンチャーキャピタルへの呼びかけ

Googleはベンチャーキャピタルにも働きかけている。ベンチャーキャピタルはデジタル方式の量子コンピュータ技術を中心に投資を進めている。これに対しGoogleはハイブリッド方式への投資の意義を説いている。究極の量子コンピュータはデジタル方式であるが、Googleの技術はそのギャップを埋めるもので、投資対象としても魅力があるとアピールする。Googleの戦略はTeslaのように最初からEVを投入するのではなく、Toyotaのようにハイブリッド方式で新たな市場を形成することを目指している。

Quantum AI Laboratoryを設立

Googleは2009年からカナダのベンチャー企業D-Waveが開発した量子コンピュータを使って研究を進めてきた。2013年、GoogleはNASAと共同で量子コンピュータ研究所「Quantum Artificial Intelligence Lab (QuAIL)」を設立した (下の写真)。量子コンピュータで機械学習や最適化技法を開発することを目的とし、研究所はシリコンバレーのNASA Ames Research Centerに設立された。

出典: NASA  

量子アルゴリズムで宇宙開発

QuAILは2013年5月、量子コンピュータ「D-Wave Two」を導入した。D-WaveのマシンはQuantum Annealing (後述) というアナログ方式の量子コンピュータでOptimizationの研究を中心にプロジェクトが進められた。NASAは量子アルゴリズムを使い宇宙開発におけるOptimizationを現行スパコンより高速に実行することを目的とした。更に、QuAILは2017年3月、最新モデルである「D-Wave 2000Q」を導入することを発表した。

独自の量子コンピュータ開発に着手

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を進めると同時に、独自の量子コンピュータ技術の開発に乗り出した。2014年9月、UC Santa Barbara (カリフォルニア大学サンタバーバラ校) 教授John MartinisをGoogleに招へいし、量子コンピュータハードウェア研究部門を設立した。Martinis教授は物理学部で量子コンピュータチップを開発しており、それをD-Waveに実装してシステムを構築する。

D-Wave評価は芳しくなかった

その当時、D-Waveが開発した量子コンピュータに関しアカデミアを中心に疑問の声が高まっていた。そもそもD-Waveは本当に量子コンピュータであるのかという本質的な議論が交わされた。D-Wave Twoをベンチマークするとマシンは確かに量子効果を生成しているが、これが性能アップに寄与しているかについて疑問が持たれていた。GoogleはD-Wave Twoを綿密に検証することで問題点や特性を把握し、これが今の量子コンピュータ開発に生かされている。またGoogleはD-Waveを再評価し高いベンチマーク結果などを公表している。

Martinis教授のD-Wave評価

Martinis教授も疑問を抱いていた研究者の一人でD-Wave Twoの評価を実施しレポートを公開した。報告書はD-Wave Twoはラップトップの性能を上回るものではないと結論づけ厳しい評価になっている。その後Martinis教授はGoogleに加わり量子コンピュータ技術の研究を進めることとなった。自身が開発している量子チップをD-Waveに実装しハイブリッド方式で性能改善を目指している。

5つのQubitで構成されるプロセッサ

Martinis教授は量子コンピュータが安定して稼働できる技術をテーマに研究を進めている。Googleに加わる前、Martinisのチームは2014年4月、5つのQubitで構成されるプロセッサを開発しNatureに論文として発表した。これは「Josephson Quantum Processor」と呼ばれる量子コンピュータチップで、サファイア基盤にアルミニウム回路を蒸着した形状となっている。(下の写真、四角い部分がチップで回路の+状の部分がQubit。これは「Xmon Transmon Qubit」と呼ばれる。)

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

エラー補正機能を持つQubit

2015年5月には、Martinis教授を中心とする研究部門は9つのQubitで構成される量子チップを発表した (下の写真、中央部の+状の分部がQubit)。これは超電導量子回路で構成されエラーを補正する機能を持つ。Natureに掲載された論文「State preservation by repetitive error detection in a superconducting quantum circuit」で明らかにした。Qubit開発ではエラーの検知とエラーの補正が極めて難しい。Qubitは不安定で環境変化やノイズでQubitの状態が変わりエラーが発生する。この問題に対処するためQuantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった (後述)。

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

アナログ方式をデジタル方式で補完

2016年6月、Googleハードウェア研究部門は「Digitized adiabatic quantum computing with a superconducting circuit」という論文を公開し、アナログ方式の量子コンピュータにデジタル技術を統合しアナログ方式の弱点を補完する方式を発表した。アナログ方式とはAdiabatic Quantum Computing (後述) を指し、デジタル方式とは個々のQubitを操作する技術 (後述) を指す。これによりハイブリッド方式の量子コンピュータを構成し個々のQubitを操作できる。

インテルのビジネスモデルを踏襲

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を始め基礎技術を学んできた。その後GoogleはMartinis教授を中心に独自の量子チップを開発しD-Waveシステムに搭載して稼働させている。Adiabatic Quantum Computingというアナログ手法を使うものの、デジタル制御できる量子チップを開発し量子コンピュータのハイブリッド方式を提唱している。Googleは独自の手法で量子チップの開発を進めインテルのビジネスモデルを踏襲しているようにも思える。

Googleのチャレンジ

ハイブリッド方式の量子コンピュータは初めての試みで実用に耐えるシステムができるかが問われている。Googleは自社だけでこれを進めるのではなく新興企業の活躍を期待している。Googleは多くの新興企業がハイブリッド方式に興味を示し、ここからイノベーションが生まれることを期待している。研究者の多くはアナログ方式に対して懐疑的であるが、Googleはこれを改良することで道は開けるとしている。壮大な挑戦で果たしてブレークスルーはあるのか関心が集まっている。

IBMがデジタル方式量子コンピュータを発表

Googleが量子コンピュータ技術商用化を発表した直後、IBMはデジタル方式の量子コンピュータ「Q」を数年以内に出荷すると発表した。IBMはこれを汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) と位置づけ、マシンをデジタル制御し汎用的にタスクを実行する。当初、このモデルの出荷は10年先と見られていたがIBMはスケジュールを大幅に前倒しした。

Googleが一気にトップの座を狙う

IBMが大きく先行している量子コンピュータ技術であるが、Googleがこれに挑戦する構図となっている。Googleにとって量子コンピュータ開発はゼロからの出発でハンディキャップは余りにも大きい。AIや自動運転車開発でGoogleはゼロから出発したが買収や型破りな技術力で今では世界のトップを走っている。Googleは量子コンピュータ開発でも同じ手法を使い一気にトップの座を狙うものとみられる。量子コンピュータ開発レースが白熱した展開になり技術進化が爆発的に進む勢いとなってきた。

参考情報:Qubitのエラー補正は難しい

Quantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった。QECで「Measurement Qubit」 (測定専用Qubit、下の写真で緑色の+状の分部) を導入し「Data Qubit」 (演算用Qubit、下の写真で青色の+状の分部) の状態を把握しエラーを検出する。

出典: Google

Qubitでエラーの検出が難しい理由はQubitを直接観察して状態を把握することができないため。Qubitを計測するとEntanglementとSuperpositionの状態が消失し、|0〉または|1〉のバイナリーな状態に戻ってしまう。このためMartinis教授はMeasurement Qubitという測定専用のQubitを導入した。Measurement QubitとData QubitをEntanglementの状態にして観測する。そうするとMeasurement Qubitの状態を見ればData Qubitを読み出さなくてもその状態が分かる。

参考情報:Adiabatic Quantum Computingとは

Adiabatic Quantum Computingとはアナログ方式の量子コンピュータでエネルギーレベルを変えながら最小値を見つける手法を指す。プログラミングの観点からは初期化されたQubit (Superpositionの状態) のグループに条件を指定し (Qubitのスピン方向と結合状態で定義する)エネルギーレベルを上下する操作を行う。そうするとQubitは初期状態(Superposition)から最終状態 (|0〉または|1〉のバイナリー) に移り、エネルギーの低い状態で安定する。この時のQubitの組み合わせが答えとなる (下の写真、求める解はエネルギー状態 (Hamiltonian) として定義する)。

出典: D-Wave

ただし、通常のコンピュータのように答えは一つ (Deterministic Model) ではなく、多くの答えを示す (Probabilistic Model)。エネルギーレベルを変えて解を見つける方式をAnnealingと呼ぶ。その中でエネルギーレベルの変異を緩やかに行う手法をAdiabaticと呼ぶ。Adiabatic Quantum Computingとはこの手法で解を見つける量子コンピュータを指す。

参考情報:Qubitをデジタル制御する仕組み

Adiabatic Quantum Computingでタスクを解くためにはQubit間での連結が必要となる。しかし、Googleハードウェア研究部門が開発している量子チップは隣り合うQubitと連携ができるだけ。この制約を補完するためにMartinis教授らはQubitをデジタルに制御してQubit間で連携できる範囲を広げた (下の写真、球体がQubitで矢印はスピンの方向と強さを示す)。個々のQubitを磁場で制御して隣り合ったQubitの方向を合わせ (ferromagnetic link、下の写真の赤色+)、また、方向を反対にする(antiferromagnetic link、下の写真の水色+)操作をする。この方式で物理的にQubitの方向やQubit間の繋がり強度を操作できる。この量子チップをD-Waveのマシンに搭載しアナログ方式の弱点を補完するハイブリッド方式を開発する。

出典: Google

Google自動運転技術が格段に進化、高機能Lidarを開発し自動車部品メーカーを脅かす

Alphabetの自動運転車開発会社Waymoは独自でLidar (レーザーセンサー) 技術の開発を進め、機能が大幅に向上したと発表した。また、WaymoはUberの子会社OttoがLidar技術を盗用したとして提訴した。自動運転車開発競争の中心はLidarで、Waymoの特許を参考に最新技術をレビューする。

出典: Waymo  

Automobili-Dカンファレンス

Waymo最高経営責任者John Krafcikは2017年1月、デトロイトで開催されたNAIAS Automobili-D カンファレンスで最新の自動運転技術を発表した。この模様はビデオで公開された。WaymoはChrysler Pacifica Hybridベースの自動運転車 (上の写真) を開発しているが、KrafcikはLidarなどのセンサーを中心に最新技術を説明した。

クライスラーと共同開発

WaymoとFiat Chrysler Automobilesは2016年5月、自動運転車を共同開発することで合意し、100台の自動運転ミニバン「Waymo Self-Driving Pacifica」を製造している。ミニバンはWaymoが開発したハードウェア (Hardware Suit) を搭載し、最高レベルの自動運転車として位置づけられる。

Lidarを自社開発する

初期のGoogle自動運転車は他社製センサーやプロセッサを利用していた。LidarはVelodyne社製のハイエンドモデル「HDL-64E」を採用した (下の写真、屋根の上の円筒状装置)。しかし、この製品は機能的な制約があり、価格は75,000ドルと高価で車両価格を上回った。このため、WaymoはLidarを含むセンサー群を自社で開発することとした。

GoogleのAIとWaymoのセンサーを統合

センサーは自動運転車の頭脳であるAIと密接に統合された。センサーを構成する各コンポーネントがAIにより制御され、単一のモジュールのように機能する。Googleがスマートフォン「Pixel」でAndroid OSだけでなくデバイスも自社開発しているように、Waymoもソフトウェアだけでなくハードウェアも開発する方針とした。Googleが得意とするAIとWaymoの高精度センサーが結びつき自動運転技術が一気に進化した。

出典: VentureClef

センサーの種類と搭載位置

WaymoのセンサーはLidar、Vision System、Radarから構成される (下の写真)。ミニバンの屋根には小型ドームが搭載され、ここにLidar、Vision System、Radarが格納される。クルマの四隅にはRadarが設置される。別のタイプのLidarは前後と前方左右四か所に搭載される。

出典: Waymo  

Lidarがクルマの眼となる

センサー群の中で中心となるのがLidarだ。Lidarはレーザースキャナーでクルマ周囲のオブジェクトを3Dで把握する。つまり、Lidarは歩行者と人の写真を区別できる。更に、Lidarは静止しているオブジェクトを把握し、距離を精密に測定する。クルマは複雑な市街地を走行し、様々なオブジェクトを検知する必要がある。WaymoのLidarはブラインドスポットが無く、クルマ周囲の歩行者全員を検知できる。また、解像度が高く、歩行者がどちらを向いているかも判定できる。これにより歩行者の行動予測精度が大幅に向上した。

出典: Waymo  

Short Range Lidar

Waymoは三種類のLidarを搭載している。一つは「Short Range Lidar」でクルマの前後左右四か所に設置され、周囲のオブジェクトを認識する (上の写真、後部バンパーと右側前方の円筒状の装置)。クルマのすぐ近くにいる小さな子供などを把握する。解像度は高く、自転車に乗っている人のハンドシグナルを読み取ることができる。

Long Range Lidar

もう一つは「Long Range Lidar」 (上の写真、屋根の上のドームの内部に搭載) で遠方にあるオブジェクトにズームインすることができる。フットボール二面先のヘルメットを識別できる精度となる。これ以上の説明はないがWaymoが申請した特許 (下の写真、資料の一部) を読むとLong Range Lidarはユニークな構造となっている。

特許資料によるLong Range Lidarの構造

Long Range Lidarは通常のLidarと可変式のLidarの二つのモジュールから構成される。通常のLidarは固定式で設定された範囲をスキャンする。可変式のLidarはFOV (視野、レーザービームがスキャンする角度) を変えることができる。ズームレンズで特定部分をクローズアップするように、可変式Lidarは発光するレーザービームを狭い範囲に絞り込み、遠方の小さなオブジェクトも判定できるようにする。ただ、この特許が実際の製品にどのように実装されているかは、Waymoの説明を待つ必要がある。

出典: Waymo  

Vision Systemはカメラの集合体

Waymoは独自のVision Systemを開発した (一つ前の写真、屋根の上のドームに搭載される)。Vision Systemとはダイナミックレンジの広いカメラの集合体で、8つのVision Moduleから構成され、クルマの周囲360度をカバーする。信号機や道路標識を読むために使われる。Vision Moduleは複数の高精度センサーから成り、ロードコーンのような小さなオブジェクトを遠方から検知できる。

暗いところから明るいところまで見える

Vision Systemはダイナミックレンジが広く、暗いところから明るいところまでイメージを認識できる。暗がりの駐車場から直射日光を受けるまぶしい場面まで幅広く使える。通常のカメラは人間と同じように光の状態により見えにくい状態が発生する。Vision Systemはこの問題を解決するために開発され、太陽光が直接カメラに入る状態でもオブジェクトを把握できる。

Radarを大幅に改良

Waymoは20年にわたり技術進化がないRadarを大幅に改良した。通常のRadarは前方の狭い範囲をカバーするが、WaymoのRadarはクルマの周囲360度を連続してカバーする (一つ前の写真、前方側面と屋根後部のウイング状のデバイス)。雨や霧や雪の時に、Radarは他のセンサーを補完する。また、通常のRadarは車両の動きを把握するために使われるが、WaymoのRadarは車両以外に歩行者や自転車も検知する。移動速度が遅いオブジェクトについても高精度で検知できる。

走行距離とVirtual Miles

Waymoの自動運転車は累積で250万マイル走行した。市街地を中心に走行試験を重ねており、今年5月には300万マイルに達する。路上試験に加えWaymoはシミュレータで走行試験を重ね、2016年だけで10億マイルを走行した。シミュレータでは様々な走行状態を再現できる。ここでクルマにとって難しい状態や稀にしか発生しない事態をシミュレータで生成する。シミュレータでの走行がソフトウェアの改良に寄与している。

安全性が格段に向上

自動運転車の性能はどれだけの距離をドライバーの関与なしに自動走行できたかで決まる。試験走行中にドライバーが自動モードを解除することをDisengageと呼ぶ。Disengageの回数が少ないほど安全性が高いという関係になり、1000マイル走行して何回Disengageが発生したかという指標で評価される。2015年は0.80回で2016年は0.20回と大幅に改善しており、安全性が順調に改善されているのが分かる。ただ、2016年の数字は5000マイルごとに問題が発生しているとも解釈でき、製品として出荷するには更なる改良が求められる。

Lidarの価格が劇的に下がる

WaymoはLidarのコストを大幅に下げることに成功したと発表した。前述Velodyne社製のLidarより90%安い価格で提供する。Velodyne製Lidarの価格が75,000ドルであるが、Waymo製Lidarの価格は7,500ドルと大幅に安くなる。これにより自動運転車開発でセンサーの選択肢が大きく変わる。Lidar価格が高いためカメラを代用している企業も少なくない。Lidarの価格破壊で自動運転技術方式が大きく変わる可能性もある。

WaymoがUberを提訴

Waymoは2017年2月、Ottoとその親会社であるUberに対して訴訟を起こした。Waymoは同社が開発したLidar技術をOttoが不正に入手したとしている。Uberは昨年、誕生して間もないOttoを6億8千万ドルで買収し、創設者であるAnthony Levandowskiを自動運転開発部門責任者に任命した。UberがOttoを買収した理由はLidar技術にあるといわれていた。LevandowskiはGoogle自動運転車開発のコアメンバーであった。Uberはこれに対しWaymoの訴訟は開発を遅らせるための手段であると述べ、全面的に対決する姿勢を見せている。自動運転車でカギを握る技術はLidarであり、訴訟の進展が市場形勢に大きな影響を及ぼす。

脳科学でサイバーセキュリティを強化、Googleは研究成果をChromeに応用

企業や政府機関はサイバー攻撃に対し多大なコストと時間をかけてセキュリティシステムを構築するが、社員や職員は不審な添付ファイルを開きマルウェアが侵入する。セキュリティ教育で怪しいリンクを不用意にクリックしないよう指導するがフィッシング被害は後を絶たない。なぜ人間は簡単なトリックに騙されるのか、ニューロサイエンスの観点から研究が始まった。

出典: WikiLeaks  

クリントン陣営へのサイバー攻撃

トランプ大統領が就任して以来、ロシア政府との関係が連日報道される。ロシア政府が大統領選挙を操作したとの疑惑で事実解明は進んでいない。一方、US Intelligence Community (米国諜報機関連合体) は大統領選挙でロシアがクリントン候補の活動を妨害したと結論付けている。米国諜報機関によるとクレムリンと関係のある人物がDNC (民主党全国委員会) のメールシステムに侵入し、それをWikiLeaksに提供したとしている (上の写真、窃取されたメールを閲覧できる)。

サイバー攻撃で大統領選が左右された

WikiLeaksに公表されたのはクリントン陣営会長John Podestaのメールで2万ページに及ぶ。この中にはクリントン候補がウォールストリートで講演した内容も含まれ、これらが公開されるとで選挙戦で大きなダメージを受けたとされる。クリントン候補の敗戦理由の一つがWikiLeaksで公開されたメールといわれている。

侵入の手口はシンプル

DNCのメールに侵入した方法はSpear Phishingといわれている。これはPhishingの常套手段で、信頼できる発信人を装い受信者の機密情報を盗む手法である。このケースではPodestaのGmailが攻撃された。Bitlyで短縮されたURLをクリックすると、Gmailログインページが表示され、IDとパスワードの入力を求められた。Podestaは怪しいと感じIT部門に確認したが、結局、このトリックに騙された。この事件は人間の脳の構造が関与しているといわれる。

脳科学とセキュリティに関する論文

脳科学を活用したセキュリティ技術研究が進んでいる。Brigham Young UniversityのAnthony Vanceらは脳科学とセキュリティに関する論文「More Harm Than Good? How Messages That Interrupt Can Make Us Vulnerable」を発表した。この論文は人間の脳はセキュリティメッセージにどう反応するかをfMRI (下の写真) を使って解析した。

出典: Jenkins et al.

マルチタスクでの試験

この研究は人間がマルチタスクを実行 (これをDual-Task Interfaceと呼ぶ) するときに着目し、脳の機能をfMRIで観察した。マルチタスクとは二つの作業を同時にこなすことで、ここでは作業中にセキュリティメッセージを読むタスクが課された。具体的には、被験者に7ケタの数字を覚えることを求め、同時に、セキュリティメッセージに正しく対応できるかが試験された。

マルチタスクでは血流が悪くなる

この時、脳内の血流をfMRIで計測した。対象はMedial Temporal Lobe (MTL) といわれる部位で、ここは長期記憶を司る部分とされる。結果は、被験者がマルチタスクの状態でセキュリティメッセージを読むとMTLの血流が少なくなっているのが観察された。このことはマルチタスクがMTLの活動を低下させ、長期記憶にアクセスしてセキュリティメッセージに反応する機能が著しく制限を受けることを意味する。(下の写真は普通の状態でセキュリティメッセージを読んでいる状態。マルチタスクの時と比べ、オレンジ色の分部で血流が増えた。)

出典: Jenkins et al.

Neurosecurityという研究

これは「Neurosecurity」と呼ばれる研究で、脳科学をセキュリティに応用し製品のインターフェイスを改良することを目指す。論文はセキュリティメッセージを表示するインターフェイスを改良する必要があると提言している。具体的には、利用者が作業を終えたタイムングを見計らってセキュリティメッセージを表示べきだとしている。

研究成果をGoogle Chromeに適用

Brigham Young UniversityはGoogleと共同で、研究結果をブラウザー「Chrome」に応用する試みを進めている。Chromeは「Chrome Cleanup Tool」というセキュリティツールを提供している。これをブラウザーにインストールしておくと、ブラウザーが問題を検知するとメッセージを表示し (下の写真、右上の分部)、利用者にツールを起動するよう促す。このツールを起動することでブラウザーに侵入したマルウェアなどを除去できる。

利用者はメッセージを無視する

便利なツールであるが、メッセージを表示しても利用者がアクションを取らないという問題を抱えている。実際に856人の被験者 (Amazon Mechanical Turkを利用) を使って試験が行われた。この結果、利用者がビデオをみている時にこのメッセージを出すと (下の写真)、79%のケースで無視された。つまり、マルチタスクの状態では利用者はセキュリティメッセージに反応しないことが分かった。このため、セキュリティメッセージはビデオが終わった後に表示するようGoogle Chromeのインターフェイスが改良された。

出典: Jenkins et al.  

Chromeインターフェイス改善

この他にも、利用者がタイプしている時や、情報を送信している時など、マルチタスク実行時には80%のケースでメッセージが無視されることも分かった。一方、ビデオを見終わったタイミングでメッセージを表示すると無視されるケースが44%に下がる。更に、ウェブページがロードされるのを待っている間にメッセージを表示すると無視されるケースが22%と大幅に低下する。これらの研究結果がGoogle Chromeのインターフェイス改善に生かされている。

脳科学に沿ったセキュリティデザイン

企業や政府でPhishing被害が後を絶たないが、これは人間の脳が持っている基本的な属性が大きく関与している。本人の不注意という側面の他に、ブラウザーやアプリのインターフェイスが悪いことが重要な要因となる。忙しい時にメッセージが表示されると、注意が散漫になり、操作を誤ることは経験的に感じている。Brigham Young Universityはそれを定量的に証明し、Googleはこの成果を製品開発に活用している。脳科学に沿ったセキュリティデザインに注目が集まっている。